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660裏 人魔決戦 前編

 ザラディ達が後方の出来事に気を取られたその瞬間に、グレイスとイグニス、シーラとデュラハン、そしてヘルヴォルテ……前衛達が魔人達へと切り込んでいた。

 グレイスが膨大な量の闘気を纏ってザラディに向かって突撃するが、それを横合いから切り込んできたブレンツェルの瘴気剣で押し止められる。


「あなたに用はありません」

「そうか。俺は……貴様に期待しているがな。その膨大な量の闘気……実に心が躍る」


 グレイスの言葉に、ブレンツェルが笑う。

 視線がぶつかり合い、一拍の間を置いて。次の瞬間。猛烈な勢いで2人の間で双斧と剣が影さえ留めない速度で振るわれ、無数の火花が散った。

 周囲を巻き込まないようにとグレイスが後方へと飛べば、ブレンツェルは退いた分だけ間合いを詰める。胴薙ぎの一撃を剣で受け止め、頭蓋を割るように振ってくる斬撃を、踏み込みながら瘴気の盾で受け止め。空いている掌から瘴気剣を展開してグレイスの肩口に切り込む。


 それを――肩口に爆発的な闘気を集中させてグレイスは弾き飛ばしていた。武器を振るには近過ぎる間合い。グレイスの掌中から紫電が迸り、膨れ上がる闘気がブレンツェルの腹部に突き刺さるように炸裂した。一瞬早く――瘴気の防壁が作り出される。

 グレイスの掌底はそれすら打ち砕くが、ブレンツェルは大きく後ろに飛んで、グレイスの攻撃から逃れている。


 間合いを置いて、対峙。そのタイミングで――グレイスは背中に負っていたマクスウェルをイグニス目掛けて放り投げた。イグニスは自分に迫ってくるそれを、しかと受け止める。


「武器を……手放すか。その大きな斧をどこで使ってくるのか、期待していたのだがな」

「あなたには関係のないものです」


 グレイスは双斧を構え、ブレンツェルもまた構えて笑う。

 そうして全身から瘴気を立ち昇らせ、黒い霧のように周囲に広げ始めた。生き物のように蠢く暗雲。それを見たグレイスが首元の飾りに触れれば風のフィールドが彼女の身体の周囲を包む。瘴気の霧がどんな性質を保有しているか分からないからだ。


「なるほど。正しい対応だ。だが……」


 そう言って真っ向から突っ込んでくるブレンツェルの身体が、途中で影のように霧の中へ溶けて消える。次の瞬間、グレイスの頭上から瘴気の剣が降ってきた。左手の斧で弾き、右手の斧を振るうが、実体化したブレンツェルは後ろに飛ぶようにして、再び霧の中へと掻き消える。


 あらぬ方向から次々と叩き込まれる斬撃を、常人より遥かに優れた反射神経と運動能力を以って、グレイスは打ち落とす。


 ヘルヴォルテのように、限定された空間内――ある程度の密度を持つ霧の中から霧の中へと行われる転移なのか。それとも吸血鬼のように、自身の身体を霧に変えて、実体化と変身を繰り返しているのか。正体はまだ分からないが、厄介な能力であることに変わりはない。




 一方で、ザラディに対してはグレイスの代わりとでも言うようにイグニスとローズマリー、ヘルヴォルテが向かっていた。

 縦横に振るわれるイグニスの大槌。そして最短距離を迫るヘルヴォルテの槍を――ザラディはただの一歩も引かずに、その場に留まったままで作り出した瘴気の錫杖と体術を以って捌いてみせた。


 イグニスとヘルヴォルテの繰り出す攻撃が――当たらない、当たらない。

 最小の動きで逸らし、捌き、或いは受け止めて。

 イグニスの、一度は通り過ぎた一撃が、上半身ごと回転して再びあらぬ角度から迫るも、それさえ来るのが分かっていたとばかりに瘴気の小さな壁が作り出され攻撃を阻む。イグニスの身体の陰から放たれた――完全に死角からのローズマリーの衛星弾すら、顔を逸らすように避け、視線を逸らしたままでヘルヴォルテの槍の穂先を錫杖で逸らす。

 あらゆる角度から無数に迫る攻撃を、最小の動き、最適な強さで受け止めていく。


 刹那の間隙を縫うように、瘴気を纏った掌底をイグニスの胸部装甲へと叩き込んで後方へ押し戻すと、突き出されたヘルヴォルテの槍を錫杖で絡め取り、背負い投げをするようにピラミッドの石段目掛けて頭から投げ落とそうとする。

 寸前でヘルヴォルテは身体を反転させ、石段を蹴って一度空へと舞い上がる。イグニスはグレイスから投げ渡されたマクスウェルを、空いている手で受け止めている。


「なるほど……。予知とは聞いていましたが……」

「分かってはいたけれど、厄介極まりないわね」


 ヘルヴォルテが平淡な声で言い、イグニスの後方に位置取りするローズマリーが眉を顰める。

 予知と経験からなる、洗練された動きを以っての迎撃。攻撃を捌かれ、少しでも隙を見せればそこから反撃を繰り出してくる。視線がどこを向いていようが関係ない、というわけだ。


「ふむ……。片方は魔術師の操る人形か。儂は……あまり攻撃には自信がなくてな。一撃で殺し切れなかったり、粘られてしまった場合、少々長く苦しませることになるかも知れんが……恨むではないぞ?」


 ザラディは前に出した掌に瘴気を纏い、腰の後ろに錫杖を構えるようにして、ローズマリーとヘルヴォルテに向かい合う。

 ザラディの言う、自信がないという言葉はつまり……他の魔人のような火力が無いと認めた上で、自身の能力を最大限に活かすべく鍛練を重ねてきたということだ。こと技術戦という点においては無類の強さを発揮するだろう。

 ローズマリーはその意味を正確に理解し、慄然とするものを感じながらも、魔力を研ぎ澄ませていく。




 シーラはグウェンデラを相手取る形になった。姿を消しながら間合いに踏み込み、グウェンデラを挑発するように一撃だけ切り込んで離脱していく。


「お待ちなさいな。私と遊びたいのでしょう?」

「ん。いくらでも相手になる」


 グウェンデラはシーラの最初の一撃を、瘴気を纏った日傘で受け止めていた。

 その日傘は……材質が特殊なのか、グウェンデラの能力で作り出した代物なのか。シーラの闘気を込めた真珠剣の一撃を受け止めても、傷1つついていない。

 密集していた戦場からやや距離を置いたところで、シーラがグウェンデラに向き直って構える。グウェンデラはシーラの動きに牙を剥いて笑う。しかしその次の瞬間、遠く離れた場所にいるイルムヒルトから放たれた矢が雨あられとグウェンデラに浴びせられていた。だが――。


「残念」

「くく、楽しい子ね。いいわ。遊んであげましょう」


 シーラのとぼけた声に、グウェンデラは楽しそうに肩を震わせる。

 飛来した光の矢は反応したグウェンデラの傘によって受け止められている。瘴気の防壁さえ散らすイルムヒルトの魔力矢でも、グウェンデラの傘による防御を抜くことはできないようだ。

 そしてベルハインを相手どっている後衛は後衛で、かなり忙しそうなことになっていた。その光景を目にしたシーラは――イルムヒルトに限らず、後衛の援護射撃を期待して戦法を考えない方が良い、とグウェンデラに向き直る。グウェンデラは嫣然と笑った。


「降り注げ」


 グウェンデラの頭上に突き出された傘の中心部から――瘴気の光線が直上へと放たれた。上空で炸裂し、無数の雨のように一帯に降り注いでくる。広範囲の無差別攻撃。グウェンデラ自身も攻撃範囲内ではあるが、傘を差しているグウェンデラにその攻撃は無効だ。

 シーラは右に左に降り注ぐ弾雨を避け、その中を悠々と迫ってくるグウェンデラを迎え撃った。グウェンデラは爪に瘴気を纏い、薙ぎ払いを見舞ってくる。その斬撃を、雨に身を晒しながら回避。降り注ぐ雨はシールドで受け止め、反転して突撃。そのまま切り結ぶ。




 残ったベルハインへは、デュラハンが切り込んでいった。

 デュラハンの大剣を受け止めたのは――巨大な棺のような物体だった。棺には黒い鎖が繋がっており、その鎖がベルハインの手に握られている。いずれも、ベルハインが瘴気で作り出したものだ。


 それを遠心力をつけて振り回すようにして、一定の距離を取りながら大剣とぶつけ合う。凄まじい重量と膂力からなる棺の一撃は、デュラハンの大剣ともまともに打ち合える程ではあるが……ベルハインは大きく後ろに飛んで一旦デュラハンの間合いの外に逃れる。そして棺を地面に打ち立てるようにその場に置く。その視線の先には――アシュレイやマルレーン、クラウディア達後衛の姿。


「こちらとは、頭数が合わんな……。少しばかり……我が能力に付き合ってもらおうか」


 後方でアシュレイとラヴィーネの展開している防御陣の堅牢さを見て取ったか、ベルハインが静かに言う。

 棺桶の蓋が開けば――中から黒い液体のようなものが流れ出してくる。その液体が盛り上がり、朽ち果てた骸骨や亡者の群れへと変貌していった。


 服装も装備もまちまちで、騎士や兵士の格好をしている者もいれば山賊や海賊、冒険者風の出で立ちをしている者もいる。人間ばかりではない。馬や猛禽、大型の肉食獣の骸。幻獣、元が何であったか判別できない魔物らしき残骸……様々だ。


 亡者達の身体から零れ落ちる黒い液体が、更に別の亡者を生み出していく。あっという間にその数が増えていく。ベルハイン本体は既に棺をぶら下げて、形成されていく軍勢を無感動に眺めている。

 特筆すべきは、その骸骨や亡者達が、残らず瘴気を身に纏っていることだろう。瘴気を注ぎ込まれた亡者の群れは、さながら魔人達がそうするように中空に浮かんで隊列を成した。


「……これがあなたの能力というわけね」


 クラウディアが不愉快そうに眉を顰めた。

 ベルハインの能力。それは殺した相手の亡骸を取り込み、亡者の兵団として使役するというもの――。言わばそれは、瘴気を用いた死霊術だ。


「何て酷い……」


 ディフェンスフィールドを展開し、氷の領域を広げるアシュレイがかぶりを振り、マルレーンが表情を険しいものにする。後衛を守るように立ち塞がるベリウスとピエトロ、そして陣地の頭上を守るリンドブルムも不快げに牙を剥いた。


「案ずることはない。骸は何の痛痒も感じはしないのだから」


 ベルハインのその言葉と共に。デュラハンと、アシュレイ達を中心とする後衛達へと亡者の群れが殺到した。

 デュラハンが突っ込んできた亡者を斬って捨てる。しかし、魂はそこにはない。あるのはただ、器だけだ。

 器にベルハインの瘴気が注ぎ込まれて動いている。故にデュラハンが連れて行けるものは、そこに存在していない。デュラハンはそれを確認すると、バイザーの奥で暗緑色の炎を瞬かせながら、ベルハイン本体へと切り込んでいった。


 防御陣地からの弾幕。痛痒を感じないというのは確かなのだろう。弾幕に身を晒しながら踏み込んできた亡者達がディフェンスフィールドに踏み込んだ瞬間――。

 一瞬後には氷の檻に閉じ込められ、クラウディアの影の茨に絡め取られていた。後から後から殺到してくる亡者達目掛けベリウスの口から爆炎が放たれ、動きを封じた亡者達諸共、その身を木切れのように吹き飛ばしていく。ベリウスの一撃の間隙を縫って迫ってくる亡者達を、リンドブルムが突撃用シールドで弾き飛ばし、その足に備え付けられた魔道具――水晶の槍が伸縮。亡者を串刺しにして投げ捨てる。

 しかし、その身体から漏れ出る瘴気が、破損した亡者の身体を繋ぎ合わせ、再び立ち上がらせてくるのであった。




 その頃――地上。


「……頑強な抵抗だな。確かに、兵力を相当殺がれてしまうのは間違いないようだが……もっとだ! もっと支援の弾幕を張れ! 消耗させて押し潰すのだ!」


 地上の部隊指揮を預かる覚醒魔人の最後の1人、テスディロスは敵軍の動きに内心舌を巻いていた。

 数でこちらが勝る。それを全面に押し出し、堅実に敵軍に当たればカタが付く戦いのはずなのだ。しかしどういうわけか知らないが、押し切れない。

 あの船や砦に近寄り過ぎると、飛行術の制御を乱される。だからそれらの周辺では、魔人達の被害を減らすために魔物に前衛を任せ、魔人は援護射撃という戦法に出た。

 祝福があるから瘴気弾が決め手にならず、攻め切れない。それは分かる。敵軍は精鋭も精鋭らしく、半端な攻撃を物ともしない戦意を保っている。


 その中でも――見たところ実力が突出しているのは飛行部隊の長を務めているらしい、ヒポグリフに跨る氷の騎士だとか、その周囲にいる幾人かの騎士、それから騎士でもないのに空中戦を魔人にさえ挑んでくる、特殊な動きをする子供3人と女1人というところだ。


 砦のほうも数で押そうとすると大魔法が飛んでくるし、先程と違って空中部隊の一部も地上への攻撃を加えるようになったから、中々に攻めあぐねているというところはある。

 しかし……突出した敵将がいるから攻め切れないのか? 否。数が違う。突出した個人がそこそこいたとしても、手が回らないはずなのだ。いずれ消耗し、疲弊し、そして手を誤り、押し潰すことができるだろう。

 大魔法にしろ、そう何度も何度も撃てるはずがない。現に支援砲撃の間隔は確実に大きくなって、その規模自体も下がっている。瘴気弾も決め手にはならないが、敵方に怪我人は出ているはずなのだ。確実に押している。


 では、何故? 後方より戦況を眺め――やがてその理由に、テスディロスは気付いた。砦の中からは後から後から交代の要員が空へと飛び出してきて、一向に飛行戦力の数を殺いで攻め切ることができずにいるのだ。


 だから数で勝るのに戦線が動かない。押せない。


 砦の中に控える兵力の数を読み違えている、ということなのだろうか? 高度な腕を持つ治癒魔法の部隊でも控えている? 或いは、ベリオンドーラが蓄えた魔力から想定された以上の魔物を作り出せたように、こちらの想像していない、何か特殊な事情があるのか? 例えば――転移であるとか。


 数で押されているように見せかけ、その実、戦局を膠着させ、魔物の数を削っていたというのなら――。


 テスディロスの眉根が寄る。ゲイザーは貴重な戦力だが――ここで投入するしかあるまい。まずは敵飛行部隊の数を確実に減らすことが肝要だ。

 シャドウレイヴンを随伴させ、大型の魔物の陰に隠して地上軍と共に進軍させることで、ゲイザーを迎撃する部隊に更なるリスクを背負わせる。

 仮にゲイザーを見落とし、飛行部隊が事に当たるならば。そこで確実に息の根を止め、そうでないならゲイザー対策の部隊をあぶり出し、それを魔人達を以って叩き潰し、残るゲイザーを中心に飛行部隊に痛打を与える。


 テスディロスはそう即断即決すると、全軍に指示を飛ばすのであった。

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