698 領主達との再会
叙勲式も終わり、王城のダンスホールにてちょっとした祝いの催しが開かれた。宴会というよりは音楽に耳を傾け、軽く小腹を満たしつつの挨拶回り的な内容ではある。
あまりそういった席は柄ではないのだが……式典に顔を出している貴族家の当主達は割と好意を以って接してくれる知り合いが多かったりするので、俺としても気が楽だ。
七家の長老達がすこぶる上機嫌な様子でお祝いの言葉を掛けに来てくれたりと、身内が多いからこういった席でも肩の力を抜いていられるところはあるけれど。
「この度はおめでとうございます、境界公」
「ありがとうございます、伯爵」
そんなやり取りを交わしたのは、父さんとだ。私生活ならまだしも、公的な場所では些か堅いやり取りになってしまうのは致し方ない。
「そう言えば、ご実家との不仲の噂は……魔人達の目を欺き、伯爵領の安全を守るための策であった、とお聞きしましたが」
父さんが来たところでそう言ったのはフォブレスター侯爵である。
「うむ。大筋では間違ってはおらんな。異界大使の武勇と知略を存分に活用してもらうには、実情をはぐらかし、周囲からの攻撃を防ぐ必要があった故」
その言葉を肯定したのはメルヴィン王で――そう言ってから悪戯を成功させた、というような印象の、にやりとした笑みを見せる。
……どうもこのあたり、フォブレスター侯爵と打ち合わせをした上でのやり取りという気がしてならないが。
「いやはや……恐れ入ります」
と、父さんは苦笑いしつつも恐縮している。
タイミングを計っていたというのはあるのだろうが、その効果は大きい。
流石は陛下……とか、伯爵は麒麟児へ自由に才能を伸ばせる環境を与えていたのでは……とか、そんな噂話が聞こえてくる。
法衣貴族の風見鶏ぶりはまあ、仕方がないと言えば仕方がないのかも知れないが。
とりあえず、実家と不仲という噂話も、魔人絡みの一件が片付いた今となっては、もう必要のないものだしな。
貴族達も古い情報で噂話をしているとメルヴィン王達の不興を買いかねないし、誤情報の訂正は彼らにとっても必要なことだ。この話に関しては、かなりの勢いで後押しされるように広がるだろうから、寧ろ父さんやガートナー伯爵家の株が上がりそうな流れにも見える。父さんは何も言わなかったが、メルヴィン王から内々に口裏合わせしていなければ、誤情報を流すのも無理な話ではあるし、ダリルが伯爵家を継ぐ際にもプラスに働くのではないだろうか。
まあ……実家関係のことはこれで良いとして。少し会場に目を向けてみると、俺が色々なところから挨拶回りを受けているそのすぐ近くの席で、エリオットも挨拶回りを受けていた。先程俺のところに挨拶に来た、ウィスネイア伯爵と談笑していた。
「では――エリオット伯爵は、家名が変わるのですな」
「はい。領地に合わせることになるかと。シルン伯爵家が同時に2家も存在していては、ややこしいですからね」
「うむ。オルトランド伯爵家ということになろうな」
それを聞いていたメルヴィン王が言う。
エリオット=ロディアス=シルン=オルトランド伯爵。……エリオットにしても早速名前が長くなっているな。
「テオドールの領地については……これから精霊神や月女神の立ち合いの下に創造される故、まだ名が決まっていない。これについては追って通達することになろう」
メルヴィン王がそう付け加えると、居並ぶ貴族家の当主達の目が丸くなる。
「いやはや、何とも壮大なお話ですな」
「領地が創造されるとは……。神話やお伽話に立ち会っているような心持ちになりますが」
「僕としても……領地の名付けをしなければならないので、些か戦々恐々としていますよ」
「それは責任重大ですな」
と、笑いが漏れた。
俺の場合は、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー……の後に領地名といった具合だ。なので少ししたら、領地名+境界公、といった爵位名で呼ばれる機会も増えるだろう。
いや、本当に。今の内に領地名をしっかり考えておかないといけない。構想も纏まってきたので、結婚式までには迷宮の領地作りも終わらせてしまう予定だし。
名前。名前か。例えば……シュアストラスやヴェルドガル等の姓も、それぞれの子供に母方のルーツを明らかにするように組み込まれるので、子供達の名前も相応に長くなるわけだが……まあ、これは些か気の早い話だ。婚約者にしても年齢的な差があるので、結婚した後も色々と考えなければならないことはあるしのんびりと考えていこう。
「領地作りや魔法建築と言えば……ブロデリック侯爵ともお話を進めなければなりませんね」
折角挨拶回りで顔を合わせたわけだし、ハーピー達の劇場に関しても話をしておこう。話題を振ると、マルコム侯爵はにこやかに応じてくる。
「劇場の話は私個人としても楽しみにしておりますが……境界公は戦いを終えたばかり。これから結婚式も控えておいでです。ですので資材の準備等々にしても、のんびりと進めさせて頂ければと考えておりますよ。ハーピーの皆様方ともお話をしましたが、先方もそのようにお話をしておりました。自分達の歌を必要としてくれる場所があるならば、青空の下でも構わないとも仰っていましたが」
そんなふうに笑って言われた。
ドリスコル公爵に続いてマルコムやハーピー達も、というわけだ。
約束はあるけれど今はまだゆっくりしていて欲しいと。みんなで気を遣ってくれているわけだ。色々と有り難い話ではある。
そうだな……。うん。少しばかり羽を伸ばさせてもらうか。
「ありがとうございます。では……そうですね。ハーピーの皆さんがブロデリック侯爵領へ迷宮入口から移動できるように環境を整えておく、というのはどうでしょう?」
「おお。それは喜ばれるのではないでしょうか」
それなら準備も必要ないし時間もかからないからな。劇場の建築は折りを見て、という形で良さそうだし。
「結婚式の日取りはお聞きしましたが……その後のご予定はもう決まっておられるのですか?」
ジルボルト侯爵が尋ねてくる。
結婚式もそれほど先のことではない。各地から足を運んでくれた、貴族家の当主達も列席してくれるとのことだし、フォルセトにしても、ハルバロニスに一旦戻るのは俺達の結婚式が終わってからにするということである。
「はい。シルン伯爵領にある、先代男爵の墓前や、ガートナー伯爵領にある、母の墓前に足を運ぶことは決まっています。その後は……東に足を延ばしてドラフデニア王国を見学に行ってみるのも面白いかな、という話をみんなとしていましたが」
「ほほう。冒険者王の国でしたな。風光明媚とは耳にしたことがありますが」
ジルボルト侯爵が楽しそうに頷く。
母さんの墓参りをしてから……その後どこかに新婚旅行を、などと考えている。
話し合いで上がっている新婚旅行の候補地はいくつかあるが……ジルボルト侯爵に話した通り、東のドラフデニア王国の古都を見に行ってみるのはどうか、という案が上がっていた。
アンゼルフ=ドラフデニア王の、幻影での話がかなり好評で、みんな気に入ってしまったらしい。ドラフデニア王国への史跡探訪などというのも悪くない、などという話になっているのだ。
俺としてもドラフデニアの古都等に足を運んでおけば、幻影の朗読においてもディテールが細かくなるかなという気はするし、割合乗り気ではあるのだが。
そんな話をしていると、メルヴィン王も静かに頷く。
「ドラフデニアか。やや遠方とは言え……あの国は昔から我が国にも好意的であるからな。必要とあらば、余からも書状を認めておこう」
「それは……ありがとうございます」
メルヴィン王からの一筆というのはまた。境界公というのは他国ではない爵位だし、メルヴィン王の書状で身分の証明ができるというのは心強い話だ。
ふむ。こうなると新婚旅行は、やはりドラフデニアで決まりかな。
とは言え……とりあえずは明日からの、迷宮深奥に続く区画の再編と領地作りに集中することにしよう。あまり気持ちが浮わついていると、しっかりとした領地作りもできないからな。




