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64 道化

「――放せと言っているだろうが! 私を誰だと思っているんだ!」


 喚きながらグレッグ以下、今回の事件に関わった連中が騎士の塔から兵士達に連行されていった。

 魔法審問を受ける事になるそうだ。中々、こういった身分の高い輩には魔法審問も行われないのだが、今回はさすがに……といったところだ。

 メルセディアとチェスターのように信用のおける証人がいて、ジャスパーみたいな下手人までいればそうもなるだろう。グレッグは無論のこと、彼に近しい者も何らかの形で尋問は受ける事になるだろうが。


 俺は俺で当事者として城に行く事を条件に出して、シーラには家に戻ってもらう事を了承してもらった。

 俺ならば証拠品を提示できたりするから1人で事足りるというのもある。


「あなたはどうやって現場に辿り着いたんです?」

「仲間がジャスパー達の尾行に気付いたので二重尾行をしたわけです」

「……当たり前のように言ってますが……彼らが気の毒になりますな」


 俺に事情を聴く事になった兵士の表情が、笑顔のままで引き攣っていた。

 一応というか、こうして経緯は話さなければならないが、その扱いにはグレッグ達とは雲泥の差がある。

 これが現代日本なら俺も根掘り葉掘り聞かれたりもするのだろうが、魔法審問があるお陰で、余計な取り調べに時間を費やさなくて済む。まあ、こういう時は有り難い話だ。


「分かりました。もう結構です。それでは、案内いたしますので一緒に来ていただけますか?」


 他にもいくつか簡単な質問を受け、その後で兵士に連れられて通されたのは、迎賓館の部屋の一室だ。


「滅多な事は無いとは思いますが。もうしばらく城内でお待ちください。何かありましたら使用人達に声を掛けていただければ過不足なくお過ごしいただけるかと」

「分かりました」


 その兵士は一礼して部屋から退出していった。

 ほんの少ししてから、その兵士と入れ替わるように部屋に入ってきたのはメルセディアとチェスターだ。


「テオドール殿、ここにいたか」

「お二人とも怪我らしい怪我は無かったようで何よりですね」

「捕まってしまったのは痛恨だったがな」


 メルセディアはかぶりを振って小さく笑みを浮かべた。騙し討ちだったとは言っても虜囚になった事は屈辱、と言ったところか。


「ともあれ、テオドール殿は私と部下達の命の恩人だ。礼を言わせてくれ」

「僕からも礼を言う」


 と、2人は頭を下げてきた。


「利害が一致しただけなので、そこまで改まらなくても良いですよ」

「と、言うわけにもいかないさ」


 メルセディアは苦笑した。……メルセディアは言葉や態度は軽いものの、割と落ち込んでいる感じがあるな。


「関わらないなどと約束をしながら迷惑をかけてしまったな。……僕は――これで失礼させてもらう。色々考えたい事があるんだ」


 チェスターはそう言い残して部屋を出ていった。

 その背を見送って、メルセディアは肩を竦めて見せる。


「君の戦い方が色々衝撃だったようだな。私も驚いたよ」


 と、メルセディア。

 ――衝撃というのは、俺の制圧の仕方についての話か。

 少なくとも、前聞いたチェスターのポリシーには真っ向から反するものだろうし、メルセディアよりはチェスターの方が受けた衝撃は大きいのではないだろうか。

 だが俺は俺で極端な例だろうとは思うので、あまり基準に考えられても困るところはあるが。騎士と魔術師じゃ求められている役割が全然違うだろうし。


「確かに苛烈だったが……私はあれで正しい、と思うよ。前に騎士団長に頂いた訓示にも合致する」

「……騎士団長って結構怖い人だったりします?」

「あの時の君ほどではないがね。今は――年相応にしか見えないが」


 曖昧に笑うしかない。

 メルセディアと暫く迷宮についての話をしていると、廊下の方から「奴が戻ってきたぞ!」という声が聞こえて、廊下も窓の外も――騒がしくなった。


 窓から練兵場の方を見てみると……迷宮からフェルナンドが練兵場を歩いてくるという場面であった。その表情には、満面の笑みが浮かんでいる。


「……ここに来るまでに捕まえなかったんですか?」

「街中で暴れたり逃走したりする恐れがあるから王城の中まで引き込んで、退路を完全に断ってから捕縛するのだそうだ。……随分と陛下のご不興を買ったようでな」


 メルセディアが塔の方へ視線を向ける。彼女の視線を追うと、バルコニーにメルヴィン王が姿を見せていた。


「これは陛下。ご尊顔拝謁いたしまして、恐悦至極に御座います」


 フェルナンドはメルヴィン王の姿を認めると表情から笑みを消し、しかしそれでも直接国王に報告できるのをチャンスと見て取ったのか、そんな事を言った。


「ほう。フェルナンド卿。何か面白い事でもあったのか?」


 臣下の礼を取るフェルナンドにそんな事を尋ねるメルヴィン王は――口角こそ上がってはいるものの、目が全く笑っていない。フェルナンドとグレッグのやらかした事は……どうやら王をかなり怒らせたらしい。


「はっ。――あまり良くない報告がございます」

「聞かせよ」

「迷宮探索に向かっていたメルセディア卿の探索班の兵士と会いました。迷宮内部は宵闇の森にて魔物の群れに襲われて、転界石で逃げてきたと」


 俺の隣で、当人であるメルセディアが目を閉じて首を横に振る。

 ……うわあ……という感想しか出てこない。

 これはあれか。メルヴィン王の綱紀粛正策の一環だろうか。衆人環視の中で釈明させ、醜態を見せつける事で他者の戒めとする、というような。


「私は取り急ぎ、彼と共に迷宮に向かったのです……。しかし遅きに失していました――。彼の案内してくれた場所には幾つかの血だまりが残るのみで、メルセディア卿率いる探索班の姿はどこにもなく。私は彼女の姿を求めて、宵闇の森を彷徨いました」


 眩暈でも感じているかのように額に手を当てて、大仰に嘆き悲しむ姿を見せるフェルナンド。割と演技派のようだが……。惨憺たるものだ。


「かなり長い時間を探索に費やしましたが、遂にメルセディア卿の姿を見つける事は叶いませんでした。私の案内を買って出てくれた兵士も、探索中に魔物の手にかかり、敢え無く……。彼の無念を思うと、胸が張り裂けんばかりでございます。叶うならば体力の持つ限り宵闇の森の捜索を続けたかったのですが、やむにやまれぬ事情で戻ってきた次第にございます」

「……ほう。して? その、事情とは?」


 割合静かなメルヴィン王の声だが、よく聞くと最後の方が怒りのためか若干震えているのだが……演技のために役に入り込んでいるフェルナンドはメルヴィン王の機微に気付かずに続ける。


「はい。苦渋の決断ではありましたが重大な発見を成したため、その事をまずは陛下にお伝えせねばならないと、このフェルナンド、取り急ぎ王城に馳せ参じました。メルセディア卿の安否は大変心配ではありますが……」


 フェルナンドは誇らしげに言う。


「王命果たしましてございます。フェルナンドめが宵闇の森にて封印の扉を発見した事を、ここに報告いたします」

「ほほう。余の言いつけを果たしたと?」

「はっ。あのレリーフの刻まれた扉こそ、我等の探していた封印の扉に相違ないかと。同行した冒険者が扉を開けようと触れたのですが……手に火傷を負ってしまったようですので」

「ふむ。では聞かせてもらえぬか。それはどのようなレリーフであったか」


 メルヴィン王は側近に向かって、手を出す。促された側近は恭しく紙を差し出した。

 ……あ。あの紙は。


「はい。いくつかの球体と楕円が重なるように描かれた――」

「それは例えば、このような物ではなかったか?」


 メルヴィン王が手にした紙をフェルナンドに向かって突き出す。それを見たフェルナンドの表情が凍り付いた。

 その紙は俺が王城に来てから新しく作ったものだ。カドケウスによるレリーフの複写が、べったりと押し付けられている。

 先に発見した証拠として、という意味合いがないでもないが……メルセディアに渡した物はグレッグ達に回収されて、多分処分されてしまっただろうから新しく作ったのだ。


「余が――何も知らぬとでも思っておるのか?」


 固まっているフェルナンドをメルヴィン王が睨みつける。


「メルセディアもチェスターも、既に余のもとに帰ってきておる。グレッグの不忠は既に余の与り知る所である。さて、フェルナンドよ。この上で何か申し開きする事はあるか?」

「あ……え? な、何?」


 そこで初めてフェルナンドはメルヴィン王のこめかみに青筋が浮かんでいる事に気付いたらしい。

 きょろきょろと所在なさげに左右を見渡し……そこかしこに完全武装の兵士がいる事に気付いたらしく、顔面が蒼白になっていった。


「最早審問を待つまでも無い。引っ立てよ。抵抗すれば斬り捨てて構わん」


 メルヴィン王はもう顔も見たくないと不愉快げに言い捨てると、マントを翻して建物の中へ戻っていった。それを合図にしたかのように、一斉に兵士達が動き出す。


「う、お、おおお!」


 大勢は決したし、少々気になる事があって思案をしていたが、何やら妙な事態になった。

 逃げ場に困ったフェルナンドが――剣を振り回して兵士達を退けながら何故だか俺のいる迎賓館へと逃げ込んできたのだ。思わずメルセディアと顔を見合わせてしまう。


 いや。いくら配置されている人員が少ないからって、建物に逃げ込んだってどん詰まりだろうに。追い詰められると判断力って無くなるもんだな……。

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