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61 迷宮の少女

「……誰か戦ってる。かなり苦戦している感じ」


 現在、俺達のパーティーはレベリングを目的として宵闇の森を周回プレイという感じで動いている。いつものように迷宮に降りて、暫く宵闇の森を探索していると、シーラが耳に手を当てて目を閉じ、そんな事を言ってきた。


「方向は?」

「あっちの方。先導する?」

「よろしく」


 シーラの後に続き、パーティーが分断されない程度の速度で森の道を走る。迷宮の中で他のパーティーと助け合う事に否やはないが、二重遭難になっては元も子もない。


 ――戦っている場所、というのはそう遠くもなかった。

 ただ、そこにいたのは冒険者グループではなく、騎士達の探索班だ。


「畜生! 何なんだよ! この気持ち悪い声は!」

「く、……そ! 頭がぼうっとして……」

「しっかりしろお前達! 目を覚ませ!」


 倒れている仲間に呼び掛けながら、多数のキラープラントに向かって剣を振るって孤軍奮闘しているのは――先日会った、あの女騎士メルセディアだろう。

 木の根に絡みつかれて身動きが取れなくなっている者もいた。その足元には壊れたカンテラが転がっている。

 メルセディア自身は多勢に無勢でありながら、多数のキラープラントを引き付け、しかも割合良く抑えていると言っていい。目の前のキラープラントを切り結びながら、倒れている仲間に向かおうとするキラープラントに向かって闘気の刃を飛ばしたり、と。


 倒れている兵士連中は――ウィスパーマッシュの魔法で眠らされたのか。赤転界石を発動させて帰還用ゲートが開かれてはいるが……眠らされてしまっては退避する事もできなくなってしまったらしい。

 ……うーん。綺麗に宵闇の森にハメられてるなぁ。まだ深刻な事態になってなくて良かったが。だがあまり悠長に構えているわけにもいかない。森の奥の茂みが揺れて……新手のキラープラントが集まってきている気配がある。


「行きます」


 グレイスは一切躊躇せず、茂みの奥からメルセディアの方へ向かってくるキラープラントに向かって突撃していく。


「アシュレイは寝ている連中を。シーラはメルセディアの加勢。イルムは2人の援護」

「分かりました!」

「了解」

「背中は任せてね」


 手早く指示を出すと、彼女達はそれぞれの仕事に取り掛かった。

 俺は――茂みの中で眠りの魔法をかけているキノコどもを蹴散らすか。起こした傍から眠らされては元も子も無い。

 適当に茂みの深い所に火球を叩き込んで炙り出してやると、ウィスパーマッシュの一団がパニックに陥りながら焼け出されてきた。


 その内の一匹は火が点いたままで、兵士達を助けに行ったアシュレイの方へと向かったが……彼女のロングメイスで元いた方向に打ち返される。

 こっちにくるな、とばかりに中空で木の根によって弾かれ、森の中を焼きキノコがあちらこちらへとラリーされるという、中々珍しい光景が見れた。




「――助かった」

「全くだ。君達が来てくれなかったら、どうなっていた事か」


 メルセディアは大きく息を吐いた。

 俺達が加勢に入ったうえで兵士達も眠りから起こしてしまえば、もう数の上で後れを取る事もない。

 キラープラント達を片付けて一息吐いたところで、メルセディアと兵士達からそんな風に礼を言われた。

 話を聞いてみると、照明として使っていたフェアリーライトがキラープラントとの戦闘中に叩き落とされてしまい、兵士の1人が混乱に陥ってカンテラに火を点けてしまったそうだ。


 それで木の根で押さえつけられるなどして騒ぎになっている間にキラープラントが集まってきてしまった……というわけだ。

 後はキラープラント集団に手古摺っている間に、ウィスパーマッシュが眠りの魔法を掛けてきて、抵抗に失敗して1人倒れ2人倒れ、数で押されて、と。

 まあ中々、初見としては典型的な詰まされ方をしてしまったようで。


「フェアリーライトはそれぞれが多めに持ち歩くと良いですよ」


 予備を荷物袋などに入れておくと安心なわけである。


「重ね重ねすまない。有り難く参考にさせてもらう」


 メルセディアは兜を脱いで真剣な面持ちで頷いた。

 どうやら兜のバイザーが壊れてしまったようで、そのまま被っていると視界の妨げになってしまうようだ。


「メルセディアさんが宵闇の森担当?」

「ああ。私達の割り当てはこの森での訓練だが……」

「……メルセディア隊長」

「何だ?」


 兵士の1人がおずおずと進言してくる。


「冒険者を雇ってもいいという事になったんですよね? その方達に協力してもらうというわけにはいかないんですか?」

「それは――難しいな」

「どうしてです?」

「我々は先日冒険者達と諍いを起こしているだろう。あの時は邪魔だが、今は必要だからお願いしますなどとは言えんさ。一旦撤退し、我等全員、上の階層で訓練し直すべきだと私は思う。その間、私はこの森の事を勉強し直す」


 ……どこぞのフェルナンドに聞かせてやりたいセリフだな。


「……分かりました」


 兵士達もメルセディアの言葉に納得したらしい。


「ですが、転界石をこの森で集めるのですか?」

「……そうか。赤はさっき、使ってしまったのだったな」


 メルセディアはしばらく瞑目していたが、やがて俺の方に向き直ると、頭を下げてきた。


「テオドール殿。厚顔無恥なのは重々承知をしている。どうか帰還まで同道してはもらえないだろうか。勿論、正式な依頼として、依頼料も支払わさせていただく」


 調査ではなく、帰還まで、か。

 迷宮内で赤転界石を売ってほしいと言わないのも、まあ正しい。

 自分の言を翻したのは――自尊心より士気が最低状態の今、この状態から全員を無事に帰す方が先決で、それが隊長としての彼女の責任だからということなのだろうが。


 皆に視線を送って意見を求めると、彼女達は頷いた。まあ、人助けだと思えば、だな。


「分かりました。受けましょう」




 先程の戦い方を見ていた限りでは……目を覚ましてからは兵士達も中々堅実な戦い方をしていたから、不測の事態にさえ陥らなければ宵闇の森でもやっていける力量はあるのではないかと思うが。

 つまり彼らに必要なのは、場数と経験、それから迷宮の知識だろうとは思うのだ。

 なので実地で宵闇の森の立ち回り方などを見せながら進む事にした。

 立ち回りと言ってもウィスパーマッシュの眠りの魔法を防ぐ魔法をまめにかけ直す事と、フェアリーライトをちゃんと活用する事の2点に気を付けるだけでも、宵闇の森の危険度はかなり下がる。


 フェアリーライトを摘んで照明代わりにするとか予備を持つというのは良いのだが、これに時々、回復魔法を掛けてやると長持ちしたり光量が上がったりする。火ではないからと魔法の明かりを灯すのも良くない。フェアリーライトの光と違って、眠っているキラープラントを起こしやすい。


 後は基本に忠実に。丁寧に索敵して魔物を回避したり。動かずに擬態しているキラープラントを目ざとく見つけて先制攻撃で各個撃破したり。

 そんな風にして、いつになく丁寧に迷宮攻略をしつつ転界石を集めていたのだが……ふと先行しているシーラが足を止め、道の脇にある、茂みの奥をじっと見ている。


「ん? どうかした?」


 敵だと思ったら敵だと、シーラははっきり言うはずだ。


「何、か……よく分からない」


 珍しく歯切れが悪い答えが返ってきた。シーラの視線の先を追うが、暗い森に点在するフェアリーライトの明かりがぽつりぽつりと見えるだけだ。


「あの辺り?」


 イルムヒルトが茂みの一角を指差し、シーラは頷く。

 俺もライフディテクションを使って見てみると、確かに――何かいる。

 小さな反応。温血動物の輝き。そしてそのシルエットは――人間の、女の子?


 がさり、と葉擦れの音を立てて、茂みの上から顔を出す。魔法を解除して通常の視界に戻す……と、金色に輝く双眸と視線が合った。

 闇に溶け込むような黒い髪と、浮かび上がるような白い面。


「女の、子?」

「どうして、こんな所に?」


 兵士達が疑問の言葉を口にする。その疑問は尤もだ。子供の冒険者というのは俺も含めてそれなりにいるが……ソロで宵闇の森というのは……中々に異常だろう。それとも仲間とはぐれたか?

 少女はこちらをじっと見ていたが、やがて身を翻すと、茂みを揺らしながら森の奥へと進んでいく。


「おっ、おい!」

「危ないぞ! 戻れ!」


 兵士達が口々に呼び掛け、少女を追いかけて茂みに飛び込んでいく。まあ、確かに。仲間達とはぐれた子供冒険者だとすれば保護すべきなんだろうが。


「今の、子。どこかで――」


 呆然とした面持ちで呟いたのはイルムヒルトだ。

 どうやら……追わない、という選択肢はないようだ。


「プロテクション」


 第6階級の防御用光魔法。薄い光のヴェールだが、金属鎧に匹敵する防御力を持つ。そんな魔法の防御膜を展開して、茂みをかき分けながら少女を追う。

 すぐに――異常に気付いた。茂みを進む速度が異常に速い。中々距離を縮められない。

 俺だけ先行すべきかとも思うが、分断する策だったら目も当てられないので突出するわけにもいかない。


 やがて俺達は宵闇の森の外縁部まで到達した。

 つまり、森の外側を包んでいる迷宮の外壁部分だ。木と木の間に隠れるようにして、それは在った。

 幾重にも重なる楕円形のレリーフが刻まれた……閉ざされた扉だ。

 その封印された扉の前に、場違いなドレス姿の少女は立っていて――。


「なん、だ?」

「おい、嘘だろ?」


 少女が扉に触れたかと思うと、水が染み込むようにその向こう側へと消えていった。

 イルムヒルトに視線を送る。いつもにこやかに笑っている彼女だが、今回ばかりは目を丸くしている。


「イルム。今の子を知ってる?」


 小声で尋ねると、彼女は眉根を寄せる。


「わか、らないの。どこかで見た事があるような、ないような」


 イルムヒルトの曖昧な記憶というのは――迷宮時代のそれに他ならない。

 今の迷宮の壁に溶けていくような消え方と言い……そもそも迷宮側にとって侵入者ではない可能性が高い。

 それに――この扉。


「封印の扉、か」


 見つけてしまったと言うべきか、それとも、さっきの女の子に誘導されたと言うべきか。

 だが、俺の知るそれと、レリーフのデザインがかなり異なるものだ。

 このレリーフには、景久の経験則に照らし合わせるなら意味があるはずだ。正確に記憶しておくべきだろう。

 図形を寸分違わず記憶するなら、カドケウスに任せるのが良さそうだ。

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