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66 戦いの前に

「お待たせした」


 迎賓館の一室で報告を待っていると、騎士達が戻ってきた。

 が、何やらメルセディアやチェスターのほかに人が増えている。切れ長の目をした騎士姿の女性と、特徴的な髭を生やした神官風の男が一緒だ。


「こうして話すのは初めてだな。騎士団長を務めている、ミルドレッド=カルヴァーレという」

「私は審問官のデレク=ボルジャーです」

「初めまして。テオドール=ガートナーです」


 ミルドレッドが騎士団長で、カイゼル髭のデレクが審問官、か。


「まずは――私から質問内容への回答を」


 デレクはフェルナンドとジャスパーの魔法審問を担当したらしい。

 その話を纏めると――宵闇の森に同行した冒険者は2人。西区の港湾に程近い安宿に宿泊しているという事だ。


「彼らについてはジャスパーも知り合って日が浅く、酒場で意気投合した連中という事ですので。よく知らないのだそうですよ。騎士団達を探れば金になりそうだからと……ジャスパーと似たような考えを口にしていたそうですから。それで仲が良くなったようですな」


 ジャスパーは元の仲間達と別れた後、考えを同じにする彼らを頼ったという事になるだろうか。


「奴と一緒に捕まった仲間達とは……また別口というわけか」


 メルセディアが呟く。


「あの連中は元々西区出身の――ジャスパーとは長い付き合いのあるゴロツキ仲間達で、冒険者稼業ではないそうで」


 デレクは自分のカイゼル髭を、指で整えながら答えた。


「フェルナンドも元々は西区出身ですからな。金次第で何でもやる男としてジャスパーの名を知っていたそうですぞ」


 なるほど。横の繋がりで知己を得やすい関係にあったか。

 それでフェルナンドが取り立てて、グレッグが便乗するように利用したわけだ。


「まあ、連中から搾り取れた情報はそんなところだな。目下私が気になるのは――君がそんな些末な相手を気にかける理由だ」


 ジャスパーは監禁の方に関わらせるほど信用はしていなかったが、彼ら側から見た時、どこまで事情を察していたかは分からない。それ如何によっては騙されていたか、薄々知って協力していたかに分かれるだろう。

 表面上を見れば、その程度の末端である。とは言え、彼らの所にだって明日にも兵士が行くだろう。

 だが……それでは駄目だ。


「はっきり言いますと、もしかしたらその2人は魔人なんじゃないかと疑ってるわけです」

「なっ――」


 俺が言うと、居並ぶ者達の表情に、一様驚きの表情が宿る。


「それは――根拠のある話なのかい?」


 チェスターが尋ねてくる。


「根拠と言うほどでもないですが少々気になって。月光神殿の封印に関わる事柄を魔人が調べていた事と、フェルナンドが言っていた、冒険者が触れたら火傷したと言ったくだりを合わせて考えると……というところですかね」


 別に魔人でなくても、潜入させていた工作員が失敗したなら次の人員を潜入させるだけの話だし。


「そういえば……確かにそうだな。あの扉には私も触れてみたが、火傷などしなかったし」


 メルセディアは感心したように首肯した。


「扉の方に変化が出たという可能性はありますが。ただ宵闇の森に確認に行くというのは上策ではないでしょう。ジャスパーやフェルナンドが捕えられてしまった以上、その事を彼らに察知されると逃げられてしまうかな、と思います」

「だが……彼らが魔人だとすると兵士達をやって事情を聴いたり連行させるのも危険、か」


 チェスターが唸り声を上げる。

 そう。それでは魔人リネットの時の二の舞だ。まして、今度の相手は最悪2人――かも知れないのだし。


「どうする?」


 チェスターにメルセディアが言う。

 どうするかと言っても、魔人と話し合いの余地があるのなら、方法の模索もできるのかも知れないが。

 あいつらの人間に対する考え方を知っている身としては――答えも狭められたものだ。


「周囲を封鎖して人的被害を抑える方向にしたうえで、魔人に対抗できそうな少数精鋭で踏み込む、で良いんじゃないですか? どうせフェルナンドに協力していたんですから取り調べは必要でしょうし」


 まどろっこしいのは嫌いだ。金で雇われて何も知らなかっただけの冒険者なら……その時は疑って済まなかったねと謝れば良いだけの話である。元々嫌疑が掛けられる部類の話なのだし、審問がある以上冤罪だって出にくい。それに依頼人の精査や仲間選びだって冒険者の仕事の内であるし。


「また……乱暴な話だな」


 騎士達は苦笑したが、異論は出なかった。ミルドレッドなどは楽しそうに笑っている。


「魔人相手となると飛竜隊の出番だろうが……問題があるな」


 チェスターは苦虫を噛み潰したような表情で言う。


「グレッグ派が取り調べを受けているから飛竜隊の士気が最悪、ですか」

「そうだ」


 とかく餌代など維持に金がかかる飛竜隊である。それで騎士の本分よりも貴族のご機嫌伺いが好きなグレッグのような奴の台頭を許していたのだろうが……飛竜隊に食い込んでいたグレッグが捕まったわけだから、現状、部隊が機能不全に陥っていると見ていい。往来の封鎖や避難誘導などは飛竜隊の出番ではないだろうが。


「やはり少数精鋭、か。部隊として動くのは難しいだろうな」


 腕組みして、ミルドレッドが言った。


「どっちにしても僕は行きますが。これは協力とかではなく、個人的な事情です」


 魔人がいる可能性があると知って躊躇っていたら、母さんの時と何も変わらないからな。首は突っ込むし、思惑があるなら叩き潰す。


「……話を纏めると、飛竜に乗れる精鋭数名を選出し、テオドール殿と共に魔人を叩く、と」

「僕はそれで構いません」

「――ふむ。では後は陛下の意向を伺うだけで決行できるな。明け方までには準備を終えよう」


 明け方、か。まだ時間があるな。


「避難誘導ですが、孤児院もやってくれますよね?」


 孤児院は港湾から離れているから大丈夫だとは思うが、念のために。


「西区の孤児院か。分かった。確実に手配させよう」

「よろしくお願いします」

「テオドール殿はどうする? ここで時間まで待っているか?」


 メルセディアから問われて、思案する。


「家の方が気になるので。その事も伝えに一度帰ります」


 どうするにしてもグレイス達にはきちんと話をしておくべきだろう。

 前に魔人と戦った時は心配をかけてしまったからな。前みたいにいきなり戦う事になるわけではないのだから。




「ただいま」


 家に戻ってくると、みんなが笑顔でおかえりなさいと出迎えてくれた。

 シーラとイルムヒルトも家で待機していたようだ。


「どうなりました?」

「グレッグ一派とフェルナンドは捕まったよ。ただ――」

「ただ?」

「魔人と戦う事になるかも知れない。その疑いのある冒険者が2人ほどいて、明日の朝、西区に向かう事になってるんだけど――」


 今日決まった事を皆に話して聞かせる。

 西区、と聞いて、シーラとイルムヒルトは眉根を寄せた。


「港湾が近い場所だって聞いたから、孤児院からは離れているみたいだ。孤児院も避難誘導は騎士団が主導でやってくれるって言ってたよ」

「……ありがとう」


 幾分か彼女達の表情が和らぐ。


「それにしても港湾近く――私やイルムヒルトの塒は近いけど」

「まあ……今日はそっちには帰らない方が良いね」

「……分かった」


 2人は納得してくれたようだが、あまり表情は浮かない。

 グレイスと、アシュレイもそれは同様で。目を向ければ尋ねるまでも無く「心配だ」と、その顔色に表れている。


「……魔人相手だから、迷宮みたいに皆連れていくっていうわけにはいかない。俺の個人的感情で戦うようなものだし」

「わ、私は――」


 暫く見つめ合った後、まずアシュレイが口を開いた。


「本音を言うなら、一緒に行きたい……です」


 アシュレイは目を細める。

 そうだな。アシュレイにとっても、魔人は敵だから。


「でも……きっと今の私では足手まといになってしまう。多分――私の役割は魔人と向かい合って戦う事ではなくて……大切な人が傷付いた時、治癒魔法をいつでも掛けられるようにしておく事……ではないかと……」


 言葉の最後の方は尻すぼみになっていった。それで良いのかと、自問しているのだろう。

 俺から見てもその解答は間違っていない。

 どうしても一緒に行きたい、なんて言われる方が困ってしまうのだし。


 アシュレイが今言った事は、きっと普段の迷宮探索の時も、どこかで思っている事なのだろう。

 あまり積極的に前に出ず、何時でも治癒魔法が使えるよう、コンディションを保っておくのがアシュレイに求められている役割だ。ロングメイスなどは近距離に寄られた時の対応手段の1つに過ぎない。

 だから――アシュレイの髪を軽く撫でて、答える。

 

「……うん。それで、多分合ってる。だから安心して前に出て戦える」

「……はい」


 アシュレイは小首を傾げて微笑んだ。


「テオ――」


 グレイスに目を向ける。

 彼女は真っ直ぐこちらを見たまま、問うてくる。


「私では、足手まといになってしまいますか?」

「……いいや」


 首を、横に振る。

 現時点で、実力的に魔人に対抗できそうなのは俺の仲間内ではグレイスだけだ。そして、グレイスには魔人と戦う理由がある。


「グレイスなら戦えると思う。五分の状況で戦える方法は俺が用意する」

「テオ……ありがとうございます」


 自分が――魔人と戦うのはいい。魔人を叩き潰す事に否やはない。

 でも本音を言うのなら、大切な人を魔人と戦わせるのは嫌だ。それは俺から見てもそうなのだから、きっと彼女達から見ても同じで。一方的に俺の見解だけ強いるのは我儘だ。


 でも、そういう場面を見ている事しかできない辛さは――分かっているつもりだ。

 だからグレイスが戦う事を望んでいて、その手段があるのなら共に戦う。それが信頼の形だと思っている。グレイスだって母の事があるのだから、魔人と戦いたいに決まっているのだし。


「……ありがとう、テオ。その――指輪の封印を」


 ああ。グレイスはずっと解放状態なんだった。

 指輪の封印を施すと、グレイスは微笑みを浮かべ俺を抱き締めてきた。


「……アシュレイ様も」

「はい」


 グレイスがアシュレイも引き込む。2人に抱き締められる形。

 柔らかな感触。温かい体温。仄かに鼻孔をくすぐる匂い。


 そっと。グレイスが俺の頬に口づけをしてきた。驚いて彼女を見ると、優しく微笑みを向けてくる。

 それを見たアシュレイも――おずおずと頬に唇を触れさせてきた。

 触れてしまえば、後は抱きしめる腕に力が込められて。

 ……やがて、誰からともなく離れた。2人とも……顔を赤くしているが。


「ん、んん……」


 シーラが小さく咳払いする。気が付けばこの場にいる者全員が顔を赤くしていた。妙に弛緩した空気が流れている。


「ええ、っと。アシュレイ様が我慢しているなら、私達も我慢しなきゃいけないかしらね」

「ん」


 イルムヒルトが話題を変えるように言うと、シーラもこくこくと頷いた。


「そ、そうだね。みんなで待っていてくれると嬉しい」

「分かった。凱旋してくるのを待ってる」


 と、シーラに笑みを向けられた。


「それじゃあ、お食事にしましょう。みんなでテオドール様が戻ってくるのを待っていたんですよ」


 そう言ってアシュレイが台所の方に小走りで駆けていった。


 ……それにしても。頬とは言え――今のは相当気合が入った。一旦家に戻ってきて良かったというか。

 守りたかった人。力を求める理由。魔人と戦う理由。守りたい人。全部……再確認できた感じだ。

 魔人などに、これ以上何も奪わせはしない。

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