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685 喜びの宴

「あなたに……一言お礼を言いたくて、こうして人の姿を取って参りました。この場に集まった皆も、先に少しだけ挨拶をしたり、話をする時間をくれると」


 原初の精霊は俺と顔を合わせると、落ち着いた口調でそう言った。


「初めまして。テオドール=ガートナーと言います」


 自己紹介をすると、原初の精霊は静かに頷く。目は閉じられたままだ。意図的に力を抑えているのだろう。

 大きな存在と接しているという感覚がある。だというのに存在感の違いから来る圧力めいたものがすっぽり抜け落ちているというのは、かえって不思議というか新鮮というか。今の原初の精霊そのものがそういう存在、ということなのかも知れない。


「私達も含め、地上に生きる者達を守ってくれた。そのことには感謝の言葉もありません」


 そう言って原初の精霊は嬉しそうに微笑む。

 私達――つまり切り離された自分も含めての言葉だな。イシュトルムの目的が遂げられれば、両方の原初の精霊も大きな被害を被っていた可能性が高いし……何より生態系に深刻な被害が出る。それを……原初の精霊は喜ぶまい。


「あの戦いの途中で、僕の言葉が届いたことを嬉しく思います」


 原初の精霊は、微笑みながらも首を横に振った。


「あなたの言葉を聞いたのは……こちらの私ではありませんから。その言葉は、どうかそちらの私へ。その子には辛い記憶や感情を背負わせてしまったけれど、それとは違うものを伝えてくれたのは……紛れもない、あなたなのですから」


 原初の精霊がそう言うと、片割れを封じている封印の宝珠が、ぼんやりと暖かな輝きを放つ。礼を言われている……ような気がした。

 原初の精霊は同じ記憶を途中まで共有しているし、今もなお同じ存在でもあるのだろう。そして、二つが合わさることでまた完全になる。

 だけれど魔力嵐の時に分かたれて、同一でありながら別個の個体になった。生まれた別人格が分離している、という例えで合っている、だろうか。


 そしてどちらの原初の精霊も、世界の破滅を望んでいない。だからお互いに、再び1つの存在として統合するつもりもないように感じられる。

 同じところから分かたれ、違う経験を積んだから、別の存在として認めるということでもある。

 原初の精霊はクラウディアに向き直り、そして言う。


「それから……あなたには私の過ちから大変な苦労をさせてしまいました。溢れ出した力を切り離して長い眠りについたはずが……私の感情までもが分離して竜の器に宿ってしまうとは……」

「今となっては過ぎたことですし、眠りについて何もかもを忘れたいと願う気持ちも分かります。確かに辛いと思うこともありましたが……私が迷宮に囚われていたことさえも、あなたと共に世界を支える礎となっていたと思えば、それもまた意味のないことではなかったと思っています」

「それは……嬉しい言葉ではあります。しかし、言葉だけで許される過ちではありません。あなたや、その子に辛い定めを強いてしまいましたし、その上テオドール達にも……迷惑をかけました。だとするなら、私には果たすべき責務や償いがあるでしょう。もう2度と……その子を1人にして眠りにつくなどということがないように」


 原初の精霊は言う。自分で力になれることがあるなら手伝うし、償いもする、と。


「私自身を省みるに……迷宮の改変などで力になれることもあるかなと。例えば……迷宮の方向性の決定を私が司り、その子の怒りや悲しみを迷宮の魔物に発散してもらう、と。差し出がましい申し出かも知れませんが」


 ……なるほど。

 どうやら封印の宝珠とラストガーディアンとしての片割れの記憶を通して、俺達のこれからやろうとしている事や迷宮の性質を理解したようだが……。


 原初の精霊はルーンガルドそのものと言っても良い。それこそ星が滅びない限り、永久不滅の存在で、管理者であるデメリットがあってないようなものだ。

 本来寿命のあるクラウディアが背負うには、あまりに辛い務め。それを肩代わりし、放置することになってしまった自身の片割れとも、今度はずっと傍にいる形になる。


 それに、迷宮の管理者となった場合……片方は慈愛の象徴だからな。

 生命や精霊を育み、より強く導くのが目的。それは迷宮の目的にも合致している。

 ルーンガルド全体を見渡せば、迷宮の進むべき方向性としても悪い方向には転ばないだろう。


 怒りの象徴たる原初の精霊の片割れも、その怒りや破壊衝動を魔物達に行動させることで消費することができる。

 まあ……今までの迷宮と違って戦闘訓練という本来の目的を考えると、迷宮が正常に戻れば魔物の行動にも抑制がかかり、探索する冒険者から犠牲が出ることも大分少なくなるだろうとは思うのだが。

 そうなると完全な怒り等の発散には、やはり原初の精霊を祀って鎮魂や感謝のお祭りを行う必要も出てくるだろうが……。原初の精霊に対する感謝の気持ちは、忘れるべきことじゃないからな。問題ないというより、必要なことだと思う。原初の精霊を孤独にしないためにも。


 他のメリットは……迷宮そのものが原初の精霊そのものへの防衛戦力として機能する点だろうか。

 魔力嵐の災害を起こした時のように、原初の精霊に手出しをしようとする者が現れても迷宮を踏破するのは並大抵のことではあるまい。


 原初の精霊の申し出は……確かに色々な面から有り難い話ではある。


「分かりました。そのことについては、話し合ってから返答させて下さい」


 迷宮に関することなのでこの場で返答するというわけにもいかない。みんなで落ち着いて話し合ってから答えを返す、ということで。そう告げると原初の精霊は納得したように頷いた。


「では、後程。あなた方の帰りを待ち望んでいた者達が沢山いることですし」


 

 そう言って原初の精霊は待たせている人達に譲るというふうに、みんなの方に顔を向けながら一歩後ろに下がった。

 原初の精霊との挨拶と話が終わったところで……笑みを浮かべたみんなが集まって来て、俺達の帰還を祝ってくれた。それはもう――熱烈に。


「お帰りなさい!」

「おかえり!」

「うむ。良くぞ戻ったのう」

「無事で何よりだ」

「は、はい。何とか無事でしたよ」


 精霊王達やテフラ、ハーベスタを抱えたフローリアといった高位精霊の面々に代わる代わるハグされたかと思うと、フォレストバード達が駆け寄って来て、それこそ飛び上がらんばかりに喜んでくれる。


「お帰りなさい、テオ君!」

「みんなも無事で良かったわ!」

「まさか、ほんとに文字通りに世界まで救うなんてなあ」

「一緒にタームウィルズに来たなんて、酒の席で言ったら冗談に思われるもんな」


 と、そんなふうに笑うフォレストバード達。


「いやはや。本当に良かった。私達も随分と心配していたのだ」

「何にせよ、無事に帰って来て世界も救われた。これほどにめでたい日があろうか!」

「お帰りなさい、旦那様!」


 港まで迎えに来ていた七家の長老達やエルドレーネ女王も、こういう場になるのを待っていたとばかりに俺を抱き締めてきたりして。更に巫女頭のペネロープ。ユスティアやドミニク。グランティオスのセイレーンやハーピー達、迷宮村の住民、迷宮商会のミリアム、シルン男爵領のミシェルらも加わり、入れ替わり立ち代わり声をかけに来てくれる。

 ようやく人が離れたと思えば植物園の妖精達や鉢植えのノーブルリーフ達まで俺に飛びついてきたりして。もう何が何だか、しっちゃかめっちゃかな大騒ぎである。


 父さんやダリルもこの場に呼ばれていたようだが、周囲の勢いに負けたのか、中々近付けずにいるようだ。父さんとダリルに笑みを向けると、2人も笑みを浮かべ、頷きを返してくる。何とか合間を見て2人に近付く。


「ただいま戻りました、父さん。ダリルも。約束は守ったからな」

「おかえり、テオ。お前が家を出て行くといった時には、こんなことになるとは夢にも思わなかったよ」

「お帰りテオドール。約束……守ってくれたからさ。俺も、頑張るよ」


 そんなふうに2人が言う。

 俺だけに限らず……各々再会を喜び合う人達。


「お帰りなさい、あなた」

「ただいま、カミラ」


 エリオットとカミラが抱擁し合う。その光景にアシュレイはにこにこと微笑み、ケンネルがうんうんと頷いていたりして。


「アルバート様も、よくご無事で」

「うん。オフィーリアには心配かけたね」


 アルフレッドは……変装を解いてアルバート王子として姿を見せて、オフィーリアと手を取り合っていたりする。エルマーやドノヴァン、ライオネル達が、ジルボルト侯爵家令嬢のロミーナとにこやかに挨拶を交わしていたり、マルレーンがペネロープに抱き着いていたりと、広場はこれ以上ないというほどに賑やかで楽し気な雰囲気だ。


「お帰りなさいませ、姉上」

「ええ。ヘルフリートも息災そうで何よりだわ」


 ローズマリーも羽扇に顔を隠した素っ気ない態度ではあるが、ヘルフリート王子と挨拶を交わしていた。姉の素っ気ない対応もヘルフリート王子は承知しているとばかりににこにことしているので、逆にローズマリーは対応しにくそうに見えるが。


「よく無事で……」

「ん。子供達ともまた遊べる」

「ふふ。今度遊びに行きますね」


 シーラとイルムヒルトも孤児院のサンドラ院長に挨拶をしている。

 エルドレーネ女王にウェルテスやエッケルス達も労いの言葉をかけられている。

 そんなバリエーションに富んだ顔触れに、エスティータ達はやや面食らっている様子ではあるが、みんなから歓迎の言葉を掛けられ、嬉しそうに笑みを浮かべてもいた。


 そうしてみんなの再会の喜びや挨拶等々が若干落ち着くのを待ってからメルヴィン王が言った。


「今日という日は、余があれこれと言葉を尽くすまでもなく、これ以上ない程のめでたき日である! 英雄達の凱旋と、世界の新たな門出となる日であるからだ! ついては馳走と酒を用意した故、今日ばかりは様々なしがらみを忘れ、飲み、食い、そして歌い踊って騒ぎ明かそうではないか!」


 メルヴィン王の言葉に大きな歓声が巻き起こった。騎士団や魔術師隊、王宮の貴族や役人は勿論、街中の住人達にも料理と酒が振る舞われることになっているらしい。


 騒ぎ明かそうとはまた、剛毅な宣言である。言葉通りなら明日の朝まで宴会ということになるのか。いや、タームウィルズのお祭り騒ぎは一日じゃ終わらないのは分かっていたことだが。

 迷宮村の住民達やセイレーンやハーピーは既にやる気満々といった様子だ。楽器を持参しているし、踊りの準備もできているとばかりに着飾って来てもいる。


 まあ、いいか。元々帰って来てからのお祭り騒ぎは楽しむつもりでいたのだし。セシリアやミハエラと話をしていたグレイスとふと視線が合うと、彼女は楽しそうに微笑みを向けてくるのであった。

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