658 それぞれの戦場へ
魔人と魔物が続々と出て来て、隊列を成していく。
連中は……まず砦を叩くつもりのようだ。セオレムに魔人が直接攻撃を仕掛けられないとなれば魔物を使うしかない。
二面作戦で攻略できるような城ではないし、ベリオンドーラが動かせない以上、まず砦を何とかしないと、連中としても背中から攻撃されてしまう。当然、タームウィルズに向かうことはできない。
敵軍の内訳を見てみれば……やはりゲイザーやハウンドナイトなど、後から追加したと思われる魔物の兵種は数が少ないようだ。ゲイザーの生き残りについては気になるところだが……まあ、俺達がヴァルロスを抑えに行っても、対抗する手段はある。
空中は魔人がいるからか、どちらかというと地上制圧を意識した部隊編成のように見える。つまり、地上の方が比率として魔物が多い。
こちらはと言えば、シリウス号の防衛ラインを後ろに下げて敵軍の動きに備える。
シリウス号の役割として、砦へ近づいてくる魔人への対空防御の中心的役割、という点は変わらないからだ。
砦へ空から攻撃を仕掛けた際、魔人に対して牽制を行いやすい位置取りというのが望ましい。簡易結界が破られた分、後方に下がる、というわけだ。
「僕達は……月光神殿へ向かいます。この場はお2人にお任せしても良いでしょうか?」
「承知しました。部隊指揮はお任せを。手札の全てを使い、連中を撃退します」
「シリウス号の操船は任せておくがよい。とは言え、機動力が必要な時はアルファに頼むことになるかも知れんが」
2人が冷静に答え、アルファがにやりと笑う。俺がいつぞやにやったような立体機動もアルファは文字通り自分の身体を動かすことを覚えるようにマスターしてきたからな。
そして……結界が崩される可能性も想定していた。ならば、それでも戦えるように備えるのが戦いというものだ。
だから、ここからはこの戦場にある手札を全て用いて、ということになる。
「エリオット兄様。お気をつけて」
「アシュレイもな。私については心配いらない。テオドール卿をしっかりとお助けするんだぞ」
「はい……っ!」
優しく微笑んで答えるエリオットの言葉に、アシュレイが真剣な表情で頷く。
フォルセトとシオン達。ステファニア姫達もこの場に残る形だ。
戦力の分配については気を遣わなければならない。俺達が抜ける穴を大きくし過ぎてしまうのは良くないからだ。
パーティーメンバーを温存していたのは、ヴァルロスらとの戦いを前に消耗を避ける意味合いもあるが、俺達を中心にし過ぎた作戦を組み立てないということでもある。
「一点だけ、注意して欲しいことがあります」
「何でしょうか?」
「あの高位魔人、ミュストラについてですが……確かに消耗はしているようですが、ベリオンドーラ内部までの突入は避けるべきかと。消耗するのを厭わなかったのは、ベリオンドーラに篭れば問題無いからと言っていましたから、内部は相当に危険度が高いと思われます」
「肝に命じておきましょう。優勢であっても迂闊に内部へ踏み込むような真似は危険、ということですね」
「確かに。魔法建築を行った本人が内部にいるようなものですからな」
エリオットやサイモン達が頷く。
そうだな。ミュストラに関してはベリオンドーラを黒く変えた、結界術に類似する何かを用いた、ということぐらいしか、能力的な部分がよく分かっていない。瘴気特性は不明。魔法にも通じているところがありそうだし、ヴァルロスが自分かミュストラにしかできない仕事、などと言ったことから察するに、慎重に対応するに越したことは無い。
メルヴィン王と精霊王達の儀式も、いずれは終わる。敵が籠城の構えを見せ、戦況が膠着するならば、その分激突が緩やかになって人的な損害を減らせるわけだから……それは一時的なものとしては歓迎できる。
「テオ――」
「うん」
グレイスの言いたいことを察して、まず彼女の呪具を封印状態にする。
大きな戦いの前に、いつもそうしているようにグレイスと抱擁し合う。彼女の体温、鼓動、匂いと柔らかさを感じる。抱き締められて、髪を撫でられる。
「タームウィルズに行くとテオが仰った時……テオが、どこか遠くに行ってしまうんじゃないかってそんな気がして……それが怖かったんです」
「俺は、どこにも行かないよ」
そういうとグレイスは静かに頷いた。
「はい。今は、テオの行くところに、一緒についていけることが嬉しいのです」
「ああ。それは、俺も嬉しいな」
そうやって、しばらく抱き合ってから離れる。
続いて、アシュレイ、マルレーンと抱擁し合う。
「みんなで、一緒に帰りましょう。平和になったらシルン男爵領にも行って……テオドール様に、見せたいものがいっぱいあるんです」
シルン男爵領か。確かに、長閑で綺麗なところだしな。仕事に追われず。何も考えずに休暇というのは楽しそうだ。
「そうだな。こんなことは早く済ませて。それで帰ろう」
「みんなと一緒が、いい」
「ああ。俺もだ」
抱き締めてくるアシュレイに答える、俺の胸の中でマルレーンがこくこくと頷く。久しぶりにマルレーンの声を聞いた。小さな彼女達の身体を抱き締め返す。
「テオドールを初めて見た時は……上手く手勢に引き込めば、なんて思ったものだけれどね。思っていた形とは違ったけれど、こうして肩を並べてヴェルドガルのために、というのは……ある意味では望んだとおりになったということなのかしらね」
ローズマリーは、視線が合うとそんなことを言って小さく笑う。
そんな彼女を抱き寄せて、それから言う。
「俺は……自分や自分の周りにいる人が守れれば、それで良いって考えているからな。多分、根っこのところではマリーほど大きな範囲では考えてない。マリーは確かに色々やってたけど、ヴェルドガルのためだって信じてたからだろ?」
「……かもね。けれど、テオドールが王族のような立場に生まれていたなら、同じように色々なものを守ろうとしたのではないかしらとも思うのだけれど」
ローズマリーはそんなふうに答える。抱きしめ合っているので表情は窺えないけれど、声の中にはどこか嬉しそうというか、楽しそうな雰囲気があった。
抱き合って……それからゆっくりと離れる。離れ際、ローズマリーは俺から表情が見えないように羽扇で口元を覆ってしまったが……少し赤くなっていたように見える。そんなローズマリーを見てクラウディアが小さく笑い、そうして俺を抱き締めてきた。
「私は……地上に暮らす人が平和で、健やかであって欲しいと、迷宮と1つになることで他の事は全て他の誰かに委ねた。だから大きな力を持っていても権力や野心に囚われることなく、周囲が穏やかで平和であればいいって、そんなテオドールを見ていると、月の船で降りてきた頃の気持ちを思い出すわ」
「そんな、立派なもんじゃないと思うけどな」
権力だとか野心だとか。そういうのは面倒だと思っているだけだ。それこそ、クラウディアが自分に重ねるほどのものではない。
「テオドールが自分のことをどう思っていたとしてもよ。力を持つとね、道を誤る者というのは、あなたが考える以上に多いのよ。あの、魔人達のようにね。だから私は、あなたを信じるわ」
クラウディアは穏やかに笑いながら俺から離れる。ヘルヴォルテは俺とクラウディアを見て、静かに頷いた。
「わたしも!」
と、セラフィナが無邪気に微笑んで飛びついてくる。胸の所に抱きついているセラフィナの髪を軽く撫でる。
「テオドールと一緒にいると、安心するの。みんなも、安心させてあげてね」
「そっか。そうだな」
顔を上げて微笑むセラフィナに頷くと、彼女は嬉しそうな表情で離れる。
「ん。色々あったけど、信頼してる。これからもよろしく」
「頑張りましょう。みんなが待っているものね」
セラフィナがそうしたので、シーラとイルムヒルトとも抱き合う。
シーラの調子はいつも通りだ。イルムヒルトも、いつものように優しい微笑を浮かべていた。
「ああ。気合を入れていこう」
そうしてウロボロスを手に取り、カドケウスの頭を撫でる。バロールを肩に乗せ、マクスウェルを手に取って、魔力を補充してやる。
「うむ。我も気合が入ってきた」
と、マクスウェルが核を明滅させた。
「テオ君、気をつけてね」
「アルこそ」
「僕はまあ、非戦闘員だからね。戦うことはないし、いよいよ危険になったら早めにセオレムへ避難、とは思ってるけど」
「本当にそうしろよな。ギリギリまで残って変な仕掛けをしたりとかしないように」
「あっはっは。何だか行動を読まれてる感じだな。分かったよ。約束する」
アルフレッドとも軽口でやり取りする。それから艦橋にいる面々やモニター越しに色々な人達が声をかけてくれた。
「戦場の事は私達に任せて頂戴」
「そうね。こう見えて作戦を考えるのも得意なのよ」
「戦地は慣れています。ご心配なく」
ステファニア姫達。確かに。こういう大規模戦闘の駆け引きも実際2人は得意そうだし、エルハーム姫も言葉通り戦場を色々見てきたからな。
「ここまでお膳立てと周到な準備をして貰って負けたとあってはテオドール卿に合わす顔がありません」
「全くです」
「頑張るのじゃぞ。リサの思い出話なら他にも色々あるしの」
エリオットに、サイモンとアウリア。それから皆の声。ああ。そうだな。パーティーメンバーを信じて戦いを預けるように。皆の力を信じて、この戦場も預ける。
さあ。気合も充分に入ったところで行くとしよう。俺達の戦いの場所は――月光神殿だ。クラウディアに視線を向けて頷くと彼女も頷き返してきた。
「では、迷宮へ飛ぶわ」
俺達の身体が光に包まれる。そうして目を開けば――そこはあの、マールと初めて出会った広場、月光神殿前へ通じる扉の前だった。
あの時は閉ざされていた扉が――今は大きく開け放たれている。精霊王達の封印は、既に解けている。マールが言うには……精霊王達の加護を受けている俺達なら、七賢者が配置した月光神殿のガーディアンも、俺達を敵とは見做さないだろう、という話だ。
そうして――月光神殿の内部へと、俺達は踏み込んだ。




