700 幼竜新生
みんなの意見を参考に調整を加えていき……そして、一先ず満足のいく形になった。後は実際に作ってみて、不便な点が見えたら細かく修正していけばいいだろう。
さて。出来上がった仮想空間の領地を迷宮に実装するにあたり……迷宮のどこから領地に向かうことができて、満月の際はどうなるのかなども併せて調整しなければならない。
領地の位置をあまり迷宮の奥にしてしまうと到達することそのものが難しくなる。
領地、と言っておいて人が滅多に到達できないのでは問題がある。そこで炎熱城砦の一角から区画に直接繋がる扉を配置しつつも、地下20階の分岐点からゲートによって双方向で転移可能、という形にしておく。
要するに分岐点まで到達すれば転界石を使わずに地上に帰還したり、転界石を温存したまま安全に休息を挟んで分岐点から先の探索が可能になるというわけで……冒険者達にとっての利便性が大きく増す形となる。
満月の日に迷宮に入った場合はどうなるのかと言えば……満月の迷宮には侵入できず、その扉を守る俺の領地の入口に直接繋がることになる。
駆け出し冒険者が間違って侵入してしまったり、向こう見ずな者達が腕試しとして満月の迷宮に向かって返り討ちにあってしまうような事故も減る。
新月の際も含め、月に2度は入口から簡単に来れるので、地下20階まで迷宮を踏破できない者でも気軽に領地に来れるようになる、という寸法だ。
非常時には一時的に転移ゲートを閉じることで不審者を遮断したり閉じ込めたりといった対応も可能となる。
『それじゃあ、実際に動かしてみるよ』
諸々の設定と最後の確認を終えて、みんなに通信機で連絡する。
「何というか……出来上がりが楽しみね」
「先程までの風景を見ているだけでも面白かったですからね」
「あれだけの街がいきなり出来上がってしまうなんて」
と、みんなも楽しみにしているようだ。では、始めよう。
迷宮核から今現在迷宮に潜っている者達の居場所を確認。入口が炎熱城砦であるために、迷宮の改変に巻き込まれるような者もいないようだ。
分岐点のゲートは領地の受け入れ態勢が整うまでは起動させず、タイミングを見計らって冒険者ギルドに通達し、冒険者達に周知してもらうこととしよう。
俺の精神体の周囲に浮かぶ古代文字の一節をなぞれば――術式の海のあちこちに動きが起こった。煌めきが走り、迷宮核外部のリングと光球の動きも連動して激しい物になる。
迷宮内部に、設計図に基づいた新区画が創造されている最中なのだ。処理が完了するまでもう暫く掛かる。出来上がったら早速見に行ってみるとしよう。
「そうしたら……次、かしらね」
『うん。そっちも予定通りに』
クラウディアの言葉に通信機で返事をする。
もう一点――。待ち時間を利用して、迷宮深層の防衛に関して、早めにやっておくべきことがある。ラストガーディアンの――再生に関してだ。
空の器に組み込まれた制御術式を行動原理として動く、最強の幻獣にして最終兵器。それがラストガーディアン本来の姿だ。迷宮で最も強力な個体であるために感情を排した使命への忠実さを求め、不確定要素を排除しようとしたわけだ。
だが……起動していない時は本当に空の器となってしまう。そこに、器に見合うだけの何かの魂が宿ってしまうという可能性を見落としたのが、月の民の誤算だった。
コルティエーラの感情との相乗効果で……月の民の想定していた姿と逆のものになってしまったというのは皮肉な結果と言わざるを得ない。
そしてベリスティオのような能力を持った者がラストガーディアンの器を手に入れるという可能性も将来に渡ってとなると否定できない。
だから……ラストガーディアンに組み込まれているそういった制限をまず取り払い、制御術式はあくまで行動原理では無く仕事や目的として、生まれ変わらせるという案が出ている。
他のガーディアンのように自我を持たせ、卵や雛の状態から再生し直すことで、より高度な自我や判断能力を形成させてはどうか、というわけだ。
要するに、竜の子供として再生し直し、経験や信頼関係を管理者であるティエーラやタームウィルズに住む人々との間に築き、それによって暴走や目的外の攻撃を防ぐ、という計画だ。
コルティエーラと分離したといっても……ラストガーディアンはラストガーディアンだ。以前のラストガーディアンの記憶を、共有して憶えているとのことで。だから……月面で戦った時の記憶や感情も、残っているということになる。それを考えれば……上手くいく公算は高い。ティエーラとコルティエーラに同調していたということだから。メルヴィン王達もラストガーディアンの新生計画に賛成してくれた。
ペルナスやインヴェル、ラスノーテら、竜が周囲にいてくれることも環境としては追い風だ。勿論水竜親子もラストガーディアンの育成に協力してくれるとのことである。言語を操るのも人化の術を使うのも、少し成長しないと無理、とはペルナス達は言っていたけれど。
ラストガーディアンに関係する術式を調整し、自我が発生しないように抑制されている部分を取り払う。性質や性格などをある程度誘導できるようなので……あまり干渉し過ぎない程度に調整を加える。成竜として完璧な状態での再生をするのと違い、生まれ直させるのならすぐにでも起動させることが可能だ。
というわけで、孵化直前の状態に設定してラストガーディアンを起動する。すると制御部に、光の柱が立ち昇り――その中から竜の卵が出現した。
緊急事態ではないから、ラストガーディアンが起動しても中枢部の戦力が動くということもない。まずは迷宮核内部から、外に出るとしよう。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「ん、おかえり」
制御部に意識が戻ってきたところでみんなに声をかけると、笑顔で迎えてくれる。
「卵はどんな感じ?」
「少し動いていますよ。本当に孵化直前のようですが……」
ティエーラが答えてくれる。
というわけでみんなの注目を集めている竜の卵を改めて見てみる。
成体のラストガーディアンはかなり巨大だったが……卵の状態だと大きさは俺の腰の辺りぐらいまでしかない。
卵としては結構大きい、とも言えるか。身体を折り畳んで中にいるわけだしな。孵化もしていないというのに、魔力反応は相当なものだ。成体になった時があれだから、納得いくものではあるが。
時折動きを見せる卵を見ていると、俺達の見ている前で殻に罅が入った。
ライフディテクションで殻の中の様子を確かめ、顔を出しそうな場所にティエーラを残し、みんなで別方向に回り込む。
竜にもいわゆる擦り込みがあるのかどうかは分からないが、念のために、である。最初に顔を合わせるのは、今後最も長い付き合いになるであろうティエーラであるべきだ。
みんなの見守る中で、内側から殻を破って幼竜が顔を出す。かなり凄まじい魔力を秘めているのだが……それに似合わず、丸っこいフォルムだ。丸くて大きな瞳。身体に比してまだまだ未発達の小さな翼。
「初めまして、でしょうか」
ティエーラが優しく声をかけると、幼竜は応えるように小さく鳴いた。文字にするなら、ピュイ、というような擬音になるだろうか。成竜であった頃から考えると何とも可愛らしい声だが。
身体を震わせて卵の殻を振り払い、ぱたぱたと小さな翼を動かしてティエーラのところに飛んでいって――そして頬ずりをする。
「ふふ、くすぐったいですよ」
ティエーラがそう言って幼竜の頭を撫でると、甘えるように喉を鳴らす。
ここまでは予定通り。分離したとはいえ同一の存在に近かったから、彼女達に親近感を覚えるというのは予想していたことだ。
幼竜は――何かに気付いたように視線を巡らせると、俺達を見やる。
一声上げると、翼を動かしこちらに近付いて来た。途中で止まってクラウディアに視線を向けるが、動く前に俺をじっと見てくる。害意はない、ということだろうか。頷いてやると、幼竜も頷き返し、クラウディアのところへ行って頭を垂れるような仕草を見せた。
尻尾も翼も、垂れ下がっていて……反省している、謝っているというような印象だ。
「気にする必要はないわ。あなたはあなたの仕事をして……迷宮はきちんと守られた。その後のことは、私達の失策だから」
そう言ってクラウディアが手を差し出すと、幼竜はクラウディアを見上げて目を瞬かせる。
「仲直りをしましょう。私達だって、あなたと戦いにこの場に来ていたのだし」
幼竜はおずおずと前に出て、小さな手でクラウディアと握手をする。クラウディアが嬉しそうに笑うと、幼竜は小さく鳴いた。
「また、随分と姿が変わってしまいましたね」
ヘルヴォルテとも握手を交わし……それから俺に向き直る。
「戦いの時の事、覚えてるんだな」
尋ねると、こくんと頷く。軽く頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めた。表情が分かるから、感情も伝わる感じがするな。
「よろしくお願いしますね」
と、みんなも幼竜と握手を交わしたり撫でたりしている。みんなから穏やかに迎えられて、幼竜は嬉しそうに声を上げた。
どうやらラストガーディアンの再生に関しては問題無さそうだな。このまま一緒に過ごす時間を増やして、信頼関係を築いていきたいものだ。迷宮の意義だとか、目的に関しては教えられるまでもなく知っているわけだし。
「テオドールの領地も完成したようですよ」
ティエーラが言う。ああ、良いタイミングだ。
「それじゃあ、領地を見に行こうか」
「ん。楽しみにしてた」
シーラが言うとステファニアも目を閉じてうんうんと頷いている。居城に隠し通路なども仕込んだからな。自分で作った建物内を探索するというのも妙な感覚だが、先程まで仮想空間上の模型だったものが実物になったわけだから……俺としても出来上がりが楽しみだったりする。
「では、行きましょうか」
ティエーラの足元からマジックサークルが広がり、そして光が収まると――。周囲の空気と景色が一変していた。俺の領地の入口の広場に当たる場所だ。
広場の周囲には透き通るような湖畔が広がっている。湖畔の端に、円形の塔が作られているのである。入口の広場は塔の屋上であり、さながら展望台のように街が一望できるような作りになっている。視線を巡らせると、ここから街並みや湖畔、居城を見ることができる。
「これは――素敵ですね」
アシュレイが言った。マルレーンがこくこくと頷く。
領地に入って来た者が……まず目にするのがこの光景というわけだ。
鏡のように風景を映し出す、透き通った湖畔。その上に浮かぶように佇む、壮麗な建築様式の美しい城――。
明るい陽射し。遠くに見える山々。青い空と白い雲。春らしい暖かくて爽やかな空気……。設定した通りだ。外と同様、四季の変化にある程度対応していて、夏場は涼しく冬は暖かい、と一年通して穏やかな環境となっている。
光景に、みんなも目を奪われている様子である。マクスウェルも核を明滅させているし、幼竜も目を瞬かせている。良い反応だ。
塔の上部と下部、両方に広場がある。上の広場が入口で、転移ゲートと石碑が存在する場所だ。下の広場には兵士達の詰め所となる予定の建物と、街の内部へと続く門とが作られている。
塔内部を螺旋階段で降りることもできるし、小さめの浮石のエレベーターも4つほど備え付けられていてスムーズな上下移動が可能だ。
まずは浮石のエレベーターで下へ降りて、街中や城を一通り見てみることにしよう。問題が無ければメルヴィン王達も早速招待する、ということになるだろう。




