番外45 ワグナーの遺産
翼を広げた鋼の司書が、余剰魔力の輝きと共に突っ込んでくる。こちらも同時に司書目掛けて突っかけた。後方から追い縋ってくる椅子や机達の気配が、その途中で途切れる。
みんなが背後で支えていてくれる。だから俺も、目の前の戦いに集中できる――!
奴の錫杖とウロボロスが触れたその瞬間。巻き上げるように錫杖が動いた。
こちらもウロボロスの動きを合わせて変化させる。絡めるように跳ね上げれば、司書の爪先が弧を描くように下から猛烈な勢いで通り過ぎていった。
空中で一回転してこちらに向き直り、再び激突。武術を修めたかのようなその動き。或いは、武術の再現と言うべきか。
「グラズヘイムを知っているか!? レスリーが奴に操られて罠を起動させただけなのを、分かっているのか!? 攻撃を停止してくれるならレスリーだって連れて来れる! 話を聞けッ!」
余剰魔力の光の尾を引きながら空中で絡み合って激突。火花を散らして弾かれ、幾度となくぶつかる。主導権を奪い合うように杖術を応酬するその中で、司書に問いかけた。
しかし司書からは何の返答もなく、俺の問いに対する動揺は勿論、何の感情も見せず、淡々と攻撃を繰り出してくる。
駄目、か。これだけの近接戦闘技術を持つのなら、或いは高い自意識を持っているのかとも思ったが。だとするなら、これらの高度な動きも、ワグナーの技術力故にということになる。
グラズヘイムがレスリーを操って起動させた古城のトラップ群。その一部としてその力を振るっているという事実。奴は自律型というよりは与えられた命令に淡々と従うタイプらしい。
なら、迷う必要はない。確実に司書を機能停止させ、起動している罠を解除しなければならない。
打ち合いながら、その中でミラージュボディによるフェイントを織り交ぜれば――胴薙ぎの一撃が司書の脇腹を捉えていた。やはり、自律型ではない。
高度な技術力故に引き出しは多いのだろうがそれを逆手に取るか、対応できないような攻撃を繰り出せば攻防で上を行くことができる。
吹き飛ばされていく、司書。追撃を加えようと突っ込めば、奴の額にマジックサークルが閃く。
周囲に無数の光弾が浮かび上がった。一度拡散するように放たれたそれは一定の距離を進んだところで動きを止め、そこから俺のいる空間に向かって直線的に突っ込んでくる。
雨あられと降り注ぐ光の矢。シールドを蹴ると同時に、魔力光推進の爆発的な加速力で誘導弾を一気に振り切る。大きく弧を描いて鋭角に折れ曲がり、直上から突っ込めば、奴は錫杖でこちらの一撃を受け止めると同時に再びマジックサークルを展開してきた。
召喚術――!
空間に浮かんだマジックサークルから、巨大な木の蔓が飛び出した。鞭のように猛烈な勢いで横合いから振り切られるそれを、ネメアが爪で打ち砕くように迎撃する。同時にこちらもマジックサークルを展開する。
風魔法レゾナンスマイン。奴の胸部内の座標に合わせて放った衝撃波を、しかし奴は寸前で察知して後ろに飛んでいた。レゾナンスマインの効果が現れるまでの、一瞬のタイムラグで反応して避けることができるらしい。
後方に飛ぶ司書に追い縋る。司書の翼から無数のマジックスレイブが放たれ、そこから展開したマジックサークルから魔物が姿を現した。
――カトブレパス! 石化の邪眼を持つ、単眼の魔獣!
「闇よ!」
閉ざされた目蓋が開く前に、闇魔法で暗黒の空間を作り出して邪眼を遮る。
無数の剣を携えた半蛇半人の魔物がマジックサークルから上半身だけ覗かせたかと思えば、そこから大量の闘気の斬撃を飛ばし、そして攻撃を繰り出した一瞬後には消える。
無数のマジックスレイブを滞空させて、その只中に司書は浮かんでいる。
近接戦闘で分が悪いと見るや否や距離を取っての射撃戦。召喚術は維持するのではなく、一瞬だけ、一部だけを召喚して攻撃を繰り出させる形。
魔術師対策として最初に近接戦闘を仕掛けたが、俺相手ならば射撃戦の方が有利だと判断したか。
司書の扱う召喚術の使用法。そのメリットは大きく分けて二つだ。
まず、召喚獣を留めておく必要がないので魔力消費量が抑えられる事。それこそ、マジックスレイブからの召喚で充分なほどに洗練されている。それから、召喚のマジックサークルからでは実際にどんな攻撃が繰り出されるかが分かりにくいことだ。これもワグナーの得意とした戦法なのだろう。
対魔術師戦に於ける、マジックサークルの偽装や解読、先読みを丸ごと無効化するような戦法。
厄介だ。厄介で――それ故に、面白い。
過去の大魔術師の、その技術力と発想に、気分の高揚を感じながらも突撃する。
ヒュドラの吐き出す毒の吐息を風魔法で吹き散らして突破。巨大イカの腕が放つ雷撃を雷魔法で制御して後方に散らし、環境魔力を取り込みながら自身の出力を増大させて、加速しながら突っ込む。
司書はこちらに接敵されても、攻撃手段は全て召喚術で行うつもりらしかった。打ち合いの最中でも本体は防御に徹し、あちらこちらに飛ばしたマジックスレイブから召喚獣による攻撃を繰り出してくる。
先程は通ったミラージュボディのフェイントすらも、自前の反応速度とマジックシールドによる多重防御で凌いでみせる。司書の腕の中に赤い火球が膨れ上がり、爆発を起こす。鋭角に展開したマジックシールドで爆風を後方にやり過ごした時には、司書は爆風に乗って俺から飛び退っていた。ミスリル銀の身体の強度すら攻防の計算に入れるか――!
突っ込む。自爆攻撃であれなんであれ、どのみち俺のやることは変わらないからだ。
召喚獣達の、槍の一撃。闘気の弾丸。赤熱した溶岩弾。巨大な牙。
召喚される魔物の種類を、一瞬一瞬で判断して迎撃方法を割り出す。距離と位置関係からある程度の攻撃方法は類推できる。
風と水の多重フィールドを纏えば、火炎や毒霧など、無視できる攻撃もある。
そうやって敵の攻撃の種類を狭めた上で有効であろうと思われる攻撃方法に誘導してやることで、こちらも素早く迎撃の手札を用意する事ができる。互いに飛び回りながら、一瞬とて止まることなく。召喚獣による攻撃を散らして追い縋る。
司書と激突しようというその瞬間。
司書自身の魔法により、広範囲に氷の嵐が巻き起こった。自身の強度を理解した上で、低温と氷の弾丸をばら撒いて、その中で戦おうというのだろう。だが、低温は通じない。精霊王達の加護があるから。ならば――邪魔になるのは氷の破片だけだ。
「邪魔だ!」
荒れ狂う氷の弾丸を重力場を作り出して一ヶ所に集める。術に想定外の方法での干渉を受けて司書の動きが一瞬止まった。
そこへ、魔力光推進で踏み込む。速度ではこちらの方が上。もう二度と距離は取らせない。ウロボロスと錫杖が激突。幾度も交差して火花を散らし――。
跳ね上がったウロボロスの石突きが司書の顎を捉える。攻撃を受け、それでも尚司書は止まらない。再び手の中に火球を生み出し、それを爆裂させて後方へ飛ぶ。
だが。今度は距離が開かなかった。
「その動きはもう見たッ!」
爆発よりも速く、短距離転移の魔法で移動している。
こちらに向かって吹っ飛んでくる司書の背中。
――反応が、早い! 首ごと真後ろに振り向いた司書が大きく口を開く。マジックシールドを展開しながら突っ込めばそこに咆哮が放たれた。振動波――!
構わない。びりびりと痺れるような衝撃の波を多重にシールドを展開したまま真っ向から突っ切り――その胸に掌底を叩き込む。全身の動きと魔力を連動させて、一点に集約した魔力を解き放つ。
螺旋衝撃波――!
司書の身体が回転しながら床に向かって吹き飛ぶ。間髪を容れず、ウロボロスをバトンのように回転させ、2つのマジックサークルが展開する。
「眠れッ!」
術式阻害の闇魔法ヴェノムフォースと、魔法封じの光魔法シーリングマジック。互いに干渉しないように調整された術式が、矢となって放たれる。
黒と白の光弾は床に向かって叩き付けられた司書の身体に吸い込まれていった。2種類の系統の術式が司書の動きを制御している術式を阻害し、絡め取り、停止させる。
司書は油の切れた機械のように――ぎこちない動きでこちらに向かって手を伸ばしたが、そのままの体勢で動かなくなった。同時に、跳ね回っていた図書館の備品達も一斉に力を失って床に転がる。
……なるほどな。この司書自体が古城の罠を起動させるトリガー役を担っていたというわけだ。
大きく息を吐く。あの司書だって……ワグナーの遺産であることに変わりはない。破壊せずに原型を残したまま、封印して倒すことができたのを最良とするべきだろう。特に、ワグナーの作った仕掛けは警告から始まったりするあたり、その人格に尊敬できる部分が多いからな。




