番外44 図書館での戦い
「行きます!」
「ええ、始めましょう!」
メイスを突き立てるアシュレイと、錫杖を構えるステファニアの足元から、図書館内部に向かって氷と石の波が広がっていく。
図書館の入口はかなり広く作られており、敵が数を頼みに殺到するのに問題の無い作り。殺到。殺到だ。椅子が。机が。燭台が。本が。書棚が。
図書館に存在する様々な物品が意思を持つように動き出し、こちらに向かって突撃してくる。
防御陣地が構築し終わるよりも早く、最初に機動力に優れる図書館の椅子達が、獣のように右に左に疾駆しながら飛びかかってきた。
その内、アシュレイに向かってきた一脚をラヴィーネが迎撃。椅子の足を咬んで振り回し、放り投げた。そこにマルセスカが突っ込んでいき斬撃を見舞う。
ピエトロの分身達が後衛への接近を遮るように二段横列の隊形を組み、レイピアを槍衾のように突き出した。
守りを固めたピエトロの分身達を飛び越えるように、グレイスとシーラ、シオン、イグニスやマクスウェル達が敵団の只中へ突っ込んでいく。
しかし、決してアシュレイとステファニアの制圧した範囲外へは出ない。魔法の罠らしき個所へは俺が光球を飛ばしているが、それ以外の形式の罠の位置が不明だからだ。
従って、どうしても突っ込んでくる敵団を待ち受けて迎撃する、という形になってしまう。
弾丸のように飛んできた燭台を、シーラは真珠剣で巻き上げて軌道を逸らす。同時に粘着糸を張り付けて行動を制限し、振り回してイグニスに向かって放り投げると、イグニスはそれを引っ掴んで力任せに折り曲げていた。
「これは――」
グレイスがそれを見て少し驚いたような表情を浮かべる。
前足で床を引っ掻き、如何にも突進するという構えを見せる机は――まるで猛牛のようだ。引き出しの中から槍を握った筋骨隆々の腕まで飛び出した姿は、さながら騎兵の如くであった。そいつがグレイス目掛けて突っ込んでくる。
グレイスは風変わりな敵に少し面食らったようだが、それも一瞬のこと。真っ向から迎撃を選択した。槍の穂先を斧で払い、机のぶちかましを闘気の盾で受け止める。動きが止まった瞬間、グレイスの闘気を纏った蹴り足が跳ね上がって机の底面を捉える。
くの字に折れるように。机の騎兵が図書館の天井まで吹き飛ばされた。
蝶や鳥のように羽ばたく本、本、本の群れ。地上部隊に続いて編隊を成して前に出てくるそいつらに、まず挨拶代わりというように火球を叩き込んで見るが――。
そいつらは開かれた頁から水流を放ってこちらの火球にぶつけてきた。
「火事への対策か」
連中、火に弱そうな奴らばかりだからな。火炎攻撃への対抗策ぐらい用意しているか。
だとするなら、正面から力技で打ち破るまでだ。シールドを蹴って本の群れの只中へと、ウロボロスを構えて突っ込む。
こちらが近接戦闘に出たと見るや、本のページの中から筋肉質の腕が飛び出した。それぞれ槍やら剣やら斧やらと武装をしている。繰り出される斬撃と刺突を逸らし、唸り声を上げるウロボロスを叩きつけて本を打ち落としていく。
近接戦では分が悪いと思ったのか、本の群れが前衛だけを残して距離を取った。後衛に回った本の頁より、雷の意味を持つ刻印が帯電しながら無数に飛来する。それを、ミラージュボディとシールドを駆使して回避。
そこに飛来したのがシグリッタのインクの獣達だった。
「本相手に……負けられない……。背中は任せて……」
と、何やら妙な対抗意識を燃やしているようであるが。言葉通り、俺の背後に回り込んだ本達と小競り合いを始めた。負担は確実に軽減されているので俺は俺で、目の前の敵に集中する。
後衛は――。
「無駄です――」
突っかかってくる机をヘルヴォルテの槍が迎撃する。引き出しから飛び出した槍の穂先を逸らし、すれ違いざまに机の板面をヘルヴォルテが貫いて舞い上がる。
殺到する椅子の群れをデュラハンと、結晶の鎧を纏ったコルリスが蹴散らしている。それでも数が多いので脇を抜けてくる椅子がいる。こちらの役割分担をしっかり分かっているというわけだ。
だがそれは、ピエトロの分身達が突っ込める方向を制限したものだ。来る方向が限られたものなら何も問題はない、とばかりに――。
マルレーンのソーサーやエクレールの雷撃、イルムヒルトとセラフィナが協力して放つ鏑矢だとか、クラウディアの影茨がその動きを阻み、足を止めさせたところでローズマリーの魔力糸が容赦なく切り裂いていく。
フォルセトの錫杖が椅子の突撃をいなし、錫杖の動きに巻き込んで地面に叩き付ける。上から錫杖の石突きを突き立てて雷撃が放たれると、椅子が黒焦げになって動かなくなった。
そこに――入り口の位置から罠を無効にする範囲を、広げられるだけ広げたアシュレイとステファニアも戦闘に加わった。
突っ込んできた椅子をロングメイスで張り飛ばすアシュレイ。ステファニアは地面から土を盛り上げ、壁の中に埋め込んで硬化させて固めてしまう。
バロールは遊撃。カドケウスは後衛の護衛として残している。後方に関しては心配しなくても問題あるまい。迎撃の形で受け身に戦っていたが、ここからは俺達前衛が敵を押し戻し、戦線を押し返し、更にこちらの陣地を図書館の奥へ奥へと広げていく形になる。
大きな書棚の縁から牙が生える。真ん中から折れ曲がり、巨大な顎となって迫ってきたそれを――紫電を纏ったマクスウェルの磁力加速の斬撃が真っ向から切って落としていた。
机をイグニスの戦鎚が叩き砕き、殺到する椅子の群れをグレイスの闘気の渦が巻き上げてばらばらにする。
奥へ。更に奥へと。氷結と石化の範囲を伸ばし、突っ込んでくる備品の群れを退け、頭上の暗闇から降ってきたシャンデリアをシールドで受け止めて弾き飛ばし。
罠を無効化しながらの進軍。
――位置。現在位置はどのあたりだろうか。本を叩き落とし、椅子を薙ぎ払い、机を雷撃で焼き焦しながら、頭の中で現在位置を思い描く。
地下への階段の長さ。回廊の向かっていた方向。多分……頭上――天井の上には分厚い岩盤があり、その上に海が広がっているはずだ。広範囲を無作為に破壊するような大魔法は使えないだろう。
みんなに念のために注意喚起をしながら氷結と石化の範囲に合わせて突き進む。
広範囲の破壊ができないのは敵も同じだ。ここの防衛戦力はあくまでこの設備を守るためであって、破壊するためではない。
だからとにかく物量をというワグナーの考えた戦術は、正しい。大魔法で一網打尽にできないのだから、これをまともに突破しようとするなら同様に物量を以って対応するのが一番手っ取り早い。
しかし、ここは公爵家の持ち物。対抗できるような頭数を賊が動員するのは難しいだろう。
家族や使用人の侵入は、回廊に仕掛けた罠で警告して追い返す。賊は物量で圧倒することで寄せ付けない。ワグナーの想定しているであろう侵入者ならば、対策としてはほとんど完璧に近い。
椅子や机の破片やらが飛び交い、本が燃え落ちていくような騒がしい乱戦。
延々とどこまでも奥へ奥へと続いているかと思われた図書館にも、やがて終わりが見えた。
一際大きくて立派な机と椅子。その後ろにどこかに続く大きな扉。その扉を守るように何者かの影が鎮座していた。それは――。
ミスリル銀の身体を持つその彫像。錫杖を持ち、銀色の翼を背に生やす。さながら女神風の佇まいではあるが……頭にかぶっている帽子が、その女神像が何者であるかを語っている。
司書の身分を表す帽子だ。ペレスフォード学舎でも司書が同じような意匠の帽子を被っていた。
「なるほどな。司書、か」
図書館に見立てた空間に防衛戦力を配置するなら、図書館を守る司書がいるのは寧ろ当然なのかも知れない。そいつは俺達の姿を認めると、立ち上がって錫杖を構えた。余剰魔力が火花を散らす。凄まじい魔力を秘めているのが分かる。
「あいつの相手は――俺がする」
「分かりました。椅子や机は私達が引き受けます」
グレイスの返答に頷き、司書を見据えながら前に出た。
恐らく、この図書館に於ける最大戦力。机や椅子等とは比べ物にならない。そいつもまた、俺を敵と見定めたらしい。余剰魔力の火花が更に散って、司書の放つ魔力が高まっていくのが分かった。




