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655 絆の鎖

 砦から街道のある方向を見やれば、海の向こうに肉眼でそれが見える位置まで近付いてくる。魔人を乗せた黒い城とそれを支える月の船。

 そして城の周囲に見える、無数の魔物の影、影、影――。


 浮遊城ベリオンドーラ。その姿は確かに、見る者を恐怖に陥れるには十分過ぎるものなのだろう。

 魔人と魔物を乗せた移動要塞。それに対して抱く恐怖は、そのまま奴らの糧となる。

 討魔騎士団にしても各国の騎士団にしても、それを初めて目にしたならば恐慌と混乱に陥っても仕方が無かったのだろうが……みんな既に、何度もそれを目にしている。

 マルレーンのランタンで幻影を投射して、何を相手に戦うかの心構えを決めていたのだ。その上で……砦の内部に流れる呪歌曲が、勇気を増幅してくれる。


 砦の内部で持ち場を守る兵士達。その上空に控える飛竜と幻獣に跨る騎士達。そして背後に控えるように浮かぶシリウス号。


 こうしてベリオンドーラを前にしても恐怖ではなく勇気と戦意が胸の内を満たしている。みんなの、この感情は連中にも伝わっているだろうか?


 やがて海を越えて海岸線に達したベリオンドーラと、平原を挟んで対峙する。砦から浮遊城まではまだ十分な距離があるのだが、その巨大さのせいで距離感が狂ってくるな。

 浮遊城は陸地に差し掛かろうかというところでその動きを止めた。迂闊に距離を詰めてはこないのは、用心のためか。慎重だな。


 砦の門を突破するための巨大な魔物が地上に地響きを立てて降り立つ。隊列を組んだアーマーリザードの群れと、大槌を持ったグランドトロール。空を列を成して飛行するシャドウレイヴン達。こいつらは前に見た連中だ。


 更に新たな兵種としてグレイオーガ等々、前に調査した時にはいなかった魔物達。それらを束ねる魔人達の姿――。


 まず俺のすべきこととしては、前に見なかった魔物達の性質、長所や短所に対応策等々、分かる限りを周知することだろう。兵種が増えたとて、こちらのすべきことは変わらないのだから、今ある手札で対抗しなければならない。


 その時、ベリオンドーラの尖塔に2人の男が現れた。

 見間違うはずもない、ヴァルロスの姿。そしてそれに付き従うザラディだ。


 ……今すぐ戦列に加わるという雰囲気ではないな。戦いの前の将兵への口上か、それとも宣戦布告か。或いは――。

 ザラディがマジックサークルを展開する。これは……光魔法と風魔法の術式、か?


 ザラディの魔法の効果はすぐに分かった。ヴァルロスの姿が空中に大映しにされたのだ。

 ヴァルロスは全身から膨大な量の瘴気を立ち昇らせ、その右手からガスバーナーのように噴出する瘴気剣を形成すると、柄頭に両手を重ね、地面に突き立てるように立つ。そして口を開いた。ヴァルロスの声が平原に響き渡る。


「――最初に告げておく。手向かいせずに我らが軍門に降るなら、それを受け入れる用意がある。降伏するなら命は助けよう。理想に殉じて無駄に命を散らすか、それとも変革を受け入れて生を繋ぐか。よく考えて決めることだ」


 ……なるほどな。ここで降伏勧告をしてくるというわけだ。

 ベリオンドーラの威容や大軍と相まってその効果は大きなものだろうが――。その呼びかけに応じるような者は、砦にはいない。皆、魔人と承知で戦うために覚悟してこの場に集まった者達なのだから。


 ヴァルロスとて、砦の者達が向けている戦意は伝わっているだろう。

 だから言葉1つで降伏させたり、離反者を引き出せるとも思っていまい。それに……魔人と他種族の確執は、そう簡単なものでもない。それだけの血塗られた歴史を重ねてきた。

 だからこそ、ヴァルロスは自分達の立場をこうして宣言し、明確にする必要があるのだろう。同時にこの降伏勧告は、こちらが劣勢になった時に最大限の効果を発揮する。


「ふむ。我等も何か返すべきでしょうか」


 サイモンが言う。その言葉にみんなが俺を見てきたので、頷いて立ち上がった。


「分かりました。では――」


 士気を保つ意味でも、ヴァルロスに俺の所在を知らせる意味でも、俺の姿は見せておこう。

 砦の最上階から姿を現し――ザラディがやったのと同様、光魔法で姿を大映しにして、風魔法で平原いっぱいに声を届ける。


「魔人を強者、他種族を弱者という枠組みで見ているから、戦う前にそんな言葉が出て来るんだろうが――そう思っているなら、かかってこい。俺達が叩き潰して、お前らの間違いを証明してやる」


 俺の身体から余剰魔力が青白い火花を散らし、それに呼応するように砦とシリウス号の将兵達が得物を高々と掲げて雄叫びをあげる。

 メルヴィン王と話した時の言葉通り――個体としての強さと種族としての強さは別だ。

 生まれついての捕食者故に、手を取り合うことができないから魔人は衰退した。だから――魔人の考える強さとは違う強さというものを見せてやろう。


 ヴァルロスは俺の返答に、いっそ愉快げに牙を見せて笑うと、瘴気剣の切っ先を、砦とシリウス号に向けた。


「よかろう。事ここに至っては言葉は無粋。貴様らを刈り取ることで、我等の力を証明するとしよう。進めッ!」


 その言葉と共に、魔物達が動き出す。先頭に立つはアーマーリザードの軍勢。

 少し遅れてグランドトロールやグレイオーガ等の大型の魔物が続く。機動力が高いはずの飛行型の魔物や魔人達も突出せず、足の遅いグランドトロールに合わせての進軍だ。

 ヴァルロスもザラディも、前に出てこない。ミュストラも姿を見せない。俺が砦から出撃していないからだ。


 先行するアーマーリザードの後方より、全軍が足並みを揃え、一糸乱れぬ隊列を組んで軍勢を前へ前へと押し進めてくる。

 リザード部隊だけが突出しているが……危険をザラディが感知しているなら、仕掛けられているかも知れない罠を警戒しているのだろう。だから先行するリザードは敢えてその上を素通りさせる。魔人達はまだ後方。まだ――その手札を見せるには早い。砦を攻めさせ、そこで迎撃する。


 前に出てきたアーマーリザード目掛けて、こちらの飛竜や幻獣達が空から氷の弾幕を見舞った。アーマーリザードは、その強固な鱗と、優れた膂力が武器だ。顔の前で腕を交差するようにして、氷の弾丸を難無く弾き散らす。


「ぶち破れ!」


 魔人がそんな命令を下した。槍衾を作り、空からの直接攻撃に備えながらもあっという間に砦の壁に取り付き、闘気を込めた武器を門や壁に叩き付け、門を破り、傷をつけてとっかかりのない壁に足場を作ろうとする――が。


 紋様魔術で補強されたそれらに、半端な攻撃は通用しない。あっさりと闘気を込めた攻撃を弾いていた。

 全く攻撃が通用しないと察知すると、アーマーリザードは組体操でもするように一ヶ所に集まり、自分達を足場にして仲間に外壁をよじ登らせようとした。


「それは――甘いのではないかね?」


 そんな言葉と共に。外壁の一部にマジックサークルが閃き、巨大な火炎熱風が生まれてアーマーリザードの密集していたところを薙ぎ払っていった。

 外壁に取り付いたアーマーリザードが黒焦げになりながら猛烈な勢いで吹き飛ばされていく。火、風複合の上級魔法。七家の長老の1人、エミールの術だ。

 地上部隊の外壁の強行突破はさせない。強引な手段に出た場合や、戦況が劣勢な場合は大魔法を撃ち込んで押し返す。


「雷撃!」


 サフィールに跨るエリオットの合図の声と共に、砦の飛行部隊が入れ替わり、攻撃の種類も変わる。氷の弾丸から雷撃へ。アーマーリザードの槍衾に対しては間合いを詰めず、鱗の強固さが意味を成さない攻撃の種類で対応する。


「ちっ!」


 後続の魔人達が舌打ちをする。こちらの飛行部隊に好きにさせていては、地上部隊も砦に張り付くことは不可能だと理解したらしい。

 魔人とシャドウレイヴン達が速度を増して進軍してくるが――。結界によって魔人は砦の上空まで踏み込んで来ることができない。


「何っ!?」


 砦の外壁より、更に外。大きく張り巡らした一番外側の簡易結界に阻まれ――火花を散らして後ろに弾かれて、手足に火傷を負って動きを止められる。


「行くぞ!」


 その瞬間、エリオットの号令一下、飛行部隊が動いた。魔人達から分断されたシャドウレイヴン達へ、編隊を組んで躍り掛かる。

 タームウィルズの上空での戦いの焼き直しだ。機動力を活かそうと動いたシャドウレイヴンは悉くそれを逆手に取られ、シールドキックによる反射機動や突撃用シールドの防御に阻まれ、あっという間に撃墜されていく。


 大鎌でサフィールに打ち掛かったシャドウレイヴンは、エリオットの手から放たれた氷の蔦に絡め取られていた。一瞬の交差。サフィールの鉤爪に引き裂かれてシャドウレイヴンが落ちていく。


「今の動きは……!?」

「おのれっ! 後続は隊列を組んだまま、数で押せ! 奴らに好き勝手させるな!」


 部隊を指揮する魔人の号令と共に、魔物が地上と空中から同時に押し寄せてくる。

 それは正しい。数を活かし、乱戦に持ち込んで航空部隊を手一杯にした上で、地上から攻めるというわけだ。


 加減して進軍していた魔物達が、砦に向かって殺到した。迎え撃つべく、討魔騎士団と各国の精鋭達が隊列を組み直し、砦の上空で迎え撃つという構えを見せる。


「このような子供騙しの結界で、いつまでも我等の動きを阻めると思うなッ!」


 魔人達は魔人達で、魔物に攻めさせながら簡易結界をぶち破るつもりらしい。瘴気を纏い、無理矢理に結界を破ろうと試みる。

 その試みは程無くして成功した。結界に手を突っ込み、引き裂くように左右に広げれば、一番外側の簡易結界が砕け散る。


 そうして突っ込もうとして――更なる簡易結界によって弾き飛ばされた。


「何だと……ッ!?」


 平野を魔人達にとってのみの隘路にして、厄介な兵種は遮断してしまえば良い。幾重にも張られた簡易結界で、魔人達の接近を阻み続ける。


 ここまではいい。俺の立てた作戦にはいくつか問題がある。後方に控えるベリオンドーラの存在だ。

 魔人達は結界を越えられない。ベリオンドーラごとの突撃で結界線に触れれば、城内にいたとしても魔人は結界に激突してしまうだろう。建物と結界で圧殺されるような事態は、連中とて避けたいはずだ。


 だが、魔人さえ乗っていなければ?

 魔人総員が一時的に離脱してしまえば、無理矢理ベリオンドーラを砦にぶつけて破壊するような行動も可能だろう。そこまでの強硬手段を取らずとも、接舷させた上で魔物をなだれ込ませたりも可能なはずだ。


 更に、形勢不利と見てベリオンドーラが距離を取って、仕切り直しをするような事態もこちらとしては避けたい。同様の手を、王城セオレムに直接使うことだって可能なのだから。


 それを避けるために、対魔人用の罠を多数配置して危険を意識させた。迂闊に間合いを詰めさせないよう、ザラディの能力を逆利用したのだ。高い感知能力を持つ者への対処の1つは、情報を氾濫させることで攪乱してしまうことだから。


 小競り合いの今の状況から、相手が何らかの行動に出るその前に。

 先手を打つ。ベリオンドーラをここで釘付けにし、足止めし、どこにも逃さない。そのための手札は――俺の手の内にある。


 戦闘が始まってから程無くして、俺の姿は砦の地下道にあった。コルリスとクラウディアを連れて、地下道を海側へと進む。頭上で行われている戦闘は、カドケウス達が伝えてきてくれている。

 砦の最上階で戦況を見守っている俺の姿は、エミールの大魔法に注目を集めさせた時点でアンブラムに入れ替わっているのだ。

 

 ザラディは危険を感じているのだろうが、その正体は分からない。この一手は、どのような形であれ無理矢理にでも遂行するつもりだから、連中の方針が盟主解放に向いている限りは危険性を解消することができない。

 だから、ヴァルロスもまだ出てこない。ここまでは良い。


「ここ辺りからだな。コルリス。頼む」


 俺の言葉に、コルリスは鼻をひくつかせて頷くと、壁から横に向かって掘り進んでいく。

 コルリスに手伝ってもらい、地下道から更に横へと進んで座標を合わせる。その間にマジックサークルを展開。環境魔力を掻き集めながらその時に備える。清浄な気で満たされた平野の魔力が、俺に向かって流れ込んでくるのが分かる。


 そして――辿り着いたのは偵察をした時と同じ。ベリオンドーラの直下だ。

 これが感知されたなら、ヴァルロスからの反撃としてベリオンドーラを地面に落として穴倉ごと踏みつぶすということも可能なのだろうが……そのためにクラウディアが同行しているし、海岸線から平野一帯にハルバロニスの隠蔽術を施している。七家の長老から贈られた、魔人に感情を読ませないための指輪も身に着けている。感知するなり読み切るなり……。できるものならやってみるがいい。


 深呼吸をして、懐からそれを取り出す。エルドレーネ女王から預けられた人魚達の至宝。永い永い年月をかけて、人魚達の祈りを集めた結晶。


 これを用いてベリオンドーラの動きを封じる。それが可能かどうかは俺にも未知数だったが……どう対処するか色々思案をしている時に感じたのだ。ウォルドムを倒した後に出会った、慈母の気配を。


 彼女の魂か、思念か。或いは歴代の女王達や水守り達の意思か。

 彼女達はベリオンドーラやヴァルロスの存在を知った上で大丈夫だと、俺にそう伝えているように感じられた。時間を限るならベリオンドーラを縫い付けることが可能だと。


 ウォルドムの時のように延々と長い時間を封じることは無理でも、儀式が済むまではこの場所に縫い付け、どこにも行けないように、ベリオンドーラの動きを封じることができると。それで――十分だ。

 至宝を預け、俺に語り掛けてきてくれた、彼女達の意思を信じよう。

 クラウディアが俺を見て頷いた。俺もまた彼女に頷く。そして――。


「行くぞッ!」


 集めた環境魔力を取り込み、エルドレーネ女王から預かった祈りの結晶を頭上に掲げる。

 白光が地下道を照らす。光の帯が四方八方に広がって地中へと伸びていき――地上へと飛び出した。


「何事だっ!?」

「これは――!?」


 魔人達が目を見開く。海岸を。平原を。眩い輝きが照らす。

 鎖。それは巨大な光の鎖だ。俺の意思と結晶に宿った彼女達の意思とが混ざり合い、膨大な年月と共に溜め込まれた力を解放する。

 異常を感知して離脱しようとしたベリオンドーラを、容赦なく絡め取る。十重二十重に鎖で縛め、月の船と黒い城を諸共に大地へと縛り付ける。


 さあ、ここからだ。浮遊城は既に動けない。その特性を活かした戦術は取れない。

 魔人達と戦うのはシリウス号と討魔騎士団達。空飛ぶ魔物と戦うのは各国の精鋭騎士達。瘴珠を奪うべく地上から攻め込んでくる魔物を制圧するのは、砦を守る者達の役割だ。

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