番外34 視察と見学
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、これからよろしくお願いします」
ゲオルグと共に、ステファニアの元で働いていた武官、文官達とも顔を合わせて挨拶をしたが……ゲオルグとも馴染みということで叩き上げの印象が強い。公職に就いている者というよりは歴戦の冒険者のような雰囲気、といえばいいのか。それだけに武官、文官の垣根を越えて互いを信頼しているようだし、ステファニアやゲオルグにも敬意を払っているようだ。
文官の女性はステファニアとも馴染みのようで、旧来の友人のような挨拶を交わしていた。
「いや、すごいものですな、この街は」
「実はゲオルグ殿や境界公と共に働けるかもと聞いて中央に戻ってきたのです」
「迷宮に新しく街が出来て、その発展に尽力できるというのは、何とも素晴らしい話ですからな」
「いや、全く」
と、彼らは顔を見合わせて頷き合った。
「これからの領地のために、皆さんの力添えを頂けたら僕としても嬉しく思います」
そう言って一礼すると彼らも敬礼を返してくる。
これならば、実務や警備体制にも不安はあるまい。セシリアやミハエラに関して言うなら、何でもできる万能選手的なところはあるが、彼女達だけでは流石に負担が集中し過ぎるからな。
そんなわけでゲオルグ達に挨拶をしていると、オーレリア女王やレアンドル王を迎えに行く予定時刻が近付いて来たのであった。
そんなわけで、みんなで塔まで出迎えに行く。
フォレスタニアの門戸も開放され、街を行き交う人の数も増えてきたという印象だ。
場所が場所だけに冒険者の姿が目立つが……一方で冒険者を雇って観光に来ているという風体の者も多い。
迷宮地下20階の分岐点まで足を運べる冒険者達にフォレスタニアまで案内をしてもらう、という依頼も成り立つからこその光景ではある。
とは言え、一度フォレスタニアに来てしまえば次からは自分で来れるわけだから、時間が経てば経つほど需要は先細りしていく。
案内するだけで良いという比較的楽で安全な仕事ではあるから、オープン記念の今だけ限定の仕事、という部分があるが。
ともあれ行商人や屋台も来ていたり、市場に人が集まっていたりと……中々街に活気が出てきた。
入り口の塔で待っていると、光の柱が立ち昇り、メルヴィン王と共にオーレリア女王達が現れる。
「おお……。これはまた素晴らしい光景だな」
「迷宮の奥に地上の風景を作った、と。何となく月の離宮を思い出す光景だわ」
フォレスタニアに初めてやって来た面々は笑みを浮かべて周囲を見回し、そして俺達が迎えに来ている事に気付いたようだ。
「お待ちしておりました」
「ああ。テオドール公。お邪魔させて貰っているわ」
「昨日に引き続き、よろしく頼む」
「こちらこそ。では街を案内してから城へ向かいましょうか」
案内も兼ねて、街の様子を視察しておこうという魂胆もあったりする。
浮石のエレベーターに乗り込んで、塔の下へ向かう。レアンドル王やロベリア達、妖精は嬉しそうにはしゃいでいるし、ペトラは構造に興味津々といった様子だ。オーレリア女王は浮石とは馴染みがあるからか、そんな反応をにこにことしながら眺めていたが。
そうして冒険者ギルドの前を通りかかると、そこには複数の冒険者グループが集まって、何やら相談などしているようだ。
「ああ、これは皆様」
「こんにちは」
と、ベリーネとヘザーも塔の広場にいて、俺達に挨拶をしてくる。
「新しい区画の話が広がって、冒険者も集まっている、というわけですか」
「そうですね。新区画でどんな魔物が出たとか、対応するにはこんな装備が有効とか……。私達も情報提供していますし、冒険者に必要なものを売ったりもしています」
……なるほど。外套の下に足軽の鎧を身に着けた冒険者もいるな。
冒険者ギルドの前には例の運動公園を作るためのスペースを確保している。そこで鎖分銅を振り回したり手裏剣を投げたりして的に当てられるか練習している者もいた。
物珍しさと、自分達にとって必要なものかどうかを判断するためにか、観光客も冒険者達もその光景を遠巻きに眺めていたりと、結構な人だかりができていた。
「ん。私はあれ、もう使えるようになった。結構便利だと思う」
と言って、表情を変えぬまま胸を張るシーラである。誇らしげに耳と尻尾がぴくぴくしている。そんなシーラをイルムヒルトがくすくすと笑う。
「確かに……斥候用の武器としては便利だろうね」
鎖分銅は威力はともかくとして、安全な距離から相手の手足に絡めて動きを阻害したりすることで前衛が切り込む前に補助を行う事ができる。手裏剣も、索敵している時に詰め寄られた場合など、暗器として放って距離を取るなど、色々想定すると使い勝手がいいのだが……。
「ふうむ。新しい区画で鹵獲した武器か。面白いな。冒険者ギルドに行けば購入できるだろうか」
と、レアンドル王は中々の食いつきである。
ふむ。何やら見物人に混じって盗賊ギルドの幹部であるイザベラがいたりするな。こちらの視線に気付くと目立たない程度に軽く会釈してきた。
恐らくだが、忍者用の装備が盗賊ギルドにも有用なのではないかと情報が伝わって見学に来た、というわけだ。確かに、シーラも高く評価しているように盗賊ギルドも注目するか。
んー。新区画は色んな人を領地に呼び込んでいるようで結構なことである。後、カノンビーンズの豆は領地内で高価買取中だ。発酵蔵を建てて醤油と味噌を生産するためである。
「ああ。そうでした。新区画についてですが、テオドール公が命名なさってはいかがでしょうか?」
と、ヘザーが言う。
「そういうものですか?」
「はい。冒険者同士の通称で決まってしまう場合もありますが、この場合は発見者が明らかなわけですし、テオドール公に命名権があるものと」
発見者に命名権ね。うーん。その辺りの事を言うなら樹氷の森も……何となく俺が分かりやすいように呼んでいたものが定着してしまっている。今回の場合は俺の影響で生成された区画でもあるし尚更かな。グレイス達も俺と視線が合うと微笑んで来る。
「そうですね……では、夜桜横丁などどうでしょう?」
迷宮ではあるが、こう、和風の街並みを迷路にしたような区画だしな。
「夜桜、ですか?」
「あの花を咲かせている植物は桜、というそうですよ」
「そうだったのですか。確かに……あの植物は印象的でした」
と答えると、感心したようにヘザーは頷いた。
妖怪達の名称もな。実際迷宮核で見れば妖怪の名前等は分かったりするから、ある程度正式名称を広めて行っても良いのかも知れない。別な名前がついたりすると、何だか収まりが悪いような気もするし。
「では、あの区画は夜桜横丁ということで広めておきます」
と、新区画についての命名が終わったところでギルドの前を一旦離れる。大通りや市場等々、街を案内してから城へ続く大橋へ向かう。
「おおっ!」
動く足場は……やはりというか何というか、中々好評なようだ。ロベリアや妖精達もわざわざ飛行を止めて足場を使って滑っている。
まあ……七家の長老達も人目を忍んで遊ぶ程度には楽しいということだ。
「便利だな、これは」
「これと同じような仕掛けを街に用意して、こうやって滑って遊べる運動場を作ろうかと思っております。ギルドの近くに広場がありましたが、あのあたりの区画を利用しようかと」
「なるほど。色々計画が進んでいるのだな。ああ。そうだ、幻影劇場については?」
「幻影劇場は残念ながら魔道具調整の関係で未だ準備中ですね。完成した場合は……そうですね。落成式に必ず招待します」
「それはまた、役得だな」
アンゼルフ王の幻影劇を行うわけだし、他ならないレアンドル王にも見てもらいたいというのはある。新婚旅行の際の取材で得た情報などをしっかり反映させていきたいものだ。
シルヴァトリアやバハルザード、グランティオスにも声をかけるから……その時は各国の王が集まってしまうかも知れないが。
さて。では、城の案内と行くか。気に入ってもらえたら宿泊などして行ってもらっても構わないのだが。




