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77 再会の季節

「そこの茂み。狼の群れ」


 シーラからの指示を受けたアシュレイの手に、マジックサークルの光が灯る。


「ヒートフォッグ!」


 第5階級水魔法。アシュレイが手を差し伸べた方向――森の一角に濃密な霧が生まれる。

 高温の気体という辺りがなかなか剣呑な魔法である。

 例えば吸い込んだりすればただでは済まないし、目も開けていられないだろう。盾や鎧で防ぐのも厳しいものがある。というか、ヒートフォッグのような魔法に初見で対処するのは難しい。


 例えば目を閉じ、呼吸を止める事でダメージを最小に抑えたとしても、一時的に行動が大きく阻害されてしまうのは変わりはないわけだ。風魔法で散らすだとかいった対処が必要になる。いずれも、狼達では望むべくもない。


「そこね」


 待ち伏せを完全に潰されて、茂みから炙り出されてきた狼達をイルムヒルトの矢が頭上から正確に射抜いていく。まだダメージから立ち直っていないので反撃も回避もままならないようだ。


 もっとも……レビテーションで軽量化したうえに多数のエアブラストで高機動力を得ているイルムヒルトから見れば、地上の相手など元々止まった的のようなものだろう。ラミアである彼女はシールドを蹴って推進力を得られない。なら最初から高機動力を維持しておいた方が得、という発想だ。


 空中から真っ直ぐ降下していったシーラが、そのまま流れるように真横に飛ぶような軌道に変わる。エアブラストの噴出する音と闘気の煌めきを残して、すれ違い様にアングリーマッシュの頭部を断ち割っていった。


 グレイスは……また大物と戦っている。ロックベアーという岩のような肌を持つ熊の魔物と戦闘中だ。

 咆哮を上げて打ち下ろしてくる爪を横に跳んで避ける。そのまま斧を持つ手で空中を殴って(・・・)跳ね返ってくると、そのままの勢いで脇腹に蹴りを叩き込む。

 グレイスの何倍もあるロックベアーの巨体が揺らいで苦悶の声を上げさせられた。


 力任せの空中制御だが、それでまかり通るだけの身体能力を持っているのがグレイスである。直線的にしか動けないとザルバッシュは言ったが、両手両足で軌道を変えられるようになればフェイントなどの幅も格段に広がる。


 体格で劣るグレイスに殴られて悲鳴を上げさせられたのが気に入らなかったのか、ロックベアーが滅茶苦茶に腕を振り回して追いかける。

 グレイスは打ち合わずに一定の距離を取った。いつもの彼女ならあの手の攻撃は真っ向から全て切り伏せるような対処に出るところだが、それでは新しい装備品の訓練にならないからと、また違った戦い方をしているようだ。


 大きく跳躍し、斧を振りかぶる。ロックベアーはそのまま打ち下ろしてくるものと身構えるが、斧の刃が空中で何かに引っかかるように固定された。

 鎖に捕まったままシールドを蹴るグレイスの身体が空中に弧を描き、ロックベアーの背後を取った。

 その瞬間にグレイスが身を翻し、もう片方の斧が闘気の輝きを放つ。そのまま空中を蹴って、放たれた矢のような速度で迫ると、背中からロックベアーを切り伏せた。


 斧の刃の根本にシールドを発生させる事で、何もない空間にフックのように引っ掛ける事ができるようになったというわけだ。あれでタイミングをずらしたり、自分の身体を引き寄せたり……或いはターザンのロープワークのような、一風変わった挙動を可能としている。


 グレイスがレビテーションを空中戦に組み込まないのは、重量や慣性を魔法で制御してしまう事で、攻撃の際の破壊力が削がれるのを防ぐためだろう。レビテーションがないからエアブラストも推進力として使えないのだが……。それで構わないらしい。グレイスの戦闘思考は相変わらず尖っている感じだ。


 装備品に組み込まれた魔石はそれ自体では完結していない。魔石に魔力を供給するのは使用している本人である。あんまり派手に使用していると魔力を消耗してしまうのだが、そこはそれ。マジックポーションは湯水のように使えるのでデメリットに関しては解決済みだ。


「進め」


 俺の方は――制御能力を鍛えるためと、それから戦場や戦力の分断・各個撃破のためにゴーレムを操作してキラープラントやアングリーマッシュ、ウィスパーマッシュを物量で押し潰しているところである。

 ゴーレムそのものに少々手を加えて石の長槍を持たせるようなデザインにし、密集陣形を組ませて前進させるだけ。所謂ファランクスという奴だ。

 地球側では歴史上廃れてしまった戦法ではあるのだが、相手側に騎兵に相当するものがいないのでいい具合に機能している。俺が制御を乱さない限り、統率も乱れる事がない。ゴーレムなので怪我や痛みにも怯んだりしない。多分、普通に同じ人数の歩兵に同じ事をやらせるよりも強いだろう。




「今回のは使い心地は、どう?」

「良いですね。今回のは作りがしっかりしていて大分使いやすいです」

「魔力消費の感じも良くなった」


 神殿に戻ってきて感想を聞いてみると、概ね芳しい評価が得られた。

 装備品も調整が進んできているが、日々の訓練の賜物だろう。空中戦も連携も、なかなかのものだ。

 アシュレイはマジックサークルも覚えたし、魔術師としての成長が著しい感じである。マジックサークルを使えるというのは、きちんと詠唱の意味を把握し、自分の中でアレンジを利かせられるだとか、魔力の操作が上手くなってきて魔力で魔法陣を形成できるようになっているとか、そういう実力向上の証みたいなものである。中級以上の魔法の発動に時間が掛からないというのは大きなアドバンテージだ。


「ああ、テオドール君。丁度良いところに」

 

 装備品のチェックなどをしていると、声が掛けられた。

 振り返るとそこにチェスター率いる探索班がいた。

 アルフレッドの話によるとアルバート王子が引き込んだという話だが、それはそれとして変わらず大腐廃湖近辺の探索を続けていたはずである。


「こんにちは、チェスター卿。どうなされました?」

「今迷宮から戻ってきたんだ。これから身を清めて王城と神殿へ報告に行かなければならないんだが……」


 チェスターからの報告、となると。


「とうとう、大腐廃湖で封印の扉を発見したんだ。最深部の湖の中央部だったよ」

「それはまた……おめでとうございます」


 嬉しそう、というより、どこか遠い目をして語るチェスターに、祝いの言葉を述べる。

 分岐点から先の区画には行かず、更に大腐廃湖の奥、か。

 茂みをかき分けてしばらく進まないといけない宵闇の森外縁部もそうだが……あまり人が行かない場所に扉が配置されている感じだな。


「本当に長かったよ。君には礼を言っておきたい」

「僕にですか?」

「大腐廃湖について、アルバート殿下を通して助言をくれたんじゃないか? 扉を見つけたら、礼を言おうと思っていたんだ。迷宮の特性をよく理解した魔道具の使い方の発想とか、君だろう?」

「……どうでしょうね」

「ま、そういう風に思っているという事さ。それでは、ね」


 チェスターは髪を掻いて小さく笑うと、探索班共々頭を下げて、立ち去っていった。

 うーん。迷宮の攻略とチェスターの事情を知っている人間という事で考えていくと、俺に繋がってしまう、というところだろうか。確かに、アルバート王子が立てる対策としては的確過ぎた所はある、が。




 ――季節は秋。


 空中戦装備の魔力消費量などのバランスもそれぞれに合わせて調整、バージョンアップを重ねている。

 モニターの声をアルフレッドに届けてこようかと、ギルドで戦利品を換金してから工房に向かったが……あいにくアルフレッドは不在だった。


 スケジュールに穴を開けないためにパーティーの装備一式を調整する、と息巻いていたからな。また徹夜していたようだし。ビオラの話によると朝方に顔を合わせたそうだ。

 また来ると言っていたそうだが……王城に戻って昼寝をしてからだろうな。まあ、一度出直せばいいだろう。今日あたり、マリアンも連れてくると言っていたが。


 家の前までやってくると、馬車が停まっているのが見えた。

 え。あれ……? なんだか……やけに見覚えのある家紋なんだが。


 ……秋。そうか。秋か。

 収穫も終わって、領地は一段落という時期だ。雑事は家臣に任せ、これから冬になって往来が困難になるその前に……タームウィルズに用があるなら出てくる事もあるんだろう。


 ちらりとグレイスを見やると、彼女も分かっているのか小さく頷いた。

 馬車へ近づくと、中からよく見知った相手が顔を覗かせてきた。


 家令辺りが遣いとして来るのかと思っていたが。そういう事もないらしい。

 ……使用人達は味方をしてくれないと、前に話をしたからかな? 同様にあの連中は一緒に連れてきたりさえしない、か。


 そもそもあいつらがタームウィルズに同行しているのかどうかは定かじゃないが。自ら足を運んできたところを見ると……一応気は使ってくれているんだと思うけれど。


 俺としても……色々話をつけておく必要はあるだろうし、丁度良い頃合いと言えばそうなのだろう。

 馬車から降りてきたのは――ヘンリー=ガートナー伯爵。俺の、父だ。


「久しぶりだな、テオドール」

「ご無沙汰しています、父さん」

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