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60 騎士フェルナンド

「……すまない。もう一度説明してくれないかな?」


 何やら額に手をやって、悩んでいるような仕草をアルフレッドは見せる。


「んー。つまりですね」


 俺は指先に小さな魔法の光を灯し、それを規則的に明滅させた。

 短い間隔の発光と長い間隔の発光。2種類の信号。


「別にこれは、光でなくとも音でも魔力そのものでも良いんですけど、こうやって短い点滅と長い点滅を組み合わせて信号を作り、それを文字と対応させるわけです。情報を送る者がまず文字を入力し、道具が信号に変換して発信。受け取る側は信号を文字に変換して表示する、と」


 つまりモールス信号による通信である。方式が単純であるだけに術式の規模もかなり抑えられるんじゃないかと見ているが。


 わざわざこちらで信号と文字の変換という工程を挟むのは、前提となる知識や技能など必要無い方が幅広い層に使ってもらえるからだ。

 信号の発信と受信、翻訳と文字の表示に用いる魔法回路はそれぞれ独立していても良いだろう。何もオールインワンでやる必要はどこにもないのだし、そうなれば更なる簡略化が期待できそうである。


「後は受け取る側を特定する方法を考えなきゃいけませんが」

「それは……契約魔法や呪術の応用で、二者間に魔法的な繋がりを作ってやればどうにかなりそうだ。完成した道具そのものに外から魔法をかけるわけだね」


 アルフレッドは何か考え込むように腕を組み、俯きながらそんな風に答えを返してきた。

 契約魔法。使い魔との主従契約や奴隷の隷属などを結ぶための魔法だ。

 それで通信相手を特定できるというのなら、後は携行できる程度の大きさに落とし込むだけだろう。

 苦労するのは専らアルフレッドで、アイデアだけ投げっぱなしにしてしまうのは申し訳ないとは思うが。


 ただなぁ。提案しておいてなんだが、どの程度有用なものか、ちょっと自信がない。

 それくらい常識だとか、遅れているとか言われる事ぐらいは覚悟している。既存の魔法体系から齎されている代物を眺めてみれば、地球側でもできない事を実現している部分だってあるのだし。


 それに、遠距離との通信手段として専用の魔法がないとは言え……高レベルの使い魔や召喚魔法を使えば、双方向の情報伝達もやる気になれば可能だったりするし。

 前者は高レベルの使い魔を用意しなければならない。主側にもそれと契約するだけの力量が必要だ。召喚魔法による転送は大がかりな設備や特殊な触媒が必要だったりするので、更にハードルが高くなる。腕利きの召喚術士が必要な事は勿論だが、少し間違えると事故が起こったりで、どちらも一般に手広く普及というわけにはいかないのが難点だ。


 一般的な情報伝達の手段としては手紙、狼煙、伝書鳩、竜籠による移送等々、かなりアナクロな方法が取られているようなので、そちらの方法の方が例外的ではあるか。


「いや……驚いた」


 俯いていたアルフレッドは、目を見開いて顔を上げた。その表情と声色には、純粋な驚きと好奇心が浮かんでいる。


「魔力を扱うのに、色んな事ができる術式には頼らず、ただの信号として扱う、か。それにその、無駄を削ぎ落とした信号の方式……これなら――」


 アルフレッドの反応を見る限りでは術式規模の削減には、かなり有用なようだ。つまり、こちらの世界にモールス信号はない、という事だろう。


「テオ君……どこからそんな発想を出してくるんだ……?」

「んー。どこからと言われても」


 地球からとは言えないので、俺は曖昧に言葉を濁した。




 ――そんなわけでアルフレッドとの話し合いの結果、魔力通信機を開発していこうという方向になった。

 まあ一朝一夕で完成とはいかないが……理屈や完成形は見えているのだし。行く行くは必ず実用化に漕ぎつけてブライトウェルト工房の看板商品にする! と、アルフレッドは息巻いている。

 通信技術が手軽で高速化すれば色々社会に与える影響も大きいだろうしな。アルフレッドの意気込みは分からないでもない。


 ブライトウェルト工房の方針と戦略が決まったとしても、現時点での俺の生活に影響が出るわけではない。今日も今日とて、宵闇の森を周回してレベリングと稼ぎに走るわけである。


 迷宮に潜ろうと神殿に向かったところ、なにやらフェルナンド率いる探索班とジャスパー外数名の冒険者が一緒にいるのが目に飛び込んできた。

 いがみ合っているというのなら話は分かるが、互いに友好的な笑みを浮かべているのが、割合目を疑うような部分ではあるか。


「ふうん。それじゃ、俺の目的の区画までは道中なんてすっ飛ばして行けるわけだ」

「ええ。フェルナンド様は大船に乗ったつもりで、このジャスパーに任せといてくだせえや」


 ……などとジャスパーがフェルナンドに答える。前からは考えられないぐらいに随分と腰が低い物言いである。

 うーん。ジャスパーの価値基準はつまるところ、金なわけか。他の事は二の次なのだろう。


 ジャスパーと一緒にいる冒険者達は知らない連中だった。あの一件で元のグループとの関係が疎遠になってしまったのだろうか。

 それで開き直ったのかも知れないが、メルセディアが知ったら多分怒るだろう。


「おい、ガキ。何か文句でもあんのか?」


 と、ジャスパーが俺に気付いて睨みつけてきた。


「別にどうでもいいと言うか」


 肩を竦めてみせると、ジャスパーは鼻を鳴らす。

 少々脱力はしたが別に何かの法に触れるような悪事ではないのだし、大体俺には関係のない話だ。一々咎める気は無い。


「あれ。君らは知り合いだったのか」

「別に……知り合いなんてもんじゃありませんぜ」


 フェルナンドが興味を示すが、ジャスパーは不貞腐れてそっぽを向いてしまった。


「ふむ……」


 フェルナンドは小さく肩を竦めると、俺の所まで歩み寄ってくる。


「……何か用ですか? チェスター卿との約束をご存じない?」

「知っているけど。あいつの約束と、俺は関係がないし」


 ……よく言う。後ろ盾がグレッグなら、その意味も百も承知だろうに。

 知っている時点で話は通っているはずなのに、それを無視して話しかけてくるというのは……。


「まあ聞けよ。飛竜隊と利害がぶつかるからって俺は別に、喧嘩を売ろうってわけじゃないのさ。寧ろもっと良い話だ。君がどれぐらい事情に詳しいかは解らないからぼかして言うけど、騎士団の探し物の情報をくれたら、高く買ってやるよって話さ」


 そんな風に耳打ちしてくるが……思わず眉根が寄ってしまったのが分かる。

 その表情をどう受け取ったのかは知らないが、フェルナンドはどこ吹く風で笑った。


「そう粋がるなって。君の事は騎士団も少し調べてるんだ。実家と切れて、金に困ってるから迷宮なんかに潜ってるんだろ? 今ここにいるって事は、この前の恩賞でも足りなかったんだろうし、悪い話じゃないと思うけどな」


 ……どういう思考回路してるんだ、こいつは。

 冒険者に地図やら迷宮奥への案内を求めた時は騎士団の権威を笠に供出を求めたんだろうし……状況が変わったら変わったで、今度はこれか。

 フェルナンドは得意げな顔をしているが……金を出すのは別にこいつではないだろうに。


「ま、考えといてくれ。言い方が悪いのは承知してるが、金で冒険者を雇うってのが正式な方針には違いないんだ」


 言いたい事だけ言った挙句、フェルナンドは離れていった。ジャスパーと共に石碑の方へと向かい、迷宮の奥へと消えていく。

 いやはや。外面の雰囲気はともかく、内面はチェスターとはまた随分違うな。


 ……もし仮に、先程の露悪的な物言いを誰かに話したとしても、悪意を以って曲解したとかなんとか言うつもりなのだろう。そういう不毛な水掛け論には乗りたくない。


「私だったら、絶対取引相手にはしない」


 とは、シーラの弁である。

 フェルナンドは小声で俺だけに話しかけていたつもりなんだろうが、シーラの耳には筒抜けだったようで。

 彼女は盗賊ギルドに所属しているだけに、今のフェルナンドの物言いやスタンスが、相当気に入らなかったらしい。


「言うまでも無いけど、全くその気はないよ」


 俺の返答に、シーラは小さく笑みを浮かべて頷いた。


「何のお話だったの?」


 イルムヒルトがシーラに尋ねる。シーラは話をしても良いものかと俺に視線を向けてきたので、頷いておいた。

 信用に足る相手かどうか。そういう部分では仲間としっかりと情報共有しておくべきだと思う。


 しかしまあ、なんというかだ。

 ビジネスと個人的感情は分けて考えるべきなのかも知れないが、人間感情としては気分よく取引できる方が良いに決まっている。


 そもそも俺の場合、情報を渡す相手は騎士団を飛ばしてメルヴィン王やアルバート王子でも良いわけだし。あいつを相手取って交渉するメリットは何もない。寧ろ、ジャスパー共々関わり合いになりたくない相手だ。


 ……はぁ。さっさと迷宮に潜ろう。フェルナンドのような奴の事を考えているより、魔物相手に立ち回っている方がずっと建設的だからな。

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