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65 足掻き

「畜生ッ! 何でだ! なんだってこんな事に!」


 1階に降りて階段から様子を窺うと、フェルナンドは客室に片っ端から首を突っ込んで、部屋の中を確認しては次の部屋、という行動を繰り返していた。時折玄関から顔を出す兵士に向かって闘気の刃を飛ばして牽制程度はしているが。

 武技、飛遼斬。宵闇の森でメルセディアも使っていたが、その使い勝手の良さから剣士達にはよく使われている技だ。威力は然程でもないが、手軽に中間距離から使える攻撃の手段、といったところか。


 しかしまあ――見苦しい事この上ないな。奴が人質候補探しに夢中なところに指を向け、敢えて循環状態にせずに射程を稼いで、魔法を発動させた。


「エアバレット」


 奴が部屋の中に顔を突っ込んだところで、風の弾丸が飛んでいき、扉が勢いよく閉じられる。


「うっぎ!?」


 フェルナンドの悲鳴が響き渡った。部屋の中に顔を突っ込んだままなのだから、当然扉が閉められれば顔を挟まれる結果になる。

 顔面を押さえながら後退りするが、剣だけはしかと握ったまま放さない。

 もう少し威力の高い魔法にしたかったところだが、廊下のこちら側と向こう側にいるという状況だ。万一、誰かが廊下に出てきたときに誤射しないとも限らないから、そうそう派手な魔法をぶっ放すというわけにもいかない。


「お、お前、ら!」


 だがまあ、こちらに注意を向けさせるのには十分な効果があったようだ。

 俺達の姿を認めると目を剥き、そして怒りに震える声で、こんな事を言う。


「そ、そうか! お前らだな!? 俺を罠に嵌めやがって!」


 ……意味が分からない。罠も何も自分の行動が失敗した、その結果だろう。


「……あいつは何を言っているんだ」

 

 メルセディアが誰に言うでもなく疑問の言葉を口にした。

 俺にも理解不能だ。メルヴィン王にしたってあんな小芝居を交えた独演会を始めるとは思っていなかったんじゃないだろうか。

 ともかく、フェルナンドは逆恨みではあるのだろうが、こちらを目標に定めたらしい。血走った眼で睨みつけてくる。俺も竜杖を構えるが、メルセディアが一歩前に出て腰の剣を抜いた。


「テオドール殿。ここはどうか預けていただきたい。奴には借りがある」

「……分かりました」


 メルセディアの言葉の端には、明確な怒気が感じられた。なら、今回は彼女に任せる事にしよう。

 騙し討ちで人質にされた挙句、救出しようとしただとか美談に仕立て上げられそうになったわけだしな。感情は自制しているようだが、腸が煮えくり返っていてもおかしくはない。


「メルセディア! くそ! てめえは目を付けて、殺さないでおいてやってたっていうのに!」


 剣を構えて走ってくるメルセディアにフェルナンドが吠える。


「反吐が出る!」


 メルセディアは突進の勢いを剣に乗せて、叩き付けるように剣と剣をぶつけていった。

 鍔迫り合いの形になったが助走の勢いを乗せていた分、膂力では劣るであろうメルセディアの方がフェルナンドを後退させた。

 体勢を崩したところを力任せに押し切るようにメルセディアが攻勢に出る。敢えて、剣に剣をぶつけに行くような、叩き潰すような荒々しい挙動。一撃一撃が交差する度に金属音が響き渡った。


「くそっ!」


 フェルナンドが力任せに振り払うような動きを見せるも、後ろに退かされたメルセディアの動きは軽い。振り抜いたその隙を埋めるように、壁を蹴って即座に間合いを詰めていく。

 迎え撃とうとしたフェルナンドの脇を通り過ぎ、壁を駆け上がって天井を蹴ると、頭上から剣を打ち落としていく。立体的な動きに虚を突かれたフェルナンドは両手で剣を構え、勘頼りでその一撃を受けた。グレッグがチェスターの後釜に据えようとする程度には使える、というところか。


 メルセディアが変則的な動きを見せたのはその三角飛びの一度だけだ。後はまた地に足を付け、膂力に任せたような荒々しい剣技を叩きつけていく。

 剣戟の音を響かせる2人の位置が激しく入れ替わるために、追い付いてきた兵士達も手を出せない。その中にはチェスターの姿もあった。騒ぎを聞きつけて戻ってきたのだろう。


「フェルナンド! 貴様!」


 チェスターが怒りの形相を見せるも、何を勘違いしたのかフェルナンドが吠える。


「畜生! どいつもこいつも寄って集って卑怯なんだよ!」

「貴様のような下郎が、相手を選り好みできる立場か!」


 眉根を寄せたメルセディアが言い放つ。それはそうだ。このメルセディアとの一騎打ちさえ望外だろうし。仮に割って入れる技量があったとしても、チェスターが戦いに横槍を入れるとは考えにくい。

 なら何が卑怯で、何が不満なのかと言えば……仮に勝ったとしても一向に改善されない、この状況そのものにあるのかも知れない。


「行くぞ」


 間合いが空いたところで、メルセディアは剣を腰だめに構えた。その剣に闘気が集中して青白く輝く。

 舌打ちしたフェルナンドもまた、同じような構えを見せて、剣に闘気を集中させた。メルセディアは険しい表情を貼り付けたままで、臆する事無く踏み込んでいく。


 対するフェルナンドは――迎え撃つでもなく、後ろに跳びながら闘気の刃を放ってきた。好手だと思ったのか、その表情には笑みが張り付いている。

 だが――それさえもメルセディアは折り込み済みだったらしい。歯を食いしばり、肩から突っ込む。

 退きながら放った刃など鎧に当てれば致命傷になる事は無いと、突っ切って飛び込んでいく。


「うっ、おおッ!?」


 足止めぐらいにはなるとでも思っていたのか、フェルナンドが慌ててメルセディアの武技に合わせようと剣を構え直し、振り抜く。

 が――メルセディアのそれまでの戦い方、怒りの表情。そして、これ見よがしに見せた大技の予兆――全てが布石であった。


 メルセディアは身体を屈めて突如踏み込みを止める。彼女の剣に纏わりついていた闘気が不意に失せ、代わりにその脚甲が青白く輝く。フェルナンドの剣が何も無い空間を虚しく切り裂いていった――その、次の瞬間。

 全身のバネを使って床を蹴り、メルセディアの身体が爆発するように加速した。

 こちらが本命だ。メルセディアの剣の行方に気を取られていたフェルナンドは、顔面に正面からメルセディアの膝蹴りを食らった。


「あぎゃあっ!」


 鼻と何本かの前歯がへし折れ、フェルナンドは廊下の絨毯の上に転がった。

 勝敗は決した。床に体を投げ出し、剣も手放したフェルナンドは、溢れ出る鼻血を片手で押さえ、もう片方の手は相手の制止を懇願するように掌を見せて、悲鳴を上げながら壁まで後じさりする。

 それを見ているチェスターの表情が、どんどん曇っていくのが印象的であった。


「や、やめてくれ! 俺が悪かった!」


 鼻に血が詰まっていてやや聞き取りにくいが、そんなような事を言った。


「た、頼む! 俺はグレッグの奴に言われた事をやっただけなんだ! お前達から陛下に執り成してくれよ!」

「貴様……いい加減に……」


 メルセディアはさすがに呆れた表情を浮かべる。

 その時だ。剣戟の音が止んだからか、廊下の扉を開けて使用人が恐る恐る顔を出した。


「ぐ、ひッ!」


 それを目ざとく捉えたフェルナンドの表情が喜色に歪み、使用人に向かって掴みかかろうとした。しかも懐からナイフまで抜いている。

 先程の命乞いにしたって隙あらばあれで切りかかるつもりだったのだろうが――。


「遅い」


 俺が準備していた火の防御魔法――フレイムウォールの中にフェルナンドは手を突っ込んでいた。

 更に伸ばした手をメルセディアの剣が払い、横合いからチェスターの槍までもが繰り出され、脛の辺りを貫通して床に縫い留めている。


「ぐっぎゃあああ!?」


 激痛に絶叫するも、足を槍に貫かれているものだから転げ回る事もできず廊下の絨毯を叩いて回るしかできない。

 メルセディアはともかく、チェスターにしては中々割り切った行動に出たものだ。


「……もういい。連れていけ」


 メルセディアの疲れたような声で兵士達が動き、数人がかりで床に押さえつけた後に、無理やり立たせて引き摺っていった。最後まで何やら喚いていたが……聞くに堪えない内容だ。やがてその声も遠ざかって、聞こえなくなる。

 さて……フェルナンドはあれで良いとして。

 チェスターは渋面のままで頭痛を堪えるように頭に手をやってかぶりを振っている。まあ……いくら追い詰められていたと言っても、同僚があの醜態では、な。


「肩は大丈夫ですか?」

「ああ。あんな引け腰で放った武技など、物の数ではないよ」

「一応魔法を掛けておきましょうか」

「……すまない」


 メルセディアは小さく笑みを浮かべる。鎧の隙間が浅くは斬れているが……俺の応急用の治癒魔法でも事足りる程度か。

 治癒魔法を用いながらメルセディアに言う。


「……ところでちょっと頼みたい事があるんですが、いいですか?」

「勿論だ。私にできる事なら」

「いえ、メルセディアさんにではなく、審問担当の方への言伝というかお願いですかね」


 そう告げると、メルセディアは目を瞬かせた。


「フェルナンドが宵闇の森に連れていった冒険者の所在を聞き出してほしいんです。場合によっては今回の一件の背後関係を明らかにするより、重要な事かも知れません」

「分かった。すぐに伝えよう」


 俺としては……先程のメルヴィン王とフェルナンドの会話に、どうしても気になっている部分があるので奴にいくつか質問したかったのだが。

 封印の扉に触れて火傷した、とかいうくだりだ。俺達のパーティーもあの扉に触れているが、誰も何ともならなかった。

 扉に何かしらの変化が起きた、というだけならそれでも良いのだ。だが……そうでない場合は――。


 しかし、この場で何か聞こうとすると、話す話さないで助けてほしいだのなんだのと、交換条件を持ち出してきそうな感じがするからな。

 別に質問する相手はジャスパーでもフェルナンドでもいいのだ。奴の言動そのものに信用が置けないというのもあるし、ここは魔法審問の中で問い質してもらうようにするのが確実だろう。

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