番外68 獣人の暗躍
イグナード王の恩人の子については、やはり祖先がエルフの血を引く混血の子ということで通しているそうだ。魔人の不老である性質と、エルフの不老である性質が、方便に都合が良かったということなのだろう。能力を封印している以上、対魔人用の結界等も素通りなので、逆に怪しまれないというわけだ。
で、恩のある人物の子なのでイグナード王が衣食住などの面倒を見て庇護している、と。隠しているのは魔人であることだけ、というわけだ。
その人物のエインフェウス国内での立ち位置を聞いたところで、イグナード王に他にも色々尋ねてみる。
「ふうむ。この絵では、よく分からんな」
ある程度こちらの事情を話した上で似顔絵を見せてみたが……イグナード王は今1つ要領を得ない、という印象であった。
ああ。獣人の似顔絵は……俺達の間では目立つ相手だからこれで充分でも、獣人達を見慣れているイグナード王から見れば「特徴を捉えている絵」とはならなかったわけだ。
これは目撃情報の伝達と技能の方向性での限界だな……。目撃者は獣人の特徴がどこなのか分からないし、これで似ている、と言われれば似顔絵を描く方もそれ以上やりようがない。
盗賊ギルドの似顔絵技能の弱点としては、把握しておく必要があるか。
「とはいえ、心当たりは無いわけではない。在位が他の獣王より長いというのもあってな。儂を疎ましく思っている派閥もあるのだ」
「なるほど。となると、全くの無関係でなかった場合、エインフェウス王国の外に出たのをこれ幸いと、何か仕掛けてくる可能性もありますね」
「それは……あるかも知れぬな。現時点ではこの連中については何とも言えぬが……」
そうだな。怪しいというだけでこちらから仕掛けるわけにはいかない、というのはイグナード王も同意見である。実際に動きを見てから対応を考えるというのは、今までの通りだ。
猿獣人の話を進めていると、通信機に連絡が入った。騎士団のメルセディアからだ。
『お探しの人物ですが指定された宿に向かったところ、不在でした。少し前に獣人の来客があり、その者と共に3人で出掛けたとのことです。許可を頂けるなら、持参した人相書きを使って宿の従業員に聞き込みを行います』
件の魔人についてはイグナード王と共にタームウィルズに同行しているが……悪意が無く、能力も封印されているとはいえ、魔人であることを伝えずに王城に通しては後で問題になる可能性がある。
そうして力の結晶はイグナード王が預かる、と。かなり気を遣っているのが分かる。
なので信用の置ける宿に、同じく信用の置ける護衛を付けて宿泊させた、との事だった。護衛と共に外出、とは――。
『では、そちらについてはよろしくお願いします』
メルセディアにはこのまま宿で情報収集をしてもらう。この人員の動きが、イグナード王の指示として有り得ることなのかどうか。それを尋ねる前に更に通信機に別の人物から連絡が入る。アウリアからだ。
『猿獣人率いる一団が行動を開始したぞ。どうも大通りを進んで……このまま行くとタームウィルズの北の門に向かうことになるかの』
このタイミングでか? 宿からの来客と外出に合わせたような動きがどうにも気になる。精霊による追跡は継続してもらうとして。
「イグナード陛下。件の人物が宿から動いているようです。護衛の人物と、もう1人、獣人の来客があったと。このような動きは、通常有り得るのですか? 猿獣人の一団も、同時に動いている模様です」
「いや。儂の指示があるまで宿を動くなと言っておいたはずだ。護衛も、間違いなく信用の置ける人物を当てたつもりだが――」
俺の言葉に、イグナード王が目を見開き腰を浮かせる。
何やら良くない事態が動いている気がする。俺達もここに留まっている場合ではなさそうだ。移動しながら話を進め、通信機による連絡を回して迅速に対応する必要があるだろう。
「クラウディア。北の門近辺に転移できるかな? ええと、そうだな。兵士達の詰め所や監視塔が良いんだけど」
「ええ。任せて」
クラウディアが頷き、マジックサークルを展開する。俺達とイグナード王、テスディロス達を含めて、まとめて光の柱が応接間を包み込み――そうして目を開けばそこはタームウィルズ外壁、北門の監視塔であった。
「こ、これはテオドール公!? ど、どうなさいました!?」
兵士達が突然現れた俺達の姿に顎が外れんばかりに驚いているが、手でその動きを制して応じる。
「驚かせて済みません。少し緊急を要する事態かも知れないので、転移魔法の先として利用させてもらいました。ほんの少しの間、監視塔を利用させて欲しいのです。必要なら王城に確認を。但し、目立たないようにお願いします」
「は、はい」
用件を簡素かつ手短に伝えると、兵士は畏まって頷き、連絡のために1人を残して走っていった。事後承諾の形になってしまうが、俺達の動きを通信機で王城に伝えると、すぐにメルヴィン王から許可するとの返答が返ってきた。ああ、これは助かる。
さて。監視塔なら北門近辺に向かっているらしい猿獣人達の動きも掴みやすくなるか。バロールとカドケウスを監視塔の覗き窓に配置して情報を収集する。
次に打つ手は? 猿獣人と宿への来客が無関係だった場合は? その時に宿から出た人物の足取りを追うにはどうしたらいい?
思案を巡らせていると、外を覗き込んでいたイグナード王が言った。
「む。あれだ。あの者達が護衛と、恩人の子だ」
人混みの中からイグナード王が真っ先にその人物を見つけ出したらしい。イグナード王の指差すその先を追えば――。人型に近いタイプの女獣人と熊型の男獣人、そして白いフードを被った小柄な人物の3人組――が、通りを歩いてくるところだった。
「片方が護衛として。もう1人の人物は?」
「……儂がヴェルドガル王国を訪問するにあたり、選出した武官の1人じゃな。何の真似かは知らぬが――」
イグナード王の言葉の中には怒気が含まれていた。つまり、イグナード王が連れてきた供の者か。裏切者が紛れ込んでいた、と見るべきなのだろう。
「顔見知りであるなら宿から連れ出すのは難しいことではないわね。例えば、イグナード陛下が怪我をしてしまって動けない。貴方達を呼んでいる、だとか理由を付ければいいのだから」
ローズマリーが眉根を寄せて言った。ああ、そうだな。それなら動かざるを得ない。護衛の女獣人は裏切っているかどうかはまだ不明だな。警戒感を露わにあちこちに視線を送ったり、フードの人物を人混みから守るような動きを見せているが――。
カドケウスを監視塔から放ち……人混みに気配を紛れさせながら、察知されないギリギリの距離を見極めつつ接近させる。
最低限、何か危害を加えようとしたら、即座に割って入れる距離まで接近させなければならない。獣人の鋭敏な感覚に引っかからないように、雑踏の動きに合わせて動かしていく。
「彼らの目的は何でしょうか?」
「イグナード陛下の恩人の子が魔人と知って、その能力を目的として動いたか……それともイグナード陛下の弱点と目星を付けて動いたかで、違ってくるかな」
グレイスの疑問に答える。前者なら魔人の特殊能力を利用するため。後者なら……人質として用いるためだ。イグナード王に退位を促すか、或いは獣王を継承する戦いの際に八百長を持ちかけるとか。
これだけのリスクを冒して得られるリターンとなると、そんなところだろうか?
「莫迦者共が……」
イグナード王がかぶりを横に振った。そうこうしている間に、猿獣人率いる集団が通りの向こうに見えてくる。アウリアからも細かく連絡が入るので、見つけるのは容易だった。
「1つ、問題があります。救出するにしても衆人監視の人混みの中で戦闘、というわけにはいきません。魔人であることは隠さねばならないからです」
連中がタームウィルズを脱出し、門の外まで出て……ある程度無関係な面々から離れたタイミングで仕掛ける必要がある。
綿密な作戦を立てている時間はあまりないが、その中で色々な状況を想定し、臨機応変に作戦を立てて動く必要がある。
「――では、その後、私達はいつものように」
「そこでマルレーンとセラフィナが動くというわけね」
といった調子で作戦を練っていく。マルレーンが真剣な表情でこくこくと頷いた。
まず、件の人物を人質として使われないように動かねばならない。そうなると事情に精通しているイグナード王にはこの場に待機してもらう必要がある。
恩人の子が人質として有効に働くのはイグナード王だけだ。
無関係で情報不足の俺達にとっては、人質として機能しない。いや、正確には人質として使えないことも無いが、その判断が連中としても遅れるということだ。いかに重要人物であるか、俺達に理解させないといけないのだから。つまり――その間隙を突く。
「済まぬ……。恩人の娘でありながら、動けずにいるとは――不甲斐ないことではあるが……。どうか、どうかあの子をよろしく頼む」
イグナード王は大きな体を小さくして、俺にそう言ってきた。心無しか髭や耳、尻尾も力が無い感じがあるが。
「お任せください。怪我はさせません」
監視塔から見てみれば――。猿獣人の一団と合流した熊の獣人が、魔人の子に短剣を突き付け、護衛の女獣人に対して余計な動きをしないようにと警告をしているという場面だった。
つまり猿獣人の連れてきた連中は、護衛に何もさせないようにという保険だ。監視の目が多い程、逃げにくくなるし反撃もしにくくなる。女獣人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、連中の指示に今は従うような様子である。
ここまでは想定通りだ。では――奪還作戦を行うとしよう。みんなも、テスディロス達も、今回は相当気合が入っているからな。




