番外72 森林捜索
高度を高くとって光魔法の迷彩を施し、風魔法のフィールドを纏う。視覚と聴覚面からの偽装を施してシリウス号が進む。
相手側に獣人がいるということを考えるとこれでも接近を察知される可能性はあるが、どちらにせよ竜籠ではシリウス号から逃げ切れないだろう。
飛竜相手というのを想定して、王城からリンドブルムも連れてきている。一味を倒した後に飛竜を統率して動かすということを考えたらリンドブルムが適任だからだ。
さて……。索敵のために比較的緩やかな速度で飛行している。眼下には深い森、その森を流れる川。
もう少し進めば山岳地帯に入るので、川の位置も深い谷合いとなってくるために川の流れも上空から見やすくなるのだが。
それでも水晶板は森の中の動物や魔物等の生命反応の輝きを捉えているので問題はない。
当然植物にも反応するのでぼんやりと光る植物の生命反応が広がっているという状態だが、それに紛れて見えなくなってしまうのは小動物や川魚等のものだ。魔物は勿論、鹿や熊のような比較的大型の動物なら充分に判別可能である。
密集している光の反応を見かけるので、拡大して注視してみれば輪郭がゴブリンだったりといった具合だったりするが。あー。……ゴブリンは本当にどこにでもいるな。今日はやけに多くて肩透かしを食らう。
「む。あれは何やら妙ではないか?」
と、言ったのは水晶板の1つを操作しながら一方向を監視していたイグナード王であった。
水晶板の向こうに見える光景は――なるほど。確かに妙だ。
ライフディテクションによって森全体が光っている中で、空白地帯がある。空白地帯というか、植物の生命反応の光を放っていないというのに、木々だけは普通に生い茂っている……ように見えるという状態なのだ。
「少し開けた場所に竜籠を置いて、上から見えないように枝葉を被せて偽装した、というところでしょうか」
川も近くにあり、充分な空間もあるなら……まあ、そこを野営する場所に選ぶだろう。エインフェウスの獣人達は大森林で暮らしているから、森の中で野営するということも考えられるが、今回は竜籠を持ち込んでいるのが予想される。
「しかし、生命反応は近くに無いな」
「探知系の魔法への防御を施しているか……。或いは他の原因で見えなくなっている可能性はありますね」
「他の原因、というと?」
「ライフディテクションは家屋ぐらいなら透かして反応を見る事も可能ですが……例えば壁や天井が分厚い場所を見通すのは無理だったりします。敵に魔術師や精霊使いがいるならば地形を変えたり……或いは元々存在する洞窟を利用したりすることで対策も可能かなと。雨風を凌ぐ場所を選んだら自動的にそうなったとみる事も可能ですね」
気絶しているとか睡眠中だとかの意識がない場合や大怪我や病気等々、弱っている場合も、こういう生命反応の多い場所では紛れてしまって反応が分からなくなることがあるが、今回はその可能性は除外しよう。
「ふむ。確かに」
俺の言葉にイグナード王は腕組みをしながら頷く。
「ん。ゴブリンも水が使えて便利な場所に住処を作る傾向があるし。それを接収した、とか」
「有り得るな。獣人達ならゴブリンの巣穴のある場所を嗅覚で特定するのは難しくない」
そう言えば、確かにここに来るまでにゴブリンを多く見かけたな。獣人達に襲撃され、巣穴を乗っ取られて放浪中という結果だったとすれば納得がいく。
「どうなさいますか?」
「これは降りて調査する……しかないかな。猿獣人達の行動可能圏内的にもこのあたりはかなり怪しいし、何より偽装の痕跡が見つかってるからね。周囲をもう少し詳しく見てから、敵に見つからないと判断できたら風下側から降下して近付いてみよう」
グレイスの問いにそう答えると、みんなも気合の入った表情で頷く。
注意すべき点としては――飛竜も竜籠に繋がる鎖を外して雨風の当たらない場所に引っ張り込んでいる可能性がある事だ。個別に飛竜に乗って逃げられるとまた捕まえるのが面倒になるから、飛竜を見かけたら早めにスリープクラウド等で行動不能にしたいところではあるかな。
風向きを見ながら、迷彩が施されたシリウス号がゆっくりと音も立てずに降下していく。
今回船に残るのはフォルセトと、後から合流したシオン達、アルファとベリウス。それからオルディアだ。
船の操作はアルファに任せるとして、フォルセト達には水晶板による監視と通信機での連絡等々を担当してもらう。それからフォルセトによる隠蔽魔法で、シリウス号の偽装の維持も行ってもらう。
「行ってくるね、オルディア姉さん」
「朗報を期待しておれ」
「気を付けて、イグナード様もレギーナも。皆様も御武運を」
「ありがとうございます」
「いってらっしゃいませ、テオドール様」
「はい、行ってきます」
オルディアとフォルセト達に見送られる形で、光魔法による迷彩を施しつつみんなでゆっくりと降下する。セラフィナの能力によって音は漏れない。俺達は静かに森に降り立った。
鳥の声や虫の声が響いているが……豊かな森という印象で、実に静かなものだった。
「ゴブリンの……これは多分、巣の臭い。それから、他にも色々混ざってる」
風上からの臭いを感じ取ってシーラが言う。イグナード王やレギーナも同意見のようだ。シーラの言葉に臭いを嗅いでから頷いていた。
ゴブリンの巣とそれ以外の臭いね。光魔法のフィールドとマルレーンのランタンによる幻影で風景に紛れるよう偽装を施しつつ、風上に向かって慎重に移動を開始する。
茂みの向こうが――突然開けた空間になった。恐らく川のうねっている場所で、雨が降ると増水して冠水してしまうような場所なのだろう。
植物もまばらな開けた空間だが、そこに竜籠が置かれていた。木々を組み合わせた簡単な細工を被せて……上から見えないように偽装しているわけだ。
「どうやら、間違いないようですね」
と、アシュレイが言う。
竜籠の周囲――。生命反応、魔力反応。共に変わった反応は無し。だがゴブリンの巣穴を接収したというのなら、見張りを立てないわけがない。竜籠が視界に入る位置関係に巣穴の入口がある、と思うのだが。そこから推測していくと……。
「あの斜面の陰……ここからじゃ見えない向こう側。注意が必要だな」
川縁の周辺からは少し斜面が切り立っている。ゴブリンが巣穴を作るなら、ああいう斜面になるだろうか?
「ん。臭いも多分、あのあたりから」
まずは……見張りを沈黙させてから残った連中への襲撃を仕掛けたいところだ。
間違いなく猿獣人の仲間であるというのを確認し、そして相手の意表をつけるようにと、策は講じてきている。
ローズマリーに視線を送ると彼女は薄く笑って頷いた。
「ええ。任せて頂戴」
彼女の言葉に呼応するように一歩前に出たのは、例の猿獣人――の姿をしたアンブラムである。今回はタームウィルズで犯人を捕らえたので誘導尋問には使わず、別の形で利用させてもらうという寸法だ。
猿獣人は一旦俺達から離れると、川沿いを進んできたとでも言うように堂々と歩みを進める。それに呼応して俺達も慎重に見張りから見えない位置を移動。
「っと、何だ。お前か」
男の声がする。斜面の陰になっていて俺達の視界からはその姿は見えないが、アンブラムからは見える位置関係である。
「ああ。首尾よくいった。例の娘も確保したが、少々問題が起きてな。仲間がここに来るまでに怪我をしちまってな。悪いんだが、少し運ぶのを手伝ってくれないか? ああ、いや。お前達2人で充分人手は足りる」
「怪我? 動けない程か?」
「いや、熊の野郎が足首をな。あいつは図体が大きいからな。ついさっきのことで、距離も近いから他の連中が肩を貸してここまできたんだが、すっかりくたびれちまって……そこの陰でへたばってるのさ」
猿獣人の姿を借りたアンブラムが、口の端を歪ませ、冗談めかしたように肩を竦めて見せた。誘導する理由として、仲間が怪我をして、というのがローズマリーらしい意趣返しと言える。見ればアンブラムを制御するローズマリーは羽扇の向こうで薄く笑っていた。
「そりゃ災難だったな」
と、足音が近付いてくる。見張りは――2名。アンブラムに誘導されて斜面から顔を出したその瞬間、アシュレイのスリープクラウドが出会い頭に浴びせかけられ、頭上からもシーラの粘着糸による網が降ってくる。
シーラの粘着糸は眠りの魔法が利かなかった際の保険だが……。不意打ちであることも手伝って、獣人2人は膝からその場に崩れ落ちて穏やかに寝息を立てていた。
寝ている間に封印術を叩き込み、粘着糸ごと梱包してしまう。見張りはこれで無力化した。続いては――あの竜籠も土魔法で地面に固定しておいて、役に立たない状態にしておくのがいいだろう。
「……さて。後は洞窟内の連中の制圧といったところか」
竜籠の固定も完了したところでイグナード王が獰猛に牙を剥いて笑う。四肢から凄まじい程の闘気の火花が散っている。レギーナも既に闘気を漲らせて、戦う気満々といった様子だ。
そうだな。では、続いて洞窟内の制圧といこう。見張りが獣人なら残りの面子も獣人である可能性は非常に高い。奇襲であっても閉所で相手は獣人。油断せずに気合をいれていくとしよう。




