613 平原の砦
やがて建設予定地となる砦が見えてくる。
「あくまでも対魔物用の拠点ね。外壁もあまり高くはないようだし」
と、ローズマリーがその砦を見て思案しながら言った。
つまり、国家間での戦争に使われることは想定していない、と。
「まあ、そうかもね。求められる役割はきちんと果たせるような作りになっているようだけど」
魔物に追われた際に、外から逃げ込みやすいように街道――西側からの道が整備されている。
その他にも森から来る魔物をいち早く見つけられるように東側に監視塔が作られているだとか、この砦ならではの特色めいたものは見受けられる。求められている用途に関して言うなら不足はないのだろう。
石壁で覆われた外壁と、内部にある無骨な建物こそが砦の本体だ。外壁の内側に割合広い空間があり、そこには木造の建物も建てられていた。
旅人や冒険者、行商人の宿泊設備があると聞いていたがそれだろうか。
広場は、兵士達の訓練や行商用に露店を広げたり、或いは増援が天幕を設置したりにも使えるだろうが……今は砦改造用の資材置き場となっているようだ。
元々砦ということで見張りの目も行き届いているからだろう。置き切れない石材が砦の外にも積まれている。ふむ。資材も潤沢と言えよう。
砦から少し離れたところに、野営地も作られていて。柵が張り巡らされ、監視用の櫓も組まれ、大小の天幕が設営されている。砦を改装している間の臨時拠点といった風情だな。
空から大体のところを見て取りつつ高度を下げていく。シリウス号を停泊させると、常駐している兵士達が砦から出てきて整列し、こちらに向かって敬礼しているのが見えた。
シリウス号を停泊させ、甲板に出ると砦を預かる騎士が一歩前に出て挨拶をしてきた。
「お初にお目に掛かります。この砦を任されております、サイモンと申します」
手入れされた口髭を蓄えた、物腰の柔らかな人物だ。所謂カイゼル髭で長身痩躯。立ち姿は武人のそれだ。体幹がしっかりしていて、騎士として腕が立つことが窺える。こちらも甲板から降りて挨拶をする。
「初めまして。テオドール=ガートナーと申します」
「大使殿のご高名はかねがね。メルヴィン陛下とフォブレスター侯爵より事情も伺っております。何分、魔法建築に関しては門外漢であるために不慣れなところはありますが、部下一同、精一杯お力になれるよう努めましょう。この付近のことでご不明な点がありましたら、何なりとお尋ねください」
「ありがとうございます」
そう言ってサイモンと握手を交わす。砦を預かるのは古参の騎士の1人で、付近のことに熟知しているので、色々頼れる人物だとメルヴィン王は言っていたが……確かに。
甲板から降りてきた皆もサイモンに紹介し、各々挨拶していると、砦の奥からもう1人、見知った人物が現れた。
「おお、テオドール」
「こんにちは」
「うむ」
タームウィルズの冒険者ギルドの長、アウリアだ。挨拶を返すと、にやっと笑みを浮かべた。冒険者ギルドもこの砦に関わっているんだったな。
「砦が改装中の間でも、冒険者ギルドの仕事が滞らないようにとな。書類の整理もあって何かと人手が必要なようでな。手伝いに来ておるのじゃ」
「滞在中は野営地の周辺を、精霊を使役して監視してくれるとのことでしてな。心強いことです」
「そうだったのですか」
アウリアの索敵範囲は広いからな。確かに心強い。
改めてこちらの面々の紹介を続ける。サイモンは恭しくステファニア姫達に挨拶をしてから、他の面々にも丁寧に挨拶していた。
身体を傾けるように挨拶するマクスウェルやお辞儀をするコルリス達動物組を見て、サイモンは少し目を丸くしていた。だが、すぐに気を取り直して応じているあたり、中々冷静沈着な人物のようではある。後は……部下に慕われている様子でもあるかな。
「もし作業中に魔物が森から出てきたら、私達が対処しようかと思います」
挨拶が終わったところでグレイスが胸に手を当てて言った。マクスウェルもやる気十分なのか、核がぼんやりと発光する。
「ああ。それじゃあ頼めるかな」
迷宮深層のような手強い連中は流石に出てこないだろうし、対処してくれるというのならみんなに任せても問題はあるまい。
「冬場ですし野営地の防壁を氷で作ってしまうというのもできるかなと思いますが」
「それは良いかもね。サイモン卿、どうでしょうか?」
「氷で防壁とは……。そのような事が可能なのですか?」
「はい。今の柵よりは大型の魔物にも対応しやすくなると思います」
「では――お手数おかけしますがよろしくお願いします」
サイモンは一礼する。よし。そちらも決まりだ。
それからサイモンは早速というか、砦に関わる話をしてきた。
「大使殿の到着後、すぐに取り掛かれるようにと、必要なものは既に野営地側に移してあります」
「その点は冒険者ギルドも同様じゃな。書類の類は整理する前に移動してある」
「それは助かります」
中々手際の良いことだ。では、俺もすぐにでも動けるということになるが……。
「建築の計画は立てていたのですが……魔人絡みのことが終わってからも砦の機能が同様のものになるように、少し手を加えましょう」
「ほう、そのようなことが可能なのですか?」
「見たところ、砦から東側に監視の目が厚く、西側は逃げ込むのに適しているように作られているようですから。魔人のベリオンドーラは北西側から侵入してくることが予想されますが、森側の監視も後々必要になるでしょうし。砦内の構造を見せていただいても構いませんか?」
そこで何か分かったらそれも反映する、ということで。
「おお。それは助かります。内部は自由に見て頂いて構いませんぞ。見取り図も用意しましょう」
「ありがとうございます」
俺の考えとしては基本的には魔人を迎撃するという本来の機能を損なわなければ良い。監視の方向が多いのもマイナスにはならないだろうしな。
見取り図と実物を見ながら砦内部を隅々まで把握していく。カドケウスとバロールをあちこちに移動させて効率よく調査を進めていると、サイモンが言った。
「いやはや。この砦も結構年季が入っておりましてな。老朽化しているので補修を繰り返していたりと、若干大使殿にお見せするにはお恥ずかしいところがあるのですが」
「いえ。丁寧に補修してあると思いますよ」
特に外壁などはしっかりと補修してあるのが窺える。
まあ、何だ。年季が入っているということは、思い入れがあっても不思議ではない。砦の内部構造、居住スペースなどには間取りをそのまま残すような形を取ったりした方が良いのかも知れない。
「あの木造の建物は何でしょうか?」
「あれは冒険者ギルドの事務所兼、宿屋ですな。冒険者や行商人を外壁の内部へ受け入れているとは言え、民間人を国軍の施設に自由に泊めるというわけにもいきませんので」
「中の食器や家財道具も既に野営地側に運んでおるからのう。テオドールの好きなようにして良いぞ」
と、アウリアが言う。
なるほど。ではあれも木材として再利用させてもらおう。
一通り砦の内部や監視塔、冒険者ギルドの事務所などの構造を見てから、広場に戻ってくる。
完成予想図である土魔法の模型への修正を加えながら色々とこねくり回す。その際、サイモンにいくつか質問をして今の砦の不便な点なども聞いて参考にさせてもらう。
砦はそのまま建材として利用してしまうが……そうだな。主に東側の建材として使わせて貰おうか。砦の元々の理念的には森の魔物からの防衛を目的としているわけだから。
砦の水源は広場の一角に掘られた井戸である。地下水が使えるのは籠城には便利だな。この井戸はそのまま残す形を取ろう。井戸を中心に据えて……西側は民間人が避難しやすいように。更に冒険者ギルドや宿泊施設、行商用のスペースを確保し、今までの機能もそのまま残す。国の施設との行き来は扉を設けて、有事の際は往来が可能でありながら普段は分断できるようにしておけばいい……と。
……よし。大体細部の修正も完了だ。
「さて。では、大体考えも纏まりましたので仕事に取りかかろうと思います」
「おお。いよいよですか」
サイモンが笑みを浮かべる。ステファニア姫達やアウリアも上機嫌な様子だ。期待されている気がするので、まあ……気合を入れていくか。
「内部から人員は既に退避していますね?」
「はい」
一応ライフディテクションで確認を取る。こちらも大丈夫なようだ。内部も見てきたので、物も残っていないことが確認済みである。
ではまず、外壁を取り払わせてもらおう。マジックサークルを展開し、外壁に触れて魔力を浸透させていく。
「――起きろ」
そう言うと、外壁の一部が切り取られるように、ヒュージゴーレムとなって立ち上がった。
「お、おお……!」
サイモンや兵士達がその光景に流石に目を丸くする。
立ち上がったヒュージゴーレムを作業の邪魔にならない位置まで移動させる。
体育座りさせて待機。次々に外壁を切り出していく。これが終わればギルド兼宿泊施設を木の巨大ゴーレムとして纏めて移動し、最後に砦本体をゴーレムにして移動させるという寸法だ。
サイモンにそういった手順を説明すると、少し引き攣ったような笑みを浮かべる。
「魔人との決戦に備えて砦を大幅改装すると聞いてはおりましたが……いやはや。これではまるで別物になってしまいそうですな」
「ふむ。これなら儂らの出番もすぐかのう」
ジークムント老は慣れたもので、ヒュージゴーレムを見上げながら頷いていた。
魔人対策をするなら、敷地全体を覆うように結界を張らないといけないからな。基礎部分から、色々と手を加えてやる必要がある。ヴァレンティナ、シャルロッテ、フォルセトも一緒なので結界術の準備は万全だ。
土台……基礎部分そのものに魔法陣を描き、結界の力を高めると同時に月神殿としての様式や機能も持たせようと考えている。
さて――。では気合を入れていこうか。




