番外18 境界公と新区画
王城からの帰り道に冒険者ギルドや工房、迷宮商会など、あちこちに顔を出して帰ったことを知らせ、それからタームウィルズの自宅へ向かう。
「お帰りなさいませ、旦那様」
と、使用人のみんなに迎えられる。俺達が帰ってくることを連絡しておいたから、セシリアもフォレスタニアの城からタームウィルズに移動して待っていたようだ。
「ただいま。何か変わったことはあった?」
「大きな問題はありませんでしたが、ティエーラ様がフォレスタニアのお城に、新しくできた迷宮の区画に繋がる門を仮設なさりました。区画が生成された以上はどこかに入口を作らないといけないから、ということだそうです。ご領地についてはゴーレムの警備で現状では落ち着いていますね。冒険者ギルドからも冒険者達の近況についての報告書を受け取ってあります」
「ああ。ティエーラとは王城で会って、その時に話を聞いて来た。報告書には後で目を通しておく。ありがとう」
「勿体ないお言葉です」
礼を言うとセシリアは笑みを浮かべて優雅に一礼を返してくる。
とりあえず、留守中のトラブルは無し、と。俺への来客にしても、新婚旅行に出かけることは周知されていたからな。
そのまま遊戯室へ向かうと、旅行の際に持っていった荷物を置いて、みんなもお茶を飲んだりしながら待っていたようだ。
「ただいま」
「お帰りなさい、テオ」
遊戯室に顔を出したところで、グレイスがお茶を用意してくれた。
「丁度今、迷宮の区画についてのお話をしていたところなのよ」
と、イルムヒルトが教えてくれた。
ふむ。みんなにも情報が伝わっているか。俺も腰を落ち着けて、話の中に加わる。
「ティエーラの話だと、俺の影響を受けて作られた区画で間違いないみたいだね」
「ん。何だか、面白そう」
シーラが言うと、みんなもうんうんと頷いた。
「確かにね。何層かに分かれた広い区画っていう話だったから、全域を見て回るのは少し時間が掛かるかなっていう気もするけど……。明日、少しだけ見に行ってみようか?」
魔法建築や連絡等の仕事に移る前に、少し覗いてくるぐらいはできるだろうとは思う。
「もしかすると、それも領地の売りになるかも知れませんね」
と、アシュレイが表情を綻ばせる。
「俺もそれに期待してる。新区画でしか手に入らない素材なんかがあればいいんだけどね」
「何だか……色んな仕掛けがありそうに思えてしまうわ」
「確かに面白そうではあるわね」
「あー……。あんまり変な期待はしないように」
何やら妙な方向で期待していそうなステファニアと、羽扇の向こうで肩を震わせるローズマリーではあるが。マルレーンもそんな姉達と一緒ににこにこしているし。
俺の言葉にステファニアは悪戯っぽく笑う。
「でも真面目な話、テオドールの前世の記憶が区画に影響を与えていたりというのは無いのかしら」
「その時はその時かな。そのあたりの迷宮の仕組みに関する情報は公表してるわけじゃないし、迷宮核の仕組みからしてルーンガルドの情報を集積して区画を構築するわけだから、そんなに変わったものができあがるわけじゃない……と思う」
首を傾げるクラウディアにそんなふうに答える。
例えば、近代的な高層ビル群……などといったものは、迷宮核の仕組みからして作られることもないだろう。冒険者達に開放して問題がありそうな区画であればそのままフォレスタニアの地下に入口を移して封印してしまえばいいだろうし、新区画と俺との繋がりにしても周知するわけではないのだから、許容範囲内であるならフォレスタニアから繋がる新しい区画として冒険者に売り込んでいくまでだ。
高難度過ぎて人が寄り付かないなどという、別の意味で冒険者が立ち入れない可能性も無きにしもあらずだが。そのあたりを判断する意味でも少し足を運んで様子を見ておこうというわけだ。
そういった考えを説明するとみんなも納得したように頷いた。
「では、明日は少々新区画を見てから、魔法建築等のお仕事という流れでしょうか?」
「新区画の調査は……みんなさえ良ければだけどね。旅行から帰ったばっかりだし」
もっとのんびりしたいというのなら無理はしないつもりだ。
「私達は……旅行中はのんびりできたので、帰ったらお仕事のお手伝いを頑張らないと、とお話をしていましたので」
「そうねえ。新区画の調査にしても、本格的な探索ではないみたいだし、何より面白そうだわ」
何というかみんな、乗り気というか何というか。新区画を見てみたいということで意見が一致したようだ。んー。そうだな。俺としても興味があるし。
「それじゃあ、明日の予定は決定かな」
というわけで……明けて一日。
のんびりとみんなとの時間を過ごしてから、朝はゆっくり動き出すことにした。
特に誰から急かされるというわけでもないからな。その分自分でやるべき仕事をしっかりと管理しなければならない。
新区画の仮設入口はフォレスタニア居城の奥、宝物庫の中にティエーラが設置してくれたとのことで。余人が立ち入れないような場所に入口を作ってくれたというのは中々に有り難い気遣いだ。特に、宝物庫は現状深層に繋がる隠し扉があるだけなので、宝物庫としての本来の役割を果たしていないしな。
「それじゃあ、行ってみようか」
そう言うと皆も準備はできている、とばかりに頷く。
「主殿の影響を受けた区画か。楽しみだ」
と、マクスウェルが核を明滅させながら言う。
マクスウェルやベリウスも留守番を終えて迷宮探索という事で、中々楽しそうな様子だ。今回は少しだけ様子を見てくるということで、ヴィンクルも同行している。
さてさて。どんな場所に出るやら。目の前に浮かぶ鏡面のような質感の空間――新区画の扉を通り抜けると、景色と空気が一変する。
「これは――」
「……綺麗」
誰かの呟き。思わず……目を見開いてしまう。日中に新区画に入ったはずが、内部は夜を思わせる暗さだった。真っ暗な空に月が浮かんで……と、他の区画でもあったように、遠景に風景が映し出される類の区画だと思われる。
今いる場所は、石畳と砂利で作られた広場だ。それは、良い。そこまでは良い。
区画に入って最初に目を引くのは広場の周囲に生えている植物だろう。確かに、俺にとっては馴染みのある植物だった。
それは桜そのものだ。灯篭の明かりに照らされて、ぼんやりと輝くように花を咲かせている。はらはらと花びらが舞って……何とも風流というか。
和風……ダンジョンか。そういう方向で来るか。
こうやって構築されたということは、ルーンガルドのどこかにも桜があるのだろう。テオドールとしても景久としても、自分としてはそこまで強く和風に拘りがあるとは思っていなかったのだが……。
案外迷宮核からすると、今まで集積されながらも使われていなかった情報を解放する場所を見つけたのかも知れない。俺の記憶から構築用のイメージが明確になったという事は有り得る。
ということは――ずっとずっと遥か東にこういう国がある、ということだろうか。米もあったわけだしな。
色々と思考を巡らしてしまうが、みんなは桜吹雪に少しの間見惚れていたようだ。
「見たことのない植物だけれど……見事なものね」
「……本当。すごく綺麗です」
「これは……どうなのかしら。やはり、テオドールの記憶に絡んだもの?」
ローズマリーの言葉にグレイス達が頷き、クラウディアが尋ねてくる。
「前世の故郷では、似た感じの植物は大切にされてたね。確かに」
しかし、心配していたような近代的な風景などではないようだ。
何層かに分かれているという話であったが、奥までがこの方向性であるなら、冒険者達に公開しても問題はない、と思う。
後は――この区画に出現する魔物と、その魔物達から得られる素材か。どっちも珍しい物が見られそうな気がするが。さて……。どうなることやら。慎重に探索を進めていくとしよう。




