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653 偵察部隊との緒戦

 さて、迎撃に動く前に、まずは敵が威力偵察を行おうとしていることを報告をする。


「いよいよ、か。では、タームウィルズ側では魔物の撃退に動くとしよう」


 モニター越しに報告を聞いたメルヴィン王は静かに目を閉じる。


「はい。部隊を率いている魔人はそれを見て報告する役割だとは思いますが……」

「うむ。油断は禁物であろうな。しかし……余はこれより、精霊王達と儀式に入らねばならぬ。これよりは余の代わりにジョサイアやミルドレッド達に指揮を任せることになろう」

「分かりました」


 儀式はすぐに済むというものではない。封印が解ける前から再封印の準備を進めなければならないらしいのだが、どうしても封印が解かれたまま月光神殿が無防備になるタイミング、というのが出てくるのだ。


「タームウィルズに侵攻してくる部隊についてはお任せ下さい」

 

 ミルドレッドがモニターの向こうで静かに言う。その声は自然体で気負ったところが無い。平常心のままで戦いに臨んでいる、というのは頼もしいことだ。


「ではな。そなた達の武運を祈っている。くれぐれも気を付けるのだぞ」

「はい。お二人もお気を付けて」


 そう言ってタームウィルズとのやり取りを終える。

 いずれにせよ、魔人は基本的には結界を越えられないし、何より偵察の結果を報告をしなければならない。つまりタームウィルズ側では魔物だけを街中まで呼び込み、そこで撃退すればそれで十分、ということだ。


 欲を言うなら可能な限り手札は晒さずに済ませたいところだが……ある程度のところを見せたとしても、それはそれで一筋縄ではいかないと思わせることはできるから、極力損害を出さないように対処するのがこの局面では最も重要なことだろう。


 だが――。砦側に来る偵察部隊についてはまた話が違う。本腰を入れて主戦力を差し向けて来なければ瘴珠に触れることもできない、と思わせなければならない。そうすることでベリオンドーラを、砦側に引き込む。警戒からか、ベリオンドーラは現在、その動きを洋上で止めているのだ。


「作戦は?」


 通信を終えたところで、シーラが尋ねてくる。


「――向こうが手札を伏せるなら、こっちも手札は明かさない。だけど、容赦もしない」


 そう答えると、シーラは目を瞬かせた。




「偵察部隊――。見えてきましたな」


 サイモンが言った。

 ベリオンドーラの浮かぶ西の海上から――黒い斑点のような物が段々と迫ってくる。

 やって来るそれは、シャドウレイヴンと呼ばれる鳥人型の魔物で構成された部隊である。


 ハーピーの男衆とも少し似ているが……彼らは獣化の術を使わなければ翼が無かったのに対し、シャドウレイヴンは人に近い四肢に加えて背中の翼を併せ持っている。そして、顔はカラスのそれだ。


 連中は飛行しながら武器を扱うことができる。鉤爪を持ち、力も強く、飛行の小回りも利くということで……ハーピー達同様、集団になると厄介な連中である。

 連中がベリオンドーラの設備を用いて、シャドウレイヴンを作り出すことを選んだのは――恐らくヴェルドガルの保有する飛竜を駆る騎士への対抗を意識したが故だろう。飛竜よりも更に小回りの利く飛行型魔物の部隊によって、数の力を以って圧殺する、という狙いだ。


 更にこれを率いる魔人達。これを――新しい手札を1つも明かさずに迎撃する。


 迫ってくる偵察部隊。空に浮かぶ黒い斑点のようだったそれは、段々と大きくなり、もう砦からでもはっきりと魔物のシルエットであると判別できるようになっている。

 それを迎撃するべく、砦から飛竜に跨った騎士達が出撃。編隊を組んで砦の上空に留まりながら、連中が近付いてくるのを待つ。


 槍や大鎌、弓矢を携えた黒い烏の魔物達。そしてその後方に2人の魔人。


「あれは……砦……か? 小さな古い砦があるとは聞いていたが……」

「これではまるで……要塞という規模だな」

「我等を迎え撃つためか。或いは瘴珠を保管するためかは知らぬが……小賢しいことを」


 片方の……銀髪、褐色という特徴を持った魔人が吐き捨てるように言った。


「では、少々カラス達に突かせて様子を見るか」

「何を弱気なことを。ヴァルロス殿が出る幕もないようであれば、そのまま蹂躙するまでだ」


 銀髪の魔人はそう答える。その表情が喜悦に歪み、全身から瘴気が立ち昇っていく。どうやら……片方は食欲優先、片方は任務優先といったところか。


「クク、ヴァルロス殿は些か堅苦しくてな。久々の狩りと、食事の愉悦を味わわせて貰うとしようではないか」

「待て。それでは命令の範疇を越える。まずは――」


 片方の魔人が言うが、銀髪の魔人は不満げな表情を浮かべ、その言葉を遮った。


「俺はな。もう、醜悪な山賊や盗賊の類の感情は食い飽きているのだ。ここに来るまでに見かけた漁民共も食わぬように我慢してやっただろう。だが……向かってくる相手についてはどう扱えとも言われていない。ならばどう縊り殺してその苦悶を喰らおうが、俺の自由ということだ。そうだろうが?」

「そういうことではない。偵察任務を忘れるなと言っている」

「なら、報告はお前が好きなようにすればいい。俺は行くぞ」


 我慢、ね。連中の会話に……思考が冷えていくのが分かる。

 銀髪の魔人は好戦的な笑いを浮かべたまま速度を上げて、先行するシャドウレイヴン達と一緒になって、砦の上空にいる飛竜に跨った騎士達に突っ込もうとするような構えを見せた。

 先行する集団と、後方に1人残る魔人。独断専行による部隊の分断。迂闊だ。


「――グレイス」

「はい」


 俺の合図に応えたグレイスが、思い切りシリウス号のフレームを殴りつける。衝撃から変換された魔力の波が魔石へと供給され、アルファが楽しそうな咆哮を上げた。

 姿を消したまま待っていたシリウス号が、推進器から火を噴きながら――横合いから思い切りシャドウレイヴンのど真ん中に突っ込んでいく。


「何ッ!?」


 目の前の砦に注意を奪われていたか、シャドウレイヴンの何匹かがシリウス号によってまともに跳ね飛ばされた。

 シリウス号はその姿を現しながら猛烈な勢いでかっ飛んでいく。


「おのれッ!」


 銀髪の魔人が激昂して光の尾を引いていくシリウス号を睨みつける。そしてその光景を――俺は下から眺めている。光魔法で姿を消し、地面に寝転がったままで。シリウス号艦橋の様子は、カドケウスが俺に伝えてくれている。

 マジックサークルを展開。――雷魔法第7階級ライトニングブラスト。


「撃ち抜け」


 地面から上空に向かって、展開したマジックサークルの直径とほぼ同程度の、巨大な雷撃の柱が打ち上がった。シリウス号による不意打ちを免れたシャドウレイヴンが密集していた空間を薙ぎ払う。


 間髪を容れずにネメアとカペラが俺の背中から地面を蹴って上空へと飛び出す。焼け焦げたシャドウレイヴン達が地面に向かって煙を上げながら落ちてくる中を、銀髪の魔人目掛けて最短距離を突っ込んでいく。


 同時に飛竜に跨った騎士達も雄叫びを上げながら突撃してくる。

 残ったシャドウレイヴンを掃討するためだ。数で勝るなら想定している飛竜達に対しては優位に立てる兵種ではあるのだろうが、二度の奇襲攻撃で数を減らし、隊列を乱しているような状態で受け切れるものか。


「ぐっ!」


 だが銀髪の魔人は――寸前で俺の攻撃を受け止めていた。

 手首に纏わりついた瘴気が鉤爪となっていた。騎士達に攻撃を仕掛けようとしていたから、瘴気の得物を作り出していたというわけだ。鉤爪から瘴気が立ち昇っているのは、実体化が甘いのか、それとも、そういう技なのか。

 

「不意打ちとはなっ!」

「ここは戦場なんだろ?」


 俺の返答に好戦的な笑いを浮かべる魔人の、もう片方の腕から繰り出される反撃を一旦横に飛んで回避する。

 魔人は追ってこない。俺の飛んだ方向へと、大体の見当をつけて鉤爪を振るってきた。爪から立ち昇る瘴気が大きく引き伸ばされ、鞭のように迫ってくる。


 振られる勢いと奴の意思により間合いそのものが変化する、鞭のような鉤爪だ。間合いも軌道も変幻自在なのだろうが――。

 それを周囲に作り出した水の塊で受け止めていた。いや。その説明は正確ではない。作り出した水が奴の鉤爪を凍り付かせて、動きを封じたのだ。

 アシュレイが使っていた、過冷却された低温の水を一瞬で氷に変える方法と同じものである。変化するのなら空間ごと制圧してしまえば良い。どうせ俺を狙ってくるのだから向かってくる方向さえ分かれば止めるには十分だ。


 そして俺の作り出した水はどんどんその量を増している。

 あっという間に周囲の空間を満たし、俺の身体を覆う巨大な水球となる程に。下がろうとする魔人に向かって踏み込み、奴を水球の中へと飲み込む。


「こんなもので――溺れるとでも思っているのかッ!」


 魔人はお構いなしだ。こちらの作り出した水を逆用しようと雷撃を放つが――こちらも雷魔法を操って感電を逃れる。

 雷撃を放ちつつも拘束を力技で切り返そうとしているのか、鉤爪を封じ込めた氷に亀裂が走った。もう片方の鉤爪も振り被り、そのまま俺に攻撃を繰り出そうとしたが――。


「爆ぜろ」


 遅い。水の中で爆裂が生じていた。

 マジックサークルすら必要としない小規模な魔法でありながら、応用を加えた火魔法の術式は、指向性を伴う凶悪な水中衝撃波となって奴に直撃する。

 一瞬遅れて、過冷却された水の中に氷の大牙が生まれる。水球内部の一部のみを制御し、氷に変化。挟み込むように白目を剥いた魔人に食らいつかせる。


 それで終わりだ。防御も回避もままならず、両腕の鉤爪が形を失い、氷が砕けるのと共に水球から下に向かって滑り落ちていく。地面に激突するより前に、塵になって魔人は消え失せた。

 こちらに向かって瘴気弾を放とうとしていたもう1人の魔人は――自分が援護射撃をすることも間に合わなかったという事実と状況に、目を丸くした。

 水球と光の魔法でこちらの実像を歪めていたからな。射線が通った時にはもう手遅れだ。

 そうして、舌打ちをすると踵を返して引き返していった。


 残った奴の方が腕が立ちそうだったが……まあ、こちらの戦力の一端を伝えて貰わなければならないからな。

 この場は追撃せず、ベリオンドーラを呼び込むための布石としよう。

 姿を消せる船。飛竜の騎士。そして俺、と。連中が把握しているこちらの手札は依然変わらずだ。被害もなく、奇襲で反撃らしい反撃を許さずに叩き潰す。緒戦としてはまあまあの結果と言えるだろう。

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