641 戦いの調べ
早速BFOの曲を奏でていく。同時に、呪歌曲対策の魔道具を外し、その効果を自分自身で試してみていくことにした。
興味津々といった様子でみんなが見守る中、ゴーレムの楽団が、キーボードからラッパの音色を響かせる。ラッパの後ろで低く響く音色と共に響くドラムの音が、これから何かが始まるのを予兆させる。BFOのオープニングはそんな曲のイントロだ。
次第に高鳴っていくラッパにドラムロールが重なり、弾けるようなシンバルの音と共に壮大な曲が幕を開ける。
懐かしいな。頭に浮かぶのは飛竜やグリフォンに跨った騎士達が雲海を抜けて、旗をたなびかせながら、ルーンガルドの空を駆けていく映像である。
進んでいく騎士達を称えるようなファンファーレ。流れていく美しい山々の風景、輝く海原、風が薙いでいく草原で遊ぶ妖精達の姿。そしてゴブリンと戦う冒険者達。人々の住む町。勇壮ながらも美しい音色と共に様々な情景が流れていく。
コーラスの部分を別の楽器で補いながらも、ゴーレム楽団が音色を幾つも重ねて曲を盛り上げていき、そして最高潮になったところで打楽器とラッパの音色を響かせながらオープニングテーマが終了した。
「これはまた……随分と壮大な曲というか」
「でも、綺麗な曲。迫力も凄いのに不思議だわ」
「情景としては空を駆けていく騎士や戦士達を思い描いたものです。海や山や、草原の美しさを眼下に眺めながら、守るべきもののために飛んでいく、という感じでしょうか」
「なるほど……」
情景を説明するとラモーナとマリオンは先程の曲の余韻を味わうように目を閉じる。
「騎士団が出陣する際に楽士達が奏でたら、士気が上がりそうな曲ね」
と、ローズマリーが顎に手をやって静かに頷く。
そうだな。肝心の呪曲の効果としては、共鳴の仕方から見るに勇気を湧き起こし、体力を増強、再生力が向上するというような複合効果だ。ローズマリーの言う通り、戦闘前に奏でるのに向いているだろうか。
その調子で曲の情景や、呪歌曲の具体的な効果、想定される使用方法等の説明を交えつつ、ゴーレム楽団が他の曲も奏でていく。
酒場の曲は何となく浮かれたような気分になり、月神殿で流れていた曲は魔力を活性化させた上、消費した魔力の回復も早める、といった具合だ。
しかも精霊達の動きも活性化している様子が見て取れた。鎮静効果があるので士気高揚には向かないが、後方で奏でるには月神殿の曲は非常に使い勝手がいい。
というか……あちらの曲は何種類かの楽器を重ねて音色がかなり複雑化しているからか、効果として複合的なものが多いような気がするな。
「月神殿の曲となると、クラウディア様の曲となりますね」
「いえ、私ではなく……神殿の女神像の情景だと思うのだけれど」
クラウディアは苦笑して首を横に振るが、マルレーンはにこにことしている。
さてさて。問題は、迷宮内の不穏な曲と戦闘時の曲だろうか。これらは曲調からして攻撃用の呪曲である可能性が高いので、対策無しで自分が受けるには若干の問題がある。
そこで、対策の種類を変える。遮断するのではなく、魔法のランクを落として軽減することで効果を見てみる、というわけだ。
「もしそれでも大きな影響が出たら、よろしく頼む」
と、肩に掴まったバロールに言うと、バロールは目蓋を瞬かせるようにして俺に返事をした。緊急時に影響を遮断するための術式を用意させてあるのだ。
まあ、楽器からなので、そこまで大きな効果は出ないだろうとは予想しているが……。
ゴーレム楽団が曲を奏で、重低音と共に不安感、焦燥感を煽るような忙しない弦楽器の音色が響き渡ると、恐怖や焦りに似た感情が心の底からじわじわと蝕むように湧いてきた。
……なるほどな。だが、気の持ちようと意思の力で呪曲に抵抗し、持ち堪えることは可能だろう。しかし、こちらが優勢な時、敵集団を切り崩す際に奏でれば――相手の潰走を誘うことができる、かも知れない。集団戦で有効な呪曲だ。
「怖い曲……というのは珍しいですね」
迷宮の曲を聴いたグレイスが不思議そうに目を瞬かせる。
「そうかもね。わざわざそんな曲を聞きたいって人も珍しいだろうし」
「確かに……我等の集落にはない曲ばかりです」
と、ラモーナ。
この曲の目的というのは聴く者を怖がらせるためにある。ゲームや演出的には臨場感が増すのだろうが、現実に魔物に襲われたり迷宮に潜ったりしている時にこういう類の曲を聞きたいなどと思うのは、余程の物好きだろう。
セイレーンやハーピーの攻撃用の呪曲というのは安らぐような音色で相手を眠りに誘ったり、旋律の美しさで魅了して、催眠状態にして行動をある程度操ったりという方向性なので、同じ攻撃用の呪曲でも若干使用目的が違ってくる。
一方で、イルムヒルトの弓弦の音は破邪の力を宿す。呪曲ではないが矢の攻撃と共に術式の制御を瞬間的に乱したりするので、様々な場面で使い勝手が良く、対策もされにくい。
「それじゃあ、次の曲かな」
さて。残るは戦闘の曲だ。とあるイベント戦で流れた曲で、今までの曲と比べてもまた毛色が違う。こちらの世界では色々異質ではあるのだろうが、BFOの中でも屈指の人気曲である。
そう言って……みんなが見守る中、ゴーレムがドラムスティックを打ち鳴らし、バイオリンの旋律が響き渡った。音圧と疾走感。メロディアスで攻撃的な主旋律をラッパが吹き鳴らし、打楽器が力強く盛り上げていく。
戦意が心の内側からふつふつと漲ってくる。だというのに思考は冷静になって、集中力が増してくるかのような感覚があった。ああ、これは確かに、戦闘向きの曲だな。
だが攻撃用の呪曲ではなく、味方の集中力を研ぎ澄ますような曲だ。予想とは少し違うが、間違いなく戦闘中には有用である。ベストなパフォーマンスを発揮しやすくなるというか。
相手が魔人ということを考えれば、蛮勇に駆られるでも恐怖を押し殺すでもなく、冷静に戦局を判断しながら戦えるというアドバンテージは非常に大きい。魔人と相対しても感情を読まれてそれを逆手に取られるということが無くなるからだ。
BFO中で使われたのは……とある町の防衛戦イベントである。プレイヤーの背後に広がる町に向かって侵攻してくる、死霊術師の使役するアンデッドの集団を町のNPC達と共に迎え撃ち、騎士達の援軍が到着したところで反攻に転ずる、という場面で流れた曲だった。
まあ、このあたりの背景も人気が出た理由でもある。BGM自体の出来や使われたシチュエーション、演出と相まって思い入れの強いプレイヤーが多いのだ。
そして……演奏を終えるとみんな初めて聞くジャンルの曲に一様に驚いている様子だった。
「これまた……激しい曲じゃのう」
ジークムント老が目を丸くしながら言う。
「魔力キーボードで色々な音色が使えるようになりましたからね。折角なので新しい様式の曲も欲しいなと。これは……守るべき街を背負いながら、侵攻してくる敵を仲間達と共に撃退する、というような情景の曲でしょうか」
「……格好良い」
「うん。この曲好きかも」
と、シグリッタが言うとマルセスカとシオンも頷く。シオン達はかなり気に入っているようだな。そんなわけで呪曲の効果なども交えて説明する。
「これからの決戦に備えての曲という印象ね。思い浮かぶ情景も気合が入るわね」
「良いわね。私も気に入ったわ」
ステファニア姫とアドリアーナ姫も気に入ったらしい。
総評するとBFOの曲は複合的な効果を持つものが多く、色々な状況に対応できる便利枠という印象だ。
これらの曲を楽譜の形にしつつ、同時に迷宮村、セイレーン、ハーピーの間に伝わっている曲も楽譜の形にしてしまおう。
それから……多種族間での同系統の曲を統合、マッシュアップしてみんなで思い入れのある演奏ができるような形にしていく、と。
あれもこれもと手を出してもどのぐらい形にできるかは分からないが、セイレーンとハーピーの混成部隊ならば交代で自分達の慣れている呪歌呪曲を演奏するということもできるし、後方からの援護の形になるわけだから無駄にはならないだろう。
明日にはハーピー一族が結集する予定だし、それまでにそれらの作業を進めていくとしよう。




