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680 魂と矜持

 奴の身体が残らず消し飛んだのを見届けたところで――膝をついた。

 ……――勝った、か。

 達成感と全身に受けた過負荷やダメージやらで力が抜けるが、意識や術式の制御は放棄するわけにはいかない。傷を受けた心臓の治癒、それからラストガーディアンや瘴珠の一件が、まだ解決していないからだ。


 ウロボロスやネメア、カペラが心配そうに喉を鳴らし、儀式場の守りについていたカドケウスも五感リンクで俺の意識を繋ぎとめようと語り掛けてくる。

 集まっている小さな精霊達が眠ったら駄目だとでも言うように、俺の手足を軽く叩くような仕草を見せて――。


「……ああ。大丈夫。まだ死にやしないさ」


 小さく笑って、ウロボロスを支えに立ち上がる。


「テオ!」

「テオドール様!」


 そこに――みんなが駆けつけてきた。アシュレイやロゼッタも一緒なのは――。イシュトルムが消えたことで、奴の制御を受けていた魔物達も動きを停止したからだ。デュラハンもイシュトルムの消滅を確認したと、合図をくれた。シリウス号から、みんなが心配そうな顔で次々飛び降りてくる。


 魔物も落ち着いたから儀式場の守りや怪我人の治癒に関しても、余裕が出ているというわけだ。

 それじゃあ、一番急を要する怪我人は俺ということになるのか。カドケウスが俺のダメージについて五感リンクを通し、グレイスに知らせたらしい。


「し、心臓だなんて……!」

「落ち着いて、アシュレイ。迅速に、出血を抑えて上手くやれば、治癒できた例がないわけではないわ」

「は、はい、先生!」


 アシュレイは青褪めながらも頷く。ロゼッタも深刻そうな表情ではあるものの、諦めてなどはいない。


「出血は止めてるし、血の流れも、水魔法で制御してる。すぐにどうこう、とはならない、はずだ」

「無理に喋っては駄目よ。けど、そうね。後は心臓の筋肉を、上手く癒着させられれば……!」


 ロゼッタが採掘場の一部を水魔法で浄化し、そこに寝かされる。

 アシュレイが震える手で俺の傷口に手を翳したその時――。アシュレイのその手に、そっと重ねられた手がある。


 ……え?


「……母さん……?」

「リサ様!」

「り、リサ……!」


 グレイスやロゼッタ、そしてジークムント老達やヴァレンティナ、ステファニア姫といった面々が、目を丸くする。

 アシュレイの肩を抱くようにして、治癒しようとする手に、自分の手を重ねる。それはぼんやりとした輪郭の……母さんその人だった。


 ――ああ。そうか。イシュトルムが、消えたから。その魂も封印術を維持する必要もなくなって。それで、グランティオスの慈母の時のように、こうやって……。


 目を丸くするアシュレイに「大丈夫」とその唇が動く。微笑む母さんに、アシュレイが頷いて、その手の震えが止まる。

 アシュレイと母さんは目を閉じて。そして治癒魔法の輝きがその場に広がった。

 それは2種類の光。水魔法と、光魔法。肉体を再構築する魔法。母さんが得意としたという治癒魔法の一種だ。


「凄い……わね」


 ローズマリーが呟く。治癒魔法の輝きを食い入るように見ながら、マルレーンがこくこくと頷いた。


 体内魔力を乱してしまうから自分で自分に用いることができない、というが。用いて貰えばそれはあっという間だった。


 出血する暇もなく心臓の傷が塞がっていく。アシュレイの水魔法と、母さんの術の相乗効果か。


 心臓を貫通した時の外側の傷。あちこち激突したり転げ回った時の傷や、手足の毛細血管等々、残らず治癒が終わったところで、母さんがアシュレイから離れた。


「リサ、様……」

「パトリシア、お主……」


 母さんは呆然とした表情で見やるみんなに微笑みを向ける。力を使ったから、なのか。さっきよりも姿が薄れているように見えた。

 触れられない。霊体である母さんは、誰も触れられない。抱きしめたり手を取ろうとしても通り抜けてしまう、けれど。

 グレイスやアシュレイの頭を撫でたり、ジークムント老の肩を抱くような仕草を見せたり、ロゼッタと手を繋ぐような仕草をする。


 それからクラウディアとローズマリー、マルレーンが挨拶をするように頭を下げると、母さんはにっこり笑って頷く。

 そうして最後に俺のところへ来て。ふわりと頬に触れ、抱き締めるような仕草をして。

 それから、ゆっくりとその姿が薄れていった。


 ……消えた、わけじゃない。母さんは見守ってくれている。

 だから。だからもう少し、頑張らないと。採掘場跡の奥に、まだやらなきゃならないことが残っているから。


 立ち上がる。俺に視線を向けているみんなを見て、口を開いた。


「俺は、もう大丈夫。体勢を立て直してから終わらせに、行こう」

「はいっ!」




「リサがこちらにも会いに来てくれてのう!」


 ――状況を整理しようということで、対抗儀式場のアウリアに話を聞くと、情報を色々話してくれた後で、そんなふうに上機嫌に笑ったのであった。

 母さんは儀式場にも挨拶に行ったわけだ。アウリアとも仲が良かったみたいだしな。


 ともかく、色々現在の状況は分かった。

 怪我人の手当、体力や魔力の回復等を進めて、俺達は採掘場跡の奥へと進むことになったのであった。


 残る敵は……ラストガーディアン。その内に宿る原初の精霊の片割れを、どうにかしないといけない。

 片眼鏡で見る限り、採掘場跡の地下――最奥の儀式場には、これまでに無い程の魔力が渦巻いているような有様だ。


 アウリアの話では原初の精霊の片割れは小康状態といったところだが、火山活動が一時落ち着いたという程度で、まだ何がどうなるか予断を許さない状況であるようだ。

 イシュトルムの儀式場はまだ形式としては生きている。一時的に落ち着いても月の精霊に共鳴をするかどうかも不透明。


 もう一方の、ルーンガルドで眠っていた原初の精霊も反応を示しているようだが、高位精霊として大きな力を発揮するわけにはいかないという存在でもある。


 それから瘴珠と、そこに宿るベリスティオについて――。

 みんなやオーレリア女王と連れ立って、あれこれ思考を巡らしながら採掘場跡を下へ下へと降りていくと――開けた場所に出た。


「凄まじい魔力ね。こんな……空間が歪む程だなんて」


 オーレリア女王が言った。

 思わず顔を顰めるほどの魔力が満ちている。魔力の塊が球体になって火花を散らしながら飛び交い、あちらこちらで空間が歪んでいるような有様だ。

 そして――広場の中心にラストガーディアン。眠りについているかのように、魔法陣に囲われたその中で、俯いたまま動かない。


 手前に祭壇。そしてその上に瘴珠が安置されていた。祭壇の上に腰かけるように、瘴気を緩やかに立ち昇らせる、輪郭のぼやけた1人の男――。


「……待っていたぞ」


 そいつは俺達を……いや、俺だけを見て立ち上がる。そしてはっきりと言葉を発した。霊体ではあるのだろう。言葉を発することができるのは、憑依して器を変えられるベリスティオ自身が、そういう方向に特化した魔人であるからか。


 盟主ベリスティオ――その魂。奴を閉じ込めていた瘴珠は1つ。4つに分かたれていたものが1つとなり、封印は不完全。イシュトルムの術式から解放されたことで、今度は完全に目を覚まし、形を成している。

 ウロボロスを構えるが、そいつは目を閉じて笑った。


「クク。案ずるな。ルーンガルドと月を救うために戦ったお前達と剣を交えるつもりはない。イシュトルムは滅び、そして私はそれによって意にそぐわぬ術より解放された。借りのあるお前と戦うのは、道理が通らぬであろうが。敵に対して残酷であることは構わぬ。しかし卑劣で矮小に成り下がることを是とすることは我慢がならぬ」

「……かもな」


 イシュトルムに復活を邪魔され、世界を滅ぼす道具として利用されて、それに反感を抱いていたわけだ。

 それは……ここに来る前に、何となく分かっていた。イシュトルムの魔人としての特性を封印した後で場の均衡が崩れ、環境魔力がこちらに味方として流れ込んできた時、ベリスティオもまた、俺の味方をしているのを感じていたからだ。だから儀式にしてもより大きく、均衡がこちらに傾いた。その結果が、ラストガーディアンの鎮静化か。

 しかし、道理、ね。


「私が地上の民を敵と見定めたのは、連中が月の王家に救われながらも裏切ったことを知ったからだ。そんな地上の民を生かしておく価値があるのかとな。故に……お前達を敵とすれば、私は盟主としての正当性と矜持を問われるであろう。ましてや月の王家が共にいるとなれば。この上弓を引いては同郷の者達とて、肩身が狭かろう」

「あなたは……」


 表情を曇らせるフォルセトに、ベリスティオは笑う。

 クラウディアが、言った。


「私は……地上の民への復讐なんて、望んでいないわ。追放者の子孫達だって……今更何の罪を問うというの」

「……そうか。そのようだ。それに……あの男――ヴァルロスがお前達に託したものもある」


 そう言って、テスディロス達に視線を向けた。


「だから、一度だけ協力する。我が同胞の行く末は、月の民の末に託され、最早戦う理由すらも失った。既に一度負け、表舞台から去った身であるならば、このまま瘴珠の内で眠るか……或いは消えていくのも良かろうが――その前に借りを返さねばならぬ」


 ベリスティオは身を翻す。その視線の先には、ラストガーディアンがあった。


「我が力は、絆であり呪い。約定が無くとも決闘にて器と魂を結びつけ、勝利を収めた者が器の主となる結果を齎す。我が呪により迷宮の深奥で眠る我が器と、原初の精霊を結び付ければ、それは勝敗に関わらず、あの精霊の永久の眠りの礎となるであろう」

「それは――」


 霊体の状態でも決闘を挑むことで、無理矢理相手の器を奪うことができるということ、か?

 だが、盟主の器はまだ、迷宮の深奥で封印され続けている。では、その状態で戦いを挑めば……どうなるのか。


 つまり……器が、入れ替わる? 勝敗に関わらず、というのはベリスティオが勝てば……奴がラストガーディアンの器を奪い、原初の精霊の片割れは抜け落ち、身体の入れ替えが起こる結果になる。

 逆にベリスティオが負けた場合でも縁が相手に残って、器が破壊された時に自動的に盟主と同じ封印を受けることになる――。この推測で合っているのならば……それは確かに、呪いだ。だが……ベリスティオの霊体は、この状態で負けたらどうなる?


「あの器から精霊が零れ落ちれば、それは即ち七賢者の封印の下に、眠ることとなる。しかしあの精霊とて、かなり力を殺がれているようだ。だからもし仮に私が勝利を収めれば……その時私は竜となるだろう。その場合は……世界を見守り、貴様があの男に託されたものを蔑ろにしたと判断した時に、災厄を引き起こす祟り神となる……などというのも悪くはあるまい」


 原初の精霊の問題を片付けて、世界を救うための力になったのなら。それは借りを返したということだ。

 その時はまた改めて俺の敵になることもできると。そうベリスティオは肩越しに振り向いて薄く笑った。


「待――!」


 止める暇もない。ベリスティオの霊体は巨大な瘴気の矢となると、俯いているラストガーディアンの身体の中へと飛び込んでいった。

 ラストガーディアンが目を見開き、胸のあたりを押さえて咆哮する。

 長い長い咆哮と、それに反応を起こす儀式場の魔力。地下から月面へ向かって魔力の柱が噴き上がり星空が覗く。


 ベリスティオと原初の精霊の力が膨れ上がり、そしてぶつかり合って。互いを削り合うのを感じる。器の内側での、霊体と精霊の戦い。

 逃げ場なんてない。一瞬一瞬に全てを注ぎ込み、叩き付け合うような戦いは、やがて――片方の敗北という形で決着がついた。

 砕ける魂。ラストガーディアンの身の内より弾ける瘴気。

 怒りに燃えた目で勝利の咆哮を上げる竜。その内側に宿るのは原初の精霊だ。


 結果を見届けて、かぶりを振る。


 ……あいつは、自分が過去に血を流し過ぎたのを知っていたから。

 手を取り合える道が出来たと知っても、自分だけはそこにいる資格がないと、そう思ったのだろう。手を差し伸べられることすら、プライドが許さなかったか。

 だからといって、俺と戦うのは道理に合わない。戦う理由もない。

 自分の道を作るために。そして何より魔人達の盟主として、同胞が生きるルーンガルドを守るために原初の精霊に挑んだ。それが、あいつの意思だ。


「……分かった。お前のやり残した仕事も、終わらせてやる。無駄になんか、しない」


 精霊達やみんなの祈りが、原初の精霊の力を抑える。奴はベリスティオとの戦いで更に力を殺がれている。


 後は、セラフィナを助けた時と同じだ。原初の精霊をラストガーディアンの器ごと殺いで、力を弱めてやれば――ルーンガルドの原初の精霊の片割れが支配率を強め、それで全てが終わる。

 封印先も、ベリスティオが作ってくれた。原初の精霊の片割れは、滅ぼせば解決するような存在ではないから。封印を守るために精霊を慰霊し、奉ってやれば……怒りの精霊とて、穏やかに眠り続けられる、はずだ。

 だから、これが最後の戦い。全てを、終わらせて来よう。

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