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694 解放の時

 隔離フィールドを段階的に縮小して探索範囲を狭め、ウイルスが残らず消滅したことを確認する。

 それからフィールドを解放してやれば……周囲に見える術式の輝きが増していくのが見えた。動作不良に陥っていた術式が正常に動き始め、ウイルスや隔離フィールドのような異物が消えたことで全体が回り始めたようだ。


 ……煌めく術式の海は眺めていたくなるような美しい光景ではあるが、一旦外に出て報告がてら休憩を入れるか。

 緊急事態の解除も、クラウディアに行ってもらうしかないし。


 術式の海から迷宮制御部へと意識が戻ると――生身の身体の重さが戻ってきた感覚があった。水の中から陸地に戻ってきた感覚に近いものがある。


「ふう……」


 軽い疲労感から息をつく。振り返ると、みんなが心配そうに俺を見ていた。

 ウイルスの出現に関してもカドケウスを介して連絡していたからな。


「ただいま。術式の阻害をしていた奴は排除してきた。術式も正常に動き出したみたいだ」

「お帰りなさい、テオドール様。お怪我は大丈夫ですか?」

「それに関しては――うん。大丈夫だと思う」


 そう答えると、アシュレイは嬉しそうに笑った。みんなも安堵したのか嬉しそうな表情である。

 攻撃を受けていないし、直接接触も無いので侵食は受けていない。俺自身の魔力の流れだけでなく、循環錬気でウロボロスやネメア、カペラ、それからバロールの状態をしっかりと確認しておく。


「あの時の事がまだ尾を引いているなんてね。ごめんなさい、テオドール。いつも苦労をかけてしまって」


 クラウディアが言った。


「ん。制御部には触れられなかったんだから仕方がないさ。術式も動き出していたから、迷宮からの補助を受けられる状態になったと思う」

「ありがとう。まずは……そうね。緊急事態の解除を行ってしまいましょう。そうすれば中枢部だと言っても、そこまで警戒しておく必要も無くなるし」


 水晶球に触れるクラウディアの周囲にいくつもの古代文字のサークルが浮かぶ。その文字列の一節を指でなぞると、迷宮核が反応するように動きを見せた。リングがぐるぐると動いて、光球も忙しなく回転する。床に走っている光るラインを魔力が行き交い――その動きが落ち着いたところでクラウディアが頷いた。


「これで大丈夫だわ」

「それじゃ、食事をして休憩したら、作業に戻るよ」

「それでは、準備をしますね」

「手伝うわ」


 グレイスがにこにことしながら言うと、ステファニアとマルレーンも準備に加わる。


「疲れてるなら、肩とか腰とか揉む」


 と、手をわきわきとさせるシーラである。


「それじゃあ私も体力回復の魔法を」

「マジックポーションも持って来ているわ」

「呪曲も任せてね」


 アシュレイとローズマリーが言って、イルムヒルトもリュートの用意をしている。


「それじゃあ……全部お願いしようかな。中で作業してる時は補助も受けにくいし」


 そんなふうに答えると、彼女達は嬉しそうに笑うのであった。




 さて。食事を取ってのんびり休憩してから迷宮核の内部空間に潜って作業続行である。

 休憩している間に迷宮核に自己診断を行ってもらい、制御用の術式は全て正常、との結果を得ている。このまま作業を続けていけば問題あるまい。

 続いての作業は何かといえば――迷宮全域に広がってしまっている戦闘訓練用区画の整理といったところか。迷宮全体に魔物の出現が波及してしまったのは半端に術式が動いて緊急事態扱いになってしまったからだ。管理者と他者が契約している区画――タームウィルズや精霊殿等はその限りでは無かったが。


 ともかく、ヴェルドガルは迷宮の魔物によって産出される資源に頼っている環境がもう確立されてしまっている。冒険者達の食い扶持でもある。これがいきなり無くなれば大きな混乱が起こるだろう。

 だから、その環境をできる限り維持したまま、こちらにとっても都合の良いように調整してやる必要があるのだ。


 冒険者が潜って物資を得たりする区画はそのまま、迷宮の魔物が出るように。逆に出て来て欲しくない、迷宮村のような場所は訓練用の区画から除外して完全な安全を確保。

 一方で、潜入されたくないような場所に通じる区画は、訓練ではなく警戒区域としておく。これにより、迷宮の魔物の侵入者への対応が変わったりする。


 ウイルスで正常な働きが阻害されていたガーディアンや準ガーディアン連中も、細やかな設定をすることが可能になった。

 定められた期間、決まった場所を守るようにするとか、どこそこのルートを巡回するだとか、どんな肩書きの者なら通して良いだとか、色々設定というか命令できるようだ。

 今までは……出現するかどうかはランダム性が高かったからな。これはウイルスの妨害と、制御術式が正常に働かない場合の安全策との兼ね合いの結果である。


 侵入者の戦闘力が高いような場合は迎撃に向かう、という部分は……ウイルスに邪魔されずに生きていたようだ。俺達がガーディアンに遭遇する確率が高かったのも……もしかするとこれのせいだろうか。


「……ガーディアンの設定は、もう少し時間をかけて考えるか」


 区画分けだけしてしまえばそのあたりの細やかな設定は、後回しでも良いだろう。どのガーディアンにどこを守らせるかなど、考えることが多いし、それは今回の目的とは関係が無い。


 迷宮管理者の引継ぎや、負の感情をどこから調達するかは、クラウディアが管理者を降りた後の事が想定されているので、これはシステム側から再設定が可能だ。

 これは予定通り、管理者をティエーラ、負の感情の調達はコルティエーラからとする。そしてコルティエーラ自身は神殿や祠を新たに迷宮内部に作って、封印の宝珠をそこに祀る。ガーディアンの防衛は……ここにこそ必要だろう。

 そして地上にティエーラとコルティエーラを祀る神殿を作ってやれば、そこで働く巫女達の祈りも彼女達に届く、というわけだ。


 必要な作業を進め……迷宮核内部から外に出る。


「終わったよ」


 今回予定していた作業が諸々終わったことを伝えると、クラウディアが頷いた。


「……いよいよ、ね」

「よろしくお願いいたします」


 ティエーラが言う。クラウディアはティエーラと共に祭壇の上までやってくる。そして俺達が見守る中、クラウディアは少し緊張した面持ちで詠唱を始めた。


 迷宮の管理者を引き継ぐ――その儀式だ。

 クラウディアの詠唱が進むと、彼女達の身体の周りにマジックサークルがいくつも浮かんでいく。同時に、クラウディアとティエーラの身体が光を纏い始めた。迷宮核の周囲にも複雑な術式が幾つも浮かび、連動するように動きを見せる。


 その動きと眩い輝きが最高潮に達する。制御部を輝きが満たし、そして。


 燐光を纏うティエーラが祭壇の上に立っていた。クラウディアの身体はそのまま光とともに霊体となって、制御部の一角へ――。

 壁が開き水晶柱のような物が迫り出してきたかと思うと、その中にあるクラウディア本来の身体へと吸い込まれていく。

 クラウディアと寸分違わぬ仮初の器から、本来の身体へと。水晶柱が光の中に溶けるように消え――クラウディアが床に音も無く降り立つ。


「……ああ」


 そうして胸の辺りに手をやって、自分の身体に触れてから声を漏らした。


「姫様、大丈夫ですか?」


 ヘルヴォルテが尋ね、みんなが心配そうな表情を向けると、クラウディアは穏やかに笑みを浮かべた。


「ええ。私のことは心配いらないわ。ティエーラ様は、どうでしょうか?」

「問題はありませんよ。迷宮の管理者として……必要な知識も少しずつ迷宮核から流れてきます。何はともあれ、無事に解放されたこと。おめでとうございます、クラウディア」

「ありがとうございます」


 クラウディアはティエーラの言葉に頷くと、俺達のところまでやって来た。


「ありがとう、テオドール」


 俺の手を取るクラウディアの目の端には、涙が浮かんでいた。


「うん。おかえり、クラウディア」


 そう言って、クラウディアの身体を軽く抱き締める。そこにマルレーンやイルムヒルトが抱き着いて来て――。そしてみんなでクラウディアが解放されたことを喜び合う。

 先程まで忙しなく動いていた迷宮核は落ち着きを見せ、クラウディアの解放を祝福するように光の煌めきで制御部を満たしている。


 と――。祭壇の水晶球から光が放たれた。そこに――寄り添うような、2つの人影が映し出される。

 クラウディアの目が丸く見開かれた。


「お父様、お母様も……!」


 威厳のありそうな、しかし柔和な笑みを浮かべる初老の男性と、クラウディアにどこか面影の似た女性。共に宝冠を被っている。

 クラウディアの時代の、月の王と王妃――。しかしクラウディアの呼びかけには反応しない。霊体ではない。光魔法や幻術の類で姿を映し出しているようだ。

 月の王の、声が制御部に響いた。


「聞こえているかな、クラウディア。残念ながらこれは過去の私達の姿。幻影による伝言でしかない。お前と話をしたり抱き締めてやることはできないが……これからのお前の為に、言葉を届けることだけはできる」


 月の王は一旦言葉を切って、クラウディアの理解や納得が追い付くのを待つかのように、少しの間を置いてから静かに言葉を続ける。


「今、お前が余の声を聞いているという事は、地上の再生は果たされた、ということなのだろう。お前には、辛い務めを背負わせてしまって済まないと思っている。だが……長い間、よく耐えてくれた。お前は――余らの誇りだ」

「……お父様」


 クラウディアは月の王の言葉に感じ入るように、ぽろぽろと涙を零す。マルレーンとイルムヒルトがクラウディアの身体を抱きしめ、ヘルヴォルテがクラウディアの背に寄り添うように支えた。そしてクラウディアは支えてくれるみんなの腕に自分の手を重ねながら、月の王を見据える。


「管理者であることを終えた後のことは、心配せずとも良い。月の船が生み出した迷宮に寄り添う者達が、そのまま暮らしていけるように、制御術式に工夫をしたつもりだ」

「迷宮に地上の皆が寄り添うように。これから……地上で生きていくあなたの隣に寄り添い、共に歩んでいく人達がいる事を。支えてくれる人がいる事を……私達はずっと、この月から祈っています」

「お前の……これからの道に幸多からんことを」

「……はい、お父様、お母様。今、私の隣には、こんなに多くの人達が。テオドールが。みんなが一緒にいてくれます。支えてくれます。どうか、どうか心配なさらないで」


 そんなクラウディアの返答に応えるように。月の王と王妃は優しい微笑みを浮かべると、クラウディアに別れを言うように手を上げる。

 そして……ゆっくりと光の中に薄れて、消えていったのであった。

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