番外47 魔術師の想いを
まずは危険物のリストを照合し、それがきちんと保管されているかどうかを確認。それから道中の安全を確認する意味も込めて、地下区画を移動する。
「どうかな?」
「ん、大丈夫。しっかり罠が起動しないようになってる」
ワグナーの書斎から正規のルートで操作する事により、地下区画の罠にロックがかかる仕様だ。念のために罠の状態を確認させてもらったが、どうやら大丈夫なようだ。
図書館の備品も活動を停止していた。司書に掛かっていた封印術を解除してやると、司書は何事も無かったかのように所定の図書館最奥の席に腰かけ、戦闘で破壊されなかった机や椅子等の備品達は、何やら図書館の掃除を始めていた。
壊れた備品を集め、まだ使えそうなパーツとそうでないパーツに分類。破損状態の酷い物は司書のところへ運んで行き、木魔法で修復などして組み立て直している。
うーん。手記の記述によれば、警戒態勢でない場合は図書館の状態をある程度綺麗に保つように作られている、らしいが。
「自分達で地下区画の管理をしてしまうんですね」
と、グレイスがその光景を見て、感心したように言う。
「迷宮が壁の修復をするのを見て思いついたって、手記には書いてあったけど。戦闘で壊れた分は後で修復に協力しようかな」
司書にしても図書館の備品達にしても、グラズヘイムが余計な事をしなければ戦いにならずに済んだだろうし。
「主殿の考えは、良いな。魔法生物やゴーレムも大切にしてくれるというのは、いつもながら嬉しく思うぞ」
と、マクスウェルが言うと、俺の肩に腰かけているバロールも目蓋をぱちぱちと動かして同意を示していた。マルレーンもそんな話を聞いてにこにこしている。
備品達の活動を横目に眺めながら古城を出てカイトス号へ向かうと、船で留守番していた面々が心配そうにこちらを見てくる。
「一先ず、地下区画の安全は確保しました。公爵やレスリー殿に、確認して頂きたいものがあるのですが」
「分かりました。ご一緒します」
照合や安全確認している間に、通信機で大まかな事情は話してある。公爵とレスリーは静かに頷いて甲板から降りてくる。
「ああ。もう少しの間、船の守りを頼む」
リンドブルム、ベリウスとアルファ達に声をかける。リンドブルムは自信ありげに口の端を歪めて低く喉を鳴らした。ベリウスとアルファも揃ってにやりと笑う。船の護衛は任せろ、という事らしい。
とりあえず……やる気は充分なようなので問題はあるまい。
公爵とレスリーと共に黒の客室へ向かう。開かれた客室の仕掛けを見て、公爵は感心したように声を上げた。
「これはまた……大掛かりな。忌避させるような噂話を流して人を遠ざけるというわけですか。なるほど……」
「凝った仕掛けが多くて、色々興味深い物が見れました。僕としても良い刺激になりましたよ」
扉の鍵と床の仕掛けが連動している事等、仕組みを説明しながら地下区画へ向かう。
回廊の罠に関しては巧妙ながらも危険度や致死性の低いものが多く、警告の意味合いが強い事など、通信機での連絡では割愛した情報も2人に伝えていく。
罠に関しては回廊の奥に行けば行くほど警告から攻撃の意味合いが強くなっていく。それでも帰らない相手には図書館で物量による実力行使して叩き出す、と……まあ、罠としても防衛としても情けのある部類だろう。
「警告……ですか。私がグラズヘイムに引き込まれた時にここの罠が動いていれば、奥まではとても辿り着けなかったのでしょうが……」
と、レスリーが目を閉じて言う。
「ワグナー公は家人を傷付けるつもりはなかったのでしょう。問題を後世に残してしまうことを心苦しく思いながらも、書斎まで発見してもらう事も視野に入れていたようですから。とは言え、封印の方がもたなかったようではありますが」
「もしかすると……当時の後嗣あたりは何か伝え聞いていたかも知れませんな」
「それは……あるかも知れませんね」
グラズヘイムの、記憶や精神面に作用する能力故に手出しできずにいる内に代を重ねて忘れられてしまったなんてことは有り得る話だ。大魔術師でさえ滅ぼせなかった悪魔の封印を解いて、わざわざ挑むリスクを考えれば、封印がされているのならそっとしておきたいという気持ちは、分からなくもない。
それにグラズヘイムが悪魔故に、仮に契約して制御できるのなら容易に悪用できてしまうというあたりも……公にしにくい話ではあるだろう。グラズヘイム打倒を目標に周知したりすれば、利用しようとする者が現れるかも知れないし、奴自身もそのように立ち回ろうとするはずだ。
そんな話をしながら回廊を抜け、図書館入口に到着する。備品達は休まず片付けをしているようである。
「何というか……グラズヘイムと戦った時を思い出す光景ですが……いや、何とも面白いものですな」
というのは、珍しい物好きな公爵らしい感想ではあるだろう。
「確かに。まあ、ここの備品達はしっかり制御されていて、命令が無い限り戦闘を行わないようではありますが」
備品の修繕を行っている司書の作業を邪魔しないようにしながら、図書館の奥からワグナーの書斎へ。内部の様子と手記の内容に目を通してもらったり、危険物リストを見てもらったりする。
一通り見終わったところで公爵は何やら思案しながら頷き、レスリーは目を閉じて何かを感じ入っている様子であった。
「何故ワグナー公はグラズヘイムのようなものを後世に残されたのかと疑問に思っていましたが……その答えが出て、すっきりした部分があります」
「家族や領民、そして国の平穏を願えばこそ、か……」
レスリーが言うと、公爵も口を開いた。
そうだな……。公爵一家は夢魔事件以降家族の結束も深まっているようだが。だからこそワグナーの手記の内容に関して感じ入る部分も多いようである。
「手記の内容に関してですが……これはワグナー公の遺言と見るべきでしょう。テオドール公の約束と大筋で変わりはありませんが、ワグナー公の遺産についてはグラズヘイムを打倒し、後世に託した願いを成就したテオドール公に譲られるべきものでしょう」
「手記内で言及の無い物品に関しては、個別に見て情報共有していくというのが良いでしょう」
「ふむ。そうなると残る問題は――」
危険物の取り扱いについてだな。例えばワグナーの研究成果を記した魔術の書であるとか、魔法薬の製造法であるとか、作り上げた魔法の武器であるとか……。後はあの司書もそうだ。
「危険物については、事前にお約束した通りですね。目録を見た限りでは持ち運びできないものはないようですし、悪用された場合の危険性が高いものは迷宮に封印する、というのが良さそうです」
それから……司書や机、椅子に関してだが。これらはできるだけ公爵領に残したいと思う。
ワグナーが後世の平穏や家族のためを思って作り上げたものなのだし、ずっと人知れず古城を守ってきたわけだから……これからは陽の光が当たるところに置いて、ヴェルドガル西部の平穏のために活用する、というのがワグナーの意に沿うものなのではないかと、そう思うのだ。
司書達の挙動に関しては、魔法陣の作りを見る限り、必要に応じて色々手を加えられるようにできているようだし。
「善意は殊更に喧伝するものではないと思いますが……誰にも知られずにいるというのは些か理不尽ではないかなと。ワグナー公のお気持ちはもっと広く語り継がれても良いものでしょう」
「それが……陽の光が当たるところというわけですな。ならば私はワグナー公の子孫として、そして公爵家の長として、誇りと共に後世にそれを語り継いで参りましょう」
……よし。これで古城にある物品の処遇も大体決まっただろうか。
西に来た目的としては月光島の演奏会なども控えているが……その前に司書の仕事を手伝ってくるとしよう。
「では……僕は少々戦闘の後片付けをしてこようかと。図書館の椅子や机や本も、修復できるものは修復しておきたいと考えておりまして」
そう言うと、公爵とレスリーは目を瞬かせた。破損個所が大きい物はタームウィルズに持ち帰って修復の方向で考えるか。このあたり、技術研究にも繋がるしな。
「それじゃあ、私達もテオドールの手伝いをしましょうか」
「ええ。何をすればいいかしら?」
クラウディアが言うと、ステファニアが明るい笑顔で尋ねてくる。
「それなら魔石が破損しているかどうか点検して、分けてくれると助かる」
というわけでみんなで作業を進めていくとしよう。




