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629 魔法楽器

 小さな身体のどこから出ているのかと思うほどの豊かで澄んだ声と、様々な技巧。ハーピー達をして得意と言わしめるだけあって、リリーの歌声は大したものだ。

 同時に、楽しそうに歌う姿が印象的でもある。上手いのにその姿は微笑ましくもあって、みんなハーピー達の持て成しを楽しんでいる様子が窺えた。

 そうして歌い終わったリリーは少しはにかんだような笑みを浮かべ、ドミニクのところにやってくる。


「リリー、前よりずっと上手くなってる」

「ドミニクお姉ちゃんがいなくなってから、ずっと練習してきたの。教わったこと、ちゃんとできてるなら、お姉ちゃんと会えた時に喜んでくれるかなって」


 そんなリリーの言葉にドミニクが嬉しそうに微笑んで、リリーを抱き締めたりしている。

 ドミニクに色々教えてもらっていたというわけだ。ドミニクは暫くリリーを抱きしめたまま撫でたりしていたが、やがて口を開く。


「今度は、お姉ちゃんが歌うから見ててね」

「うんっ」

「それでは……僕達からも歌で持て成しの返礼を」

「それは楽しみだ」


 ヴェラが笑みを浮かべる。

 というわけで魔道具の操作は任せて貰おう。みんなで手分けして魔道具の設置等の準備を進め、その間にドミニク達も族長の家で着替えてくる。

 ドミニクはイルムヒルト達と顔を見合わせて頷き合うと、広場の前に出て行った。ハーピー達が見守る中でドミニクとイルムヒルト、ユスティアが背中合わせに立ち――魔道具が作り出した光の粒と水の泡が渦になって彼女達を取り巻いた。


 一瞬それらに隠れる彼女達の姿。人化の術を解く輝きと共に、周囲を舞っていた光と泡が外へと弾けるように散った。

 ドレス姿で人化の術を解いた3人が宙に舞う。同時に楽しげな旋律と歌声が広場に響き渡った。イルムヒルトもユスティアも、楽しそうにドミニクの歌声に合わせてハーモニーを生み出す。


 魔法で演出するとは伝えていたが、ハーピー達はその光景に一瞬目を丸くした後に笑顔になった。

 歌の盛り上がりに合わせ、広場の横合いからシリルがバグパイプを奏でながら演奏に加わる。色取り取りの泡が上下して踊るのに合わせて蹄でリズムを刻み、雰囲気を盛り上げていく。

 そうして一曲終わったところで大きな拍手と歓声が巻き起こった。掴みは上々だ。

 ハーピー達のその反応が落ち着いたところで、再び泡と光が動いていく。その動きをじっと注視するハーピー達。また渦が巻いてちょっとした光と共にドラムセットの中にシーラが姿を現す。外套で姿を消して配置について、演出に合わせて姿を現した、というわけだ。


 シーラのドラムとシリルのタップダンスと共に跳ねるような光の粒の動きがリズムを刻んで場を盛り上げていく。イルムヒルト達もそこに加わり、3人で歌声を重ねていく。

 ラミアもセイレーンも、ハーピー達に負けず劣らず歌や演奏が上手い種族だ。練習も場数も重ねている。その音色にハーピー達も聞き惚れているようだ。


「次は、私達セイレーンの間で伝えられてきた曲です」


 と、ユスティアが言うとハーピー達が喝采を送る。セイレーンの間に伝わる曲ということで、今度はユスティアがメインとなってイルムヒルト達がそれを盛り上げていく形だ。

 水の中をイメージした立ち昇るような泡の中で、ユスティアの神秘的な歌声が響く。こうした雰囲気はハーピー達とはまた違う。セイレーン独特のものだと思う。イルムヒルト達もグランティオスでセイレーン達の演奏や歌声を見ているからか、よりイメージが明確になってセイレーンの曲の雰囲気作りや盛り上げ方が上手くなっている気がする。


「それじゃ、次は私達の村に伝わる曲を聞いて下さい」


 続いてイルムヒルトだ。迷宮村に伝わる楽曲は色々な種族が集まって出来上がったものだったり、そのまま伝わっていたりと色々バリエーション豊富だ。月の都からクラウディア経由で伝わった物もあるしな。

 ハーピーの村で公演するにあたり、基本的には楽しげな曲、賑やかな曲をチョイスしているので、こちらもそれに合わせた演出を行う。魔道具で虹を作り出し、その上を滑るようにイルムヒルトがリュートを奏でながら移動していく。交差するようにドミニクとユスティアが飛んで行き、光と泡がそれに付いていくといった具合だ。

 そういった演出はハーピー達にも好評のようで、かなりの盛り上がりを見せている。

 迷宮村関連の楽曲が終われば次はドミニクをメインに据えた楽曲となる。こちらは劇場で聴かせている曲だな。それからみんなで盛り上げる曲と、次々続いていき、拍手と喝采を受けて何度かのアンコールを経て、ドミニク達の演奏は終わったのであった。




 返礼の演奏が終わってもハーピー達は興奮冷めやらぬといった様子だ。そのまま各地で見つけてきた楽器類を実際に触って奏でてみるという流れになったのだから、ハーピー達の性質的に盛り上がらないわけがないが。

 楽器の使い方、音色等を熱心にみんなに聞いたり、その音色を楽しんでいたりという具合だ。


「境界劇場というのは、いつもああした演出をしているのかな?」


 と、俺は俺でヴェラに質問をされている。


「そうですね。楽曲に合わせて演出の仕方も変わってきますが。それから、ドミニク達が演奏するのは満月の日だけになりますね。冒険者達も満月の日は迷宮に向かえないので、治癒を補助する仕事が無くなるというのもありますので」

「なるほど。……うん。ドミニクも実に楽しそうだった。どうしているのかと心配していたが、あの娘に居場所を作ってくれたことに、改めて感謝を述べたい」


 そう言ってヴェラはラモーナと共に静かに一礼してくる。


「いえ。どう思われるかと心配していましたが」

「いや、ハーピーであればあれは嬉しいだろう。ラミアやセイレーン達との競演というのも実に楽しそうだ。私も族長という立場でなければと思うのだがな」


 ヴェラはそう言って笑った。冗談めかしているが割合本音も混ざっている気がするな。

 ああ、そうだ。ヴェラには話しておくべきことがある。


「こうして楽器もいくつか持ってきたのですが……僕としては友好の印としてお贈りしたいと考えているものがありまして」

「ほう」


 持ち込んだ楽器の大部分は私物だったりするのだが、その中に1つ、最初から贈り物を前提として持ってきたものがある。

 マクスウェルの声を作るにあたって工房で色々実験もしたのだが、その技術の流れで副産物が出来ていたりするのだ。

 

「これです」

「これも見たことのない楽器ですね」

「うむ。また他の楽器とは毛色が違うな」


 ラモーナが興味深そうに言うとヴェラが頷いた。俺は見慣れているフォルムだが、こっちの世界には無い楽器だな。

 2人に見せたそれは、白黒の鍵盤を備えた楽器だ。ピアノに似ているが内部構造は大分違う。木魔法で作り上げられた鍵盤と、セラフィナの性質を持たせた魔石が組み込まれた、立派な魔道具の楽器だ。

 内部にミスリル銀線が通されていて、鍵盤を叩けば魔力が流れ、対応する音程の音色を魔石が奏でる、という具合である。

 いくつかの楽器の音色を再現し、自由に切り替えることが可能という、言うなれば魔力キーボードだ。まあ、シンセサイザー程の多機能性はないが、魔力を補充してやることで動く。


「元々弦楽器として鍵盤を押すと内部で弦を叩き、音色を奏でる、という楽器を作れないかと思っていたのですが……その構想を魔道具として使ったわけです。副産物として簡単に作れる状況があったので」


 マクスウェルの声を作るのに、音程や音色を自在に変える術式とデータが必要だったのだ。そこで試作した魔石に少し手を加えて、ティアーズの一件でミスリル銀線が大量に手に入ったので、組み合わせてこうしたものも作ってみた、というわけである。

 順序としては逆になってしまうが、ピアノもいずれ作ってみたくはあるな。ピアノは奏でられる音域が広いので、作曲等に非常に便利という話だし。


 実際に鍵盤を叩いて簡単なメロディーを奏でてみると、ヴェラやラモーナが笑みを浮かべた。


「これは面白い。音階がはっきり分かれているし、奏でられる音域も広そうではあるな」

「この、上部の丸い部分を押すと――音色そのものが変化します」


 ピアノの音から笛の音色に。笛の音色からリュートの音色、竪琴の音色にと、様々に変化する。


「おお……。こ、こんな素晴らしいものを貰えるというのか……」

「はい。友好の証になればと」


 それと、作曲に便利なので音楽文化の振興になればというところだな。魔力キーボードは王城にも贈ったし、グランティオスや迷宮村にも持っていく予定だ。グランティオスの場合は、材質を少し変えてやれば海の中でも問題無く演奏できる品に仕上がるだろう。


「これは……我等の宝になりそうだな。少し、触らせてもらっても良いだろうか」

「どうぞ」


 ヴェラに譲ると、鍵盤を右から左、左から右へと叩いたり、音色を変えたりして色々音を確かめていたが、やがていくつかの鍵盤を纏めて叩いて音色を響かせた。


「おお……。歌声を重ね合わせて深みを持たせるような事も可能なわけですな」

「うむ。これは……何とも素晴らしい」


 重ねて美しく聞こえる音、というのはあるからな。ハーモニー然り、和音然り。

 というか、ヴェラは鍵盤を組み合わせて1つ1つ確かめている様子であるが、和音を奏でていた。

 このあたりは……流石の音感と種族的な音楽文化だな。やはりこういった品は、ハーピー、セイレーン、ラミア達に預けておけば間違いないだろう。


「演奏もできますが、作曲等にも向いているかなと。どうぞお納め下さい」

「ああ……。これは大切にさせてもらおう。魔力で動作するというのなら……我等が奏でれば呪曲としても作用するだろうしな」


 ヴェラはそう言って、魔力キーボードをほっそりとした指先で撫でるのであった。

いつも拙作をお読み頂き、ありがとうございます。


50話ごとの節目ということで

551から600話までの初出の登場人物を活動報告にて纏めております。

新規の登場人物は前回の記事から続けて少なめではありますが

ご活用頂ければ幸いです。

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