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675 月の荒野の彼方に

 離宮の大広間に、魔法の眠りから目を覚まし、身支度を整えた月の将兵達が次々と集まってくる。


「よろしくお頼み申す、ルーンガルドの騎士殿」

「こちらこそ。頼りにしております」


 討魔騎士団の面々とも挨拶をして、かなり賑やかなことになっていた。月の将兵達は既に色々と事情の説明を受けているらしい。


「これ程多くの者達でこの離宮が賑わうのは初めてのことね」


 その光景にオーレリア女王が少し微笑んで言った。


「魔力資源等は大丈夫なのですか?」


 尋ねると、オーレリア女王は頷く。


「今まで溜めていた魔力はここで使うから、当面の兵站にしても事件が片付いてから再度眠るにしても問題ない、と判断したわ。イシュトルムの目的からして負ければ元も子もないし、温存しておく意味がないものね」


 それは確かに。世界が終わるかどうかの瀬戸際で出し惜しみしても意味がないし、眠りで凌ぐことができるなら、魔力を使っても再度溜めれば良いというわけだ。


「それに僕達が魔力送信塔を作るという約束もありますし」

「そうね。それも頼りにさせて貰えると嬉しいわ」


 溜め込んでいた魔力は本来、地上に向かう船を作るためのものだ。

 月の民の命運を預かるオーレリア女王としては、イシュトルムを退けさえすれば月の民が存続できる道筋もついているからこその選択なのだろう。

 だが、新たな月の船を建造する計画については、魔力をここで別の目的に使ってしまうわけだから実現が遠のいてしまう。そこで俺達が約束の履行を、という話になるわけだが。


 ともかく、そうと決めてしまえば女王の決断や動きは速かった。離宮で稼働している合成炉を動かして、魔力を使って色々作り出しているそうで。


「さて。そろそろ頃合いかしらね」


 オーレリア女王はそう言ってハンネスに視線を送る。それを受けたハンネスが合図を送ると、ラッパが吹き鳴らされた。


 戦装束のオーレリア女王はゆっくりとした足取りで、広場の奥にある壇上へ向かう。将兵達が女王とクラウディアを称える声を響かせる。

 壇上の中央まで行くとオリハルコンの細剣の柄頭に両手を重ねるようにして立ち――そして、女王に注目する将兵達の歓声が静まるのを待ってから声を響かせた。


「よく集まってくれました、親愛なる月の子らよ! 月に――いいえ、世界に仇成せし魔人イシュトルムの再来と、その忌まわしい企みについては既に耳にしていることでしょう! 月とルーンガルドに生きる全ての者は、今や滅亡の瀬戸際に立たされています!」


 出陣前の訓示だ。オーレリア女王の小さな身体から、広場中に凛とした声が響き渡る。


「しかし、恐れることはありません! 遠くルーンガルドより虚ろの海を渡り――貴き姫君と共に、清廉にして勇猛なる戦士達がこの地へ駆けつけてくれたからです! ならば我等は友と力を合わせ、この危機に満身の力を以って立ち向かいましょう! 今こそが眠りから目覚め、剣を取り立ち上がる時! 過去から続く因縁に決着をつけ、我らが子や孫に平和と未来を繋ぐのです! 我等の手に勝利と栄光! そして未来をッ!」


 オーレリア女王はオリハルコンの細剣を抜き放ち、高々と掲げる。

 広場中の将兵が湧き立つ。女王とクラウディア。月と地上の戦士達を称える声が広場を揺るがす程の歓声となって広がった。


 それから料理が各々のテーブルに運ばれていく。腹ごしらえが済んだらいよいよ出陣となる。

 各人英気を養い、共に肩を並べて戦う戦士達と絆を深めるようにと、壇上から降りた女王に代わり、担当官が通達をしていた。

 食べてからすぐ戦うというのはあまり良くないが……採掘場跡までの移動の時間を考えれば丁度良い具合になるだろう。


「この料理は一体?」

「地上から持ち込まれた調味料を用いた料理ですな。確か、ミソとショウユだと。互いの食材や料理を出せば、出陣前に絆を深めるのにも良かろうとの陛下のお達しです」

「ほほう……。うむ……。これは食欲をそそる匂いだ」


 白米に豚汁とマンモス肉のカツ。地上から持ってきた食材を使っての料理である。

 月の食材は結構色々なものがある。蒸かしたジャガイモにバター醤油で味付けしたものや、コーンスープなどもある。

 これも米と同じく、かつて地上のあちこちから輸入したものを保存し、月で大事に育てていたらしい。果物にしても冷やした桃が出されたりしている。

 今回の食卓には出ていないが、山葵もあるようだしな。後で色々な植物の種子を譲ってもらえるということなので、俺としても嬉しい限りだ。


「色々珍しいものが手に入るのは嬉しいけれど、後で植物園を拡張しなければいけないかしらね」


 と、ローズマリーが言う。


「そうだな。育てる条件もちゃんと聞いておかないと」

「ああ。これは美味しいです……」

「ん。月の作物も美味しい」


 エスティータが豚汁を口にして息を吐くと、コーンスープを味わっていたシーラも言った。


「ルーンガルドの魔物……使い魔か。かなりの魔力を持っているようだな」

「鉱石を食べるとは面白いな」


 月の将兵達が面白がってコルリスに鉱石を食べさせたりというのは……うん。地上でも似た光景を見たな。どこに行ってもコルリスの食性は興味の的であるらしい。ラヴィーネやリンドブルム達も骨付き肉を齧ったりと、腹ごしらえをしている。


「この調味料は実に良い出来ね。約束には無かったけれど、譲って欲しいというのは無理なのかしら?」

「構いませんよ。月にあるもので作れると思いますし」


 そう答えるとオーレリア女王は笑みを深めた。


「約束の話だけれど。月の民は様々な資料を昔から残しているから……迷宮の修復やクラウディア様の解放にも役立つと思うわ」

「それは助かります」


 それらの資料があれば色々捗りそうだな。

 マルレーンがにっこりと笑みを浮かべてクラウディアを見ると、クラウディアもマルレーンをそっと抱き寄せて穏やかに笑うのであった。




 そうして、宴の時間は過ぎ――いよいよイシュトルムの待ち受けている採掘場跡に向けての出陣の時が迫ってくる。

 離宮の入口に、浮石に乗った将兵達が居並ぶ。彼らの身体を包むのは月女神の祝福に似た輝きだ。月の王の威光、と彼らは言っているが。


 その威光があれば月の民は、例の宇宙服のような鎧がなくとも月面で活動ができる、という事らしい。月の王は将兵達を威光で守り、月の民は王に忠誠を以って力を与える、という形だ。

 クラウディアの祝福とは少し違うが、もし月に対する侵略者がやってきた場合は、かなり月の民にとって有利に働くだろう。


 とはいえ……イシュトルムが率いる魔物達相手では、向こうも原初の精霊の力を借りて月面での活動を可能にしてくるだろうから、有利不利が無くなる程度でしかないのかも知れない。


「――テオ」


 着々とその時が近付く中、甲板の上でグレイスに声を掛けられた。……心配そうな表情だ。

 ……ああ。言いたい事は分かる。


「相手は、死睡の王だからね。心配する気持ちは、分かるよ」

「……はい」

「大丈夫。負けないし、死なないって約束する。みんなもいる。母さんも、力になってくれているから」


 そう言って抱き寄せる。グレイスが小さく頷いた。大きな戦いに赴く前にいつもそうしているように。それから、自分の気持ちを吐露する。


「俺はさ。自分の力が魔人に通用するって知って……それが嬉しかったんだ。これでもう見ているだけじゃなくて、自分の力で立ち向かえる。大切な人を守れるってさ。だから……勝って帰ろう。もうあんな奴に、何も奪わせない。俺からも、俺の大切な人からも」


 今までやってきたことは何もかもそのためのもの。そうして走って走って。気が付いたら月まで来ていたけれど。

 敵が死睡の王だというのなら、あの日から胸の中に宿った思いと、望んだ力とを、叩き付けるのに迷いはない。


 奴との戦いの前に胸に湧き上がる感情は、憤怒と歓喜か。だけれど、それだけではない。こんな歪んだ気持ちを抱いて走ってきた、こんな俺の近くに、みんながいてくれる。みんなと共にこれから先を生きたいと望むから、そのために戦える。


 グレイスが頷いて離れ、アシュレイとも抱擁し合う。アシュレイも不安そうだった。だから、しっかりと抱きしめる。


「無茶……しないで下さいね」

「うん。そういう約束して、怪我してるけどさ。ちゃんと、帰ってくるよ」

「はい、テオドール様」


 色々な人から、託されたものがあるから。先代のシルン男爵達だってそうだ。男爵領の人達や、アシュレイを守るために死睡の王と戦った。その思いを無駄にしたくない。

 七賢者にしても、今まで戦った魔人達にしても。あんな奴に好きなようにされるために戦ったわけじゃない。

 生きるために戦った。自分の信じるもののために戦った。その何もかもを、たった1人の妄執で、無かったことにされてたまるものか。


 アシュレイが離れ、マルレーンとローズマリーを抱き寄せる。


「テオドールさま。一緒に、ヴェルドガルに帰ろう」

「うん、マルレーン」

「帰ったら帰ったで、やることが山積みだものね。何をするにしても、テオドールと一緒なら、王宮の貴族達を相手にしているよりも、ずっとずっと楽しいわ」

「そうだな。俺も退屈しないよ」


 死睡の王の余波が、色々な事件を巻き起こした。いや。それよりもずっとずっと昔から。あいつは沢山の人に悲劇の種を撒いて来た。それに終止符を打つ。

 それから、クラウディアを抱き寄せる。


「クラウディアとの約束。ちゃんと果たしてくるからさ」

「それは……嬉しいわ。けれど、テオドールが無事に帰ってくる方が、私にとってはずっと嬉しいの。それを忘れないでいて」

「うん。そうしたら、一緒に歩いていこう」

「ええ。みんなと一緒に年を取って……一緒に暮らしていく。約束ね」


 頷いて、クラウディアから離れる。そうしたら有無を言わさずセラフィナが抱き着いて来て。シーラとイルムヒルトとも抱擁し合う。


「ん。気合、入った?」

「そうだな。気合も入ったし……肩の力もいい具合に抜けたよ」


 シーラの何時も通りの調子に苦笑を返す。

 そうしてみんなとの抱擁を交わした後で、ラッパが吹き鳴らされた。


「――これより採掘場跡に向けて出陣する! 総員奮起せよ! 世界の命運、この一戦にあると心得よ!」

「おおおおおおッ!」


 討魔騎士団と月の将兵達の鬨の声が重なり、そして離宮の扉が開いていく。外に広がる星の海と、青い青いルーンガルドが目に飛び込んでくる。

 荒涼たる月面の彼方に、奴がいる。今度こそ――決着をつけて来よう。

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