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714 夕暮れの街で

 母さんの墓所から程近くの湖畔で即席の竈を作り、料理をして音楽を奏でてと、みんなと談笑しながら食事をしたり茶を飲んだりとのんびりと過ごす。


 ヴィンクルは食後の腹ごなし、というように湖上を滑るように飛んで行き、ほんの少しだけ水面に触れて一気に高度を上げたりと、楽しそうに遊んでいた。

 リンドブルムもヴィンクルに随伴するように湖上を飛び回る。遊んでいる、というよりはヴィンクルの遊び相手になりつつ護衛もしている、という印象だ。

 竜と飛竜という種族的な違いはあるが……リンドブルムはあれで、カーバンクル達の遊び相手を務めたりと結構面倒見が良い。


 俺も湖畔からいくつかの光球を飛ばしてヴィンクル達の遊びをサポートする。光の球で追いかけっこをしたり、或いは光球の色を明るいものと暗いものに変化させ、明るい色の光球に順番にタッチするだとかいった具合だ。


 ヴィンクルは孵化し直したばかりでまだまだ翼も小さいのだが、魔法も併用しているからか飛行能力は中々高く、その動きも時々目を見張るものがある。

 マジックシールドを展開して方向転換等するあたり、BFO式の空中戦技術を取り入れている様子も見受けられる。ラストガーディアンとしての片鱗が垣間見える。今後の成長が色々楽しみと言えよう。


「んー。幻術で飛竜に見せかけてやると、外でも行動しやすくなるのかな。本人は騒ぎにならないよう気を遣ってるようだし」

「良いかも知れないわね。飛竜なら確かに騒ぎにもなりにくいでしょうから」


 俺の言葉にクラウディアが笑みを浮かべて頷く。クラウディアもヴィンクルとは色々縁があるからか、その動向を気にしているようだ。


 竜と飛竜の、外見的な大きな違いは、翼の他に前足が別にあるか否かだろう。

 身体的な特徴や鱗の質、魔力の多寡など細かく見ていけば様々な違いはあるのだが、まだ身体の小さい今の状態なら、幻術で誤魔化してやるだけで飛竜に見せかけてやる、というのは容易だと思われる。


「そうなると魔道具が必要じゃな。タームウィルズに戻ったらアルフレッドに伝えておくぞ」


 と、お祖父さんが言う。


「それじゃあ……よろしくお願いします」

「うむ」


 一礼するとお祖父さんは穏やかに笑った。

 やはり装備としてはスカーフが望ましいのかも知れない。統一的な装備を身に着けさせておくだけで使い魔やそれに類似する立場として人間側に所属していることを明確にできるし、紋章の刺繍などしておけば、貴族家として庇護の姿勢も明確にできるなどと、メリットが多いからだ。

 それに魔石を仕込んで、ヴィンクルなら幻術、ラヴィーネなら冷却用のフィールドといった具合に、それぞれに必要な術式を刻んでいく、というわけだ。


 そうして構想を練ったりしながらみんなと過ごしていると、やがて伯爵家から父さん達を迎えに馬車がやって来た。


「ふうむ。そろそろ屋敷に戻った方が良さそうですな。色々と準備や段取りもありますゆえ」


 と、父さんが言う。そうだな。夕飯は父さんの家で、ということになっている。俺達と七家の長老がこうして訪れている以上、領主として歓待しないわけにはいかない。ましてや、もう不仲を偽装する必要もないわけで。


「では僕も見送りとして同行しましょう。公的に和解しているというのも、領民達には早めに伝わった方が良いように思いますし」


 領内の雰囲気が良い方向に向かっているというのなら、尚の事だ。シリウス号で来たから領民達も俺が伯爵領に来たことは理解しているだろう。ダリルが奔走して領民達との和解の下地を作ってくれた、というのもあるし。


 というわけで父さん達と馬車に乗ってガートナー伯爵家へと向かう。

 馬車で領地を行き、屋敷の門を抜けて。そして玄関ホールへと足を運ぶと、家令達使用人と共にキャスリンが出迎えに来た。


「テオドール様。ご無沙汰をしております」


 と、静かに頭を下げてくる。


「奥方様もお変わりなく」


 こちらも静かに返す。無難なやり取りではあるが、キャスリンの物腰は……何というか、根本のところが柔らかくなった、ような気がする。

 キャスリンについては伯爵領でのエルマー達の襲撃事件以後、落ち着いたという印象がある。父さんからもダリルからも、その後に問題が起こったとは聞いていないし、色々良い流れが出来上がっているのだろう。

 それを見ていたからこそ……ダリルは領民達にも働きかけたのかも知れない。そして今もまた、バイロンの問題も円満に解決できればと。

 問題を投げ出さず、根気よく解決の方向に働きかける。それがきっとダリルが理想とする領主としての在り方なのだと思う。


「その、境界公。少しお話をしたいのですがよろしいでしょうか」


 そんなことを考えていると、ダリルが声をかけてきたのであった。




 客間に向かい、ダリルと茶を飲み、砂糖菓子を摘まみながら話をする。


「ええと。こういう場でダリル殿……とかいうのも堅苦しいし、流石に私的な場って言うことで良いかな?」


 そう言うとダリルは苦笑して頷く。


「その、話というのは――いや、話っていうのは、さ。領民達はテオドールに対して、まだぎこちない感じになるかも知れないって、少し心配になって」


 ダリルはやや意識的に口調を切り替えてそう言ってきた。


「ああ。そういうことか。それはまあ、大丈夫だよ。そういう領民達の機微は、それなりに理解しているつもりだし……普段の様子はダリルから聞いた通りなんだろ?」

「うん。そこは印象として感じたままを伝えたけど」


 ダリルとしては、俺と領民の両方を心配しているわけだ。

 当事者同士で和解したからと、大多数がすぐに態度を変化させたら俺が不快に思う、かも知れない。

 結婚の祝福や来訪の歓迎を街を上げて思い切り行うというのにも、そういう背景があると領民達からの遠慮が出てしまう可能性があると。

 確かに、遠慮して逆に不快な思いをさせてしまったらというのは本末転倒ではあるし、ダリルが色々深読みして心配するのも分かる気がするが。


「んー、そうだな。母さんの家に戻る前に、町中を散策して、顔を見せといた方が良いのかな。顔を合わせる機会が少ないから、いきなりだと自分でも白々しいとか考えたりっていう部分はありそうだし」

「うん」

「でも、ダリルが心配してくれるのは嬉しいけど、多分大丈夫。ここまでくると必要なのは、次に顔を合わせる機会だけなんじゃないかって思う」


 小さく笑って答えると、ダリルは少し目を丸くし、それから言った。


「テオドールは……何か笑い方とか、色々変わったよな」

「あー。まあ……それも色々あったからかもね」


 その「色々」の内容を口にするのは……気恥ずかしいのでやめておこう。みんなに支えられて、ここにいる、なんて流石に素面では言えないというか。

 久しぶりに会ったダリルから見て印象が変わったというのなら、そういうことなんだと思う。俺がキャスリンを見て変わったと思うのと同じように……ダリルから見た俺も、変わって見えるのだろう。




 というわけで母さんの家に帰る前に、ガートナー伯爵領を少し散策して戻ることにした。もうそろそろ日も暮れるかという時間帯で人通りは若干少なめになっていたが……領民達は俺に気付いた瞬間、一礼してきた。

 俺も何も言わずに小さく笑い、頷いて応じる。領民達は……俺の反応に少し驚いたような顔をしてもう一度、深々と頭を下げてきた。


 立場の違いなどもあるから、領民達にとっては勇気がいることだろう。

 だから俺も余計なことは言わない。過去の出来事を悔いて前に進もうとしているということは、ダリルから聞いて知っている。俺から何かリアクションが必要だとしたら、これぐらいのことで充分なのだと、そう思う。

 そして謝罪も祝福も、全部受け取った。


「ほら、大丈夫だった」


 俺の散策に付き合う形で屋敷を出てきたダリルに言うと、ダリルは安堵した様子で頷き、口を開く。


「色々あったけど、テオドールのお陰で母さんの事とか、今の形に落ち着いたからさ。テオドールには、感謝してるんだよ。領地のこととか兄さんのこととか、頑張るからさ。だから……ありがとう」


 そんなダリルの言葉に、俺は静かに頷いた。

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