番外83 緑の城にて
レステンベルグの獣人達はシリウス号の到着に何事かと思っていたようだが、甲板にイグナード王が姿を現したことと、ゆっくりとした速度で進んでいたことも相まって、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。イグナード王も軽く手を挙げてそれに応じ、地上の兵士達に対してにやりとした笑みを見せたりと、問題がないことを知らせる。
それで落ち着きを取り戻したというか……イグナード王の帰還を喜んでいる印象だ。木々の間から垣間見える、シリウス号の進行方向に追いかけてくる子供達やら、木の天辺まで登って手を振ってくる住人やら。
イグナード王のエインフェウス国内での信頼感や人気の高さが窺える光景かも知れない。シリウス号をそのまま緩やかに下降させ、城の近くの湖畔に停泊させる。
湖畔には既に人だかりができていた。イグナード王と共にタラップを降りる。
「これは獣王陛下、お帰りなさいませ! ご無事で何よりです!」
と、エインフェウスの武官らしき人物が兵士達と共にイグナード王を迎える。
「うむ。少々騒がせてしまったが、ヴェルドガル王国の飛行船に関しては問題ない。火急の用が出来た故、フォレスタニア境界公が厚意で船を出してくれたのだ。こうして、予定より早く戻れたのもテオドール公のお陰でな」
「そ、そうだったのですか」
獣人の武官の視線がこちらに向いたので一礼しておく。甲板に顔を出したラヴィーネやコルリスらが揃って一礼したからか、獣人の武官はややぎこちない笑みを作って礼を返してきた。
「甲板の魔物達は、使い魔達なのでご心配なく」
と、伝えておく。船は使い魔達やアルファ、ベリウス、それからフォルセト達やテスディロス達に守ってもらう予定だ。
俺達は、このままイグナード王に同行し、ヴェルドガル国内で起きたことを説明しなければならない。メルヴィン王の書簡も預かっているしな。
その際――氏族長達の反応も見ておく必要があるだろう。
イグナード王は氏族長達を招集するようにと武官に告げる。命令を受けた武官は敬礼すると兵士達と共に、機敏かつ折り目正しい動作で走っていった。
そうしてイグナード王は俺達に振り返り、言った。
「本来ならば国を挙げて歓待するのが筋であるが……慌ただしくなってしまってすまぬな」
「いいえ。お気になさらず。諸問題が解決したら、ということで」
やや冗談めかして答えると、俺に応じるようにイグナード王も小さく笑う。
「そうさな。その時が楽しみだ。では、そろそろ参ろうか」
イグナード王は再び振り返り、城に向かって歩みを進める。集まった子供達は色々な氏族がいたが、みんな一様に憧れの相手を見るようにイグナード王に視線を注いでいた。
子供に人気というのは……獣王だからこそという部分もあるだろうが、彼らの親達からの評判が良い、ということに他ならない。親が警戒するなら子供も近付かないからだ。
そんな子供達の反応にグレイスは表情を柔らかくする。それからレステンベルグの街並みを見渡して、言った。
「これはまた……面白い街並みですね」
「樹を利用した家か……。母さんの家に似ているかもね」
レステンベルグは街の中心部に一際巨大な木が生えているが、それ以外の木々も……まあ比較的常識的な規模ながら巨木と呼んで差し支えないサイズだ。その木の幹を足場として利用して家々を建てているようだ。
上の方で横に広がるように太い枝が広がっており、そこに家が建っていた。木から木に蔓と板で橋が架けられていたりして、樹上で家から家への行き来もできるようになっている。木々の根元にも家があったりする。
「樹上と根の家は――高所での活動が得手不得手な氏族で住み分けていたりするのです。テオドール様のご実家も似た感じだったのですか?」
「木を利用している、というのはそうですね。木そのものが家に変化しているので、土台に家を建てているのとは若干違うのですが」
と、オルディアの言葉に答える。
「もしかして、このレステンベルグの家として使っている木々は、あの巨木の――」
アシュレイが尋ねると、オルディアが頷く。
「はい。あの巨木の種子が育ったもので……エインフェウスの民が巨木の周りに住むのは聖なる木が凶暴な魔物や邪悪なものを遠ざけた、と言われているからです」
「ずっと昔よりも危険な魔物も減ったそうで……今となっては伝統建築の意味合いが強いですが、凶暴な魔物が避けて通ったり、上に登ったりしてこないというのは事実ですね」
と、オルディアとレギーナが街並みについて教えてくれた。
「面白いわね。もしかすると霊樹のように浄化の力を持っていたりするかも知れないわ」
ローズマリーが興味を示す。確かにな。それで凶暴化した魔物が避けて通る、というようなことは考えられる。それで巨木を中心に拠点を作るというわけだ。
「確かに、街そのものが木々の精霊達に守られているという印象があるのう。エルフ達も住んでいるからというのはあるのじゃろうが」
アウリアが頷いた。確かに、精霊達の数が多い。
片眼鏡を通してみる木精達も何となく楽しそうにこちらの様子を伺っていたりして。俺が見えている事に気付くと、軽く手を振ってくる。
ふむ。顕現はしていないが、髪の毛が葉、手足が枝というのはフローリアに似ているかな。いや、フローリアよりかなり頭身が小さかったりするが。
沿道の住民も様々な氏族の獣人やエルフが多いので異国情緒はたっぷりだ。
一風変わった森の街を進んで、そうしてエインフェウスの王城に到着する。城もまた、石造りであるのに緑に包まれている印象があって味わいがある。
そうして城に到着すると、イグナード王の出迎えの女官達が、王城の中を案内してくれた。先に向かった武官や兵士達から連絡が行っているのか、大きな円卓のある会議室、といった印象の大部屋に通される。
みんなで席に着いて飲み物を飲みながら待っていると……大部屋に1人の男が入ってくる。
落ち着いた雰囲気の長身痩躯の男――。尖った耳が特徴的な、エルフの男だ。
「これはイグナード陛下。ご無事に戻られたようで何よりです」
と、エルフの男は静かにイグナード王に頭を下げる。
「うむ。留守の間に何か変わったことは?」
イグナード王は割と気安い様子で声をかける。
「いえ、レステンベルグは平和で落ち着いたものでしたよ。陛下の不在を寂しがる声は耳にしましたが」
「そうであったか。ふむ。こやつはエルフの氏族長の、ウラシールという。儂が子供の頃からの知り合いでな」
と、イグナード王が紹介してくれる。
「お初にお目にかかります、お客人方。ウラシールと申します」
「これはご丁寧に」
こちらも応じるように自己紹介をしていく。
タームウィルズ冒険者ギルドの長、とアウリアが自己紹介をすると、ウラシールは穏やかな笑みを浮かべてようこそ森の友よ、と同族を歓迎する意を示していた。
そうして一通り自己紹介が終わると、真剣な表情になって言う。
「実は、精霊達が随分と喜んでいるようなので、会議場に駆けつけた次第なのです。空飛ぶ船もですが……これには……驚かされました。境界公は精霊の寵愛を受けている、と言っても過言ではない程の様子。このような人の子を見るのは……私も長く生きていて初めての事です」
ウラシールは何か眩しいものを見るようにして、そんなふうに言った。
「テオドール公は四大の精霊王とも親交があるようだからな。儂もフォレスタニアでは驚かされた」
「精霊王……! ……なるほど。それならば納得もできます」
ウラシールは顎に手をやって感心するように何度も頷いていた。氏族長とは言うが、何となくマイペースな学者風の印象を受けるのは……エルフだから、だろうか。
そんな話をしていると、次々と氏族長達が会議場に顔を出す。こちらは立派な髭を蓄えた獣人であるとか、見た目にも威厳のある者が多い印象だ。
そうして氏族長が集まったところで、改めて自己紹介を行い、そうして獣王と氏族長と、俺達による緊急の臨時会合が開かれることになったのであった。




