690 新たな家族と
「んー。みんないつも髪を洗ったり背中流してるって聞いてる」
と、桶を片手に湯あみ着で浴室に入ってくるシーラである。
シーラは普段から動きやすい軽装ではあるが……こうして見ると手足や脇腹など、筋肉はあるのに締まっていてしなやか、という印象である。すらっとしていて野生動物を思わせるというか。まあ……あまり考えると俺の精神にダメージがあるから思考の方向性を変えるとして。
みんなと共に家に帰って来たところで早速話し合い、ローテーションを組んだ。
いきなり風呂で一対一というのはステファニアとしても心構えができていないだろうということで、今日は風呂がシーラ、夜隣で眠るのがイルムヒルトとステファニア。明日からはそのままローテーション。
3人増えた分は朝か夕どちらかに、3人と一緒に過ごす時間を作る、ということで決定した。まあ、全員との時間をきちんと作るというのは大事なことだろう。
「ああ。俺からもシーラの髪や背中を洗う……けど。耳に水が入ったりしないよう気を付けないといけないかな」
「水が入らないよう寝かせるから、問題ない。耳の中は自分で手入れする」
「そっか」
シーラはこくんと頷く。その表情はいつも通りではあるが……ほんのりと頬に朱が差しているようにも見えた。それからまずはかけ湯をしてから互いの髪や背中を洗ったりしていくわけだ。
「それじゃ、まず私からテオドールに」
と、シーラが俺の髪を洗ったり、背中を流してくれる。流石に手先が器用というか。洗い方の力加減も上手いものだ。
順番を交代し、シーラの髪を洗っていく。洗髪剤をつけて軽く揉み込むようにマッサージ。耳の部分は水が入らないように下から上に沿って軽く洗う、と。尻尾がぴくぴくと反応していた。
湯を流し、洗髪剤を落としてから背中を洗う。
「尻尾はどうしようか?」
「耳と尻尾は……普通なら触られたくないけど。テオドールは別に良い。洗ってくれるって言うなら、お願いする。慣れてかないといけないし」
それは何というか……。信頼されている、と受け取っておくか。
平常心を保ちながら、洗髪剤を使ってシーラの尻尾に軽くまぶし、付け根から先端に向かってそっと丁寧に洗っていく。
「こんな感じでいいのかな? 痛かったりしない?」
「……ん。平気。少しくすぐったいけど」
と、シーラが少しだけ振り返って頷いた。
何というか……洗うにしても妙に緊張するというか……。神経が行き届いている場所だろうしという部分もあるが……。
尻尾についた洗髪剤を丁寧に流してやると、離れ際に礼でも言うように、濡れた尻尾が俺の手首のあたりを軽く撫でていった。
それからまだ身体の洗っていない部分を各々で洗い、一緒に湯船に浸かる。
「はぁ……」
湯船に浸かる心地良さに声を出す。
シーラも隣に腰かけてきた。
「テオドールの洗い方、丁寧で上手い」
「んー。そうだね。まあ嫌じゃなければ今後もっていう感じかな」
「ん。不束者ですが今後ともよろしく」
いやいや。その挨拶はどうなんだろうか。正しいような正しくないような。
まあ、いいか。軽く苦笑して、シーラと共に寄り添うようにして湯船でのんびりと温まるのであった。
その夜の寝室は……イルムヒルトとステファニアが隣である。
イルムヒルトはみんなと一緒の生活や寝泊まりに慣れているのもあって、にこにことしているが、ステファニアは初日ということでやや緊張していたようだ。
しかしマルレーンも嬉しそうにしているし、寝室でもみんなリラックスしているというのもあって、いつもの雰囲気に戻りつつある。
「何ていうか、やっぱりみんなと一緒で良かったわ。シーラもイルムヒルトも、ありがとう」
「お気になさらずとも。シーラちゃんと一緒に、テオドール君を挟んで隣同士というのも楽しそうでしたけど」
「ん。私達は一緒のことも多いし、平気」
ステファニアとしては2人に順番を調整してもらったというところか。8人に増えてやや寝台のサイズが手狭になったので、木魔法で延長して布団をシーラとイルムヒルトの部屋から持ってきたりと、色々工夫をしている。まあ、全員同じ部屋で眠るのも問題は無いだろう。
「まあ、ゆっくり慣れていけば大丈夫よ」
「そうね。わたくしも最初は色々緊張したものだけれど」
と、クラウディアとローズマリーが言う。
「ああ。良いお湯でした」
「お待たせしました」
そこに風呂から上がったグレイスとアシュレイが、ほんのりと湯気を立ち昇らせながら寝室に入ってくる。
さて。全員揃ったところで寝台に横になっていく。あー。イルムヒルトもステファニアも夜着だが……こう、2人が2人ともプロポーションが良いというのはこう、寝返り等がしにくく感じてしまうところはあるが……。うん。今は忘れよう。
「それじゃあ、よろしくね。私も年長者なんだから、しっかりしなくちゃね」
と、ステファニアは気合を入れるように表情を引き締める。
「んー。循環錬気をしながら眠るだけだから」
「そう、みたいね。手を、繋いだ方が良いのよね」
年上だから、という気持ちが先行しているからあまり慌てふためくようなところは見せたくない、というところがあるようだが。それでも隣に眠る段となると、やや緊張しているようにも見受けられる。
「うん。とりあえず、肩の力を抜いていても大丈夫」
そう言って、そっとステファニアの手を取る。ステファニアは少しだけ目を丸くした後、苦笑した。
「テオドールはしっかりしているから……やっぱりお姉さんぶるのは難しいかしら」
そういうところは責任感が強いステファニアらしいところが出ているかな。
立場に沿った振る舞いをして、自分を律してしまう、というか。まあ、好奇心や冒険心に溢れているところも、その内慣れてくれば出てくるだろう。
「尻尾、邪魔じゃない? やっぱり駄目だったらすぐ言ってね」
「ん。平気だよ」
「私達は問題ないですよ」
「同じく」
イルムヒルトは夜寝る時は人化の術を解除する。一番リラックスしたい時だから人化の術を使ったままというのは負担だろうしな。
滅多に触れたことは無いが……こう、ラミアの尻尾は滑らかで手触りが妙に良かったりする。
「んー。みんなと一緒だとあったかいなぁ……。これだと朝も楽そう」
というのは、ラミアならではの悩みか。そうして、皆寝台に入ったところで明かりを消して、就寝前におやすみと声を掛け合い――そうしてみんなを巻き込んで循環錬気を行っていく。
「ああ……これは……」
と、ステファニアが心地良さそうに声を漏らした。全員で行う循環錬気は……例えて言うなら、温い湯に浮かんだまま揺られて溶けていくような心地良さがある。これで……緊張が解れてくれれば良いと思うが。
やがて。みんなが寝息を立て出し、俺も眠りの中に落ちていくのであった。
そうして――次の日。セラフィナに起こされた時に、イルムヒルトの尻尾が片足に軽く絡んでいたりして。俺としても今までにない刺激的な目覚めであった。
春先とは言え朝方は寒くなる時もあるからな。イルムヒルトとしては無意識的にぬくもりを求めてしまうようで。
「ごめんね、テオドール君」
と、イルムヒルトは恐縮していたが。まあ、俺としては別に不快ではなかったので。
「ん。平気。すべすべしてくすぐったかったぐらいで」
「そ、そう?」
イルムヒルトはそんなふうに言って頬を赤らめていた。うーん。恥ずかしがるポイントのような物がよく分からない。感触的なことは触れない方が良かったのだろうか。
婚約者が8人になって初日ではあったが……うん。何とかなりそうかな、とも思う。みんなは相変わらず仲がいいし、ステファニアも朝食の用意を談笑しながら手伝ったりと、馴染んできているようだ。
さて。今日はいよいよ迷宮中枢で制御術式の解析と修復に入ることになる。9人で循環錬気もたっぷり行ったので調子も良いし……気合を入れて臨むとしよう。




