75 BFO式戦闘訓練
「ん……」
柔らかな感触と、温かな体温。鼻孔をくすぐる匂いに目が覚める。まだ空は白み始めたばかりといったところ。
寝間着姿の2人に挟まれて、抱き枕のようにされていた。
「んん……おはようございます……」
「おはよう、アシュレイ」
「はい……」
俺が小さく身動きしたら、アシュレイが挨拶をしてきた。アメジストを思わせる深い色の輝きと視線が合う。
だがアシュレイはまだ眠り足りないのか、薄く目蓋を開けた後に、またすぐに目を閉じてしまった。肩に頬を寄せるようにして、静かに寝息を立てている。
眠りに落ちるその前に、安心しきったような微笑みを浮かべていたのが印象深い。アシュレイから信頼されている感じはあるが、抱き枕状態はそのままだ。
……最近はグレイスの反動解消にしろアシュレイの循環錬気にしろ、主寝室で眠る前に行う事が増えた。
グレイスとアシュレイにとって必要な事ではあるのだが、それをすると俺を入れて3人の時間という感じになってしまうので。寝室でのんびり時間をかけて行うというのを増やすようにしたのである。
2人ともそれで安心したり心地良かったりで、そのまま快眠できてしまうものらしい。
夏場なので魔法で部屋の温度を下げて眠りやすい環境を作ると、今日のように朝には抱き枕状態が完成、というのがちょくちょく起こるわけだ。
循環錬気はなるべく触れている面積と時間が多いほど、有意に効果が大きい事が経験則で分かってきた。明らかにシーラやロゼッタと組手をしている際のアシュレイの動きが良くなったりしているので。
俺としては全身密着とか理性的な意味で困るから程々に自粛しているが、迷宮に潜る事も考えるとあまり遠慮しているわけにもいかないというのが悩ましいところだ。
俺自身の問題については――結局の所、自分に眠りの魔法をかければ我慢するしない以前の問題なので、最近はそうやって対応している。あまり自制心ばかり当てにするものじゃない。
「ふふっ」
と、反対側から小さな声が漏れた。
そちらを見ればグレイスも薄く眼を開けて、穏やかな笑みを浮かべている。
「おはようございます、テオ」
「うん。おはよう。起こしちゃった?」
「早く起きても、お2人の寝顔を眺めていられますから」
と、目を細めて言う。……んん。反応に困るな。
「俺の顔なんて、見慣れてるだろ?」
「私は、好きですよ。テオの髪の毛の感じとか、瞳の色、とか」
そっと髪に指を通される。
「もう少ししたら朝食の準備をしますから、それまでゆっくりとお休みになっていてください」
と、言われはしたが。
腕にアシュレイの身体の感触があったり、髪を撫でられてくすぐったかったりで、ここから寝付こうというのはなかなかに無理な相談だ。
「いや。俺も起きるよ。早く起きたし、ちょっと庭で朝の稽古でもしようかなと」
よく眠っているアシュレイからそっと腕を抜いて、彼女の髪を軽く撫でて。グレイスに見送られて家を出る。
訓練、か。余っている初心者用の魔法杖で仲間達を相手に組手をする……というところまでは良いのだが、その場合攻撃力過剰な俺は、反撃せずに基本受けに回る事になる。
俺の防御技術とアシュレイ達の攻撃技術は鍛えられるが、逆が疎かになる、というのが困りものだったりする。
それに魔法を制御しながら近接戦闘をこなしていくのが俺の戦い方だし、訓練で魔力を杖に込めるわけにもいかないので、組手では魔法の処理能力は余らせてしまっている。
というわけで、迷宮に潜っていない時の鍛錬として別のメニューは無いものかと考えて、思いついた事がある。上手くいけばアシュレイ達の訓練にも使えるだろう。
「クリエイト・ゴーレム」
土魔法で俺と同じぐらいの背丈のゴーレムを作り出す。とりあえず、4体ほど作れば良いだろうか?
動きは然程機敏ではないし複雑な命令をこなせるわけではない。動きも俺が予め決めておいたものの組み合わせだったり、リアルタイムでの制御だったりなので先が読めてしまうのだが……そこはそれ。もう一工夫する事にした。
さて。囲まれた状態から訓練開始だ。
4方からタイミングを合わせたりずらしたりしながら打ち掛からせ、それを捌いていく。
それなりに対処が難しいような連携攻撃させているのだが、制御しているのが自分自身だけに、やはりゴーレムだけではこちらの動きの予想を出るものではない。
背後から迫ってくるゴーレムの腕を上体を屈めて避けながら、後方に突きを放つ。十分な手ごたえ。突きを繰り出した動作そのまま、一挙動に逆手に握った杖を振り抜いて正面のゴーレムを吹き飛ばし、杖を風車のように回転。左右から迫ってきたゴーレムの頭部を、一方は杖で打ち下ろして地面に叩き付け、もう一方は一回転分タイミングをずらして下から掬うように打ち上げる。
ゴーレムの形が崩れ、吹き飛ばされてはまた元通りになって、戦列に加わる。これの繰り返しだ。
存分に攻撃しても良いというところは優れているのだが、やはりこれだけではまだ物足りない。約束組手にシャドーボクシングを組み合わせたようなものでしかない。
が、そこに時々、カドケウスの攻撃を混ぜるようにすると話は変わってくる。躍り掛かってくるゴーレムの間を縫うように、先端を丸くした突きや鞭のような一撃が飛んできたり、スネアトラップが仕掛けられたりといった具合だ。
硬質化はしていないので殺傷力はないが、かなり鋭い攻撃である。俺が命令を下しただけでこれだけの動きをしてくれるのだから、やはりカドケウスは使い魔としては出色の出来だろう。
杖による受けや捌きだけでなく、マジックシールドも併用しての防御をさせられる。よし。こうでなくては訓練にならない。
カドケウスに援護をさせるように適時遊撃させる事で、予想外の動きを混ぜていくわけである。要するにゴーレム4体の動きを制御しながらのカドケウスとの近接戦闘訓練、というわけだ。
魔法制御能力に近接戦の技術。カドケウスの戦闘経験。全部鍛えられて言う事無しだな。
カドケウスの攻撃を捌き、間隙を縫うようにゴーレムを潰す。即座に制御して復活させ、打ち掛からせ続ける。巻き上げては吹き飛ばし、巻き込んでは引き倒す。
倒したゴーレムは、一々立ち上がらせない。地面に潰された所から上半身を盛り上がらせて即時反撃させる事で動きの緩慢さを補う。身体の一部を丸めて投げつけさせる事で間合いを詰めるための時間を埋める。
打ち落とし。ゴーレム弾の陰に隠れて迫ってきたカドケウスの一撃を、首を傾けて避けるが、後方からもゴーレムの腹を突き破るようにして、カドケウスの突きが迫ってきているのを視界の端で捉えた。
これは予想外だ。悠長に地上で構えていてはゴーレムが壁になっていて回避するスペースがない。杖を地面に突き立てて、弧を描くように側転。身体ごとその場から離脱する。
ゴーレムそのものの動きも最適化、洗練されてきて、段々と難易度が上がってきているのが分かる。もっともっと――行けるはずだ。
「また……信じられない事をしてる」
段々面白くなってきてしばらく時間を忘れて没頭していると、シーラ達がやってきた。工房から出来上がって来た試作型の空中装備を身に着けているから――彼女達も朝の訓練をする気で出てきたのだろう。
「おはよう」
「うん。おはよう」
「今のは……新しい訓練……なのかしら?」
イルムヒルトが首を傾げる。
「ちょっと思いついたからね。これならみんなも集団戦闘の訓練ができる」
ゴーレムの密度を下げたり素材を変えたりする事で殺傷力を無くす事もできる。実戦ではないから、迷宮と違って安全マージンを考える必要がない。グレイスも相手を気にする事なく訓練に参加できるようになるはずだ。
これの意味する所は大きい。
例えば限界ギリギリの際どい攻撃だとか、エゲつない連携にも対処する事ができるようになるだろう。俺もみんなを訓練しながら制御能力を鍛えられるから一石二鳥だな。
「今のを――私達も?」
俺の笑みから何かを察したのか、シーラの表情が珍しく引き攣ったようなものになる。
「んー、まあ。難易度やゴーレムの数は調整するよ。アクアゴーレムなら空中戦もできるし汚れない、怪我もしないで、安心だと思う」
それほど過酷な訓練にはしない。こういうのは続けられなきゃ意味が無い。俺の循環錬気やアシュレイの治癒魔法があるから、体力面での疲労も残さない。
――という訳で、グレイスが朝食の用意ができたと呼びに来るまでの間、新しい訓練メニューで空中戦の特訓をさせてもらった。
「無理。その時間差攻撃は無理」
「間合いを思い切って詰めるんだ。先に迫ってきている相手を盾にするようにくっ付いてくのが良いんじゃないかな」
「あれは……どうやって避けたらいいのですか?」
「偏差射撃は詰む前にその場から離脱するとか、防御魔法を利用する。弾の密度の薄い所を見極めて滑り込んで、防御魔法でフォローする、と。とにかく動きの先を読ませないように、単調な回避はしない事」
「あれ? アクアゴーレムにも弓矢って効いているの? テオドール君がやられた振りをさせてるわけじゃなくて?」
「イルムの弓は鳴弦で魔力を乗せられるからかな? こっちの制御に干渉してくるから、結構有効だね。もっと早く、重く乗せられるようにできれば変わってくると思う」
「んー。精進するわ」
……とまあ魔人戦を想定しつつ、BFOのPvPでやられてキツかった事等々、色々盛り込めたので相当密度の濃い時間になったのではないかと思う。続けていくうちに彼女達の動きもどんどん良くなっていったし、俺自身が訓練する時にもゴーレムの操縦法をフィードバックできそうだ。
迷宮での実戦。訓練での限界値の模索。この両輪でやっていこうと思う。




