79 裁断
「父上! どうしてこのような者の所へ足を運ぶのです!」
バイロンは開口一番、大上段に俺を指差して、そんな事を言った。
「バイロン、お前どうしてここに……いや、何をしに来たのだ? 自分のしている事が――」
父さんは眉を顰めてバイロンを見やる。
「父上こそ! 何故隠れてテオドールなどに会いに来るのです! テオドールが功績を上げたからと家に呼び戻す気なのですか!?」
……質問には答えない、か。俺の家を探し出した方法については……まあいくらでも考えられるが、正直なところは話さないだろうな。自力で探し出したとか偶然見つけたとか言うに決まっている。
俺が東区に住んでいるというのは少し情報を集めれば解るだろうが……こうタイミングよく現れたのは……実際は使用人を脅すか、買収するかして、父さんの馬車の後をつけさせた辺りだろうか。それとも――。
「まず、落ち着け。私が会いに来たのは、テオが息子だからという、ただそれだけだ。それよりも――」
父さんはバイロンを説得しようとなるべく穏やかに話しかけたようだが、バイロンは聞く耳を持っていない感じだ。
「父上はそいつに騙されているのです! 伯爵家から独立したなどと言って! 功績を立てて後々我が家に報復しにくるに決まっています! 伯爵家に世話になったくせに、後足で砂をかけていくような輩です! 今すぐそいつと絶縁を!」
……ああ。そういう風に思うわけか。
多分だが、俺に対して散々色々やった自覚があるからだろう。俺が力をつけたら報復してくるものと、頭から決めてかかっている節がある。
そこで俺と父さんが――まあ、連中から見れば密談に見えるのだろうが――会っているとなったら。自分の次期当主としての立場が危うくなるかもだとか、俺が父さんに取り入って追い落とす算段を練っているものだとか邪推し、矢も楯も堪らず飛び出してきたと。
父さんが久しぶりにタームウィルズに来たのも……多分俺がこちらにいるからなんだろう。だから同行を申し出て、父さんが俺の家に行ったのを察知したら、それ見た事かと押しかけてきたわけだ。
……自分の姿を鏡に映して、勝手に怯えてるようなもんだな。普段はもう少し猫被ってたのに、そんな余裕もないのか。それとも父さんにはバレているから開き直ったか?
何を思って、何のために俺の所に来たのかは理解した。だが、それはそれとして。
「とりあえず、家から出ろ」
「お前が――」
何か言いかけたが、有無を言わせず水魔法で水球を作り出してバイロンを閉じ込める。一瞬にして水の中に叩き込まれたバイロンが外に出ようともがくが、いくら泳ごうとしたところで内部に封じ込めるための魔法なのだから意味がない。
そのまま軽く水球を手の甲で弾くと、戸口から中庭まで吹っ飛ばされていく。
塀にぶつかったところで水球が弾け、ずぶ濡れになったバイロンが咳き込んでいるのが見えた。
「くそっ! また魔法か! また!」
中庭に転がされたままで悪態を吐いているバイロンに近付くと、奴は顔を上げて俺を睨んでくる。
「嫡男である俺に向かって、庶子如きが無礼な!」
庶子の家なんだから、嫡男なら勝手に踏み込んできても大丈夫だろうって?
キャスリンもそうだったっけ。こうやって身分差にやけに拘るくせに、俺の役職とかリサーチしてないんだな。
地方と中央だから情報の伝達に齟齬があるのは仕方が無いとは言え。ちゃんと情報収集していたのはどうやら父さんだけのようだな。
「悪いけど、家からはもう独立してる」
「それでも貴様が貴族でない事は変わらん!」
「異界大使の称号はある。全権委任だから国王陛下に準じるそうだよ。ま、迷宮内ではだけど」
バイロンは眉を顰める。俺が何を言っているのか分からない、といった表情だ。
……さて、どうしたものか。この場合、俺はバイロンを官憲に突き出して終わりにしても良いのだが……。
それをしないのは、こんな奴でも異母兄だからだ。肉親の情があるからではなく。伯爵家の醜聞は俺にも関わってくるのだから、こんな事で貴族達の俎上に挙げられるのは勘弁してもらいたいところなわけである。
だがそうすると、どこで帳尻を合わせるのかという、落とし所の話になる。身内だからで済ませるわけにはいかない。グレイスやアシュレイの住居でもあるんだから。
父さんをちらりと見ると、眉根を寄せて小さく頷いている。
あれは――仕事の時の顔だな。心得ている、という事らしい。なら、俺の方の出方も決めよう。
「こ、これは伯爵家の問題だ! 父を呼び出して密談しておいて!」
「邪推だろ、それは」
「……バイロン。私は私の意志でテオの家を訪れたのだ」
「何故父上が? テオドールなど別邸に呼び出せばいいだけの話ではありませんか!」
お前らがタームウィルズに同行したからだ、とは言っても無駄なんだろう。
父さんは俺と会う事も知らせず、俺をバイロン達にも会わせず。どちらにも気を使って平和に話を終わらせようとしてたんだろうけれど。それをそういう風に受け取る、か。
「……招待するならまだしも。テオドールは、私が呼び出せる立場にはないよ。メルヴィン陛下の直臣だからな」
「ば、馬鹿な! どうやって、そんな……!」
ああ。やっぱり知らなかったか。バイロンの顔色が目に見えて悪くなっていく。
「魔人殺しだからだろう。それより、お前はここにいる方々に頭を下げ、許しを請わねばならん」
「誰が、テオドールなどに! いくら魔法が使えるからと! あのテオドールにそんな事ができるわけがないんだ!」
狼狽したままでバイロンは喚く。相当混乱してるな。
昔のイメージが抜けないから俺が魔人殺しだというのを信じられないというのは解らないでもないが。その意識をこの場に持ち込まれても困る。
「そ、そうだ! そこのグレイスを使って魔人を倒して、上手く皆を騙したに決まっている! 俺が化けの皮を剥いでやる!」
バイロンは自分の手袋に手をかけた。おい。まさかとは思うが、それを俺に叩き付けて決闘だ! とか言うつもりじゃないだろうな?
その手袋を投げてきたら「喧嘩」じゃ済まないから後には引けない。お前は一応は肉親で、父さんの子供だろうが。父さんの目の前でそれをやらされる身にもなれよ。
「――来い、ウロボロス」
呼ぶと家の奥から猛烈な勢いで竜杖が飛来して俺の手に収まり、ウロボロスが嬉しそうに喉を鳴らした。
マジックサークルが3つ4つと展開して、周囲に青白い火花を散らす。バイロンがこちらを見たままで、固まった。
「今からは――よく考えて行動しろ。誰が、何を、どうするって?」
「あ、え、おお?」
バイロンは僅かの間固まっていたが、何を思ったか腰の剣を鞘ごと投げ捨てると、拳を握って目を見開いたままで俺を見てくる。
それは――こっちは素手でやるから魔法も無しにしろという意味か? 体格的に有利だからとでも思ってるのか? だとするなら――。
「小賢しい」
「ぐぼっ!」
一瞬後には俺の膝蹴りがバイロンの鳩尾に突き刺さっていた。
よろけるバイロンに無造作に近付き、腕を取って1回転させて土の上に叩き落とす。
「ぐっ、は……!」
土の上だから大事には至らないだろうが、衝撃に息を切らし目を白黒させている。
「魔法抜きで、だと?」
頭上に掲げたウロボロスが青白い光を纏う。
「待、テオド……」
「笑わせるな」
音も無く。振り下ろされたウロボロスが、バイロンの頭上ギリギリを薙いでいった。地面に深い亀裂が残る。……まあ、無傷ではあるな。しばらく人前には出られない髪型にはなったが。
「お、あ、ああ……」
勝手に想像を膨らませて父さんとの会話に水を差してきたり、グレイスがどうこうだとか。少々頭に来ていたが……俺の落とし所としてはこんなものだろうか。後は、父さんの裁定だが。
「残念だ、バイロン」
バイロンに、父さんは静かに言った。バイロンが痛みと恐怖に顔を顰めたまま、父さんを見やる。
「知らぬ事とは言え、それを差し引いても目に余る不調法、居並ぶ他家の方々への無礼な物言い。たとえご当主が温情で見逃してくれたとしても、家長として私が見過ごすわけにはいかん。恐らく――いや。間違いなく家は継がせられん。お前は――継承権を剥奪し伯爵領へ帰す。タームウィルズにいる事も許さん」
「な、にを」
「ダリルをキャスリンから引き離し、徹底的に教育し直すことになるだろうな」
それは……そうだな。俺に対してはもう言うまでもない事だが、グレイスを使っただとか、皆が騙されているだとか。グレイスは直接的に。アシュレイは間接的に侮辱されている。
見逃してくれたから内々で済ませるというのなら、その場にいる者達を納得させられるだけの落とし所が必要になる。
グレイスとアシュレイの2人は――頷いている。それで納得してくれる、との事だ。後は適当な理由を作り上げて伯爵領にて廃嫡、というところか。
「ライトバインド」
バイロンの身体を光魔法で拘束し、更にサイレンスの魔法で言葉を遮る。どうせ聞くに堪えない言葉しか出てこないだろうし。
「何か縛る物を」
更に物理的に拘束し、レビテーションで持ち上げて馬車の中に突っ込んでおく。
「本当にすまんなテオ。また――日を改めさせてくれ。お前さえ許してくれるなら、だが」
「分かりました」
俺が小さく頷くと、父さんは頭を下げて馬車に乗り込み、別邸へと帰っていった。
後はカドケウスに指示を飛ばし、警戒させておく事にしよう。
さて。そこまでは良いんだが。
「え、えーっと。お邪魔だった、かな?」
困惑した表情を浮かべたアルフレッドとマリアンがいた。
ちょうどバイロンを拘束して馬車に突っ込んだ辺りで2人を乗せた馬車も来ていたのは分かってはいたんだけど。これはタイミングが、良いのか悪いのか。
バイロンが2人に馬鹿をやらかしたら……あいつは絞首台行きだっただろうから……良いタイミングという事にしておくか。




