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669 月の都

 イシュトルムの瘴気特性については色々想像してしまう部分もあるが、間違っていた時に逆手に取られてしまうという事も考えられる。

 なので、現時点では断定せずにギリギリまで情報を集め、状況に応じて適切な手を打っていくというのが正解だろう。


 旅そのものはどうかと言えば……こちらも順調だ。

 加速できるだけ加速してから楕円軌道での慣性飛行に入り、予定通り月目掛けてのコースに入った。

 精霊王の加護に守られながら1日が過ぎ、2日が過ぎ――そして3日目。


 心配された無重力下でのシリウス号内での生活も……慣れてしまえば案外問題がない。

 靴は床に吸着しているから身体が無闇に浮かび上がってしまうということもないし、そうなったとしてもシールドの魔道具を使えば体勢を立て直すのも難しいことではない。みんな立体的な動きに慣れているというのもあるだろう。


 3日目ともなると皆慣れてきたもので、案外寛いで過ごしている光景が見られた。

 ステファニア姫とアドリアーナ姫、それにアウリアやマルセスカ、シグリッタ等は比較的広い空間である厩舎に行って、コルリスの背中に乗ってシールドを蹴ったりして、無重力を堪能していた様子であったが。


 船でのみんなの仕事は、モニターの監視、食事当番に掃除当番ぐらいのもので、持ち回りなので、そこまで忙しくはないというのもある。

 モニターから見える風景は確かに物珍しいが……そこまで変化に富んでいるわけではないからな。

 空いた時間でイルムヒルトの演奏やチェスなどを楽しんだりもしていたようだが……今はみんなでモニターを見ている。月への到着が刻一刻と近付いているのだ。


「こんなにも月が大きく感じられるというのは……凄い光景じゃな」

「ええ。こんな光景……想像もしていなかったわ」


 アウリアが言うとロゼッタも頷く。

 モニターに見える月が段々と大きくなってきているのが見て取れる。目で見て分かる程の速度で近付いているのだ。

 クラウディアも、モニターに映し出される大きな月を食い入るように見ていた。故郷の光景だから無理もないと言える。マルレーンが少し心配そうにクラウディアの隣にやって来るが笑みを返して抱き寄せたりしている。


「結界は――どのあたりに?」

「もっと月の近くよ。月の上空……という言葉が適当かは分からないけれど……そのぐらいの感覚の高度に結界があると思って貰えればいいわ。この結界は地上からの行き来を制限したり、虚空の海から飛来する岩を砕いたりする他に……隠蔽結界で月表面の情報を外部から分からなくするためのものでもあるの」


 クラウディアに尋ねると、そんな返答があった。

 ふむ。結界は隕石対策でもあるわけだ。

 月は基本的には精霊達の力や地脈など、環境魔力に乏しいという話である。

 星々の動きから魔力を集めているが、そうした魔力は住環境の維持に優先的に回され、作り上げられた術式によって維持されているとのことで……要するに月の民がいなくなってもそれらのシステムさえ生きていれば結界も生きているという話らしい。


「つまり……イシュトルム達の位置も、現時点のわたくし達には知る方法がない、ということになるのね」

「そう、ね。厄介なことだけれど」


 ローズマリーの言葉にクラウディアが頷く。

 月に到着したら……すぐに俺達のいる場所を把握して、月の都があった場所へ向かわなければならない。

 月の大きさはルーンガルドの4分の1ほどだ。広大であるのは間違いなく、当てもなく表面を探すというのは骨が折れるだろうが……これに関してはクラウディアが居城から持ち出してきた書物がある。


 月表面の地形図で……クレーター等の場所から現在位置を割り出せるというわけだ。

 結界が今でも生きているのなら月に落ちる隕石等も排除されていて昔の地形図が使えるだろうし、そうでなかったとしても、ある程度は参考になるだろう。


 やがて……いよいよ月が近付いてくる。

 月表面に向かって引っ張られる感覚がある。重力に合わせるように船底を月表面に向けて――近付くというよりはゆっくりと月表面へ降下していく。


「ん。不思議な感覚」


 と、シーラが言った。天地の感覚と身体の重量が戻ってきたからだろう。


「確かに……俺もこんな感覚は初めてだな」


 数日ぶりに重力の感覚が戻ってきたことで、身体が重く感じる。例えて言うなら、水から上がった時の感覚に近い、かも知れない。それでもルーンガルドよりはかなり重力も小さいのだが。


「重さが戻ってきた感覚は、少しすれば慣れると思います」


 と、ヘルヴォルテが言う。

 ふむ。クラウディアもそうだが、知識と経験を積んだ者がいてくれるというのは心強い。


「そろそろ、結界のある高さだと思うわ。道を作るから、そこを通るようにして」

「分かった」


 月面が近付いてきたところで、クラウディアがマジックサークルを展開する。

 変化は船底側のモニターで見て取ることができた。

 何も無いように見えた空間に、クラウディアの術式に呼応するようにして複雑な記号と紋様のサークルが浮かび上がり――さながら門を開くように円形の隙間を作り出したのだ。


 あれが「道」か。

 こちらを見て頷くクラウディアに、俺も頷き返し、そこに合わせてシリウス号を降下させていく。結界を通り抜け、周囲の地形を見渡せるぐらいの高度を維持する。

 見渡す限りの荒涼とした月面。暗い夜空に輝く、大きな青い星――ルーンガルド。エンデウィルズで、いつぞや見た、映し出された光景に近い。


「これがクラウディア様が見ていた……ルーンガルドなのですね」


 グレイスがルーンガルドを見ながら言った。


「綺麗……ですね。夜空に浮かぶ星々の1つ、と言われても実感がわかなかったのですが……こうして行き来してみると、実感として分かる気がします」


 と、アシュレイがグレイスの言葉に頷く。

 それらの光景にみんなで目を奪われていると、クラウディアが静かに言った。


「皆ようこそ、月へ。こんな状況でなければ、歓迎したいところではあるのだけれどね」

「……そうだな。確かに無事に到着できて安心したし、感慨深いものもあるけど」


 ここからが本番だ。イシュトルムを放置してはおけないからな。地形と現在位置の把握に努めると共に、ライフディテクションを用いて異常がないか等、周囲の状況を確認していく。


 机の上に広げた地形図を見ながら、ゆっくりとシリウス号を航行させる。

 カドケウスを変形させて、モニターから見える景色を反映させながら地形図と照らし合わせていくと――暫くして現在位置の特定ができた。


「結界が生きてたから、地形図もそのまま使えるみたいだ」

「助かるわね」


 進むべき方向が定まったところで、シリウス号を高速で飛行させていく。

 イシュトルムから発見されないよう、シリウス号には光魔法による迷彩も施している。


 荒涼とした月面を飛行していると、やがて遠くに巨大なクレーターと、その内部に作られた人工物らしきものが見えてきた。あれが――クラウディアの生まれ育った月の都だ。

 石造りの街並み。中央に聳える王城。それはタームウィルズの中央区やエンデウィルズによく似ている。


 あのクレーターは地上から見ても月の模様として認識することが可能だが……隠蔽結界であるなら例え望遠鏡などで拡大しても街を認識することはできまい。


 そうして、街の中の様子をしっかりと見れる距離までシリウス号が近付く。


「……遺跡、ね。これは」


 クラウディアの静かな言葉。生命反応は……見られない。

 遺跡、という言葉は分かる気がする。昨日今日放棄されたものではあるまい。本来照明として機能していたであろう水晶も崩れて埃に塗れている。建物も崩れたりしているものもあった。

 その朽ちた街並みは、長い年月放置されてきたことを窺わせるものだ。


「姫様……」


 ヘルヴォルテが声をかけるが、クラウディアは首を横に振った。


「心配しなくても大丈夫よ。七賢者と共に、月から地上に降りた者達がいたのは分かっていることだから、こういう光景も想定してはいたわ。それに……何かから攻撃されて滅びたという様子ではないし。そうね……。これは月面の街を維持し切れなくなって放棄した、という印象だわ」


 ……それでも、生まれ育った街が朽ち果てている光景なんて見たくはないだろうに。

 だがクラウディアは俺と視線が合うと、大丈夫というように、小さく笑みを返してくる。

 ああ、分かった。クラウディアがこうして気丈に振る舞っているなら、俺も今するべきことをしよう。


「住環境の維持で問題が起きたから別の場所に遷都した……という可能性もあるかもね」

「かも知れないわね」


 もしかすると遷都先が地上で、ベリオンドーラであったかも知れないし。


「逆に言うと、ここに人が残っていたら真っ先にイシュトルムの攻撃対象になっていたかも知れないものね」


 ヴァレンティナが言う。ああ。そうだな。それは確かに。

 イシュトルムは……七賢者よりも大分前――クラウディアが生まれた時代に近い年代の人物だ。だから、奴も月に到着したら真っ先にこの場所を訪れた可能性が高い。とりあえず見える範囲にはベリオンドーラの姿はないが……。


「……少し、調査してみるか。何か分かるかも知れないし、イシュトルムがやって来たなら、その痕跡も見つかるかも知れないから」


 俺がそう言うと、みんなも頷いたのであった。

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