番外31 為政者達の苦労は
王城での歓待は楽士隊による演奏と、騎士団による曲芸飛行、そして魔術師隊による演出が組み合わさった、見た目にも華やかで盛大なものであった。
楽士隊に関しても魔力キーボードをかなり自在に弾きこなしていたりする。魔力楽器等の開発からそれ程日も経っていないだろうに、このあたりは流石王宮の楽士隊と言えよう。
音色に合わせた騎士団の動きと魔術師隊の放つ光に煙幕やら……総じてパレードの完成度が上がっている気がする。
結果としての反応はと言えば――。
「素晴らしいな。演奏や演出もだが……あの騎士団の動き。テオドール公の空中の動きに通じるものがあるが、あれはやはり――」
「うむ。テオドールに影響を受けた部分は大きい。楽士隊にしても魔術師隊にしてもな」
練兵場近くの塔のテラスからパレードを眺めて、レアンドル王が言うと、それにメルヴィン王が答えた。うん。騎士達の動きが気になるあたり、レアンドル王らしいと言える。
「人間達の歌と踊りは面白いのう。うむ、うむ」
ロベリアも食い入るようにパレードを見ている。妖精達もテラスの手摺の縁に掴まるようにして夢中になっているようだ。
「かつての災厄から立ち直り……こうして素晴らしい文化が結実したと考えると、感動を禁じ得ないわね。先人達の決断も、その後の苦労さえも。何1つ無駄にはならなかったと思うと……感慨深いわ」
そんなオーレリア女王の言葉には、クラウディアも色々思うところがあるのか目を閉じて頷いていた。そう、だな。オーレリア女王の言う先人というのが、クラウディアの知る月の民達だ。クラウディアが地上に降りるという決定がなされるまでは色々葛藤や苦労もあっただろう。
ちなみに……オーレリア女王についても月の王族ということでしっかり自己紹介をしている。
レアンドル王は相当驚きつつも面白がっていたが、ロベリアは「昔から月には何かいると思っておったぞ」と、そこまでは動じなかった。
このあたり普通に受け入れるというのが自然に近しい妖精達らしい反応と言える。レアンドル王は豪胆だからと言うべきか。
「タームウィルズに来てからというもの、驚かされっぱなしです……」
レアンドル王とオーレリア女王、ロベリアは割と余裕があるが、ペトラは目を白黒させていたりするが。
饗された料理に関しても好評だ。マンモスの肉を使ったカツ丼に貝の味噌汁、ダチョウの魔物を使った焼き鳥にサラダという……若干王城らしくないメニューではあったが、珍しい料理で歓待するという基本的な路線は踏襲していると言える。
「ああ……この料理も美味いな。実に良い。気に入った」
「これは白米――稲という穀物ですね。月から紆余曲折を経てタームウィルズにやって来た物です。使われている食材に関しては迷宮産の、大型魔物のものです」
と、簡易ながらも料理の説明もしておく。
「米は知っているけれど、この料理やスープは月には無いものね。この肉を包んでいる衣と溶いた卵が……何とも絶品だわ」
「ん。この料理はテオドール考案。美味」
といった調子でシーラがもぐもぐとやりながら説明する。
料理に関しても、中々好評な様子だ。
そうして王城での歓待――催し物と腹ごしらえが終わったところで、タームウィルズ見学ということで街に繰り出す。シリウス号に関してはみんな知っているので、造船所はひとまず置いておいて、温泉街に向かった。温泉はこういうものがあると見せておくに留めておいて、改めて夜の貸し切りで楽しんでもらうとして……植物園を見てもらおうというわけだ。
「おおっ……。このような人里で仲間達に会えるとは思わなんだ!」
と、ロベリアは植物園に案内すると、花妖精達の姿を認め、眷属達と共に飛び出していく。
植物園の花妖精達もロベリア達の来訪に、嬉しそうな表情を浮かべて、妖精用の出入り口を開いて家に招き入れるように植物園に通した。
ロベリア達と植物園の花妖精達は、顔を合わせるなりすぐに意気投合した様子だ。
植物園の上の方で楽しそうに踊り始める。
「ふふ、ロベリア様も楽しそうで何よりです」
そんな妖精達の様子に、グレイスがにこにこ笑って言う。みんなも微笑ましいものを見るような様子だ。
「この温室は温度と湿度を魔道具で管理し、それぞれの植物に合わせた環境を整えているわけです。南方の密林から手に入れた植物や果物、月から譲り受けた作物や、妖精の森で分けてもらった薬草などもここで育てています」
まずは植物園の見学ということで、説明を交えながら植物園の中を見て回る。
「ええと。鉢植えのイビルウィードがあちこちで浮遊しているのは……何なのでしょうか?」
と、ペトラが首を傾げる。ああ。初めて見る者には確かに奇異に映るだろう。
「あれは品種改良と言いますか……魔物は幼少期の環境魔力によって性格に影響が出るので、種の時点から水魔法によって育成したものです」
「性質が穏やかになるのと、周囲の植物の生育を促進してくれる特性に期待して、これからの農業の一助になればと思い、ノーブルリーフと名付けました」
アシュレイと共に、ノーブルリーフについて説明する。
「見た目は野生種と変わらないけれど、慣れると案外愛嬌がある……ような気もするわね」
ローズマリーが最後に付け加えるように言う。ペトラはそれらの言葉を受け、恐る恐るといった調子で浮遊している鉢植えに手を伸ばし、頭を撫でたりしてみるが……ノーブルリーフは大人しいものであった。その反応に、ペトラの表情が緩む。このあたり、年齢相応という感じがする。
物珍しい植物の数々に加えて実用性のある話ということで……オーレリア女王とレアンドル王も興味津々といった様子だ。
そうして植物園を一周し、最後に園内の休憩所であるテラスへ向かった。
「お待ちしておりました」
休憩所には……アウリアと副長のオズワルド、それからフローリアとテフラの姿があった。休憩所で待っていた形だ。
というのも、オーレリア女王もレアンドル王も滞在中、少し迷宮の様子を見てみたいと希望を口にしているのだ。さらにレアンドル王は外国の冒険者ギルドの様子も知っておきたいということで、関係者との面会を希望していた。
アウリア達も月の女王やドラフデニアの国王であるならば是非会ってみたいということで、王城での催しの後で、植物園での面会をセッティングしたというわけである。
フローリアとテフラが一緒に待っていたのはまあ……精霊達はこういう賑やかな空気が好きだから、だろうか。
「タームウィルズ冒険者ギルドの長、アウリア殿と副長のオズワルド殿です。高位精霊の2人は、木の精霊がフローリア、火の精霊がテフラと言います」
というわけで初対面の面々を紹介していく。各々自己紹介を終え、来訪の歓迎の言葉などを伝えていた。
「迷宮にはかねてから一度足を運びたいと思っていたのだが……余にも一応、立場があってな。側近達を納得させるのならそれなりの理由が必要なのだ。こう、他国の冒険者ギルドの仕事を視察するということなら反対もできぬだろう」
何やらレアンドル王はかなりぶっちゃけた事を言っているが……。アウリアはうんうんと真面目な顔で頷き、オズワルドは意味有り気に口の端を歪ませていた。
まあ確かに。タームウィルズの冒険者ギルドに関して言うなら、迷宮に潜る冒険者の補助や救助などで迷宮内部に立ち入ることもある。ギルドの仕事の視察と言えばそうとも言える。冒険者ギルドに話を通しておけば無茶なエリアに立ち入るだとか脱出が難しくなることもないし。
「私も迷宮には降りてみなければとは思っていたわ。私も是非同行させてもらいたいと考えているのだけれど」
オーレリア女王も言う。月の民が齎したものだから、自分の目で見ておきたいというのは分かるような気がする。
「承知しました。では、こちらでも手配を進めておきましょう」
「赤転界石があれば、滅多なことは起きないでしょう。レアンドル陛下もオーレリア陛下も、中々抜きんでた武術の心得がおありのようではありますし」
というわけで、滞在中に迷宮に潜るのは確定事項らしい。
割とスムーズに話が纏まって談笑しながらお茶を楽しんでいるところで……こちらも渡すものを渡してしまおうと思う。
「実はですね。工房にて新しい魔道具を開発したので、こうしてタームウィルズにご来訪頂けたことを良い機会と思いまして、魔道具を献上したいと考えておりました。完成したばかりの試作品ではありますが、ご笑納いただければと。勿論、ギルド長の分も用意してあります」
そう言ってアルフレッドに視線を向けて頷き合う。休憩所の隅に置かれていた木箱を持ってきて、中身を取り出す。
「ほう。新しい魔道具とは」
「テオドール公とアルフレッド殿の作った魔道具となると……興味深いわ」
「ふむ。実用品とは聞いているが、何やら面白そうなので詳細は余も聞いておらぬのだ。今日を楽しみにしていた」
と、身を乗り出してくる王様達である。
箱を開き、絹布に包まれた魔道具の品々をテーブルの上に並べる。
作ったのは予定通り、計算機、自動計算用ゴーレム、印鑑用の魔道具の3つだ。
「これは――」
「まずは計算機からですね。文字盤に触れて数字と計算記号を入力。自動的に四則演算してくれるというものです」
デザインとしては魔力通信機に似ている。機能にしてもほとんど電卓と同じだ。
「次に、それをもう少し高度にしたものです。書類の数式を読み取り、計算に間違いがないか経過を表示しながら判別してくれるゴーレムですね」
デザインとしてはシーカーやハイダーを踏襲している。後頭部に計算式を表示する表示部分がくっ付いていて、発光する目の色で計算に間違いがないか教えてくれるという寸法だ。
「それから……これは任意の印鑑をここに装着し、朱墨をこの部分に補充しておくことで、印鑑を力要らずで簡単に押すことができるようになる……というものです。これらは執務の労力を軽減するために作ったものです」
押印機については光のガイドラインが出る。光点が印鑑の押される場所の中心となる。
光点を任意の場所に合わせて上から押してやると印鑑をごくごく軽い力で押せる寸法だ。バネ仕掛けで持ち上がる瞬間、タンクの朱墨が水魔法で薄く塗りつけられる。魔石に魔力を補充するタイプなので長時間の作業でも負担にならない。
3つの魔道具を、実演を交えて説明すると、メルヴィン王達とアウリアは顔を見合わせた。
数瞬の間があった。それから――
「ほうほうほうほう!」
「執務の労力軽減とな!」
「す、少し触っても良いかしら?」
「おおお……素晴らしいのう! これさえあれば……!」
と、物凄い勢いで食いついてくる王様達とアウリアである。
「是非試してみて下さい」
お試し用ということで、数式を書いた紙束も用意してある。計算機に数式を入力したり、ゴーレムに数式を読み取らせたり、物凄い勢いで印鑑を押して歓声を上げ……普段見ないぐらいにテンションを上げている。
いや……。みんな執務には苦労していたんだな、と思わせる光景ではあったが。アシュレイにしてもステファニアにしても、その気持ちが分かるのか、苦笑していたりうんうんと頷いていたりする。
「この反応。やっぱり大変なのかしら」
「そうねえ。割とね。手抜きをしていいものでもないし……」
イルムヒルトの疑問にステファニアが答える。
ちなみにロベリアのお土産には執務の労力が軽減できる、などと言っても喜ばれないのは分かっているので、高位精霊達の祝福の力を詰め込んだ首飾りを用意している。
女王と眷属の力を精霊達の助力で一時的に高めることができる、というものだ。これもロベリアが戻ってきたら渡してみるとしよう。




