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70 第3王女マルレーン

 迷宮探索は数日小休止という事で、ブライトウェルト工房で待ち合わせという事になった。

 アルフレッドに無理を言って靴を急造してもらった礼も言っておきたかったし、今後飛行用装備など作れないか打診してみるつもりだったのだ。

 いつものようにポーションを調合していると、シーラ達に屋根に穴が空いた、という話を聞かされた次第である。


「まあ、風通しは良くなった」

「あの小屋、この季節は寝苦しかったものね」


 イルムヒルトは妙に楽しそうだが、そこは笑うところだろうか。


「屋根に穴なんて、大丈夫なんですか?」


 グレイスに問われた、シーラは少し首を傾げる。


「んー。雨とか降らなければ」

「それまでに天幕みたいな素材を手に入れれば大丈夫じゃないかしらね?」

「え? そのまま住む気なの?」

「修繕はしてくれるみたいだし。水場が近いのは便利なのよね」


 それでも西区だしな。屋根がそれでは治安上の問題とかあるんじゃないだろうか。

 シーラとイルムヒルトだから、不審者などは簡単に感知されてしまうにしても、不在時に空き巣が入りやすいというのはいただけない。

 どうせ部屋が余ってるんだし暫く家に来てもらうという手もあるが。責任の半分ぐらいは俺にある気もするので。

 んー。……まずはグレイスとアシュレイに相談してみるか。




「それは良いですね。予定も立てやすいですから」

「私も良いと思います。ずっと組手や連携の練習ができますし」


 2人に聞いてみると、非常に実用的な答えが返ってきた。パーティーメンバーとして好印象を抱いているからこそではあるのだろうけれど。


「ま、シーラ達が良いって言えばの話だけどね」


 という事でシーラとイルムヒルトに尋ねてみる。


「――という、事なんだけど」

「有り難いけれど。私達がいて邪魔にならない?」

「……それは今更というか。2人もあんまりそこは気にしてないみたいだし」


 ここのところ生活も安定しているし。あの家についても、どうするか考えるべきだな。

 借家のままにしておくのか、正式に買ってしまうのか。月々の支払は程々に迷宮に潜っていれば黒字ではある。その他の褒賞金やら何やらもあるし。


「家賃を払えばあまり気兼ねしないで済むんじゃない?」

「確かに……そうかも」


 シーラ達は頷いた。婚約している2人とはまた意味合いが違うからな。

 まあ、後で必要な荷物を家に運んでもらうか。


「あれれ、皆さんおそろいで」


 話がまとまったところに工房お抱え鍛冶師のビオラが顔を出した。


「おはようございます、ビオラさん」

「はい。おはようです。テオドールさん、随分な活躍だったみたいですね。ご無事でなによりですが、お怪我は無いんですか?」

「まあ、この通りです」


 火傷も痕が残ると言われた脇腹以外は割と綺麗に消えたし。


「それは良かったです。今日はアルフレッド坊ちゃんに御用ですか?」

「無理を言って仕事をしてもらったので、お礼を言っておこうかと。まあ、まだ来てないみたいですが」

「坊ちゃんも今日は工房に顔を出すって言ってましたが。昨日会った時は徹夜したから帰って寝ると言ってましたので、案外生活時間がズレちゃってるかも知れないです」


 アルフレッドはあんまり徹夜慣れしてなさそうだったしな。

 ビオラは普段、アルフレッドからの指定が無ければ鍔や柄の部分に魔石を組み込める剣を打ったりしているそうだ。

 ビオラ自身の鍛冶の修行にもなるし、何か注文が入った時にすぐに魔道具を提供できるようにと、そういう魔石使用が前提になる物品の作り置きも重要らしい。


「魔石用の靴があれば良かったとボヤいてましたよ」


 と、ビオラは笑う。まあ、それで突貫工事に応急処置を重ねるという感じになってしまったところはあるかな。


「今日はその事でも話をしに来たんですよね。そういう道具があれば、魔人との戦いが楽になるんじゃないかって」

「ああ。でもいいんですか? マジックシールドの魔道具自体は有り触れてますけど、それで空中に足場を作るって、術式に色々テオドールさん流の改良がしてある感じなんじゃ? そういう応用技術って、魔術師さん達は隠したがるって聞いてますけど」

「マジックシールド程度ならちょっと基本ができてる魔術師なら誰でも可能だと思いますよ。飛行術の理屈が分かっていれば、後は時間の問題なんじゃないかと」


 魔力の認識と操作という基本的な所ができれば、低難易度の魔法なら詠唱によって魔力に決められた動きをさせる事はできる。マジックシールドは簡単な魔法なので、発動させるだけなら難易度は高くない。

 重要なのはそこから先だ。


 例えばシールドを発生させる術者との相対的位置、盾として取り回しが利くのか、それとも壁のようにその場に残るのか。シールドを維持する時間、規模、出力調整による強度変化。この辺にアレンジを加えられるかどうかが魔術師としての腕の見せ所という部分である。


 飛行術として応用するなら足場にできるようにアレンジしてやる必要があるわけだ。アルフレッドが徹夜で調整していたのもその部分である。

 魔道具は基本的に記述通りの効果しか出ないので、魔術師が使うように自由なアドリブが利くわけではない。よって、足場として利用するなら汎用的に使えるよう、調整しておく必要がある。


 その辺、普通なら研究が必要な所だが、俺が核心部分の情報開示をしたりして突貫工事で完成させた。そういう応用技術は、確かに魔術師は伏せたがる。魔道具に対する自分達の優位性を下げたりしかねないからな。


 とは言え、理論は単純なものなので。飛行術が世に知られた以上は多分誰かが形にしてくる。魔道具になるのも時間の問題だろう。

 だから別に、俺が情報開示する事そのものには、そんなに重大な意味合いはない。

 要するに、模倣される前に元祖なり本家を名乗ってしまった方が得、と。そんなところだ。


「いくつかの魔道具で補助してやれば飛行できる――としても。それを何の補助も無しで全部自力でやっちゃううえに、戦闘までこなすのがテオ君の逸脱した所なんだけどね」


 アルフレッドが戸口から顔を出して、そんな事を言った。


「おはようございます。お坊ちゃん」

「うん。おはよう」

「おはようございます。昨日はありがとうございました」

「いや、力になれてうれしいよ」


 そんなアルフレッドの後ろに隠れるようにして、小さな女の子がこちらを見てくる。

 その手には、変装用の指輪。アルバート王子の妹、マルレーン姫……だな。

 普通に工房に連れてきているが、大丈夫なのだろうか。


「こっちは僕の親戚のマリアン。ちょっと出る時ゴタついてね。離れたがらないから、気分転換になるかなって一緒に連れてきたんだ。大人しいし、邪魔にはならないと思うから」


 ゴタついて、か。基盤が弱いとはいえ、アルバート王子やマルレーン姫はれっきとした王族だ。揉め事を起こせそうな相手って、割と限られているんだよな。

 変装がバレるリスクがありながら、小さなマルレーン姫を連れてきている辺り、このメンバーになら情報が漏れても良いとアルバート王子が思っているからなのかも知れない。

 或いは……マルレーン姫が口を滑らせないと、分かっているからか。


「よろしくお願いしますね。マリアンさん」


 グレイス達がマリアンに笑みを向けて自己紹介する。マリアンは小さく頷きはしたが、口を開く事はなかった。

 警戒しているというか……シーラにイルムヒルト、ビオラなど初対面の顔が多いので、怯えているような所がある。

 それでもアルフレッドが室内に入ると1人でいるのが嫌なのか、室内に入ってきたが。


「済まないね。マリアンは無口なんだ。気を悪くしないでほしい」


 アルフレッドは苦笑する。

 別に、女性陣で気を悪くしている者はいないようだ。というか、何かを察したらしい。

 まあ……そうだな。グレイスは俺の間近にいたし、アシュレイだって自身が色々苦労をしている。シーラとイルムヒルトも孤児院出身だし。


 ビオラの過去は知らないが……彼女も別段、マリアンを邪険にしているような表情は見受けられない。アルフレッドが引っ張ってきただけの事はあるという事か。アルバート王子から見て、信用できる相手という事なんだろう。


「マリアンさん、こちらへ。刺繍に興味はありますか?」


 グレイスは積極的にマリアンに話しかけている。今日は飛行補助用の魔道具についての調整や採寸をするという目的で工房に来ているので、グレイスは手隙の時間が多くなるだろうと、刺繍道具を持参してきているのだ。


「シーラさん。今日は私も刺繍の方を見ていてもいいですか?」

「ん」


 アシュレイはシーラと工房の中庭で組手をすると言っていたが、グレイスと一緒にマリアンと過ごす事にしたようだ。


 シーラとイルムヒルトの2人もだ。俺と視線が合うと頷き合う。イルムヒルトも楽器持参だからな。芸は身を助けるとは言うが。マリアンの気分転換が目的と言うのなら、イルムヒルトは中々にうってつけの役だ。


 マリアンは少しだけ躊躇ったようにグレイス達を見上げた後、おずおずと輪の中に入っていく。その光景を見たアルフレッドは安堵したように小さく息を吐いた。

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