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687 異界大使の今後

 ――あの祝勝の宴から2日。

 その間、俺達はゆっくり休ませてもらい、旅やら宴会やらで少し不規則になっていた生活時間を元に戻しつつ羽を伸ばさせて貰った。

 宴会が終わってからは騎士達は何日か連休。兵士達は普段より人数を減らしての交代勤務。


 エスティータ達、月の使者に関しては王城にて国賓扱いで歓待だ。

 地上観光は用事を済ませてからのんびりと、だろうか。どちらにせよ魔力送信塔の建造を手伝ってくれる予定になっているので、話し合いが終わってもすぐに月へ帰るというわけではないしな。それまでに地上の重力に慣れてもらう必要もある。


 原初の精霊は――精霊王達のアミュレットに触れて力を注ぎ込み、呼べば何時でも顕現する、と言っていた。まあ、ルーンガルドならどこでも来れるだろうしな。


 俺達に関しては宴会の後はゆっくり休んで欲しいと言われたのでそうさせてもらった。戦いと旅とで色々疲れていたのは事実だし。

 今日はメルヴィン王やエベルバート王と、エスティータ達を交え、月の船等に関する話し合いをする予定だ。その際、パーティーメンバーも一緒に来て欲しいと通達を受けている。


 というわけで、時間になったのでみんなで馬車に乗って王城へ向かった。

 沿道の人達も俺達の馬車に向かって手を振ったり歓声を上げたりしている。俺が静かな暮らしを望んでいるというのは通達してくれているそうで。

 後々にはこういう扱いも控え目になるだろうが、お祭りの間は多目に見て欲しいとのことである。まあ、そうだな。四六時中これではこちらも疲れるが、晴れの日ぐらいはとも思うし。


「街の住民はまだお祭り騒ぎのようね」

「ああ。お酒もまだ振る舞われてるそうだし」


 ローズマリーの言葉に答える。

 一日につき何杯かは王城からの振る舞いで酒を飲めて、それ以上を飲みたいなら街に繰り出して気が済むまで。街中に出掛けていって更に酒を消費して財布の紐も緩むというわけだ。宿屋や酒場、料理屋などはかなり潤っていることだろう。


「お酒と言えば……アウリアが凄かった」


 と、シーラが言う。


「ああ。あれは確かに……」


 ドワーフ達との飲み比べは結局勝負がつかないという形での引き分けだった。ドワーフの親方達は「エルフもなかなかやるわい」などと楽しそうに笑っていたが。

 ……何だろう。エルフがではなく、アウリアだけが特別酒に強いような気がしてならないのだが。


 そんな話をしている内に馬車は王城へ到着した。早速女官に案内してもらって、メルヴィン王達が待っている王の塔のサロンへ向かう。

 メルヴィン王とジョサイア王子、ステファニア姫、エベルバート王、七家の長老に月の使者、といった顔触れが揃い踏みだ。

 ファリード王とエルドレーネ女王もいるのは……月の船だけでなく今後の色々な話もあるからということらしい。


「おお、来たか」


 俺が姿を見せるとメルヴィン王達が相好を崩し、エスティータ達が一礼してくる。


「おはようございます」

「うむ。まずは腰を落ち着け、ゆっくり茶でも飲みながら話を進めようではないか」

「そうですね。最初はやはり、月の船の話からということになるでしょうか?」

「うむ」


 というわけでソファに腰かけると、すぐに女官達がお茶と砂糖菓子を運んできてくれる。

 そうして準備が整ったところでメルヴィン王が言う。


「ふむ。月の船の用途は……地上からの魔力送信と、それから月への行き来の手段というところであったか」

「正直なところ、シルヴァトリアに正当な所有権があるとしても……手に余る。魔人達が手に入れてあの騒動。魔人達が侵攻に利用した以上は今からの秘匿も難しい。後の世に野心を持つ者の手に渡ったらと思うとな」


 エベルバート王が眉を顰め、ファリード王が目を閉じて頷く。


「確かに。野心家や佞臣というのは出てくるものだ」


 シルヴァトリアにはザディアス。バハルザードにはカハールといった連中がいたしな。今の時代は良くても後の世にはそういったこともあるかも知れない、というところか。


「というわけで余としては何かに利用するしないを決める前に、そういった事態に対する予防策を講じることができないかと思ったのだが」


 メルヴィン王の言葉を受けて、クラウディアに皆の視線が集まる。ふむ。確かにそういった複雑な契約魔法もクラウディアの得意分野ではあるな。


「そうね。誰かの許可を貰わないと起動できないとか、何かの誓約を守り続けないと動力炉が停止するとか、そういった方向での術式を施すことは可能だわ。ただ、問題はそれを誰にするかよね。役職か、一族か。それともその時々に応じた個人か――」


 クラウディアは言葉を続ける。


「あの月の船にしても、そういう制約はあったのでしょうけど……ベリオンドーラが攻め落とされ、時代の移り変わりと共に術式が薄れていって、第三者の手でも動かすことができるようになってしまったのでしょう。こういった術は……代替わりの際に契約魔法の効力を持続させる儀式が必要になるから」


 なるほど。ヴェルドガル王家と迷宮の契約は、王家とクラウディアの間で結ばれたものなのだろうが……これはクラウディアが迷宮管理者である内は不変の存在だし、一年に一回国守りの儀式を行っているからな。儀式を行わないと迷宮が範囲を拡げてしまうというデメリットもあるし……術式の維持に関しては問題ないのだろう。シルヴァトリア王家が盟主の魂を鎮魂するのも継続的な儀式と言える。


 ……そうなると、思い当たる候補は。


「こういうのも、原初の精霊は引き受けてくれるのかな?」

「原初の精霊の許可を貰わないと起動できない、という具合かしら? 確かに、それなら原初の精霊と月の船を契約魔法で結んであげれば、ほとんど永続的なものになるでしょうけれど」

「そうさな。王家と言えど暗君が出る時もあろう。しかし精霊ならば」

「とりあえず、当人に話を聞いてみますか」


 そう言うとメルヴィン王達が頷いたのでアミュレットに触れて呼びかける。すると、すぐに反応があった。サロンの一角で光の柱が立ち昇り、原初の精霊が姿を現す。

 王達も畏まるような存在ではあるが、本人は気負ったところもなく、至って自然体だ。俺に目を閉じたままで顔を向けて来て尋ねてきた。


「私に何かお話を聞きたい、というような感じがしたのですが」


 結構アバウトな呼びかけだったが、それを感じ取ったらしい。


「ああ。そうですね。ええと――」


 原初の精霊に、月の船との契約について話を持ち掛けてみる。すると原初の精霊は二つ返事で頷いた。


「それは構いませんよ。私がいなければ、もしかするとクラウディアやテオドールの子らがそういう契約を望まれたかも知れませんし。地上の安寧のためというのならばそれに協力しましょう」


 但し、と精霊は付け加える。


「私は精霊であり、常に人の味方というわけではありません。恩のあるテオドールやクラウディア達の力にはなりたいと思いますが……それ以外のところでは全ての命や精霊を等しく見ていますから。人の価値観に合わせた判断は難しいのです」


 うん……。それももっともな話ではあるか。


「では、活用方法を絞り、他の点は4ヶ国の同盟の長と、月の民、精霊の合議によって決めるというのはどうであろうか?」

「ふむ。当面は魔力の送信や月との行き来という点に絞れば良いのかな」


 エルドレーネ女王の言葉に各国の王が頷く。


「別の活用方法が必要に迫られるようなことは……まあ滅多にないだろうが、いずれにせよ月との友好に繋がらないような活用方法はこれを禁ずる、ということでどうだろうか?」

「月と地上の友好のために用いられるのなら、否やはありません」


 エベルバート王に問われ、ハンネス達が頷く。月と地上のためになることだけに船を活用するというのは……筋が通っている。

 転移魔法のようにもっと手軽に地上と月を移動できる方法が整うまでは月との行き来に用い、それらができた後は魔力送信に用いる、ということで話が纏まった。

 所有権はエベルバート王から4ヶ国の同盟にということらしい。停泊中は地上と月とでそれぞれ鍵の管理を行う。


 当面の間、鍵を預かるのは地上では俺。月ではオーレリア女王が任命した者に、ということになった。月の船を動かす頻度が減ったら迷宮奥に安置する形だ。


「次は……今回の一件に対しての褒賞の話ということになろうか」


 月の船の話が纏まったところで、次の内容に話が移る。

 褒賞ね。例えばアシュレイとエリオットには爵位が与えられるという話になっていた。そのあたりは事前に約束されていたことだ。


「魔人との決戦で武功を上げた者。そしてイシュトルム討伐で月への遠征に赴いた者には、それぞれの仕える国々で功績に応じて爵位や充分な禄を与えたり、宝物庫より褒賞を授ける、ということになっている」


 と、メルヴィン王は言うが少し困ったように言葉を続けた。


「しかし問題なのは、テオドール。そなただ。功績が大き過ぎてどのような褒賞なら良いかと悩むところでな」

「幻影で戦いの様子も見せてもらったが……相当な激戦であったようだし」

「率直に言わせてもらうなら……ヴァルロスやイシュトルム、ラストガーディアンはテオドールがいなければどうにもならなかっただろうな」

「であろうな……。正直言って、高位魔人達の能力は最早理解の外であった」


 そう言って、王達は頭を悩ませている様子だ。あー……まあ……そうなるな。

 信賞必罰という意味では功績に見合った褒賞がないと王家にとっても体面に関わって来るだろうし。

 俺としては爵位や領地はあまり望んでいないのだが、そのへんはまあ、納得している。魔人の問題が解決し、迷宮絡みの問題の解決も時間の問題となった以上は、いつまでも体外的には名誉職である異界大使の役職だけのままというわけにもいくまい。魔人対策として俺が自由に動くための措置でもあったわけだし、どちらにしても将来的に領地経営等とも無縁ではいられない。アシュレイとも婚約しているわけだし。


「爵位と領地は……テオドールにも納得してもらっておる。宝物庫から望みの品も褒賞として与えよう。それともう一点。集まってもらった者達に話を聞かねばならぬことなのだが……ステファニアとの婚約というのを考えたのだがな」


 ……ええと。ステファニア姫も驚いたような表情を浮かべているのだが。みんなもそうだ。


「いや、エベルバートや七家の者達と話をした上でのことでもあるのだ。七家の血を引くテオドールとの婚約は、シルヴァトリアとの友好を望むステファニアの望みや、互いの国益に後々繋がってくる話ではあろうし、魔力循環を継承する血筋を広げるためにも重要であろうからな。それに何というか、爵位や褒賞、領地だけでもそなたの功績にはまだ足りんのだ」


 ……何というか前代未聞なのだが……。前代未聞だからインパクトがあると言えばそうだが。


「それに……そなた達と共に旅をするステファニアの表情は初めて見るものであった。ステファニアには、長女という立場や性格上、昔から公務に力を入れてもらっていたからな。立場としての望みと個人としての望みを、両立させて叶えてやりたいところもあるのだ」

「なるほど……」


 メルヴィン王としては、多分こっちが本音かな。ステファニア姫は公と個と、しっかり割り切って動いている。小さい頃から責任感が強かったとも聞いている。だが……ステファニア姫が名代として旅の時の姿を見てしまうと、その上で、公人としての忍耐を強いるのは……というわけだ。

 だが、話はそれで終わらない。


「そなたの結婚話についてはまだある。北東の獣王の国を知っておるか?」

「はい」


 北東にある獣人達の国……広大な森林を領土に持ち、獣人とエルフを臣民として抱える国家だ。


「どうも、獣王の国の使いがそなたの事や異界大使の役職、それにそなたの婚約者について調べているようでな。それらのことから考えて、もしかするとそなたに縁談を持ちかけてくる可能性がある」

「それはまた……」


 話を纏めるとこうだ。

 異界大使が他の種族との仲を取り持つ役職であることから考えると、婚約者が同種族だけ、というのは獣王の視点から見ると隙があると見做されるということだそうで。

 獣王は割と強引な人物という噂で、異種族の国家であるためにこちらも情報を多くは抱えていないため、影響力をヴェルドガルに及ぼされたくない面があるそうだ。


 要するに異種族を婚約者に加えておくことで、異界大使の名目上からの隙も埋められると。確かに……異界大使ならという理由で獣王の名で縁談を持ちかけられたら断るのは難しくなってくるだろうな。俺の獣王への印象は別として。


 年齢も……貴族であればそろそろ結婚も視野に入ってくる頃合いだしな。

 結婚についても段々と進めていく必要もあるのだろうが……そう考えるのは獣王も同じか。

 今度はシーラやイルムヒルトが目を瞬かせる番だった。つまりはそういうことだ。獣王に先んじて気心の知れたもので脇を固めてしまえば安心だろうと。


「まあ……そのことも含めて、当人達で話し合って決めて欲しいとは思っている。獣王が無理を言うのなら余が間に立って話を断ることも考えているからな」


 と、メルヴィン王はそんなふうに話を締めくくったのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] メルヴィン王の悲哀。 褒賞らしい褒賞って、いつから与えてなかったかなぁ〜と。黒骸のガルディニスを葬ってキマイラコートを渡して以来…ですよね。シリウス号がありますけど素材以外は本人自作ですし。…
[一言] ここで、ギブアップ 主人公が善人過ぎて気持ち悪い 代用可能でも魔道具にして みんな使える様にするとかも、意味不明だし
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