648 精霊の舞
封印塔の上部から最下部まで降りていき、そこに瘴珠を安置する。
ベリスティオが眠りに落ちて以後、シリウス号で輸送している間も瘴気の量は落ち着いているような印象を受けた。
それでもリカード老の話によれば、放出される瘴気の量は以前より増えている、という話だが……となると、今は小康状態とでも言うべきか。
封印塔に準備していた結界と封印術、浄化のための術式を発動し、同様の手順で更に2つを次の封印塔へと安置していく。
最後の1つを安置し、必要な術式を発動させ、しっかりと効果が出ていることを確認してから軽く息を吐く。とりあえず瘴珠の移送に関してはこれで終了だ。まずは一段落である。
「おお、テオドール。移送作業は終わったのかの?」
封印塔の一番上から外に出たところで、下のほうから声を掛けられた。そちらに目をやれば砦の中庭に魔法陣を描き、祭壇を作った段階で待機していたらしいアウリア達がいた。
「そうですね。多少予想外の出来事はありましたが」
頷きながらアウリアのいる方へと降り立ち、ベリスティオの意識が一時的に覚醒したことを伝える。
「――むう。何とも剣呑な話じゃな」
話を聞いたアウリアは渋面を浮かべる。
「現在王城では、メルヴィン陛下とリカード老、それに魔法審問官のデレクが情報漏洩の可能性についての調査を進めております」
ステファニア姫が現状の説明をしてくれる。その言葉に頷いて、俺も口を開く。
「色々な材料から判断するに、ベリスティオが情報を収集したりそれを漏らしていた可能性は低いように思えますが、念には念を入れて、というわけですね」
「盟主についてはよく分からぬが……我も魔人には一度してやられているからな。慎重に対応するのが良いのだろう」
と、テフラが腕組みをしながら言った。アルヴェリンデに呪法を掛けられた時の話だな。
「瘴気の放出も、若干落ち着きを見せています。3ヶ所に分けて封印を施したことで意識がああして目覚める可能性も減らせるとは思います」
「精霊への影響はどうなのでしょうか?」
フォルセトが尋ねると、フローリアとテフラが周囲を見回す。
「シリウス号で運んで来た時には少し驚いていた子もいたようだけど……今は大丈夫みたい」
「うむ。今は皆落ち着いている」
と、2人揃って問題無しとの答えを返してくる。
片眼鏡で見てみても、周囲の精霊達も問題無さそうな様子である。俺が片眼鏡を通してなら見えることに気づいたか、風の精霊は笑ってこちらに向かって手を振ると、どこか楽しそうに空へと舞い上がっていった。
どちらかというと、高位精霊が2人もこの場にいることで、活性化しているような印象を受ける。
「ふむ……。どうやら問題無さそうじゃな」
アウリアも空中に手を差し伸べて、使役している精霊に呼びかけたり声を聞いたりしていたようだが、やがて静かに頷いた。
「儀式で何かお手伝いできることはありますか?」
「テフラ殿やフローリア殿と共に、魔法円の中に入って精霊達に呼びかけてくれると助かるのじゃが。そなた達は魔力も強いし精霊達に好かれやすい顔触れが多いでのう」
グレイスが尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「でしたら、ペネロープ様達にも協力して頂きますか」
「おお、そうじゃな。それは確かに」
俺の発案にアウリアが頷くと、マルレーンもにっこりと微笑む。
「ということなら、七家の長老方にもお声をお掛けするというのが良いでしょうね」
アドリアーナ姫がそう言って、砦の中へと向かう。
というわけで、砦にいる月神殿の巫女達や長老達にも声をかけ、皆で儀式に参加することになった。
「儂が儀式を進めるので、呼びかけに集まってくれた精霊達に用件を頼む、という流れになる。まあ、頼むというよりは祈るような形かも知れんの」
「分かりました」
「では、始めるとしよう」
アウリアが祭壇の前に跪き、精霊達に呼びかけを始める。
魔法陣が光を放ち、祭壇の横に立っていたテフラとフローリアも中空に手を差し伸べるようにして、何事か囁くように呼びかけていた。
その場にいるみんなが静かに目を閉じて、精霊達に呼びかける。段々と――沢山の精霊達が周囲に集まってくるのが分かる。
……精霊達に頼みたいことを祈る、か。
大きく息をついて心を落ち着かせ、目を閉じる。
浮遊城、そしてあの場所にいた者達の姿。連中を探していること。そして何のためにそうして欲しいのか。その理由まで含めて脳裏に思い描いていく。
守りたいものがあるとか、そんなふうに言ってしまえば陳腐な話ではあるけれど。
俺の近くにいてくれる皆。タームウィルズに住んでいる人々や旅先で出会った者達。そしてガートナー伯爵領の人々。色々な顔と、彼らと過ごした時の光景が浮かんでは消える。
母さんの時のような事が繰り返されるのは、もう嫌だから。だから――ヴァルロスは止めなければならない。そのために、力を貸して欲しい。
朗々と響くアウリアの声と共に、周囲に満ちる精霊の力が高まっていくのが分かる。薄く目を開けば、種々様々な精霊が魔法陣の周りを舞っているのが見えた。
「これは……」
皆もその光景に気付いて、目を奪われているようだ。
数えきれないほどの精霊達。片眼鏡を通さずとも白い靄や光のようなものが渦を巻いているのが目で見えるのだ。顕現していないはずの精霊達が、肉眼で捉えられる程の密度で魔法陣の周囲に集まっている。
アウリアが手に持った杖を掲げ――そして祭壇の前を軽く石突きの部分で叩く。その瞬間。集まっていた精霊達が一斉に北西の方角目指して広がるように散っていった。
それを見送り、アウリアが息をつく。
「ふう……。これまた、随分と集まったものじゃな。高位精霊も力を貸してくれたとは言え……ここまでというのは、儂も初めてじゃぞ」
「今ので、何だか調子がすごく良くなったみたい!」
と、セラフィナが嬉しそうに飛び回る。
「綺麗……でしたね」
「――うん」
精霊達が飛び去った北西の空を見ながら、呟くようにアシュレイが言った。その言葉に、静かに頷く。
精霊達の種類によって色とりどりの光を宿していたり形が違ったりして……それが俺達の周囲から一斉に飛んでいく様は、何とも美しいものだった。
「何だか――暖かい感じがします」
グレイスが胸の辺りに手をやって呟く。
精霊達が俺達に好意を向けてくれているのが伝わってきて、何とも言えない安心感のようなものが胸の内に残されている。多分……自分達に任せてくれ、という精霊達からの返事だろうと思う。
「中々、貴重な体験をさせてもらったわ」
と、羽扇を取り出しながらローズマリーが目を閉じる。
みんなもそういった安心感を胸の内に感じているのか、マクスウェルは核を明滅させて反応しているし、ヘルヴォルテは胸の辺りに手をやって、精霊達の消えた空をずっと眺めていた。
リンドブルムにコルリス達……動物組も目を瞬かせているな。
「暫くの間はこの付近一帯も清浄な力が高まるであろうからの。封印塔の効力も割増しになるのではないかのう」
「巫女達の祝福も後押ししてくれそうね」
クラウディアが言うと、ペネロープが穏やかに笑って頷く。思いもよらない副次効果である。有り難い話だな。
「さて。儀式も終わったところで……この後はどうするのかの?」
「王城での調査が終了したら連絡を頂けることになっていますので、その結果を聞いてから、内容次第でメルヴィン陛下と相談したり、でしょうか。連絡を頂くまでは何時も通り、魔道具を作ったり訓練をしたりしておこうかと」
ジークムント老にこの後の予定について答える。とりあえず、やれることはやったからな。儀式の副次効果についても通信機で報告はしておくか。
「ふむ。儂は精霊達の返答を早く聞いて伝えねばならんから、砦側に留まることになっておっての。書類やらなにやら、こちらで処理しなければならん」
と、アウリア。
「そうなんですか」
まあ、冒険者ギルド用の設備も砦の中にはしっかりあったりするからな。
「うむ。そうなんじゃ。でな。時々息抜きに魔道具作りや訓練を見に行ってもいいかの?」
「まあ、それは構いませんが」
少し苦笑して答えるとアウリアはにかっと笑うのであった。




