681 幾億年の記憶
ラストガーディアンは――周囲に散る魔力を操り、巨大な力を俺達に向かって振るおうとしている様子だが、それが上手くいっていないようだ。集めようとした魔力が散り散りになってしまう。ラストガーディアンはその結果に苛立たし気に唸り声を上げていた。
クラウディアの話によれば、ラストガーディアンは周囲に様々な現象を起こしての、大規模で同時多面的な攻撃を得意としている、とのことだ。探知系も、どういうわけだか転移等も通じにくく、相手の位置を正確に割り出してくるということらしい。
しかし……ラストガーディアン暴走の経緯から考えるなら……それは原初の精霊としての能力が後押ししていたのだろう。
だから――環境魔力を操り、大規模な現象を軽々しく起こしたり、周囲の状況を簡単に察知したりできる。しかし、今や、その能力も十全に発揮することができない。高位精霊としての力や周囲への影響は、できる限り抑え込む、と精霊王達やテフラ、フローリアの声が語り掛けてくる。
精霊王達もまた原初の精霊に抵抗し、均衡させようとするために、影響を出さずに済む、というわけだ。世界の崩壊を望まない、沢山の精霊達が俺達に味方をしてくれている。だから――周囲に満ちる魔力を使っての攻撃は上手くいかない。
となれば、後は器となっている竜としての力をどう攻略するかになってくる。吐息や咆哮。そして牙や爪。尾による攻撃。巨体を活かした体当たりや押し潰し、踏み付け等々。竜であることを考えれば、相当な破壊力を秘めているだろう。
後は竜や巨人のような巨大生物攻略の基本に則る。誰かが敵の攻撃を引き付け、みんなで末端から攻撃して削り切る、という戦い方になるだろう。
「俺がまず前に出る。注意はこっちで引き付けるから、動きを見て各自で巨体の隙を見出して攻撃!」
「はいっ!」
俺の言葉にみんなが頷く。
「無理矢理な大規模攻撃が来る気配を察知したら、転移魔法でシリウス号まで引き戻すわ。あれの動きは嫌というほど見ているから。それより歪んでいる空間には気を付けて! 強過ぎる魔力場は時間や空間を歪めるから、そういう空間に触れると直接害はなくても感覚に影響が出るわ!」
「分かった!」
クラウディアの言葉に頷く。
シリウス号は後方に控え、クラウディアによる転移での回避拠点として利用する形だ。
では――始めよう。環境魔力を受け入れるような魔力循環によって力が爆発的に高まっていく。
「行くぞっ!」
バロールに乗って、みんなのところから飛び出した。
白銀に輝く竜の目線の高さへと。光の尾を引いての高速飛行。
ラストガーディアンはまだ周囲の魔力を操ろうとしていたようだが――迫ってくる俺を見やると、打ち落とすかのように、翼による一閃を見舞ってきた。
白銀の鱗に膨大な魔力を纏った、青白い薙ぎ払いが空間を引き裂くように迫ってくる。
凄まじい力の奔流を間近に感じながら翼の表面を滑るようにすり抜けた――そこに待っていたのは巨大な牙。一切合財を咬み砕くような必殺の大顎の一撃を、バロールの魔力光推進の加速で突き抜ける。身体のすぐ後ろで牙と牙のぶつかる音。
弧を描いて真正面。上空を取ってそのままソリッドハンマーの魔法で大岩を作り出して突っ込んでいく。
ラストガーディアンの選択は――咆哮による迎撃だった。
音響だけで岩をも砕くはずの威力を秘めるそれは――風の精霊とセラフィナの防御によって効果を成さない。
真っ向から突っ切り、間合いへと踏み込みながら勢いに乗せて、ソリッドハンマーを大きく振り被り、それを全力で眉間へと叩き込んだ。
普通ならば鱗に砕かれてしまうはずの一撃。しかし、ソリッドハンマーは重力に覆われて、圧縮されることで、通常の何倍もの重さ、強度での痛打と化している。
初撃で奴の注意を引き付けるのが何よりも重要だと、全力で打撃を叩き込んだが――効果はあったようだ。苦悶の咆哮。額を押さえて身をよじらせるが、弾かれるように怒りに燃える目で俺を見据えてきた。
環境魔力への干渉は諦めたのだろう。翼をはためかせて空に飛び上がりながらも、自身の魔力を用いて四色に輝く光球を生み出してきた。
地水火風を司る力の塊。光球1つ1つが凄まじい魔力を秘めている。
だが、望むところだ。ラストガーディアンの体内魔力を使わせるというのは、原初の精霊の力を削るという、こちらの目的に合致している。
竜が真上に翳した掌の上で、四つの光球がぐるぐると回転する。
その内の1つ。水の力を秘めた光球が輝きを増したかと思うと――ラストガーディアンの全身が発光して幾条もの魔力の奔流がこちらに向かって飛んできた。
水の砲弾――と呼ぶのも生易しい、巨大な一撃がいくつもいくつも飛来する。
さながら、真横に飛んでくる幾条もの大瀑布。バロールの飛行と魔力光推進を併せてその間をすり抜ける。赤の球体が輝いて、行く手に小さな火の粉が生まれる。
迷わず火魔法と風魔法を用いながら突っ込む。膨れ上がる爆炎の中を突き抜けながら、繰り出される爪による薙ぎ払いを回避。
奴の目を狙って雷撃で応射。それを――空間に生まれた土壁が受け止めていた。四属の球体は攻撃にも防御にも使えるのだろう。
だが、俺の方針は変わらない。常に視界の近辺を飛び回り、隙あらば意識を刈り取れるような攻撃を繰り出していく。
「レゾナンスマイン!」
術の起こりを察知したか。ブレるようにラストガーディアンが身を逸らす。一瞬遅れて衝撃波同士の激突で空間に爆発が生じた。身を逸らしたラストガーディアンが、大きく息を吸い込むような仕草を見せる。
吐息。それが俺に向かって吐き出されるより前に――!
竜の後頭部へと、重い一撃が突き刺さっていた。吐息の準備に集中していたからか。意識の外から来る攻撃はかなり効いたらしい。
グレイスだ。黒い火花を散らす闘気をたっぷりと纏った双斧の一撃。さしものラストガーディアンも鱗が弾け飛んで血が飛び散った。
続けざまに突っ込んできたデュラハンが足首に大剣を見舞う。
更に呼吸を合わせ、僅かな時間差を置いて脇腹にイグニスがパイルバンカーを打ち放ち、シーラが渦潮の剣を背中に叩き付ける。更にオーレリア女王が尾にオリハルコンの細剣での一閃を見舞った。
一撃を当てた後は各々すぐに離脱。振り返ってもそこに残るのは、マルレーンが作り出した俺の幻影だけだ。
四属の光球によって竜巻をあちらこちらに作り出して幻影を吹き散らすが――。そちらに気を取られるなら俺からの攻撃を見舞うだけの話。魔法を叩き込みながら目につくように飛び回る。
俺に意識を戻せば誰かが死角から攻撃を加え、誰かに意識を向ければ俺が目や脳を狙って魔法を打ち込むという寸法。
付かず離れず纏わりつき、みんなで舞い踊るように攻撃を加えていく。
ラストガーディアンは死角に回り込むみんなを翼や尾で牽制するが、捕捉もできていないような攻撃を食らうほど甘くはない――どころか、シオンは翼に向けて巨大な魔力の斬撃でカウンターを見舞っていた。
身を揺らがせたところに一条の雷撃と化したテスディロスの一撃が刺さる。闘気を纏うヘルヴォルテの突撃。巨大な氷の鳥を作り出して腹部に突撃させるエリオットの魔法。
同時多面的な探知であるとか問答無用の広範囲攻撃は、精霊達の協力がないからうまく行かない。空を飛んでもアドバンテージにはならないし、咆哮も攻撃の役に立たない。つまりは――巨体であることが不利にしか働かない。
小兵であることを逆手に取り、能力を活かさせることなく封殺する。内側に秘めた魔力がどれだけ高く、その魔力を込めた攻撃力がどれだけの殺傷能力を秘めていても、当たらなければ意味がない。
しかし防御面や身体的な強靭さはこれ以上ない程。だから――次なる奴の手は俺への攻撃にまず集中する、という形になる。
四属の光球と爪、牙で俺への攻撃を四方八方から浴びせかけながらも、意識の外から攻撃を受けて、ラストガーディアンの身体に段々と傷がついていく。
このまま。確実に削り切る。均衡を崩して弱らせていけば、それだけでこちらの勝ちだからだ。
怒りに燃える目。苛立たしげな動き。魔力を身体の内側に溜め込み、高めながら一瞬縮み込ませるような動きを見せた。
「離脱!」
片眼鏡で攻撃を事前に察知。号令一下、みんなが間合いの外へ飛ぶ。遅れて全方位に魔力の衝撃波が走った。収束されたものでないなら問題はない。それぞれが回避なり防御なりでやり過ごし、すぐさま攻撃に転じる。
だが――そこからのラストガーディアンの動きは、俺やクラウディアの予想していた動きとは異なる物だった。
ラストガーディアンは一旦上空に飛び上がると、咆哮を上げて翼を大きく広げる。魔力が膨張して全身から眩い輝きを撒き散らす。掌の上に輝く光球に力を注ぎ込み――光の向こうに見えるラストガーディアンの身体がみるみる縮んでいく。
「あれは――!?」
クラウディアの驚愕の声。
全身に光を纏う竜は巨体の内側に秘めていた魔力を光球に移すことで、自身の姿を縮ませて、小回りの利く姿へと変身してみせたのだ。光球は4色の結晶へと変貌し、竜の背中で光を放ちながら回転している。
巨体が不利に働いていると、器そのものを作り変えたのか……!
巨体に押し込まれていた魔力は、身体の周りを回っている光球に注ぎ込み――総量を削ることなく戦闘形態を変えてみせた。
そうして、そこから――俺を怒りに燃える目で見据えて、奴は口の端を歪ませて笑った。白光を放ちながら俺へと突っ込んでくる。
斬撃をウロボロスで受け流す。光弾と見紛うばかりの凄まじい速度。一撃を俺に見舞った後には――凄まじい速度で遥か彼方まで通り過ぎて行っている。変形したパラディンに迫る程の、他の誰も追いつけない速度だ。これだけの速度と身体のサイズを考えれば――人数で押しても逆にこちらが不利だ。
俺もバロールの光弾に乗って、加速。弧を描いて戻ってくるラストガーディアンと、すれ違いざまに切り結ぶ。
作戦の前提が覆された。だが。
「上等!」
向こうの力も相応に削れている。各個撃破で一人ずつ倒していくつもりだというのなら、それもまた俺の望むところだ。俺で、止める。他の誰も傷付けさせはしない!
光弾に乗って飛ぶ。流星のように光を放ちながら、突っ込んでくる一撃を避けて、火球を連射して反撃を見舞いながら採掘場跡の上空まで飛び出せば、ラストガーディアンがそれを追ってくる。
そして――星の海の中を切り結ぶ。馬鹿げた相対速度で交差しながら、魔力を宿す爪とウロボロスを叩き付け合い――四方八方から叩き込まれる光球からの射撃をすり抜けて――。
ラストガーディアンが咆哮と共に、4色の結晶を輝かせ爪を一閃させれば、空間が引き裂かれるように黒々とした断裂が生じた。
恐らく――ウロボロスでも受け止めることはできない。物理的、魔力的特性を問わず切り裂く一撃。猛烈な勢いで迫る断裂を身体のすぐ側、ぎりぎりでやり過ごし、反撃とばかりにウロボロスを叩き込む。爪で受け、翼の斬撃を繰り出して応じるラストガーディアン。
高速で飛び回りながら攻撃を応酬。ネメアとカペラで飛行軌道を修正。
重力制御と魔力光推進で加減速を繰り返して射撃をやり過ごし。追い縋り、追い縋られては火花を散らして絡み合い、弾かれてはぶつかり合う。
怒りと力に任せて叩き込んで来るだけなのに。受け流して尚、余波だけで重く感じる程の衝撃があるが――みんなの祈りが、思いが俺の力になっている。だから、戦える。
激突の度に余剰魔力があちらこちらに散った。
巡る天地と星空。身体を掠めていく爪牙と光弾。戦いの中にただただ没入していく。思考も感情も音も衝撃も。何もかも戦いの中に溶けていく。
その中で――大きな存在がこの場に顕現しようとしているのが分かる。ルーンガルドに眠っていた、原初の精霊がこの場に顕れたのだ。
膨大な魔力が広がり、原初の精霊が抱える怒りと孤独のような感情がラストガーディアンと激突するたびにこちらにも流れ込んでくる。
「ああ。そうか。お前は――」
自身さえ焼き尽くす程の怒りの中で、泣いているようにも感じられた。
侵入者の破壊を行う存在に怒りの権化が宿ったからこそ。自身の意志では破壊は止められない。けれど生み出した命を自らの手で殺したくもない。だから――だから死にたくなければ自分を殺せと。
ラストガーディアンは。いや、分かたれた原初の精霊さえも、俺にそう訴えかけてくる。自分の核はここだと、両腕を広げて咆哮する。自分の片割れを殺してくれと懇願してくる。
「……言いたいことがあるなら、全部聞いてやる。力を余してるなら、遠慮なくぶつけて来いッ!」
俺の呼びかけにラストガーディアンが咆哮する。
咆哮しながら突っ込んでくる。魔力を研ぎ澄まし、みんなの力を取り込んで、ラストガーディアンと幾度となく攻撃を叩きつけ合う。
ラストガーディアンの口から眩い閃光が走る。月を地平まで薙ぎ払う吐息。それを掻い潜ってウロボロスを叩き付け、受け止められて身体を回転させながらの尾の一撃が跳ね上がる。転身して避け、攻撃を交えるたびに、奴の記憶が。感情が弾け飛ぶ。
それは――幾億年に渡る記憶の片鱗か。
星の輝き。爆発。ぶつかり砕ける小さな星々と大きな星々。燃え盛る火の玉。虚ろの海をただ一人で流れていく、その孤独と恐怖、不安。
やがて生まれる原始の生命と小さな精霊達。それらが自身の身体の周りを駆け巡る。
あらゆる命の死と生は、原初の精霊にとっては同じものだ。巡る魂は生まれ変わる度に、より強く、美しく輝いていく。
自身の身を駆け巡る命。そのこそばゆさ。生まれた生命や精霊達を見守り、育んでいく喜び。だからもう、孤独ではない。
やがて――高い知性を持った命が生まれた。思いを残して時には巡ることを拒否する魂の形。魔力を用いて不自然に歪めて、長命を得ようとする命達。
原初の精霊にとっては不可思議な、新しい命の形。それはやがて、原初の精霊の力をも得ようと禁断の力に手を伸ばす。
耐え難い痛み。初めて味わった強い激情と共に、暴走する力。自らの手で潰してしまった命と魂。自身の感情に同調して荒ぶる精霊と魔物達。
こんな状況に導いた人間と、自分自身のしてしまったことへの恐怖と怒り。そして後悔。
だから月の船が地脈から魔力を集めていることを感じた原初の精霊は、その状況に乗った。力の結晶と共に憎悪や哀しみ、痛みの記憶を切り離し――自分は眠ることを選択する。そうしていれば、何に対しても穏やかなままでいられるから。
だが、それによってラストガーディアンは暴走し、今こうして再び世界を滅ぼしかけた。だから殺されることを原初の精霊は望んでいる。切り離した力の象徴を完全に殺し、後は未来永劫、幸せな過去の記憶の中で眠り続けることを望んでいるのだ。
――だけれど。
突き込まれた一撃を受け止める。足を止めて攻撃を応酬しながら、掻い潜って螺旋衝撃波を叩き込む。吹き飛ばされて即座に反転。突っ込んでくるラストガーディアンの攻撃を受け止め、いなし、反撃を繰り出しながらも、思う。
お前を殺そうなんて、誰も望んでいない。
沢山の精霊達が、そんなのは嫌だと訴えかけてくる。ルーンガルドに住む人達も、今生きているこの世界が続いてくれと願っている。
この世界を生み出し、育んで慈しみ、育ててきた存在。
それは、どこか母さんにも似た暖かさを感じさせるものだ。だからみんなの前で、そんな存在を殺せる、わけがない。
全部受け切って、力を使い切らせて、そして迷宮へ連れ帰って。それから――過去の過ちを謝る。穏やかに世界が続くようにと感謝の気持ちを伝えて、祈りを捧げ、寂しくないように歌い、踊り。そんなものでは――駄目だろうか?
力を使い続けるラストガーディアンは――次第に顕現した原初の精霊に同調し、その目からぼろぼろと涙を零していた。涙を零しながらも。俺の呼びかけに反応しながらも、止まらない。
ラストガーディアンの器に課せられた、向かってくる敵を排除するという使命もまた、その身体を突き動かす本能のようなものだから。
だから、終わらせよう。
攻防の中でみんなの思いを束ね、ありったけの魔力を練り上げて術を組み立てていく。周囲に散る魔力も残らず集めて術式の力としていく。
集まってくる無数の輝きと共に、ウロボロスの両端から光が伸びる。巨大な光の弓を手に、組み上げた術式を矢として番え、そして弦を引いた。
狙いは、奴の作り出した4属性の力の結晶。放つのは封印術。
「貫け――!」
真正面。撃ち放った術式の輝きを――ラストガーディアンは避けなかった。真っ向から受け止め、封印術を己の意志で受け入れる。
身体を貫いた光は、しかし原初の精霊を傷付けることなく。身体の内側から伸びる鎖が4属性の力の結晶を縛り上げ、更にはラストガーディアンという器の、攻撃本能を縛り付ける。
ラストガーディアンの四肢から力が抜けた。
突っ込んでいって掌底をラストガーディアンの胸に叩き込む。叩き込んで術式を展開。循環錬気の応用で敵の体内に干渉。デュラハンの能力を基にした術式で、敵の魂を掴む。掴んで、精霊を引き摺り出す。
力を封じられた原初の精霊の片割れは――それ自身が望むままに。盟主がいなくなって、ただ空っぽとなった封印の珠の中へと吸い込まれていった。
これで、良い。機能停止したラストガーディアンの器。その内側に残っていた魔力が制御を失い――光が溢れて、崩れ落ちていく。
その光景を眺めて、綺麗だな、なんて暢気なことを思いながらも、魔力のほとんどを使い切った俺も、緩やかな重力に身を任せ、ゆっくりと月面へ落ちて行った。




