696 それぞれの道行き
――明くる日。予定通りに造船所でシリウス号の武装回りの換装を進めることになった。
セイレーン達とハーピー達も、色々と持ち込んだ楽器を片付けたりと、撤収の準備を進めている。
そんな中でアルフレッド達と作業を進めているとアドリアーナ姫とロヴィーサ、それからエスティータが造船所にやってきた。
各国の王やエスティータ達を交えて王城で今後の事について色々取り決めをしていたらしいが……アドリアーナ姫とロヴィーサにとっても色々有意義な話し合いになったのだろう。中々上機嫌そうな様子だ。
まず、やってきた3人と挨拶を交わす。3人はそれからクラウディアにも管理者の立場から解放されたことに祝福の言葉を伝え、一礼していた。
「この度は、おめでとうございます」
「ええ。ありがとう」
3人からの祝福の言葉を受けて、クラウディアは柔らかく微笑む。それからアドリアーナ姫は顔を上げ、俺達に言ってきた。
「今後のことを話しておこうと思ってね」
「私とアドリアーナ殿下に関してはタームウィルズに残れることになりそうです。私はグランティオスからの大使を兼任しつつ、タームウィルズ近隣の海で水守りの仕事を行う、といったところでしょうか。この通り……護衛もいてくれますし」
ロヴィーサは付き添うように浮遊しているコーラルの頭を撫でながら、嬉しそうに言う。
「というわけで、赤潮等は防げますし、海難事故などへの対応もできると思いますよ。ペルナス様とインヴェル様も歓迎して下さるそうです」
「それはまた。漁師達は喜ぶのではないかと。色々心強いですね」
「はい。海の事はお任せ下さい」
そう言って微笑むロヴィーサ。アドリアーナ姫が言葉を引き継ぐように言う。
「私は飛行船の技術協力についての責任者としてね。それから――ザディアスのことを反省し、後世に渡ってシルヴァトリアの治世を続けていく為に……ヴァルロスやベリスティオへの祭祀についてもすべき事があると思うの」
「なるほど……」
アドリアーナ姫の言葉に頷く。鎮魂や慰霊の意味合いでの儀式は続いていくことになっているからな。シルヴァトリアの王家もまた七賢者と関わりの深い、月の民の系譜に連なる王家だ。
立場や方法論の違いはあれど、地上の安定や安寧を最終的に望んでいたヴァルロスやベリスティオ達への祈りを捧げるなら……それはシルヴァトリアの王の役目なのかも知れない。それはつまり、アドリアーナ姫が王位を継承するという意味でもある。
コルティエーラの祭祀を行うのは封印の巫女だが……そうなるとシャルロッテとの連係も視野に入ってくるだろう。
今後もタームウィルズに残る、ということでコルリスがフラミアの尻尾と握手をしている。その光景にやや目を丸くしつつも、気を取り直すように、かぶりを振ってからエスティータが言った。
「月との国交については同盟の各国が望んでおいでです。私達は魔力送信塔が出来上がれば一旦月に戻りますが……女王陛下の方針を考えると、また地上に戻って来ることになりそうですね。肩書きはどうなるかは分かりませんが、各国の中枢にいる方々とお話ができる、ヴェルドガルに留まることになるのではないかと」
となると、エスティータ達も後々は地上に留まる形になるか。
魔力送信塔を建造すると共に、月面と魔力通信での連絡をできるようにしてしまおうと、オーレリア女王やアルフレッドとは打ち合わせをして戻って来ている。それなら、必要な際に月の結界の門を開いての転移も可能になるからだ。
「そういうわけで、まだ当分の間は私達もタームウィルズに留まることになるから、よろしくお願いするわね。お邪魔でないなら、ステフに会いに行っても良いかしら?」
「勿論です。祭祀絡みのお話もありますしね」
と、アドリアーナ姫に答えると、アドリアーナ姫はステファニアと笑みを向け合う。2人のコンビは今後も変わらずといったところだろうか。
「バハルザードについては……私は鍛冶修行の途中でもありますので。ヴェルドガル王国の技術を身に付け、父様に献上できる剣を打つまではまだ帰れません。引き続き、工房のお仕事に協力させて頂きたく存じます」
と、シリウス号換装の仕事を一段落させたエルハーム姫が言った。それからフォルセトに視線を向ける。
「ハルバロニスの民は……そうですね。お許し頂けるなら、このまま月と地上の友好に協力させて頂ければ望外と考えています。アドリアーナ殿下の仰った祭祀や、テスディロス殿の今後についても、それこそ、私達にとっても大事なことですから。近日中に一旦ハルバロニスに帰りますが、またすぐに戻って来ることになるかと」
フォルセトは遠くを見るような目をする。勿論、俺やクラウディアに異存があるはずもない。クラウディアと視線を合わせて頷き合い、それからクラウディアが答える。
「その申し出は嬉しいわ。これからも、よろしくね」
「ありがとうございます」
ヴァルロスとベリスティオの出自にしても、それにテスディロス達のルーツにしてもハルバロニスではあるし、魔力送信塔や祭祀、そして魔人達の今後についても、フォルセトが関わりたいと思うのは当然だろう。
「ええと。シオン達については……このまま外の世界を見せてやりたいなと思っております。迷惑でなければ、ですが」
「ええ。シオン達が一緒だと心強いですね」
そう答えると、シオン達は顔を見合わせて嬉しそうな表情を浮かべた。シグリッタはあまり表情に出さないが、それでも口元が綻んでいる。
シオン達の出自からお互い親近感があるらしく、マクスウェルも核を明滅させていたりする。
「討魔騎士団は解散し、それぞれの国元に戻ることになります。同盟規模で何か対処しなければならないような問題が再び持ち上がった時は、再結成される可能性はありますが」
と、エリオット。そして国元に戻って、今回の功績に相応しい待遇を受けることになる、か。元々各国の精鋭を集めた形だしな。
「エッケルス卿は、部族長なので多忙になりそうですが……時々タームウィルズに来たいと仰っていましたよ」
「エッケルス卿はテスディロス達のことを気にかけていましたからね」
自分の境遇に重ねている部分もあるのだろう。
テスディロス達については段階を踏んで行動の自由を増やしていく、ということらしい。まあ……あの2人も一本気だから、そういう意味では心配はしていない。
俺としてもヴァルロスやベリスティオの一件があるから、今後も2人を取り巻く状況は注視しておこうと思うけれど。
今までとはそれほど変わらなかったり、国元に帰ったりとそれぞれ色々あるが……まあ、落ち着くべきところに落ち着いて来ているようだ。
「ああ。それから――エルドレーネ陛下やヴェラ様から、テオドール様に言伝を預かっていますよ」
ロヴィーサが言う。
「何でしょうか?」
「これからの事について、協力できることがあれば嬉しいと仰っていました。例えばの話ですが……花嫁衣裳の装飾品について、真珠や珊瑚、宝石等は入り用になるのではないかと。職人による装飾品の加工も含めてのお話ですね」
「それはまた……」
結婚への準備としては……確かに必要だな。ウェディングドレスについてはアルケニーのみんなが生地を用意してくれるということなので、その加工を行きつけの仕立屋であるデイジーに頼むつもりでいたけれど。
装飾品か。そうだな。ハーピーの職人達の腕前は確かだし、多分みんな乗り気なんだろう。職人のモチベーションが高いというのは、結果も良いものになる、ということだ。
異界大使としての立場から考えても、頼んだ方が良さそうにも思う。
「そうですね。みんなからも異存がなければ」
そう言ってみんなの意見を聞いてみると――。
「何か、凄い物ができてきそうですね」
「確かに……かなり気合を入れて取りかかってくれそうね」
「ん。面白そう」
と、いった答えが返ってきた。マルレーンもこくこくと頷く。とりあえず、反対意見は出ない。
「では……仕立屋と相談しつつ、というのはどうでしょうか?」
ドレスと装飾品と、併せてデザインを決めたほうが良いからな。
「分かりました。お2人にはそうお伝えしておきます」
そう言ってロヴィーサはにっこりと微笑むのであった。




