608 空飛ぶ魔斧
――冬の澄んだ空気と青い空。中々の訓練日和だ。
今日はクラウディアの居城での訓練ではなく、造船所で魔道具のテストも兼ねた訓練といったところである。
「さて。それじゃ、始めようか。準備はいいかな?」
俺自身も空中に浮かんで、そこから悠々と空を舞っているリンドブルムと地上にいるコルリスに声をかける。リンドブルムは喉を鳴らして答え、コルリスはこちらに向かって手を振った。リンドブルムの前にバロール、コルリスの前にはカドケウスが待機。
両者とも準備は出来ているようだ。では、始めよう。
水魔法を用いて、水球を無数に作り出す。魔力循環を使わず、射程、範囲を広げていく。ただ水の的を作るだけで、戦闘用として威力などが求められるわけではないので訓練用としては問題ない。
俺の周囲に浮かび上がった水球が造船所の上空に大きく広がる。
そうして、準備が整ったところで――バロールとカドケウスがスピードを上げて動き回ると、リンドブルムとコルリスが空中と地上でそれを追いかけ始める。
マジックサークルを展開。周囲に浮かんでいた水玉の、色がそれぞれ変わった。リンドブルムの足、コルリスの手の甲。それぞれに装着された水晶槍が猛烈な勢いで伸びて、各々決まった色の水球を穿った。
おお、というどよめきが見物していた討魔騎士団の面々から漏れた。
言うまでもなく、水晶槍のテストを兼ねた訓練だ。ランダムに動き回りながら正確に目標を貫く、というものである。
こちらの制御に合わせて色が次々切り変わる。目標を感知して次々と水晶槍が伸縮し、或いは薙ぎ払うように動いて水球を切り裂いた。
リンドブルムは優れた動体視力、コルリスは魔力感知の嗅覚を持っているようだが、どちらも反射神経はかなりのものである。
両者のレベルに合わせ、カドケウス達の動きや色を変えるパターンを変えて、難易度を微妙に調整したりと限界値に近いところまでを引き出していく。
暫くそれを続けていたが、やがてほとんどの水玉が貫かれるか切り裂かれ、最後の2個を色の変化に合わせてリンドブルムとコルリスが貫いたところで水晶槍の訓練とテストは終了となった。
見学していた討魔騎士団達から拍手が起こる。ステファニア姫達も楽しそうに拍手を送っていた。
「流石ですな。殿下の使い魔も、大使殿の飛竜も、相当な動きですぞ」
「大使殿の魔法制御も、相変わらずですな。実に頼もしいことだ」
「我等も負けていられんな」
「うむ。一層の修練を積まねばなりますまい」
といった声が討魔騎士団達から聞こえてくる。ふむ。刺激になってくれれば何よりではあるのだが。
「良い訓練ですね。見た目にも面白いし、団員達の士気向上にもなっているようです」
「ありがとうございます。僕としても、色を変える順番や使い魔達の動きを同時に制御しているので、良い訓練になっていますよ」
エリオットの言葉に、笑って答える。
と……アルファが甲板に顔を出し、何やらこちらを見ていたので、声をかけてみる。
「アルファもやってみる? 少し形式は変わるけど」
そう言うと、アルファはにやりと笑って空中に駆けてきた。
アルファの場合は水晶槍を装備しているわけではないので、水球の間を走り回って直接攻撃を仕掛ける、ということになるだろう。
「どうせなら、連係の訓練も兼ねてラヴィーネ達も一緒にどうかな?」
そう言うと、ラヴィーネとベリウス、フラミアも空中に駆けてくる。
ラヴィーネやフラミアを見てアシュレイとアドリアーナ姫は楽しそうに笑みを浮かべているから……まあ、尻尾などにはあまり感情を出さないだけで内心では喜んでいるようだ。
アルファとベリウスに関しては尻尾よりも表情に感情を出すところがあるのだが。
さてさて。では、それぞれ違う色の水球を走り回って攻撃してもらう、ということで。飛び道具は無しだ。
口頭でどの色を狙うかなどの段取りを伝える。それから先程同様、水球を辺りに広げて色を変えたりと制御を始めると、猛烈な勢いでラヴィーネ達が空中を駆け回り始めた。
互いに声を出し、位置と向かう方向を知らせているらしい。ぎりぎりを立体的に交差したりと、高速で動き回っている割には激突もしないし目標以外の水球にぶつかることもない。最短距離を駆け抜けて各々の目標を破壊していく。ラヴィーネ達が目まぐるしく動き回って、水球が次々と頭突きや牙で砕かれていった。全ての水球が破壊されると、またも大きな拍手が起こった。
「ん。見てても面白い」
と、シーラが言った。みんなも楽しそうな様子であるが……。うん。何となく航空ショー的な感じになっている気もするが、まあそれはいいだろう。
動物達の訓練が終わってからはヘルヴォルテを討魔騎士団に紹介したり、パーティーメンバーやシオン達も空中戦の訓練を行ったりした。
討魔騎士団達もその後で気合の入った訓練をしていた。そんな調子で造船所での朝の訓練を終えてから、俺達は工房に顔を出したのであった。
「おはよう、テオ君」
「うん、おはよう」
と、アルフレッド達と朝の挨拶をする。
「いやあ、良いところに来たね」
「さっき、斧が組み上がったんです」
アルフレッドの言葉を引き継ぐように、ビオラが明るい笑みを浮かべた。
いよいよか。進捗状況から見て、今日あたりには完成するのではと思っていたが。
「それは、顔を合わせるのが楽しみだな」
「うん。もうちょっとだったから、結構早起きして頑張ったからね」
なるほど。工房のみんなも完成が楽しみだったらしい。
「おはようございます、皆さん」
と、エルハーム姫が笑みを浮かべて部屋に入ってくる。エルハーム姫に挨拶を返していると、少し遅れて長柄の戦斧が浮遊しながら部屋に入ってきた。
元がドラゴニアンの使っていた斧だけあり、かなり大型の戦斧だ。先端部から雷水晶が少しだけ顔を覗かせていたり、刃と柄の接続部付近に球体や魔石が嵌っていたりと……中々に魔法の斧らしい姿をしている。
魔法生物の核は剥き出しではなく、表面を構造強化した水晶で覆ってある。ベリウスの筋繊維と同じ素材も緩衝材として組み込まれており、衝撃などはそちらに吸収、分散されるというわけだ。シールドを展開して防御することも可能である。
「ああ、おはよう」
「これは主殿」
声をかけると斧から落ち着いた声が響く。軽く頭を下げるように戦斧が傾いて、朝の挨拶を返してきた。見た目は厳ついし、口調も声質も落ち着いた感じではあるが、礼儀正しかったりするのである。
「調子はどうかな?」
「自由に動けるというのは良いな。実に良い。これほどの身体を作ってもらったこと、感謝の言葉もない」
戦斧の言葉に、静かに頷く。それでは、俺も約束を果たすとするか。
「それじゃあ、名前を呼んでやらないとな」
「よろしくお頼み申す」
みんなが見守る中、戦斧の銘であり、名前を口にする。
「マクスウェルっていうのはどうかな?」
「おお。それが我の名か……」
戦斧は何かを感じ入るように呟いた。
アックスとマクスウェルとで若干の掛け言葉になっているところもあるが、人名らしさも備えているものにしたかったのだ。
他にも幾つか意味を込めたが……まあ、それはさて置くとしよう。戦斧側が気に入らなければ別の名を付けなければならないし。
「他の名前が良いなら、幾つか考えてきているけど」
「――いや。この名が良い。主殿より頂いた、大切な名だ」
と、戦斧――マクスウェルははっきりと口にした。
そうして、みんなに改めて自己紹介をするように身体を傾けて一礼する。
「今日より、よろしくお頼み申す」
「こちらこそよろしくお願いしますね、マクスウェル」
グレイスが穏やかに笑って挨拶を返す。みんなもそれぞれマクスウェルに歓迎の言葉をかけていた。マルレーンがにこにことお辞儀をしたり、ヘルヴォルテが祝福の言葉と共に一礼したり。マクスウェルはそれに対し、律儀にお礼の言葉を返し、一礼していく。
「流石に抜き身のまま街中を移動するのは威圧感があるかなと思ったので、鞘も作ってみました。磁力で操って着脱できるようにと工夫してみたのですが」
と、エルハーム姫が丈夫そうな鞘を持ってくる。細かな銀の装飾が施されているあたり、中々凝っている。
「おお、これはかたじけない。早速試してみよう」
マクスウェルが磁力を操って鞘を浮かび上がらせる。鞘が刃の部分をぐるりと覆うようにくっつき、留め金が独りでに動いてロックを掛けた。
着脱は案外簡単なようだ。磁力を利用して留め金を掛けたり外したりも簡単な様子である。
装飾に高級感もある。少なくとも鞘を装着している間は、威圧感が減るというのは間違いないだろう。それでいて、武器としての威厳のようなものは失っていない。
「邪魔になったり、調子が悪かったりしませんか?」
「丁度良いかと。このようなものまで作っていただけるとは」
と、マクスウェルは嬉しそうな様子だ。
「それじゃあ、この後は予定通りにっていうことで良いかな?」
「おお……。遂にか。いや、楽しみにしていたのだ」
工房の中庭で試運転の予定である。マクスウェルもようやく動けるようになったというのもあって、やる気充分なようだ。磁力斬り等々、色々と動きを見てみるということで。




