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708 フォレスタニアの夜

 披露宴は夜になっても行われた。みんなと話をしたり、小腹が空いたら料理やお菓子を摘まんだりしながら、歌や演奏、談笑を楽しんだりといった具合だ。

 孤児院の子供達は昼間に動物組と遊び疲れたのか、そろそろ年少の子が眠たげな様子なので、サンドラ院長と職員達の引率で迎賓館の一室へと向かった。


「結婚式や披露宴というのは初めてだったが、中々賑やかで楽しいものだな」


 テスディロスが酒杯を傾けながら子供達の背を穏やかに笑って見送った。


「楽しんでもらえているなら何よりだよ」


 そう声をかけると、テスディロスはこっちを見た。


「ああ。楽しませて貰っている。そう言えば……我等にフォレスタニアに来てほしいと言ったと聞いているが」

「強制するつもりもないけどね。監視下に置きたいわけじゃないから。ヴァルロスやベリスティオと約束をしたからにはできることをしておきたいし、傭兵の経験も買ってるから」


 そう答えると、テスディロス達は俺に不思議そうなものを見るような目を向けてきたが、やがて小さく笑った。


「ああ。分かった。腕や経験を必要としてくれるというのなら、期待に応えられるよう努力はしよう。だが旅行で不在になる間は俺達がここにいるというのも、周りに心配をさせるだろう。お前達が旅先から戻ってくるまでは、地上で大人しくしている」

「なら、話の続きは帰ってからかな」

「楽しみにしている」


 と、テスディロス達はまた酒杯を呷るのであった。


 子供達のお守り役も終わった、というところで動物組もダンスホールのテラスに戻ってきている。月光神殿のガーディアン……翼を持つ蛇も月光神殿に声をかけにいったところ、フォレスタニアに遊びに来ていたりする。ベリスティオの器を守るという仕事も一段落したわけだしな。


 蛇はまだ戦闘形態が再生できていないようだ。だが、前よりは大きくはなっているか。名前はカルディア。普段は霊樹の樹上で眠っていて、侵入者が来ると起きる、という生活サイクルらしい。因みに、名付けは俺ではない。

 言葉は話せないが、マジックサークルを言語代わりに利用することも可能なのでコミュニケーションも可能であり、こうして名前や普段の生活等を聞くこともできた。


 そんなカルディアも、普通にシャルロッテに撫でられたり、コルリスとヴィンクルに握手で挨拶されたりしているが。


「さて、そろそろ、かな……」


 楽しそうなシャルロッテを眺めながら頃合いを見て呟く。名残惜しくはあるが、形の上では披露宴をお開きにしなければなるまい。


 この後、みんなを迎賓館の客室に案内したり、希望する者は湖底の滞在施設にも案内しなければならない。

 グランティオスの面々は淡水でも海水でも問題ないとのことである。迎賓館に泊まる者もいるが、湖底に泊まってみたい希望者がいれば申し出て欲しいと告げてある。俺としても早期に使い勝手のリサーチができるのは助かる。


 まだ飲み足りない者には、部屋の方に酒を用意する、ということで。




 そういうわけで披露宴の招待客を各々の泊まる部屋に案内してきた。

 ロフトにテラス、冷暖房完備の部屋というのは自宅の客室から踏襲している。内装は迎賓館の建築様式に合わせているけれど。

 湖底の滞在施設は、グランティオスで見た家々の設備を遺跡調の建築様式に合わせ、室内の水温調整や水質浄化、調理や食事用に一部の部屋から排水ができるなどの機能を備えたものだ。


 明日になればみんなも色々感想を聞かせてくれるのではないだろうか。湖底に人が泊まると、水底から魔法の灯りが見える。光る湖と遺跡風の建築物。夜間は中々に神秘的な光景と言えよう。


 そんなわけで俺達も案内を終えて、居城の本棟、最上階付近に位置する居住スペースへやって来た。

 ここは居間、書斎、台所に氷室、風呂に洗面所、トイレにクローゼット、遊戯室、将来子供部屋になる予定の部屋、使い魔達が寝泊まりできる部屋等々と、最上階付近で暮らしていくのに不足しないだけの設備や部屋を用意してある。

 内装は他の場所に比べて落ち着いたものだ。調度品も少なめで、かと言って殺風景にもならないように、緑を置いたりしている。窓からの眺めは――領内が一望できて絶景ではある。


 これはみんなの希望を色々と反映した形だ。

 風呂と主寝室は全員で使用するのに十分な広さがある。主寝室の他に、もう少し小さな寝室も用意しているが……。


 それから個々の私物や衣服を置いたりできる個室も用意してある。クローゼットもここだ。まあ、タームウィルズの家と使い分けたりもするだろうし、シルン伯爵領に遊びにいったりもするから、これからずっとここで生活する、というわけではないが、とりあえずは満足いく形になったと思う。


 思うのだが……うん。何というか招待客の案内を終えてみんなと共に居住スペースまでに来ると……今日、これからの事を考えざるをえないというか。


「んー……。ええっと……」

「色々話し合っているから、それを説明しないといけない、かしらね」


 小さく咳払いすると、ステファニアが言った。みんなもややぎこちなく頷いて反応する。


「そう……。わたくし達も王族や貴族の端くれだしね。そういった事に対する教育や教本というのも……まあ、あるのよ。ペレスフォード学舎の貴族教育は……若年層にはそこまで踏み込んだことは教えていないようだけれど」


 言葉を選びながらローズマリーが言った。羽扇の向こうの顔は赤くなっているようだ。俺としても冷静さを保ったまま聞くのは中々辛いものがあるが、それはみんなも同じだろう。


「その……ステファニアが来てから、私達も結婚が近いと思って、色々話し合ったのよね。割と具体的なところまで」


 クラウディアが言う。


「う、うん」



 みんなの間でのルール作りは俺が関わるよりもみんなの納得のいく形を、と思っていたが、結婚が近付いて結構踏み込んだところまで相談していたらしい。確かに……必要なことではある、だろうけれど。


「その。最初は……1人ずつで。慣れたら何人かみんなで、なんて話をしていました。それで、テオが問題無ければ、と」

「流石に、中々テオドール様には言い出せずにいましたが、ここまで来てしまうと、了承を取り付けないわけにもいかないですから……」


 その上で出た答えというのは……有体に言うと、最初は一人ずつで、後になったら複数人で、ということだった。何というか……。うん。


「その、きちんとした理由もあるのよ」


 と、イルムヒルトがフォローするように言うと、マルレーンもこくこくと頷く。


「要するに……みんなで目的を共有し、協力することで仲違いを防止したり、不公平感を減らしていくわけね。今までだってそうしてきたわけだし」


 と、ローズマリーが言った。なるほどな……。一般的な側室のように対抗意識を燃やすような形にはしたくない、ということで問題点を潰そうと知恵をだしあったわけだ。


「ん。それに、人数が多くても日が開かないから寂しくない」


 あー……。うん。後宮などで側室が多いとそうなる、なんて話は聞いたことがあるな。日が開くと心情的に色々大変らしいし。


「うん。そういうことなら……反対する理由もない、けれど」


 色々とその……返答に困る。自分の顔が赤くなっているのも分かる。

 ちなみに、年少組とは程良い年齢になるまで程々のスキンシップがあれば、ということで納得してくれているそうだ。ともかく疎外感を無くす方向で、ということではあるが……。




 ……何というか。色々大変なことになったな、という感想だ。

 全員で眠れる主寝室の他に、少人数で使えるような小さめの寝室も何か所か用意しているが……まあ、何というか。小寝室の製作理由も言わずもがななので、ノックは響くが内側からの音は魔法によって完全防音だったりする。 

 生活魔法で身体を清潔にして小寝室のソファで色々ととりとめのないことを考えていると……みんなも風呂から上がったようだ。ノックの音に扉を開くと、そこにはドレス姿のみんながいて。


 その中からグレイスがみんなに一礼して1人で前に出る。その……順番についての話だが。こちらは婚約者になった順で、ということらしい。


 グレイスが部屋の中に入って来て。そして扉が閉まると完全に二人きりになってしまう。心臓の鼓動は早くなっているがグレイスも緊張しているようで……。部屋の奥に招き入れてソファで隣り合って腰を落ち着ける。一息つくために水差しから冷たい水をコップに注いでグレイスに渡す。


「ありがとうございます。お風呂から上がったばかりなので、少し身体が火照ってしまいまして」

「それはまあ、俺もっていうか」


 はにかんだように笑ってコップを受け取り、水に口をつけるグレイス。俺も自分を落ち着かせるように水を呷る。

 周囲は無音で……こういう空気の中で、グレイスと一緒だと昔のことを思い出してしまう。


「こうして2人きりで静かになると……昔のことを思い出すな」

「そう、ですね。私も少しあの頃のことを思い出しました」


 グレイスは微笑み、少し遠いところを見るような目をした。あの頃とは色々状況が違うけれど。


「タームウィルズに来たばっかりの時も、そうだったけど」

「はい。テオはあの時の約束も、きちんと守って下さいました」

「でも、こういう形での結婚になるとは思ってなかったよ」

「ふふ」


 少し苦笑して言うと、グレイスは小さく笑って目を細める。そして――ほんの少しの沈黙。その後、見つめ合ったままで、距離を縮めたのはどちらからだっただろうか。やがて瞳を閉じて。俺達は静かに唇を重ねるのであった。

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