654 黒城接近
砦側の戦いは問題無く撃退。そしてタームウィルズ側の状況も悪くない。
街から住民を避難させているということは、偵察部隊の内、魔物だけを街中まで呼び込んだ上で対応できるということだ。
迎撃を行わず、シャドウレイヴンを外壁内側へ引き込んだ上で、魔術師隊が報告役である魔人達の目を欺くために外壁に沿って闇魔法の壁や水魔法による濃霧を作り出し、その内側で騎士団が迎撃、数の力で圧倒する。それがミルドレッドの立てた作戦だった。
シャドウレイヴンの運用で想定しているのは、自分より小回りが利かない飛竜を、空を飛べない騎士達が駆っているという……まあ、これまでのヴェルドガル王国の戦力を前提としたものだ。
いずれも、現在のヴェルドガル王国の戦力とは異なる。飛竜達は訓練により、レビテーションとシールドキックで挙動を自由に変化させることができるし、突撃用シールドによって近接での防御力も向上している。そして騎士達も単独での空中戦をこなせるようになっている。
「進めーッ!」
「おおぉッ!」
飛竜騎士達が雄叫びを挙げて編隊飛行をしていく。街の上空から王城へと接近してくるシャドウレイヴン達に向かって、一斉に氷の弾丸を放ち、隊列を崩したところへ突っ込んでいった。
弾幕を免れたシャドウレイヴンが大鎌を構えて応戦する。真っ向から突っ込む、その狙いは飛竜の翼か、或いは騎士を引っ掛けて落下させるか――。
だが、それは叶わない。すれ違いざまに翼に向かって切り込んだはずが、傾斜を持った突撃用シールドによって斬撃を逸らされ、大きな隙を晒してしまう。
「今だ!」
騎士の合図を受けてレビテーションが発動、飛竜が呼吸を合わせるように宙返りをする。大鎌を振り切った体勢のまま、シャドウレイヴンの背中側から逆さに落ちてくるような騎士の挙動。槍の穂先が闘気を纏い、一撃でシャドウレイヴンの背中から胸板までを貫いていく。
シャドウレイヴンの弱点。それは空中での小回りを重視する故に、防具を強固にすることができないという点だ。ハーピー達とてそうだ。機動力を武器にする故、重装甲は望むべくもない。その点が運搬力の高い飛竜達とは違うところだ。
そのおかげで、飛竜用の装具や騎士達の装備に魔道具を組み込みやすい。
だから、弓矢も役に立たない。突撃用シールドは攻防一体だ。お構いなしに飛竜が最高速で突っ込んできてシャドウレイヴンを跳ね飛ばす。
それを避けるには必要以上に大きく回避せねばならず、そこを騎士達の闘気による一撃や、氷の弾丸などで狩られていく。
そして……闇と濃霧の壁が晴れた時に、離れた場所から見ていた魔人達が目にしたのは、編隊を組んで悠々と無人の街の上空を旋回する、飛竜騎士達の姿だった。
「何も、分からぬとは……」
「仕方がない。ありのままを報告するしかなかろう」
呻くように歯噛みする魔人をもう1人の魔人が宥め――そして連中はベリオンドーラに向かって撤退して行った。
敵への情報は一切与えない。しかし誰の目にも明らかなことが1つある。
結界の内側で魔物に対する迎撃を行うために住人の避難を行っていたり、偵察の魔人に情報を与えないために目隠しで情報を遮断したり。
こういった諸々の手回しの良さというのは、ベリオンドーラの襲来に備えて、ヴェルドガル王国がきっちり対策を練っているという事実を知らしめるという結果になる。
「やりましたな」
「緒戦の結果はどちらも上々ですね」
「こちらの被害はごく軽微です。民家の上に落下したシャドウレイヴンのせいで、少々住宅の屋根に破損が出た程度、でしょうか」
サイモン、エリオット、ミルドレッドがモニター越しに言葉を交わす。
それぞれの発令所を通信で繋いでいるお陰で、情報伝達速度という面で大きなアドバンテージを得ている。これを強みとしていきたいところではある。
「では、双方での戦闘の結果を将兵に知らしめ、士気の向上に繋げたいと思います」
「良い手ですな」
サイモンが言うと、マクスウェルが同意する、というように核を明滅させた。会議中なので発言は控えているようだが。
「出撃した騎士と飛竜達は、次の動きがあるまで静かに休ませておくというのがいいでしょう。魔道具の使用で消耗した魔力の回復が早まります」
「分かりました」
俺の言葉に、サイモンとミルドレッドが頷いた。
マジックポーションや魔力回復の呪歌、呪曲もあるが、それらの出番はまだだ。緒戦でそれほど消耗していないし、魔人達が次の行動を起こすまで少々の時間がある。その時間も有効活用しつつ、節約できるところは節約していく。
「さて。次の手は――どうなるかしらね」
「まだ二面同時攻略を続けようとしたり、砦側を無視したりするのであれば、それはこちらとしても願ったり叶ったりなんですがね」
ステファニア姫の言葉に答える。
その対応は、連中がこちらの戦力を軽く見ているという証明のようなものだからだ。
上手く事を運べば、タームウィルズ側と砦側で挟撃して戦力を殺いでいくことが可能になる。
「けれど、ザラディがいることを考えれば、難しいでしょうね」
ローズマリーが腕組みをしながら言う。
「そうだな。そう上手くはいかない」
半端な戦力では各個撃破されると踏んで、ベリオンドーラをまずは砦側へと動かしてくるだろう。利用法があるにせよ、連中にとって瘴珠は必要なもの。であれば、先に砦を攻略するしかない。
危険だと知らせた上で呼び込むことのできる餌というのが……つまり瘴珠なのだ。
「ヴァルロスが直接前に出てくる可能性はどうでしょうか?」
アシュレイが尋ねてくる。
「高位魔人による力押しは……状況的に難しいんじゃないかな。砦の近辺にも結界や罠があるから魔人は力を発揮しにくいし、戦力も俺とシリウス号以外は未知数だ。だから、それが把握できるまでは切り札は消耗させたくないって、俺なら考える。俺が砦にいることが分かっているのに、戦場に出ていかなければ尚更かな」
「なるほど……」
アシュレイは静かに頷く。
あくまで俺なら、だ。大規模な集団戦ではペース配分も考えなければならないからな。
「後は……ヴァルロスが本気になると周囲をどうしても巻き込む。性格や掲げている理想上、奴は乱戦時に本気を出すような行動は避けるかなとは思うよ」
つまり、今度の戦いは、俺が直接的な戦闘に参加しないことでヴァルロスに対する抑止になる。出てきたら出てきたで、俺が相手をすることになるだろうが、周囲を巻き込まず、互いが互いを抑えておくための戦いとなるだろう。だから、俺が出ていかないことでヴァルロス自身の出番も作らせない。
「対魔人用の武装や罠もありますからね。それを見せておけば、こちらの手札を把握するまでは迂闊な行動は避けるのではないでしょうか?」
グレイスが真剣な面持ちで言った。
「そうだね。武装や罠が使用され、消耗され、性質を把握した上で対策法を考え付くか、破壊されるまでは……時間が稼げるかな?」
ヴァルロスの出撃をザラディが止めるはずだ。
「彼らは、盟主の封印解放も控えているものね。七賢者が月光神殿に戦力を置いている可能性も考えれば、切り札の力を極力消耗したくないという方向に考えるのは分かるわ」
クラウディアが言う。
諸々考えていくと、高位魔人は現時点ではまだ行動を起こさない可能性が高い。
ザラディは連中のレーダーであり生命線だから、前に出てくるどころか常にヴァルロスと行動を共にするのだろうし、ミュストラも……俺達が見たあのやり取りから考えると、捨て駒役を申し出るというような性格ではなさそうだ。
いずれにせよ、結界で守られた砦を攻略するにはベリオンドーラの保有している魔物達の力が必要となる。
そこでこちらが押されて消耗し切ってしまった場合は……高位魔人連中も前に出てきて、止めになるような大規模攻撃を仕掛けてくるのだろうが……。
「……ベリオンドーラが再び動き出したようじゃな」
と、そこでアウリアが言うと、会議の席に緊張が走った。
五感リンクでバロールから送られてくる情報を見てみれば……ベリオンドーラが洋上から東へ――つまり俺達のいる砦側へと動いているのが見える。
偵察隊からの報告を受け、まず砦を攻めることに決めたらしい。
黒い城の外壁に、大槌で武装したグランドトロールやらグレイオーガやら、大型の魔物の姿。完全に地上の拠点を制圧することを視野に入れた戦力だ。本来はタームウィルズ攻めに使う予定だったのだろうが……こちらに投入しようというわけだ。
ベリオンドーラそのものも距離を詰めてくるようだな。どうやら……こっちの誘いに乗ってきたか。いよいよ、と言ったところだな。




