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650 戦う理由

 アウリアのところに精霊が戻って来た時、何時でもその声を聞けるようにと、テフラとフローリアも一緒に待機することになった。

 テフラにしろフローリアにしろ、精霊は通常の睡眠ではなく、半覚醒状態での待機というのが可能だそうで、何時間どころか何日でも報告を受けるために平気で待っていられるそうだ。


 そもそも彼女達は火山や巨木の精霊なので、人間とは違う時間感覚を持っている、ということなのだろう。

 そんなわけで……常時彼女達が待機していて情報が入り次第、通信機で連絡を受けられるので、監視と連絡に関して言うなら不安は無い。


 そのお陰で俺達の行動にも融通が利く。訓練と開発の他に、石碑による転移によってタームウィルズと砦の間で人員や物資を運んだりといった作業も安心して行うことができる、というわけだ。

 後は日課として砦やシリウス号の機能を維持するための魔石に魔力を補給したりといった作業も行いつつ、ベリオンドーラが動くまでを待つばかりという状況である。


 砦の魔石への魔力補給や封印塔の点検を終えて、寝泊まりしているシリウス号の船室へ戻ってくると、みんなも集まってお茶を飲んでいるところだった。


「ああ、お帰りなさい」

「うん。ただいま」


 床に固定されている形のソファに腰かけ、一息入れるとグレイスがお茶を淹れてくれた。


「ありがとう」

「いいえ。普段の私にできることはこれぐらいの事ですから」


 礼を言うとグレイスは微笑んでそう答えると、俺に尋ねてくる。

 普段のグレイスか。封印をしている時にそうして日常の仕事をしているのが楽しいのだと、以前言っていたっけな。解放状態では家事もままならないし。


「どうですか? テオはお疲れではありませんか?」

「んー。日中は忙しいけど、無理はしないようにしてるからね。そう言うグレイスは? みんなも大丈夫? 疲れたりしてない?」

「ふふ、私は大丈夫ですよ」

「同じく大丈夫です。テオドール様が循環錬気もして下さっていますから、体調は良いですよ」


 グレイスがくすりと笑い、アシュレイが自分の胸のあたりに手をやってにこりと微笑む。マルレーンも大丈夫、というようにこくこくと頷いた。


「そうね。循環錬気のこともあるし、テオドールは決戦が近いから、余裕を残せるように予定を調整してくれているでしょう?」


 と、ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら言う。

 そう、だな。日中は訓練に開発と色々慌ただしいが……日が落ちてからは多少のんびりもできるようにしている。工房組の仕事も何時から何時までと決めて、その時間の中で動いていたり。

 ティアーズやセントールナイト等の解析や改造、魔道具への転用等々も順調に進んでいるし、事ここに至っては準備に力を入れるより、余力や余裕を残しておくことこそが重要だと考えているからだ。


「でも、テオドールは空中戦の訓練や、工房の仕事も手伝っているし。私達の中では今一番働いているのではないかしら。テオドールこそ、無理をしないでね」

「ん。気を付けるよ」


 クラウディアの言葉に頷く。自分では無理をしているつもりはないが、ついついということもあるからな。コンディションを良好な状態に保っておくのは心がけておかなければならない。

 そうして温かいお茶を飲んで寛いでいると、ソファの後ろにやって来たマルレーンが肩を揉んでくれた。


「ああ、ありがとう」


 マルレーンはこくんと頷き、そのままにこにことしながら肩を揉んでくれる。凝っているというわけではないが、他者からのマッサージというのは心地が良いものだ。マルレーンの肩揉みに身を任せて身体から力を抜く。


「どうせなら……寝台で横になってもらってから続けるというのはどうかしら。普段は私達が循環錬気でお世話になっているもの。みんなでお返しをするというのも悪くないわ」


 と、それを見たクラウディアが言うと、皆がそれは良いアイデアだと言わんばかりに頷いた。


「じゃあ……お願いしようかな」


 若干気恥ずかしいところもあるが、みんなも楽しそうだし、その空気に水を差すのも何なので。大人しく寝台に移動してうつ伏せになる。


「それじゃあ、みんなで手分けしてかしらね」

「では、失礼しまして」


 そんな声が聞こえて、背中やら腕やらふくらはぎ、足の裏やらにみんなの手が伸びてくる。そして程良い加減で身体のあちこちをほぐすように揉み込まれる。

 ああ……。これは良い。ほんのりと温かい、みんなの手の温度と柔らかさに、このまま眠りに落ちていってしまいそうな心地良さだ。


「強すぎたりしないかしら?」

「んー。大丈夫。みんな良い力加減だと思う」

「それは良かったわ」


 だが折角なので、こちらからも循環錬気でみんなの魔力の流れを整えたりしていくというのが良いだろう。循環錬気に時間をかけると次の日の調子も良くなるし。


「ああ……。これは良いですね。こうしてテオに何かしてあげながら、テオからも循環錬気をしてもらうというのは」

「ふふ。何となく新鮮ですね。身体が温かくなってきます」


 皆同時に循環錬気をしながらマッサージも続けるということで。心地良さも更に増す。脱力しきったまま枕に顔を埋め……ああ。部屋の隅に座っているラヴィーネが欠伸をする。このまま長時間マッサージを続けていると、本当に寝落ちしてしまいそうだな。


「静か……ですね。こうしていると決戦が近付いているなんて、嘘みたいです」

「ん……。そうだね」


 本当に……これから後数日もしたら、大きな戦いが控えているなんて思えない程に穏やかな時間だ。

 その戦いのためにこうしてゆっくりできる時間を作っているのだから……つまりこれは嵐の前の静けさ、という奴ではあるのだろう。

 だけれど……だからこそ、こういう時間を大切にしたいと思う。自分が今、何のためにここにいて、何を守りたいのかを再確認できるからだ。それはきっと、戦いの場でも力になる。


 微睡んでいく意識の中で、今までの日々が浮かんでは消えていく。母さんやグレイスと過ごしたあの日々。死睡の王。景久の記憶が蘇って来た時の事。家を出た日の記憶と タームウィルズの日々。皆との出会い。あちこちへの旅。そして――ヴァルロスの顔。


 負けない、と自分に言い聞かせる。勝って、みんなで家に帰るのだ。


「――ん。何だか楽しそう」


 と、そこに部屋の扉をノックしてシーラとイルムヒルト達もやって来た。手にカードを持っているあたり、こちらの部屋に遊びに来たらしい。

 みんなにマッサージされている俺を見てシーラの耳と尻尾が反応している。


「私も混ざって良い?」

「どうぞ」


 グレイス達が頷くと、セラフィナも嬉しそうに飛んできて、俺の背中に乗っかり、体重をかけるように両手でツボを押すことでマッサージに参加してくる。


「あー……。少しうとうとしてた。あんまり早く眠って、生活時間がずれるのはちょっと困るかな」


 シーラ達が入ってきたことで微睡んでいた意識も少し戻ってきた。


「それなら、もう少ししたら、交代して順番にっていうのはどうかしら」

「それは良いですね。循環錬気も続けられますし」


 程々に切り上げてみんなにもマッサージを、というのは良いアイデアかも知れない。だが、俺も皆に混ざって彼女達にマッサージをしながら循環錬気というのは……色々あれだな……。想像するだけで穏やかな時間からは正反対というか、頭がくらくらしそうな状況なのだが……。


「じゃあ、少しづつ場所を交代しながらということで」

「それなら、私は順番が来るまで呪曲で効果を高めておくわ」


 イルムヒルトはソファに座るとリュートを手に呪曲を奏でる。治癒力を高める呪曲ということで、いよいよマッサージには最高の環境といった具合であるが……。うん……。なるべく平常心を保てるように努力しよう。


 そうして、その日の夜は、俺以外のみんなにとっては実に穏やかに過ぎて行ったのであった。

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