番外96 獣王国の歴史
「いやあ、初代獣王陛下に興味を持っていただけるとは嬉しいですな」
と言いながら、ウラシールが色々な資料を運んできてくれる。
エインフェウス観光ということで実際の習俗、文化、暮らし等々を見て回ったり、国内のあちこちをシリウス号で見に行ったりもしていたが、やはり押さえておきたいのはエインフェウスの歴史である。
初代獣王に関する話は色々と興味深い。初代獣王の半生や建国の過程がアンゼルフ王のようにドラマチックなものであるなら、イグナード王や氏族長達の許可を得た上で幻影劇の題材として選ぶという事も視野に入れたい、と考えている。まあ、劇の題材としての向き不向きというのはあるから、現時点では何とも言えないけれど。
というわけで……そういった資料や歴史書等が無いかと尋ねてみたら、レステンベルグの王城書庫に、色々とエルフ達が記録を残してきたものが存在しているということで、それを見せてもらうことにしたのだ。
「魔力嵐が収まった後……ということになるのかしらね、この記述は」
クラウディアが古文書の記述を見ながら言う。
初代獣王を語るのなら、当然エインフェウス建国以前の歴史にまで遡る必要があるだろう。
かつて大きな災厄が起こった、というのを神話のような形式で語っていた。森は失われたが、母なる大樹は寄り添う者達を救った、とある。
「暴風と雷、怪物達から寄り添う者達を守り、惜しみなく水を与え、果実を与え……そして最後には朽ちたが、種は残された――」
記述を口に出すと、グレイスは静かに目を閉じて聞き入っていた。
魔力嵐の影響は精霊達にも及んだようだが、クラウディアが魔力嵐を収めるまでの間を凌ぐことができたのは……。ああ、そうだな。エルフ達が住んでいたから、かも知れない。
精霊を鎮めることもできたのではないだろうか。
ともかく、生き残った者達は母なる大樹が遺した種を育てて、森を再生させようとしたそうだ。それが今、エインフェウスのあちこちに点在する大樹だろう。ある程度水源を基準にして植えられたものだとするなら、まあ、割と納得がいくところではあるかな。
そうして森が再生していく過程で、侵略者が現れた、と記述にはある。
「やっぱりタームウィルズ以外でも、何らかの手段で魔力嵐を凌いで生き延びた者がいたというのは間違いないようね。エインフェウスもそうだし、獣魔の森の東にある国もそうだものね」
と、ローズマリーが羽扇を広げて、その向こうで思案しながら言った。
「……例えば地下に逃げ込む、とかかしら。ハルバロニスもそうだったし、ドワーフの棲家とか、魔物の作った棲家に間借りするとかして……」
「その場合、彼らは何を食べて生きてたのかしら?」
ステファニアが首を傾げながら推測を口にすると、イルムヒルトが疑問を呈した。
「ん。テオドールの話だと、魔物は何とかなるだろうけど」
というシーラの言葉は、そのまま何を食べて生き延びたかの答えになっているような気がする。魔物は魔力嵐の中でも凶暴化するだけで、生存は可能だ。
「凶暴化した魔物を狩って食い繋ぐことができれば……何とかなるかな?」
「クラウディア様が嵐を収めるまでの間を凌げる、かも知れませんね」
アシュレイの言葉に、マルレーンも同意するようにこくこくと頷いた。
結局クラウディアが月の船で降りて来なければ、どこかに潜んで耐えていてもいずれ全滅、ということになっていたのかも知れないが。
ともかく、この侵略者なる記述もそうやってどこかで生き延び、何とかして魔力嵐を凌ぎ切った者達ということになるだろう。
どこの国、或いは民族や部族なのかは情報が少なすぎて分からないが……魔力嵐が収まった後、再生して肥沃になった大森林を狙って動き出した者達がいて、エルフ達や獣人達を捕えて奴隷とし、森を切り拓こうとした、ということになるか。
そこに現れたのが初代獣王、ということだった。エルフ達とも協力関係を結んで獣人達を束ね、力を合わせて侵略者を追い払い、大森林を守った、とある。
森林と一体化した暮らしは……大樹が自分達を護ったという歴史があればこそ。
歴史的に外国に対して閉鎖的だったのは、森を切り拓いて暮らす民とは相容れない、と思っている部分があるからだろう。
まあ、内情を見てみれば現在となってはエインフェウス王国も結構な勢力として成立しているし、侮られて蔑ろにされる、というような心配もないはずだ。種族的な違いはあれど、ヴェルドガルを中心とした同盟国間ならばその点については問題にもならないからな。
初代獣王の志であるとか、森林と一体化した暮らしの根本にある精神的な背景の周知は、相互の尊敬と理解に繋がる。エインフェウスとは交流が少なかっただけに……そういった点に敬意を払えるように周知するというのは今後重要になってくるのではないかと、そう思う。
大森林特有の薬草やキノコを採集したり、街中で買い物をしたりと色々エインフェウス観光を満喫させてもらって……そうして俺達の帰る日がやって来た。
エインフェウスからの同行者はオルディア、レギーナ、イングウェイである。
このあたりは予定通りではあるが……氏族長達も後から何人かタームウィルズとフォレスタニアを見学に来るという話が持ち上がっていた。今後交流を深めていくにあたり、氏族長達もヴェルドガル王国を実際に見ておきたいというわけだ。
「それでは、イグナード陛下。行って参ります」
「オルディア姉さんの身は、しっかりとお守りします」
と、オルディアとレギーナがイグナード王に挨拶をしている。2人からしっかりと手を握られているあたり、やはりオルディアもレギーナもイグナード王との一時の別れを惜しんでいるといった様子だ。
「うむ。まあ、儂としても近い内に顔を見に行こうと思っておる。信頼はしておる故、しっかりとな」
「はい、イグナード陛下」
と、イグナード王の言葉に、2人は真剣な表情で頷いた。転移魔法による行き来はできる状態なので、イグナード王との再会は遠い先の事、とはならないだろう。ベルクフリッツからの情報のやり取りなどもあるしな。
それからイグナード王は、俺に向き直る。
「では、テオドール公。次の再会を楽しみにしている」
そう言って、拳を軽く前に出してにやりと笑う。
「そうですね。僕も再会を楽しみにしております。イグナード陛下とお話をするのは良い刺激になりますので」
イグナード王の拳に俺の拳を合わせ、笑みを返す。
「ふうむ。武人同士の交流というのは、見ていて清々しいものがありますな」
と、狼の氏族長が言うとウラシールを初め、氏族長の面々がうんうんと頷く。いやあ、このへんはエインフェウスの首脳陣なんだなと思わせるところがあるが。
それから狼の氏族長はイングウェイにも話しかけていた。獣王候補と目されるイングウェイである。当然ながら氏族長とも面識があるらしい。
「お前に限って滅多なことはないと思うが、無茶はしないように気を付けるのだぞ。といってもお前は、根無し草だから、私があれこれ言っても始まらないか」
「ふむ。エインフェウスの皆に恥じる行いだけはしないように肝に銘じましょう」
と、イングウェイは割合飄々としている。そんなイングウェイの返答に氏族長は目を閉じて小さく笑う。
氏族長はその立場故に獣王候補のイングウェイの身を案じるような言葉を口にしたりもするが、イングウェイの返答はエインフェウス全体に関するものである。今のやり取りは、氏族長という立場を離れれば彼もイングウェイの人となりを気に入っている、という印象だな。
そうして皆でシリウス号に乗り込む。獣人やエルフの子供達も慣れたもので、木の上に登って手を振ったりと、イグナード王や氏族長と共に見送りをしてくれるようだ。
「では、また再会できる日を楽しみにしております」
「うむ。道中気を付けるのだぞ」
そう言って、イグナード王やエインフェウスの住民達に手を振って。ゆっくりとシリウス号はタームウィルズに向けて動き出すのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
8月25日発売の書籍版境界迷宮と異界の魔術師5巻に関しまして、特典情報が公開となりました。
詳細は活動報告に書きましたので参考にしていただければと思います。
今後ともウェブ版、書籍版共に頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願い致します。




