628 鳥と歌と祝いの宴
宴会の準備は住民総出で進められた。広場を中心に何やら香ばしい香りが漂っている。
俺達は族長の家やその前の広場で待っていても構わないし、集落の中を見て回るのも自由、と言われた。
とりあえずハーピー達が宴会の準備をしているので動き回っても邪魔になるかなと、茶を飲みながら広場でのんびりとさせてもらっているが。
宴会の準備の間にも広場にいるドミニクのところには、作業の合間を見たり、手が空いたりしたらしい友人や顔見知りの大人達、集落のハーピーの子供達やらが挨拶に来たりしている。
特に、子供のハーピーは宴会の準備にしてもそれほど多くの仕事を割り当てられていないのか、そのまま広場に残ってしまう事が多い。
ラモーナは一応客人が大変だからと止めてくれたが、まあ俺達としては孤児院や迷宮村の子供達で慣れているので。
その旨をラモーナに伝えると、子供達は随分嬉しそうにしていた。
「それじゃ、お姉ちゃんはタームウィルズで、みんなに歌を聞かせてたの?」
「うん。イルムやユスティア、それからシーラとシリル、みんな一緒にね」
「いいなあ、お姉ちゃん」
あのリリーというハーピーも広場に来ていた。リリーはドミニクの従妹に当たるらしい。
境界劇場の話にハーピーの子供達は目を輝かせて、境界劇場の面々を憧れるような目で見ている。いや、子供達だけでなく、年若いハーピー達はほとんどが境界劇場の話に興味があるようだが。こういうところは、やっぱりセイレーン達に似ているかなという印象だ。
まあ、その話もあって、注目を集めているのは、やっぱりイルムヒルトやユスティア達劇場関係の面々だ。
「こ、こんなふうに沢山の子供達に注目されるのって、嬉しいやらこそばゆいやら」
と、シリルは若干こういう空気に不慣れらしい。劇場と違って直接のやり取りだし、迷宮も子供の数はそこまで多くないからな。ハーピーの子供達が可愛らしいからか、シリルの表情も緩んでいたりするが。
シーラやイルムヒルトは孤児院で育ったからか、こうして子供達に囲まれたりするのにも慣れているようだ。
「でね。こうやって、弦を押さえて……」
「そうそう、上手」
イルムヒルトはユスティアと共に、持ち込まれた楽器の弾き方を子供達に教えたりしている。
「こっちの手に入っていたのが――」
と、シーラはコインを用いた手品をハーピーの子供達に見せていたりする。あまり音楽は関係ない隠し芸だが、握った手の右から左、左から右へとコインが渡り、両手を開くと消えていたりと、中々見事なものだ。シーラによると孤児院の子供達にもウケがいい、らしい。実際こういった手品を知らないからか、ハーピーの子供達は食い入るように見ていたりする。
「ハーピーの子供達は可愛らしいですねえ」
「本当……。ふわふわしていて、羽毛が柔らかそうで」
と、グレイス達はそんな子供達の様子に表情を綻ばせている。
「はじめまして、お姉ちゃん。わたしはね、イルネっていうの」
「ええ。よろしくね、イルネ。私はクラウディアというの」
子供達が集まっている関係で、俺達のところにも挨拶してきたりするのだ。こう、舌足らずな口調で自己紹介して、小さな翼で握手を求めてきたりと、中々微笑ましいというか何と言うか。
「わたくしは……マリーよ。この子はマルレーン」
クラウディアは小さな子供達に慣れているが、ローズマリーは若干不慣れな様子だ。
だがまあ、邪険にはせずに子供達に挨拶を返したり、にこにこしているマルレーンと一緒に並んで握手をしたりしているが。
そんなローズマリーを見て、ステファニア姫も何やら嬉しそうな様子ではある。ローズマリーはそちらに対してはそっぽを向いていたりする。
「翼の形、綺麗……」
「そうでしょうか? 私にはよく、わかりませんが」
ヘルヴォルテも子供達に注目を浴びている。背中の翼の形が綺麗だと評判のようだ。そのあたりの審美眼はまあ、ハーピー達独特のものかも知れない。
「ロヴィーサさんもセイレーンなの?」
「ううん。私はマーメイドなのよ。歌は好きだけど、そこまで得意ではないかなぁ」
ロヴィーサも人化の術を使った際の耳の形などからセイレーンなのかと思われたりしているようだ。だが子供は好きなのだろう。楽しそうにハーピーの子供を撫でたりしている。
そのあたりはセラフィナやマールも一緒で、青い煌めきを放つ蝶の羽や、途中から水になっていたりする髪の毛を不思議がられたりしているが、それを軽く触れさせたりと、終始楽しそうに子供達と触れ合っている。
「このお兄ちゃんが、ドミニクお姉ちゃんを助けてくれたんだって」
「ほんと? ありがとうお兄ちゃん!」
「ああ。どう致しまして」
と……そういう俺自身も子供達に囲まれてしまったりしているが。
まあ、ドミニクやユスティア、イルムヒルトを救出した時はもっぱら働いたのはカドケウスという気がするので、そのあたりは伝えておこう。
「俺より、あの時はカドケウスの方が働いたんだ」
そう言ってカドケウスを呼んでやると、子供達は律儀にカドケウスに礼を言って撫でたりしていた。カドケウスはと言えば、大人しく尻尾をゆらゆらとさせている。
使い魔達も安全と分かってきたのか、子供達からもぼちぼちと人気が出ている様子であった。リンドブルムは相変わらずなので背中に乗るのだけは遠慮してもらっているが。
コルリスやベリウスなどは身体が大きいので子供を背中や頭の上に乗せたり、背中を滑り台のように滑らせたりと、子供達の良い遊び相手になっている。浮遊するマクスウェルも不思議がられて触れられていたりして。中々物怖じしない子供達だ。
後は……あちらこちらの地方から集めてきた楽器を広場に持ち込んでいるので、老若男女問わず興味津々といった様子で眺めていたりする。
一応、俺達からは楽器を自由に見て触れてもらって良いし、一部は譲るつもりで持ってきたのだが……ここで楽器を自由にして良いという流れになると、準備も進まないし持て成しにもならないと思ったのか、ヴェラからこちらの座興が終わってからで、と通達を出している。なので、興味はあるようだが触れられない、というジレンマをハーピー達は抱えているようにも見えた。まあ、今は子供達の番という感じだろうか。
そんなこんなで、広場周辺はかなり賑やかなことになっていたが、和気藹々と時間が過ぎていった。やがて宴会の料理が出来上がったのか、次々料理が運ばれてくる。
山で狩った獣に、香草、香辛料などを用いた料理。それに川魚を煮たもの、焼いた物。各種キノコ料理、山菜等々山の幸尽くしである。
「さてさて。料理も出来上がって来たところで……宴会を始めるとしよう」
ヴェラが言うと、ハーピー達が頷く。
賑やかだった広場が、ヴェラの次の言葉を待つように静かになっていった。そうして声が収まったところで、ヴェラが居並ぶ面々を見渡し、良く通る声を響かせる。
「諸君らも既に聞いているだろう。突然姿を消してしまったドミニクが、この集落へと怪我1つ無く帰ってきた。ヴェルドガル王国の異界大使、テオドール=ガートナー殿が魔人の手より救い出し、精霊王や月の女神様と共にこの集落を探し当て、送り届けてくれたのだ」
そういうと歓声が広がる。ヴェラは頷いて歓声が収まるのを待ち、それから再び口を開く。
「この宴は帰ってきたドミニクのため。そしてこの場に送り届けてくれた恩人達のためのものだ。一族の心よりの感謝の気持ちを恩人に伝え、新たな友人と知己を得たことを喜び、仲間の無事を祝い、存分に飲み、食い、踊り歌おうではないか!」
ヴェラの言葉に、ハーピー達が再び歓声を上げる。
そうして宴が始まった。ハーピー達の歌や踊り、演奏を見たり聞いたりしながらの食事である。
広場の前の断崖の空間を使ってひらひらとした色鮮やかな布を翼や足首に身に着けたハーピー達が、舞い踊るように飛ぶ。
楽器の演奏は男達と、人化の術を使える者達の役割らしい。弦楽器と木の笛の音色、太鼓の音が、賑やかな音色を響かせ――そこにハーピーの澄んだ歌声が重なっていく。
ああ。楽器も自作しているわけか。狩りの獲物と木があれば確かに楽器も作れるだろうからな。腸線から弦、革から太鼓といった具合だ。
そして、何より見事なのは歌声だ。生来、ハーピーという種族が歌が得意だからなのか、呪歌でもないのに聞き惚れてしまうような美声である。音域が広く、技巧も確かで……彼女達の喉は歌を歌っているというよりも声を楽器にしていると表現する方がしっくりくるような感覚がある。
確かに、呪曲よりも呪歌に特化している種族だからな。そしてラモーナ達、迎撃隊の面々も今度は着飾って来て、楽しそうに歌声を響かせている。
祝いの席だからか、賑やかで楽し気な歌が続く。何曲かの演奏と踊りが続いた後で、子供達も整列して歌を聞かせてくれた。
こちらは重なる歌声と歌声で演奏する……アカペラと言えば良いのか。声を重ねて様々な楽器の代わりを担ったりとまた見事なものだ。
何より、歌う時のハーピーはみんな楽しそうだ。セイレーン達もそうだったが……見てみれば、イルムヒルトやユスティア、ドミニクも歌に合わせて小さく口ずさんだり、リズムに合わせて身体を揺らしたりと、かなりうずうずしているのが見て取れる。
「――ドミニクは、我等の中にあっても歌声の美しい娘でな。皆、いなくなって寂しく思っていたのだ」
歌の合間に、ヴェラがそんなふうに教えてくれた。
「そうでしたか。僕達も、境界劇場で普段やっているようなことをできるようにと準備をしてきたのですが。返礼ということでどうでしょうか?」
「おお。それは素晴らしいな。いや、実は劇場の話は耳にした時からずっと気にはなっていたのだ」
「確かに。ドミニクは劇場の話をする時も楽しそうでしたからね」
ヴェラの言葉にラモーナが頷く。うん。だがまずは――客としてハーピー達の演奏と歌声を楽しませてもらおう。
次はリリーが何人かの子供達と歌を歌うらしい。あの子も歌の得意な子なのだとか。




