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番外6 妖精の女王

「何を集めれば良い?」

「基本的には知っているものを集める方向で。知らない植物やキノコは見かけても触れない方が良いかな。触れただけで毒が回るっていう植物やキノコも、無いわけじゃないから」


 と、シーラの質問に答える。


「けれど、知らないものを見かけたら、わたくしに教えてもらえると助かるわ」

「私も、知っている範囲でならお答えできるかなと」

「ん。分かった」


 俺とローズマリー、それからペトラの言葉にみんなも頷いて、はぐれないように何人かで固まって薬草採集を始める。

 空中戦装備は例によって予備をシリウス号に積んでいるということもあり、それらはレアンドル王と近衛騎士に使ってもらう。仮にはぐれても森の上空に出ればいいので大丈夫、というわけだ。


「おお。これは面白いな」


 と、レアンドル王は楽しそうにシールドを足場にして木立ちの間を空中歩行しているが……割と器用らしく魔道具の扱いも危なげが無い。カドケウスに護衛になってもらっておけば、レアンドル王に関しては安心だろう。

 では……俺も採集を始めるとしよう。




 今までは……治療用と魔力回復用のポーションをメインで作ってきた。必然的にみんなが集めてくるのは知っている薬草がメインなので、ポーションの材料が集まってくる感じではある。

 鎮痛に解毒、解熱等の効能を持つポーションに加工できる薬草等々……色々見つかるので薬草採集は中々に充実している。


「このキノコは……本でも見たことがないわね。ペトラは知っているのかしら?」

「お師匠様に教わったことがあります。妖精の森でしか育たないキノコですが……食べると夜目が利くようになるそうです」

「面白いわねぇ」


 ローズマリーは光るキノコを手に入れてかなり上機嫌な様子だ。薄く笑みを浮かべながら魔法の鞄に薬草やらキノコを次々と入れている。

 

「サボナツリーまで生えてるようですね」


 グレイスが笑みを浮かべた。

 宵闇の森で見かける、樹液を加工すると石鹸やら洗髪剤やらを作れる樹木だ。これは……資源の宝庫とも呼べる森だな。

 そんな調子であれこれと採集していると、森の木立ちや枝葉の向こうに、小さな人影が見え隠れしているのに気付いた。小さな身体と色鮮やかな蝶の羽……妖精だ。

 どうやら単独で行動しているようだ。類似する魔力反応は他に見えない。


「何だか……こっちに興味を持ってるみたい。テオドールは、ティエーラ様達の加護を受けてるから……」



 と、セラフィナが教えてくれる。


「んー。向こうの邪魔になってるわけじゃないなら、それでいいかな」


 敵意を持っていたり悪戯してくるわけではないのなら問題はあるまい。そもそも普段から冒険者が入って薬草採集をしているわけだしな。


 とは言え、妖精は臆病だったりするので、驚かせても悪い。そのまま何でもないような素振りで採集を続けていたが、向こうはどうも興味が勝るのか、視界の端で捉える度に少しずつ距離が縮まってきているように見えた。

 薬草を摘んで、顔を上げたその時だ。正面の木立ちから顔を半分だけ覗かせていた妖精と視線が合う。向こうは驚いて顔を引っ込ませるが……俺は俺で、そのまま作業を続ける。


 ややあって……もう一度恐る恐る覗いてくる。そんな妖精に声をかけたのはセラフィナだった。


「こんにちは」


 と、にこにことセラフィナが言う。妖精は少し戸惑った様子ながらもこくんとセラフィナの挨拶に応じる。


「テオドールは、怖い人じゃないよ。大丈夫」


 セラフィナが言うと、妖精はおずおずと木の陰から前に出てきた。


「ええと。お邪魔してます、かな?」


 と、そんな挨拶をする。妖精は俺の挨拶にもう一度こくんと頷き、ふわふわと飛んで来ると……俺の髪の毛に触れた。そして……何やらにっこりと笑うとそのまま踵を返して森の奥へと飛んでいく。

 少し離れたところで振り返り、俺やセラフィナに手を振って――木立ちの向こうへと消えていった。

 ふむ。何やら妖精と微妙に交流してしまったが。


「ふむ。妖精に好かれておるのだな。自分から近付いてくる妖精というのは初めて見た」


 と、レアンドル王が興味深そうに言った。ペトラも驚いたような表情だ。


「その、セラフィナも家妖精として僕に付いていますし、高位精霊の知り合いもいるので、そのせいでかも知れません」


 と、答える。妖精と精霊は近い存在だからな。


「多分、テオドールやみんなが近くにいると、妖精なら力が増してくる感じかも」

「……なるほどね」


 臆病な妖精が近付いてきたのも分からないでもない。

 ともあれ、動向としては敵対的でないようだし、あまり気にしなくても大丈夫だろう。




 そうして作業を続けていたが……暫くするとまた妖精の魔力反応が見えた。しかし、今度は複数。


「友達を連れて戻ってきたみたい」


 セラフィナがにこにこと笑う。ああ……。森の奥に戻っていったのはそういうわけか。

 数が多くなると大胆になるのか、妖精達は割と普通に木立ちの間を飛んできた。先導しているのはさっき見た妖精だ。

 こう、嬉しそうに抱き着いてきたり、みんなにもスカートの裾を摘まんで挨拶をしたり。


「ふふ。可愛らしいです」


 と、アシュレイが掌に妖精を乗せて相好を崩す。マルレーンもスカートの裾を摘まんで挨拶を返したり、クラウディアやヘルヴォルテも妖精達にとっては波長が心地良いのか、あちこちに抱き着かれたりしていた。


「小さな者達が騒いでいるから見に来てみれば――確かに。強い魔力と貴き精霊達の気配を纏う者達じゃな」


 そんな声が響く。そちらに目を向ける。森の奥からやって来たのは、他の者より二回りほど大きな妖精であった。濃い紫色の髪。黒いアゲハ蝶のような見事な翅とドレス姿の出で立ち。花の冠を頭に被って、宝石が先端についた杖のようなものを持っている。


「妖精の、女王様?」

「いかにも」


 と、女王はイルムヒルトが首を傾げて零した呟きに、自信ありげな笑みを浮かべて答えた。妖精集団の規模が大きくなると、力を持った者が上位種に進化して女王となる者が出てくると言われている。普通に人語を操るあたり、強い力を持った妖精ということだ。


「我が名はロベリアという」


 妖精の女王ロベリアが自己紹介をしてきたので、こちらもまた自己紹介をする。

 俺達とレアンドル王。全員の自己紹介を終えると、ロベリアは少し驚いたような表情を浮かべた。


「ドラフデニアの王と、異国の魔術師とは。森で出会うには少々変わった組み合わせよな。特にテオドールとやらは、人とは思えぬ程の魔力を秘めている様子……」


 ロベリアは値踏みするように俺達を見やる。


「ふうむ。強き精霊の加護を受けた魔術師……。それにドラフデニアの王……か。信用すべきか否か」


 そう言って目を閉じ、女王は暫く何事か思案に暮れていたようだが……やがて真っ直ぐ俺を見て言った。


「ここで会ったのも何かの縁。そなた達には、森の奥に見てもらいたいものがあるのじゃが」

「見てもらいたいって……何を?」

「恐らく人間達の作った物で……古い時代のものじゃ。我には人間の作った物の正体などわからんのでな。我の勘では……あまり良いものには見えんのじゃがな」


 そんなことを言われて、思わずみんなと顔を見合わせてしまう。


「古い時代というと……アンゼルフ王の時代でしょうか?」

「その前の時代っていう事も有り得るかな」


 グレイスの言葉に答える。

 アンゼルフ王が討伐した悪王の国の遺物だとか、そういう可能性も否定できない。

 レアンドル王は先程までの表情とは打って変わって真剣な表情で何か考えていたようだが、やがて俺を真っ直ぐ見て口を開く。


「余としてはこの国を預かる者として見ておかなければならないと思っている。ぶしつけな頼みであるのは重々承知しているが……テオドール卿さえ良ければ同道願えないだろうか? 知恵と力を拝借したい」


 レアンドル王が言った。確かに。こちらとしては新婚旅行中ではある。だがドラフデニアとの親善にも繋がればと考えている部分はあるので、断る理由はないだろう。


「分かりました。森の奥となると危険も予想されますし、シリウス号を呼んで、それを拠点にしながら進んだ方が良いかも知れませんね」


 何だか俄かに慌ただしい雰囲気になってきたな。妖精の森の奥の遺物、ね。女王の言葉では若干要領を得ないが……さて。何が出て来るやら。

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