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63 制圧

 シーラは尻尾で意味有りげにカドケウスを叩く。取り急ぎ、安全と危険の合図だけ決めた。叩けば安全、撫でれば緊急事態。ニュアンスから言って、俺が突入する前に色々情報を引き出しておこうという事だろう。


 シーラは抵抗せず、ジャスパーの仲間達の手で大人しく椅子に縛り付けられる。連中が離れたところでロープをカドケウスに切断させる。見た目だけはロープが繋がっているように、切断した部分をカドケウスに押さえさせれば、偽装完了というところだ。


「手柄を盗むつもり?」


 シーラが尋ねると、ジャスパーは意味ありげに笑った。圧倒的な優位に立っているという自覚があるからなのか、縛られているシーラに向かって得意げに語って聞かせる。


「ま、あの騎士様が美味しいとこ持ってくのは仕方がねえけどよ。俺も大金が貰えるし、この仕事が終わったら取り立ててもらえる事になってんだ。世間知らずのガキ1人、カタに嵌めりゃいいんだからボロいもんだ」


 ……つまり、フェルナンドに手柄を立てさせるという方針は変わらないらしいな。


「なあ、ジャスパーさん。捕まえた女共はどうするんだ?」

「そいつは隷属魔法の手配がしてもらえるまで待ってろ。万が一にも逃がしちまったら全部お終いだぞ? ま、お前らにもたっぷり美味しい思いはさせてやるさ」

「そりゃいいな。楽しみだぜ!」


 と、男達は笑う。


「……下衆どもめ」


 チェスターが吐き捨てるが、ジャスパーはそれを鼻で笑った。隷属魔法の手配、ねぇ。


「メルセディアとチェスターは、どうして捕まった?」


 シーラは男達の下卑た会話に眉を顰めたものの、それを無視するように隣にいる騎士達に尋ねる。


「報告する上役にグレッグの息がかかっていたようで、な」

「僕は……王城に顔を出したら、気を失っているメルセディアが運びだされている場面に鉢合わせしてしまってね。問い詰めていたら、そこにやってきたグレッグ卿に、後ろから殴られた」


 メルセディアは一服盛られたといったところか。恐らく、最初からそのつもりでグレッグが抱き込んでいたのだろう。或いは――メルセディアが行方不明になったからフェルナンドが助けに行く、とでもいうような筋書か。メルセディアの班は迷宮で全滅するも、扉を見つける、というような方向で考えているのだろうが。

 チェスターは……意図せずそういう場面に鉢合わせてしまった以上、説得できないと踏んで、完全に切り捨てたわけだ。


 ……背景については概ね分かった。

 斟酌してやる事情はない。一線を越えた以上、かける情けもない。カドケウスからシーラへ突入すると合図を送ると、彼女は頷いた。


 さて。始めようか。


 レビテーションを制御して急降下。風魔法で周囲の音を消しながら、落下の勢いに任せて見張り役に立っていた男をウロボロスで叩き伏せる。

 重い衝撃だけが手応えとして返ってきて、見張りは音も無く地面に崩れ落ちた。

 ライフディテクションを発動し、索敵をしながら木造の民家の中に歩みを進める。

 1階部分に人はいない。床板を見ると地下室に生命反応がいくつも見えた。カドケウス側の視界と照らし合わせて、相手の位置を完全に把握してから、まず足元にマジックサークルを展開する。


「エレクトロランス」


 床板をぶち抜いて、階下にいる連中の内、1人の身体を雷撃が焼き焦がす。

 間髪をいれずに次の魔法を発動。ロックプレスで作り出した岩に乗り、天井をぶち壊しながら直下にいた男を床に沈め、岩ごと地下室へと降下した。


「な――」


 風魔法で埃を巻き上げ、視界の晴れた室内を睥睨する。連中、言葉もない、といった具合か。


「こ、のガキ……!」


 男達は呆気に取られて固まっていたが、その内の1人が腰の剣に手を掛けた。――が、次の瞬間には氷の塊が顔面にめり込んでいる。


「ひ、人質がいるのが見え――!?」

「黙れ」


 口を開いたところに石の弾丸を撃ち込んだ。歯が根こそぎへし折れ、顎骨の砕ける音がする。口元から大量の血液を零しながら、悲鳴にならない悲鳴を上げて床をのたうち回った。


 状況を理解していないようだが――位置も距離も角度も全て把握している。必要な分だけのマジックサークルを展開し、発動待機の状態にして踏み込んだのだから、動こうとした次の瞬間には魔法で撃ち抜ける。


「ひ、ひいっ!?」


 背中を向けて戸口に向かって逃げ出そうとする。

 そうだ。そうやって、数人叩き潰せば入口に近い奴が逃げ出すと思っていた。男の背中目掛けて魔法を発動する。


「トランプルソーン」


 第5階級木魔法トランプルソーン。魔法陣から伸びた茨の蔦が男の身体を縛り上げ、ぎちぎちと締め上げていく。全身を茨で絡め取られて激痛に絶叫を上げる男が、見る見るうちに茨の球体に閉じ込められた。それで地下室の入口も塞がれてしまう。


 残りは――ジャスパーも含めて4人。


「お、俺はジャスパーの奴に唆されただけなんだ!」


 そう言ったのは、先程捕虜の処遇をジャスパーに聞いて、楽しそうに笑っていた男だ。

 次の瞬間には発動待機の状態で展開していたマジックサークルから雷撃が迸って撃ち抜かれる。食らった男は全身から白煙を上げて崩れ落ちた。残り3人。


「な、なあ――あんた」


 媚びるような猫撫で声。即座に氷の槍が奔り、肩を貫いて壁に磔にする。後2人。

 苦悶の声がそこかしこから聞こえてくる中、それで今度こそ、凍り付いたように連中は押し黙る。


「悪いが」


 今後のために、方向性を明確にしておこう。


「人質を取る輩の扱いなんてこんなもんだ」


 そう宣言し、残った男に岩の塊を放って胸板にぶち当てる。壁まで吹っ飛ばされて、残りはジャスパー1人になった。

 ぎりぎりで生きていられる……かも知れない程度の威力に抑えた魔法だ。精々今日の出来事と俺のスタンスを吹聴してくれ。

 この場で話せる口は、最も突っ込んだ事情を話せるであろうジャスパー1人で十分だ。こういうやり方で行けばさぞ口も軽くなるだろう。


「さて」


 シーラの近くで固まっている、ジャスパーを見やると、びくりと身体を震わせる。


「よく考えてから口を開け。フェルナンドは? 宵闇の森か?」

「……あ、ああ。そこの兵士を痛めつけて情報を吐かせたんだ。最初はそれでも渋ってたが、メルセディアを痛めつけるって言ったら喋ってくれた」


 ……メルセディアの探索班の兵士、か。

 メルセディアが無傷で済んだのはジャスパー達の思惑と、兵士が彼女を庇おうとしたから、だろう。メルセディアは辛そうに目を閉じているが。


「フェルナンドは――俺の新しい仲間を連れて、迷宮に行った。まだ知り合って日の浅い連中だったから、こっちの仕事は任せられねえ奴らだしな」


 なるほど。そういえば、前に見たジャスパーの新しい冒険者グループは……ここにいる者達で全員ではないようだ。

 その連中がどこまで知っているかは現時点で判断はつかないが……ジャスパーは付き合いの長い連中を集めて、美味しい思いができるからと、手伝わせているわけだ。


 しかしまあ……無軌道な連中だ。

 グレッグの立場なら、こんな事情を知っている実行犯は、後から確実に口封じする事を考えるのではないだろうか。

 多分、隷属魔法の手配が云々と言っていたのがそれだろう。隷属魔法だって解除できるのだから証人をいつまでも生かしておくはずがない。


 餌を目の前に吊るしておいて、実行犯も人質も残らず殺して証拠隠滅。後は遺品などを迷宮に持ち込み、死んだのは迷宮の奥で、死体も残らなかった、とでもして一件落着、といったところか。

 返り咲くと同時に、目障りな俺も片付けられるから一石二鳥というわけだ。


「お前にこの指示を出したのはグレッグか? この事はフェルナンドも知っているな?」

「……ああ」


 尋ねるとジャスパーは苦虫を噛み潰したような表情で、首を縦に振った。


「畜生! 何が……世間知らずのガキだ……! 化物じゃねえかよ!」


 氷の槍で磔にされていた男が、激痛に泣き喚きながらジャスパーを罵る。

 俺の視線がそちらに動いた瞬間、それを目ざとく捉えたジャスパーがシーラに向かって手を伸ばした。だが――徒労だ。


「ぐっ、っぎゃあああああ!?」


 一瞬きょとんとした表情を浮かべた後で、ジャスパーが絶叫する。

 針山に勢いよく手を突っ込んだような物だ。伸ばした手を、無数の針の形に変形したカドケウスが迎え撃ったのである。

 手を中空に縫い留め、そのまま一本の槍のようになると膝を貫通して、シーラの防御に戻る。

 途端、人質達を縛り付けていたロープが一斉に解けた。カドケウスが手足を伸ばして密かに切断し、縛られている状態を偽装していた結果だ。


 大体最初から。何をやっても詰みだったわけだ。

 後は……連中を城に突き出し、宵闇の森から帰ってくるであろうフェルナンドを捕縛すれば解決、といったところか。

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