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620 砦の将兵達

 研究開発、解析や魔道具製造、訓練などをこなしつつ、タームウィルズ周辺にも色々仕込んだり、砦との間を行き来して更に備えを進めたりと、諸々の準備を進めていく。


 工房の中庭には――ローズマリーとイグニスの姿。ティアーズに使われていた技術を使った魔道具をイグニスに組み込んだので、早速その実験だ。


「では、始めるわ」


 ローズマリーの指から伸びた操り糸がイグニスの背中や肩に接続する。イグニスの足裏にマジックサークルが展開し、一瞬だけ魔力光を噴出しながら爆発的な速度で飛び上がり、空中にいたアクアゴーレムをすれ違いざまに薙ぎ払って行った。

 脇腹から魔力光が噴出。イグニスの身体が丸ごとズレるように動いた。あれは……パラディンの挙動を参考にしているな。


 迫ってくる水の弾丸を置き去りにし、シールドを蹴って踏み込んだかと思えば、大上段からアクアゴーレム達の中に飛び込んで、その関節が独楽のような回転を見せた。

 アクアゴーレム達を弾き散らしながら、イグニスが重い着地音を響かせる。イグニスが敵団のど真ん中に飛び込むまでは、ローズマリーもその背中にくっつく形で動いていたわけだから……実験としては成功と言えるだろう。


「どうかな、今度の調整は」

「良いわね。しっかりと魔力消費が抑えられているわ」


 そう言って、ローズマリーがにやりと笑う。

 シールドなどを併用するのは今まで通り。瞬発力重視で術式を弄ったので、推進用というより緊急回避であるとか、奇襲、強襲時の急加速に向いた調整になっている。

 瞬間的な加速と挙動。それによる負荷をローズマリー自身はレビテーションで軽減。まあ、イグニスの急制動そのものはローズマリー自身が命令しているのだろうし、レビテーションの併用からを一連の流れとして練習しておけば問題無く急制動についていける、ということだ。


「後で一回迷宮に降りておこうか」

「実戦での訓練というわけね。分かったわ」


 アクアゴーレムとの訓練も実戦に近い形ではあるが、水の剣、水の弾丸共に殺傷力がないもののために、やはり心情的には色々と違ってくる。

 異なる状況に置かれれば精神状態も変わってくる。常に安定した結果を出せるように新しい戦法や技術、魔道具などは迷宮で実戦経験を積んでおく、というわけだ。

 まあ、そういう点で言うならローズマリーの勝負度胸というか精神力の強さは相当な物があると思うが。戦い方を見ていても、布石を置いてからここ、と決めて勝負に出る思い切りの良さがあるように思う。


 実戦訓練として向かう場所は魔光水脈である。ここのところ迷宮探索は専ら魔光水脈だが、理由としては精霊王の加護のお陰で安全マージンが十分取れているという部分がある他、食生活関係が充実するから、という部分もないではない。

 ホタテやアンコウも好評だったしな。特にシーラは気力が充実しているのか、訓練でも実戦でも動きが良いような気がする。

 今も……水の渦を身に纏ってシールドを蹴って空中を飛び回っていたりするし。と……そこに通信機でエリオットから連絡が入った。


『砦の防衛訓練は順調に進んでおります。ある程度目標としている動きが可能になったので大使殿にも見て頂きたく』


 ふむ。砦の訓練の仕上がりもそろそろかなと思っていたが。

 早速みんなに砦絡みで後で様子を見に行こうと、エリオットからのメッセージと共に伝える。


「砦もいよいよ準備が整ったというわけですか」

「うん。エリオット卿が納得いくぐらいの形になったって言うなら、相当なんじゃないかな」

「エリオット兄様は、砦の兵士達は皆、練度が高いと言っていましたよ」


 グレイスの言葉に頷くと、アシュレイが笑みを浮かべた。


「ああ、そこはサイモン卿の下で元々鍛えられていたんだろうね」


 そこに来て各国の精鋭達も加わるわけだ。元々練度が高い面々が、これまた高いモチベーションで昼夜問わず訓練していたわけだし、砦内の動き方への習熟が早いというのも納得がいくところではある。


「それじゃあ、テオ君達はこの後砦へ?」


 アルフレッドが尋ねてくる。


「うん。まず通信機で連絡を入れて、すぐに向かっても問題ないようならね。今日は迷宮に降りるつもりも無かったから都合をつけやすいし。ちょっと砦に行って、訓練に付き合ってこようと思ってる」


 訓練を有意義で、充実したものにしたいという部分はある。まずは仕上がりを見て、それが順調なようなら士気を上げてやる必要があるし、まだまだだと思うならそこは改善点を提示できるようなものにしたい。




 諸々準備を整え、砦へとクラウディアの転移魔法で飛んだ。砦の仕上がりを見るということで、各国の王の名代役――ステファニア姫達も一緒だ。


「これは皆様。よくいらっしゃいました」


 と、砦に顔を出すなり挨拶をしてきたのは巫女頭のペネロープの他、十数人の巫女達であった。


「こんにちは。エリオット卿から連絡がありましたので、様子を見に来ました」


 と、こちらも挨拶を返す。マルレーンがにこにこと笑ってペネロープや顔見知りの巫女達のところへ走っていく。ペネロープ達もマルレーンを迎えて楽しそうな様子だ。


 砦内の月神殿の力を高めるとともに、決戦の日に討魔騎士団を含めた将兵達に祝福を与えられる人員が必要ということで、ペネロープ達は砦内の月神殿にタームウィルズから出向中である。神殿に砦内部の神殿について人員を借りられないかと打診してみたところ、ペネロープが自ら志願してきたというわけだ。


「どうでしょうか。作りに不便を感じる点等はありませんか?」


 実際に神殿に寝泊まりして使っている内に見えてくるものもあるだろう。そう質問をすると、ペネロープは少し思案しながらも穏やかに笑って答える。


「静かな環境ですし、修行やお祈りもきちんとできるように作られていますから。お風呂や水回りも魔道具が組み込まれていて便利で使いやすいですし、これ以上を言ったら多分贅沢になってしまいますね」


 巫女達もその言葉に頷いている。ふむ。月女神の教義はゆるめでも実際の巫女と神官は割とストイックなところがあるからな。あまり至れり尽くせりな環境というのも、彼女達には逆に困ってしまう点なのかも知れない。

 これで良いというのなら、そういう事にしておこう。


「神殿の力も高まってきているわね。ペネロープ達が祈りをきちんと捧げてくれるからだわ」

「ありがとうございます」


 クラウディアの言葉にペネロープが嬉しそうに目を細めて一礼した。

 さてさて。巫女達との挨拶も終わったところで、発令所に顔を出すとしよう。この月神殿は砦内の中枢に近く、防御が厚い上に発令所と直通で行き来が可能なのだ。

 万一の時に、神殿関係者がすぐに避難可能な構造になっている、というわけである。直通の通路を通り、発令所に繋がる扉をノックすると、すぐに中に入れてもらえた。


「お待ちしておりました」


 と、討魔騎士団のエリオットとエルマー、ドノヴァン、そしてサイモン達に笑顔で迎えられた。

 挨拶もそこそこに、早速本題に入る。


「通信機で連絡を受けたので様子を見に参りました」

「そうですね。私達としては、ある程度テオドール卿にもお見せして恥ずかしくないものになったかなと」


 エリオットが静かに言う。


「言葉で説明するよりも見て頂いた方が早いかも知れませんな」

「では、早速、実際に動いているところを見て頂きましょう」


 エルマーの言葉を受けて、サイモンが頷く。

 エリオットが指示を出すと、伝声管の担当が砦内部全域に命令を飛ばす。


「これより予定通り訓練を開始する。各人、配置につくように」


 そう言うとモニターに見える将兵達が各々の持ち場へと迅速に動いていく。

 訪問を伝えてあったからな。こうやって俺の到着後に実際の動きを見せるのも予定通りということなのだろう。俺としても将兵達の動きを見せて貰えれば、この後訓練の相手役として参加するにしても目安になるところがある。


 各人が持ち場についたところで、砦全体に指示が飛んだ。


「敵影接近。外部に通じる窓の封鎖!」


 その声と同時に、一般区画の扉が一斉に閉じられる。一般人役もその区画にいたりして、それを迅速に防御の厚い区画に避難させたりと、きびきびと将兵達が動いていく。

 内部構造もきっちり把握しているようだ。


「この状況では内部はこういう構造にしていると、予め避難経路を決めてあります。壁や窓となっているゴーレム達も、組分けして命令できる余地があるので、状況に応じてこの体制で迎え撃つという命令で、兵士と砦の構造全体が連動して動けますから」


 と、エリオットが現在の状況を説明してくれる。うん。確かにゴーレムには実際の運用を考えてそういう余地を残してある。かなり実戦的だ。

 想定は想定なので、戦況に応じて個別に構造を変化させるという臨機応変な対処もできる余地もあったりするのだが。


「砦の内部構造を頭に叩き込むのと、体力増強を兼ねて、内部で走り込みなどもしましたからね」


 エルマーが苦笑する。……なるほどな。しっかりと訓練をしていたようであるが。

 それを裏付けるように、あっという間に迎撃のために必要な臨戦態勢が整えられ、そこから状況の推移を説明する指示が飛んだ。


「これより、正門が破られ、砦内部へ敵が侵入したという想定で訓練を開始する」


 そう言うと、将兵達が再び慌ただしく動き出した。

 どこでどう通路を切り替え、どのように迎撃するかがきちんと想定されている。

 隠し部屋に配置されたゴーレム兵の出撃タイミング。変化していく順路にきっちりと対応して効率良く動く将兵達。堂々巡りさせての時間稼ぎや分断、多勢での包囲等々、見事なものだ。敵の侵攻がかなり早く感じるのは、訓練故に難易度を上げているからだろう。


 相手がベリオンドーラの魔人達ともなれば、高度な訓練にせざるを得ないところはあるか。封印解放の日も近付いて来ているし、この程度やれれば十分などということもない。ギリギリまで練度を高めるというのは理に適っている。


「この期間で、この動きはかなりのものかと」


 一通りの動きを見せて貰ってから言うと、エリオットが一礼する。


「痛み入ります」


 では……俺も相手役として訓練に参加させてもらうか。先程の動きを参考に、身のある訓練にしたいものだ。

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