611 ドレスと戦乙女
街中を色々見て回るということで、南区から西区へと。
西区の注意点などを説明しつつ比較的治安の良い場所を通り、シーラとイルムヒルト関係の場所ということで、孤児院にも顔を出す。
あちこち見て回るついでに挨拶をと思ったわけだ。
武器の見た目をしているマクスウェルを何の考えも無しに子供達に会わせると何かしらの影響があるかも知れない。
いずれにせよ、孤児院とも付き合いがあるので遅かれ早かれマクスウェルとは顔を合わせる機会も出てくるだろう。それならサンドラ院長にも挨拶をしておき、事情を話しておいたほうが良い。子供達がいる場でマクスウェルが遠慮しなければならない、という状態になるようなことも、また避けたいところではあるし。
「――というわけで、魔法生物の斧なのです」
「マクスウェルと申す」
と、マクスウェルが身体を傾けるようにお辞儀をすると、サンドラ院長は目を丸くしていた。
「それはまた……。ですが、迷宮がある以上、この街では冒険者に憧れる子も多いですからね。心配ではありますが、私にはそれを悪いとも言えません。それに……受け答えはしっかりしていますし、テオドール様が作ったのなら、私は問題はないと思いますよ。ええ。こうして気遣いをして下さる方ですから」
そんなふうに返されてしまった。何と言うか、相当サンドラ院長からも信用されている気がするな。
ベリウスに関しても……俺の周囲にいるから大丈夫と思われているところがあるようだ。
というわけでマクスウェルの挨拶がてら孤児院の敷地に入る。シーラとイルムヒルトがやって来たということで孤児院の子供達が集まってくる。
「シーラお姉ちゃんとイルムお姉ちゃんだ!」
「ん。遊びに来た」
「こんにちは、みんな」
シーラとイルムヒルトが子供達に囲まれる。うむ。2人は人気のようであるな。
「お初にお目に掛かる。マクスウェルという」
と、そちらの歓迎が少し落ち着くのを待ってからマクスウェルが挨拶をすると、子供達が目を輝かせて集まってきた。
「すっげー! しゃべる斧だ!」
「えっ? こういうのって腹話術って言うんじゃないの?」
と、子供達の反応は色々であったが、マクスウェル自身が訂正する。
「腹話術ではないぞ。喋る斧で合っている」
案の定というか、マクスウェルは子供達、特に男の子達には注目の的だった。
「触っても大丈夫?」
「んー、どうかな。それは本人に聞かないと分からない。初対面の相手に頭を撫でられたりしても構わないかってなると、それは人それぞれだと思うし。だから、困るって言うならそっとしておいてあげて欲しい」
子供達の質問にそう答えておく。
見た目は斧でも意志を持っているからだが、その答えで少年達はある程度納得してくれたらしい。
「我は構わんが」
マクスウェルはと言えば、あまり気にしないらしく割とあっさりと答えた。
「よろしく、マクスウェル。俺はブレッドって言うんだ」
少し遠くで見ていた年長者でリーダー格であるブレッドが、みんなに手本を示すかのようにマクスウェルに手を差し出し、握手をするような感覚で柄に触れて自己紹介をする。
「うむ。よろしく頼む。ブレッド」
それを見習ったのか、他の子供達も同じような調子で挨拶しながらマクスウェルに接していった。
応対するマクスウェルはやや大変そうではあるか。子供が多いからあまり動かない方が良いと判断したのか、俺の傍らで大人しく浮遊しながら律儀に一人一人挨拶を返していた。
イルムヒルトがくすくすと笑って、庭にあるベンチに腰掛けてリュートを奏でる。
「……子供達か。少し戸惑ったが、ああいう目で見られるというのは、何となくこそばゆいものがあるな」
そうして状況が落ち着くと、マクスウェルが小さく零すように言った。子供達との対面も、中々悪くないものになったかな。
「は、初めまして。ラスノーテと言います」
「ヘルヴォルテと申します」
ラスノーテとヘルヴォルテも子供達と挨拶をする。ラスノーテは少しおっかなびっくりといった様子で。ヘルヴォルテはいつも通りに。
シオン達は孤児院の子供達と既に面識があったりするので、割合気軽に談笑している様子だ。
同様に、何度か対面している動物組達と子供達もお互い慣れたものという印象で、子供達は楽しそうにラヴィーネの背中に乗せてもらったり、コルリスに抱き着いたりフラミアを撫でたりといった具合だ。
まあ、そこにシャルロッテが混ざっているのはいつも通りだ。ラムリヤを手の平に乗せてにこにことしている。
「この子は大丈夫?」
「ベリウス。触れられても嫌ではない?」
子供達の質問に、クラウディアが尋ねるとベリウスは静かに首を縦に動かす。何をするでもなく大人しく座っているだけだったが、嫌ってはいないということを示すためか、尻尾を横にゆっくりと振っていた。子供達もベリウスの身体を撫でたりしている。
そうやって暫く子供達と交流してから俺達は孤児院を後にしたのであった。
西区を移動し、商店などが多く立ち並ぶ北区へ。造船所へは討魔騎士団が訓練している時などの機会にした方が良いだろうということで、今回は割愛だ。
北区は……買い物客などで人通りが多く、色んな店が立ち並んでいるので見て回るだけでも飽きないところがある。
目的もなく散歩して目についた店を覗いてみたりと、時間を潰すには持ってこいといった雰囲気だ。
まあ、折角北区まで足を運んだわけだし、見ているだけではなくて少しぐらい買い物をしようという話になっている。
ミリアムの知り合いでもある、デイジーの経営する仕立て屋があるのも北区である。
デザインも良く、装飾品などの小物も扱っているということでみんなにも好評だ。何度か足を運んでいて、気心が知れているということもあり、あちこちの店を見て回った後でデイジーの店に向かった。
「ああ、いらっしゃいませ」
デイジーは俺達を見ると笑みを浮かべる。
「こんにちは。ご無沙汰しております」
「いえいえ。お元気そうで何よりです」
と、挨拶を交わしてから、マクスウェルのことも説明する。マクスウェルが挨拶すると、デイジーは若干戸惑っている節はあったが、その興味が鞘の装飾に向いたあたりはプロ気質である。
というわけで挨拶も無事終えて、店に置かれている衣服や装飾品を見せてもらうことにした。
「皆さんは常連ですし、折角ですから色々と自由に試着していただいても構いませんよ」
「それは有り難いですが、良いのですか?」
「ええ。遠慮なさらずに。というよりですね。寧ろ皆さんのような見目麗しい方々が色々着替えてくれると、私としても新しい意匠の服を考える刺激になるので助かるのです。今少し、行き詰まりを感じていまして。そこに皆さんが来てくれたので、というところですね」
デイジーは少しはにかむように笑った。なるほど。デザインを考えるのに色々参考になる、というわけだ。
そういうことなら、と女性陣は店主のデイジーも交えてあれこれとコーディネートを始める。
「グレイス様の髪の色だと、こういう服も良いですね」
「ありがとうございます、アシュレイ様」
「アシュレイ様にはこちらの服もお似合いかと」
と言った調子だ。
「いえ……僕はその、こういうのは」
「とってもお似合いですよ」
こういうことに恥ずかしがって遠慮がちなシオンや、不慣れなラスノーテは寧ろ世話を焼きたくなってしまうのか、あれが似合うとかこれが似合うとか、着せ替え人形状態だ。
ラスノーテはフリルのついたドレスを着て、自分の身体をあちこち見ながら目を瞬かせていた。
「マルレーン様にはこれが似合うのでは」
「ふむ。似合うけれど首回りが少し寂しくなるわ。装飾品はこれではどうかしら」
「いいわね。マルレーンには良く似合うわ」
オフィーリアとローズマリー、ステファニア姫もマルレーンにこれが似合うのではないかなどと、マルレーンに服を重ねてみたりと楽しそうにしている。
「ここのドレスは素敵ですね」
「ええ。気に入ったわ。王室御用達でも良いぐらいね」
と、エルハーム姫とアドリアーナ姫も笑顔で服を選んでいる。
「いやあ、中々、僕達は入りにくい空気だねえ」
「んー。まあ、楽しそうだから良いんじゃないかな」
アルフレッドに返す。男同士で、ああいうやり取りもないしな。着替えてくるみんなを見せてもらうことで眼福ということにしておこう。
「ふうむ。我が鞘を貰った時も嬉しかったものだが。皆もそうなのだなあ」
マクスウェルはそれを見て色々と納得するように明滅する。
「――いえ、私は鎧があれば」
「それは勿体無いわねぇ」
「全くです。ヘルヴォルテ様はお綺麗なのですし」
「迷宮に潜らない時のために、衣服や装飾品ぐらい持っていても良いのよ」
と、女性陣の興味はヘルヴォルテにも向いたらしい。クラウディアに説得されて、年少組の次はヘルヴォルテが色々と着せ替えさせられていた。
「こういう時間は……楽しい、ものですね」
その中でヘルヴォルテが少し戸惑いながら言うとクラウディアが笑みを浮かべる。
「有翼種の方のために、背中周りも仕立て直しできますので、もし気に入ったものがありましたら仰って下さい」
「それは心強いお言葉です」
みんなデイジーと意気投合している様子である。
それを眺めていると、シーラにシルクハットを被せられた。
「んー。テオドールは片眼鏡だし、こういうのも似合う」
「ほんとだ。似合うね」
そのシーラとセラフィナの言葉にみんながこちらを見て顔を見合わせて笑みを浮かべた。
あー……。うん、次の着せ替えの対象は俺ということになるらしい。まあ、いいけれどな。
「アルもこちらへどうぞ」
と、オフィーリアが夜会用の服を手にアルフレッドに笑みを向ける。
そうして燕尾服だの何だの、色々と着替えさせられる。その流れで、マクスウェルにも羽飾りを付けて見たりと色々盛り上がったのであった。
「前にシオン達の服も買ったし、ラスノーテとヘルヴォルテの服も買っていくっていうのは良いんじゃないかな?」
「それでは、みんなで少しずつお金を出し合って、歓迎の贈り物ということで」
「ああ。それは良いわね」
ということで最終的には皆、何かしら服を買っていくということになった。
うむ……。それとは別に、パーティーメンバーには日頃のお礼ということで俺の財布からお金を出すことにしよう。
店主のデイジーにもいい刺激になったらしい。新しいデザインのアイデアが湧いて来たと言っていたので、有意義な時間になったのではないだろうか。




