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番外32 幻影航路

「おおっ……! これがあれば小さな者達を守れるというわけだな!」


 妖精同士の交流から戻ってきたロベリアにお土産の精霊の首飾りを渡すと、首飾りを頭上に掲げて飛びあがらんばかりに喜んでくれた。


「とりあえず、契約魔法でロベリアにしか使えないようにはなってるよ」

「ほほう。それはまた……何とも素晴らしい。早速付けてみても良いかの?」

「勿論」


 頷くとロベリアは首飾りを装着する。


「似合ってる、ロベリアちゃん」

「うむ。いや、これは嬉しいな」


 妖精達の交流に混ざっていたセラフィナも戻って来て、喜んでいるロベリアと笑顔でハイタッチ等している。


「ロベリアが身に着けることを前提に、みんなでどんなのが良いかって考えたからな」

「そうであったか。では皆にも礼を言わねば」


 と、ロベリアはグレイス達のところを1人1人回って丁寧に礼を言っていた。みんなもそんなロベリアに破顔している。

 メルヴィン王達も目に見える勢いで喜んでいるし……計算機の普及にまで話が及んで上機嫌で談笑していたりする。お土産に関しては大成功と言って良いだろう。


 さて、お土産はお土産として……。この後はブロデリック侯爵領に飛んでハーピーとセイレーン達の演奏会となるわけだ。新しい劇場のお披露目ということで……楽しんでもらえればいいが。




「お待ちしておりました。マルコム=ブロデリックと申します。こうして領地に皆様をお迎えすることができて、大変光栄に存じます」


 ブロデリック侯爵領の月神殿へ飛べば――マルコム達侯爵夫婦が俺達の到着を待っていた。

 マルコムに関して言うなら、そこまで緊張しているようには見えないというか……中々楽しそうな雰囲気だ。マルコムもまた、劇場のお披露目を楽しみにしていたのだろう。


 メルヴィン王の話によれば、先代侯爵や弟が色々仕出かしていた時とは違って、今現在では領主の仕事に遣り甲斐を見出しているし、マルコムについていった家臣達も非常に協力的とのことである。本人に後ろめたいことがないからこそ頑張れる、というわけだ。


 今日の公演が終わったら、マルコムにも計算機やらを渡す予定である。執務の一助になってくれればいいのだが。


 マルコムはオーレリア女王やレアンドル王、ロベリア達と挨拶を交わし、それから劇場へと向かうことになった。ハーピーとセイレーン達は既に準備もできているそうだ。今日は歓待を兼ねた落成式なので、貸し切りである。


 2階、3階のテラス席もあるが……1階の席が最も立体的な演出を実感できる。そちらに案内し、みんなが席に着いたところで、マルコムが舞台の前まで行き、挨拶をする。


「この度はこの地に賓客を迎え、境界公のお作りになられた劇場の、落成式の挨拶をさせていただくという名誉に与り、誠に光栄に存じております。これより行われるのはハーピーとセイレーン達による一夜限りの特別公演となりますが……これはメルヴィン陛下と境界公が思い描く理念を体現したものでもあり、月と地上と海の絆を繋ぐものでありましょう。ヴェルドガル王国とドラフデニア王国、そして月の民の更なる親善に繋がるものと、私は確信しております」


 マルコムの澱みない口上。一礼すると会場のみんなから拍手が巻き起こる。そうして挨拶を終えたマルコムが舞台袖から戻って来て座席に着いたところで一旦照明が落とされた。


 暗闇の中で、歌声が聞こえた――。澄んだ歌声。この声は――リリーの声だ。舞台の緞帳が開き、スポットライトの当たったそこに、リリーが立っていた。

 いくつものハーピーの歌声が、立体的に重なる。セイレーン達の奏でる竪琴の音色が歌声を引き立てる。

そうして――歌の盛り上がりと共に、弾けるように舞台と会場の景色が一変した。


 それは――船。船の甲板の上だ。幻影による演出である。フォレスタニアの幻影劇場用の技術を今日の特別公演の演出に使わせて貰ったのだ。

 風を切って進む船の甲板上で、俺達はハーピーとセイレーンの合奏に耳を傾けている形になっていた。前から後ろに、音が立体的に流れていく。幻影と共に船が本当に進んでいるかのような錯覚を覚える。ハーピー達とセイレーン達が音を上手く調整して、見た目の演出を補強している形である。


 マストの上に歌声を響かせるハーピー達の姿。海の中からハーピー達に合わせるセイレーン達の姿。ユスティアとドミニク、マリオンやラモーナ、ヴェラ達の姿もその中にある。


 歌と演奏の移り変わりと共に、景色も変わる。昼から夕方へ。勇壮で軽快な音楽から、しっとりとした曲調へ。

 やがて夜となり、満天の星と煌々とした月の輝く景色になって。

 曲もそれに合わせてムードのあるものになる。


 景色が、また変化する。船の穂先が傾き、船体そのものが持ち上がったのだ。幻影の景色もゆっくりと、浮上していく。月へ向かっての船旅。このあたりの幻影のイメージは、俺達がシリウス号で月へ向かった時の景色を踏襲したものだ。


 神秘的な音色。鳥肌が立つほど美しい歌声。

 

 海や島は遠ざかり、大地は小さくなっていく。ハーピー達とセイレーン達も空を舞い、泡や光の粒と共に星の世界へ進んでいく。


 そうして月面をゆっくりと船は滑っていく。青いルーンガルドの浮かぶ星空。月面をゆっくりと泳ぎ――そしてもう一度地上へと向かって飛び立つ。


 合わせるように壮大な曲調の音色が響く。近付いてくるルーンガルドの大地。風にそよぐ緑の草原に降り立つ。


 立体音響と幻影を組み合わせ舞台から客席まで一体になっての演出、というところまでは想像の外であったか、みんな食い入るようにそれらを見て、聴き入っていた。


 幻影の船旅はまだまだ続く。星空の次は海の底や砂漠などへも向かう予定だ。

 場面に合わせて幽霊船の一員になった気分を味わえる半分ホラーで半分コミカルな曲調など、色んな演目を用意していたりするのだ。




 そうして――特別公演の演目が全て終了するとメルヴィン王もオーレリア女王もレアンドル王も、立ち上がって拍手をしていた。ロベリアも妖精達も、目をきらきらと輝かせている。


「素晴らしい。実に素晴らしい。歌も、幻術による演出も……何もかもが」

「地上の美しさを、沢山見せて貰えたわ。あれはテオドールが見てきたものなのかしら?」

「幻影の元になっている部分はありますね。一般に公開できない情報も含まれていますから、特別公演だけでの内容となってしまう部分もありますが」


 オーレリア女王の質問に答える。


「それを見れたわけですから……本当に役得と言いますか何と言いますか」


 ペトラが言うとエスティータ達もうんうんと頷いた。

 まあ、星空の旅などはメルヘンチックにすればやってできないこともないが。

 そもそもコンサートホールは酒と食事も提供するので、あんまり派手な船旅にすると酔ってしまう可能性がある。のんびり長閑な景色の中を馬車に揺られながらハーピー達の歌声に耳を傾ける、ぐらいの演出で良いのかも知れない。その場に居ながらにして旅情を味わうというのなら、それでも十分楽しめるだろうし風情もある。


「今後、他の劇場にもこういった仕掛けを追加していくことも考えていますよ。幻術回りの技術も前より上がっていますから」

「フォレスタニアではアンゼルフ王の幻影劇を行うと言っていたが、その前哨戦といったところか」

「そうですね。色々幻影を使った演出を模索中です」

「あれでまだ模索中、とはのう。我等も幻術を得意としているが、何とも素晴らしいものじゃったな」


 ロベリアが満面の笑みで頷いている。ああ。ロベリアが悪霊戦で見せた幻術は面白かったな。感覚にも影響を及ぼしていたようだし。やり過ぎるとやはり酔ったりして大変かも知れないが、妖精達の幻術もロベリアさえ良ければ参考にさせてもらおうかな。

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