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651 決戦の前に

「こんにちは、テオドール」


 明くる日。工房から砦へと物資を運ぶために馬車に積み込んでいると、ロゼッタに声を掛けられた。ロゼッタだけでなくフォレストバードとオフィーリア、それからジルボルト侯爵家令嬢のロミーナ、迷宮商会の店主ミリアムも一緒である。


「ああ、こんにちは皆さん」

「そろそろ決戦が近いからかしらね。最近はタームウィルズと砦を行ったり来たりしているようだから、事態が大きく動く前にあなた達の顔を見ておきたいと思ってね。知り合いにも声をかけて、様子を見に来てみたのだけれど、お邪魔だったかしら」

「いえ。問題ありませんよ。僕としてもそういうのは歓迎です」

「ありがとう」


 俺の答えにロゼッタは柔らかく笑う。


「こんにちは、先生」

「ええ。アシュレイ」


 アシュレイが嬉しそうにロゼッタに挨拶をし、それから他の面々にも声をかける。


「フォレストバードの皆さんも、こんにちは」


 グレイスと共にフォレストバードの皆に挨拶をする。


「いやあ、まさかテオ君と一緒にタームウィルズに来た時には、こんな大事になるとは思ってもいませんでしたよぉ」


 ルシアンが、いつも通りの少し間延びした口調で苦笑する。


「そうだな。ま、こうなったらとことん付き合うけどな」

「そうそう。ここで魔人に負けるようなことがあったら、どこに逃げたって無駄だしな」

「ならテオ君と一緒に戦った方が安心よね」


 ロビンとフィッツ、モニカもそんなふうに言って笑った。タームウィルズを一時的に避難する者、しない者。色々いるが、フォレストバード達は冒険者ギルドと共にタームウィルズの町に魔物が侵入してきた時に迎撃に動く、ということらしい。


 ベリオンドーラの保有戦力としては魔物が多数いる。砦とタームウィルズ、二面攻撃ということも有り得るからな。


「まあ、物量で押されそうなら無理はしないように。王城に籠城する予定と備えもあるんだし、退路は確保してから動くと良いよ」


 そして仮に、魔人達が瘴珠を無視してタームウィルズ側に戦力を集中させてくるようなら、俺達もそれに合わせて動くことになる。その場合は俺達もタームウィルズ近辺で戦闘をすることになるのだろうが、別動隊規模であるならば、それはそちら側の戦力で対処してもらう必要が出てくる。


「ああ。俺達も死ぬのは御免だしな」

「敵が侵攻してきても街中で自由に動けるように、下水道も利用する予定だしな。そのおかげで、下水道の順路とかも詳しくなってるんだぜ」


 ロビンが頷き、フィッツが言う。まあ、フォレストバードは目端も利くし、そのあたりは上手くやってくれるだろう。ここで言う下水道というのは……迷宮の一部ではなく、しっかりと管理が及んでいて、構造変化などを起こさない部分の話ではある。

 それでも街の地下に広がっているので、ちょっとした迷路のような構造だ。内部構造を把握しているなら、敵に挟撃や不意打ちを仕掛けたり、王城近辺まで逃げるための避難経路としても使えるだろう。このへんの指示はオズワルドの手腕だろうか。盗賊ギルドの協力もあるなら、さぞかし敵を引っ掻き回してくれるだろうと思うが。


「そう言えば……ロゼッタさんは決戦の際はどうなさるんですか? ペレスフォード学舎の教員や生徒で、魔法を使える面々は魔術師隊の協力者として後方支援に当たると聞きましたが」

「私は治癒魔法も使えるし、冒険者でもあるからね。完全な後方支援では能力を活かし切れないから冒険者として行動するわ。王城には治癒魔法を使える者が他にも何人かいるから、冒険者側に付いたほうが戦力的に釣り合いが取れると思ってね」


 なるほど。バランスを考えて冒険者として行動する、ということか。頼もしい事は間違いないが。


「私も、冒険者登録していますし、多少は使えるつもりですので、ロゼッタさんと一緒に行動させていただこうかと」


 と、ミリアム。ああ。元々行商人として冒険者とあちこち旅をしていたという話だしな。腕前も場数も結構なもののようだし。


「無理はなさらないように」

「ふふ、ありがとうございます。皆さんと一緒に上手くやりますので」


 ミリアムは腰に吊るした金属鞭に手をやって笑う。


「わたくしは剣も魔法も使えないので避難する側になってしまいますが……テオドール様の武勇伝を不安がっている方々に聞かせて差し上げることぐらいはできますわ」

「そうですね。私も、父を助けて下さった時の話はできると思います」

「後は……炊き出しの手伝いであるとか、怪我人の看病とか。そういった事でしたらわたくし達でも力になれると思いますわ」


 オフィーリアとロミーナも真剣な面持ちで言った。


「ということだから。貴方達はこっちのことは心配せず、思い切り暴れてもらって構わないわよ」

「はい。信頼してます。エルマー達にもロミーナ様の事は伝えておきます」

「よろしくお願いします」


 ロゼッタの言葉に少し笑って答えて、ジルボルト侯爵家から討魔騎士団に出向している家臣達のことについても触れると、ロミーナは嬉しそうに頷いた。


「それじゃ、折角来たんだし荷物の積み込みぐらい手伝って行こうかな」

「ああ。それは助かるな」


 腕まくりをするロビンに礼を言って、みんなで中断していた作業に戻る。

 そうして作業をしていると、セシリアやミハエラ、そして迷宮村の住人も、俺の家から工房にやってきた。


「旦那様、アルケニーの糸で編んだ衣服が新しく出来上がったそうですので、こちらをお持ちください」

「ありがとう。大事に使わせてもらう」


 セシリアから衣服を受け取り、アルケニーのクレア達、迷宮村の住人に礼を言うと笑顔で頷いてくる。これもアルフレッド達のところに持っていけば、薄手で強固な防護服として改造できるからな。

 砦や騎士団の主だった者に渡して、防御力の底上げに使わせてもらうとしよう。


「ラスノーテは……王城にみんなと避難するのは、少し不安かも知れないけど」


 そう言うと彼女は首を横に振った。


「お父さんと、お母さんは私が王城にいるなら、そっちの方が安心だって。みんなも、優しいから好き」

「うん。もし水の精霊殿に敵が攻めてくるようなことがあるなら、精霊達もいるし、俺達も合わせて動くから」


 俺の言葉にラスノーテが首を縦に振って、にっこりと微笑む。

 ペルナスとインヴェルの水竜夫婦は、状況を見ながら動くと言っていたが。いずれにせよラスノーテは非戦闘員だ。王城内等に避難していて貰えると、こちらとしても気兼ねなく動ける。

 植物園の妖精達も、基本的には花畑のあるような場所が望ましいのだが、フローリアがいる場所ならどこでも大丈夫と言う話らしいので、ベリオンドーラが動いて来ればフローリアと共に避難する、という段取りになっている。


「ラスノーテ様や、西区の孤児院の子供達は、わたくしが責任を持ってお守りしますわ」

「もし必要ならば、ヘルフリート殿下を頼ると良いわ。マリーが便宜を図るように言っていたと伝えれば、力になってくれるでしょうから」


 と、しれっとした顔でローズマリーが言う。

 んー。まあ、そうだな。ヘルフリート王子はあれで正義感が強いし、行動力もあるから。何か問題が起こったら、損得抜きにして力になってくれそうな人物ではある。

 そしてヘルフリート王子だけでなく、メルヴィン王達も味方だ。フォブレスター侯爵家そのものもメルヴィン王との繋がりがあるし、避難している後方についての心配はいらないだろう。


 親しくしている人達の有事の際の動き、所在も把握できているので俺としても安心できる。ロゼッタの言った通り、後は思い切りやらせてもらおう。




 そうして砦側に新たな物資を運び込み、アルフレッド達と色々工房での仕事をしていると、通信機に連絡が入った。

 砦内にある冒険者ギルドのオフィスで仕事をしていたアウリアからだ。用件は――言うまでも無くベリオンドーラに動きがあった、というものである。


「ベリオンドーラが動いたみたいだ」


 そういうと、皆の表情に緊張が走った。


「いよいよ……というわけね」


 クラウディアが目を閉じ、マクスウェルが核を発光させる。グレイスと視線が合うと、彼女は静かに頷いた。


「エリオット兄様に知らせてきます」


 アシュレイがそう言って発令所に走っていく。


「ん。気合を入れていく」


 と、シーラが魔道具の点検をしながら言った。表情や言葉の調子はいつも通りだ。尻尾や耳にも感情が出ていないのは、ここにきて気負いすぎず、平常心を保っているということだろう。

 そしてアウリア本人も工房設備に駆けつけてきた。通信機でまず知らせた上でこっちにやってきたらしい。


「今しがた、精霊達が情報を知らせてきてな。浮遊城が海の上を、南東に向かって進んできているそうじゃ」

「はい。これから通信機であちこちに連絡を回してしまいます」


 とうとう動いた、という感じだな。

 メルヴィン王や精霊王はまだ儀式に入ってはいないが……あちらの移動時間等を合わせて考えると……儀式が始まる前ぐらいのタイミングでこっちに到着する、といった具合だろうか?


 封印が解かれてから……儀式によって再度月光神殿が閉ざされるその前に、連中は盟主の解放を目指して動くのだろう。

 そこで瘴珠が何らかの役割を果たすのだろうが……。些か連中の動きが早めに感じられるのは、やはり瘴珠を利用する必要があるからなのだろう。

 ヴァルロス達が攻める時期を選べないのと同様、こちらも再封印の時期を選ぶことができない。だとすれば、連中としては瘴珠を想定した利用法通りに使うために、こちらに攻め込んでくるタイミングを前倒しするしかない。


 だからまずは、砦側に向かってくる公算は高い。それならそのまま迎撃。砦を無視してタームウィルズに向かうようなら途中で足止めし、砦とタームウィルズ側、双方からの挟撃を行うという形になるが……。さて。後は連中がどう出るか次第だな。

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